番外編
ねぇ、私の愛しい綴。何でそんな卑しい女の隣にいるの?
どうして皆私を見ているの?
今まで、私と綴を避けていたのに。
そんなのはどうだって良い。
「綴?私の隣に来て?」
囁く様にいつも通り話しかける。
綴が憂いた顔付きになると、私から目線を外した。そんな綴を守るようにさっきから綴の隣にいる女は綴の手をぎゅっと掴むとキッと私を睨み付けた。
「何なんですか⁈綴君は貴方のものではありません!この状況が分からないんですか?」
何なの?このうるさい女は?可笑しいわね。危険分子は周や伊勢さん達に排除する様に言っておいたはずなのに。外部生が高等部から大量に入ってきて礼儀知らずが多いから困るわ。
そう言えば周達はどこかしら?
あぁ、そんな事はどうでも良いわね。いけない。どうでも良いことばかり視界に入ってきてしまうわ。それよりも綴が何だかつれない態度なのが問題よ。あんなに可愛い顔が台無しだわ。
「さっきから、何を言っていますの?貴方?私が誰かお分かり?「シズノ」の娘であり、貴方の隣にいる一之宮財閥の御曹司である一之宮綴の婚約者よ?誰か知らないけれど死ぬ覚悟はお有りなのかしら?」
「奇遇ですね。私も「シズノ」の娘です。」
「?確かにそんなのもいたわね。妾の子。」
そう言えばその妾の子は取り敢えず地位が地位なのに、全くマナーがなっておらずお父様やらが激甘だからどうしようもならないって織部が言っていたわね。何かしでかされるといけないから、せめて三年間大人しくするくらいに痛めつけておく様に周に言っておいたと思うのだけれど、どういうことかしら?
「お母さんをそんな風に言わないで下さい!私は知っています。お父さんは貴方の母親は家柄だけの鼻持ちならない性悪で私のお母様の関係こそ真実の愛なんだって。それにお母さんは今は本妻です!」
私は私のお母様を知らないから分からないけれど………私の部屋の周りを最近うろついて通る度に睨み付けてくるあの女はこのバカの母親なのね。
「それにっ……………それにーー」
その女は勝ち誇った様に笑顔を見せる。
バーーン!
とんでもない勢い麗火の所有する洋館の扉が開いた。
周がとんでもない顔をしている。どうやらこんな騒がしい音を立てたのはこの子らしい。後ろからは何人かのワンピースを着た者達が走ってきている。恐らく取り巻き達だろう。
周も綴ほどではないけれど結構見栄えのする外見なのだから、その顔は不味いわ。不細工にはなっていないけれどだから良いわけでは無いのよ?
「紫苑………こっちに……来て………逃げて………」
相当走って来たのだろうか、ぜぇぜぇと息が切れていた。
何故そんなに急いでいるのかしら?今日は高校生活最後のパーティーなのに。特に感慨深いものは無くても、制服姿の綴はもう見れなくなってしまうから少し寂しいわ。
「周君…………まだこんな人の味方をするんですか?」
いかにも、悲劇的に、本当に悲劇のヒロインの様にバカ女は一歩前に歩を進めると大きな声で叫んだ。
「こんな人?………………俺にとってはこんな人なんて存在じゃない。李華さんにとっては、綴様にとっては………どうかなんて分からない。君の正しさは、君が教えてくれたもっと自由に生きることの出来る世界のこととか、自分らしく生きることとかそれは多分、皆の正しさだ。そんな事分かってる。でも、俺の正しさはこの人を守ることだ。この人に従う事だ。これは最後まで変わらない。………ごめん。」
呟く様に周が言った。
「そうですか………残念です。静乃宮紫苑さん。いや、姉さん。もう綴君は私の婚約者です。」
「……………………………は?」
何を言っているの。この小娘は。
「何、何を言って………」
あまりにも唐突なことに視界がふらつく。嘘だ。そもそも、こんな訳も分からない奴の言う事なんて信じる方がバカだ。
でも、
それでも、
ふらついたふらついたふらついた時にいつも隣に居る筈の大きいとは言い難い綴の背中が無い事が紫苑の不安を、李華とかいう女の言うことの真実さを物語っていた。
「お父さんに事情を説明したら、私の婚約者に変えてもらったんです。私だろうが貴方だろうが「シズノ」の家の人が綴君の婚約者なら御爺様だって何も言わないだろうってお父様も言ってましたから!」
勝ち誇った様にまるで自分がこの世界の主人公の様に彼女は笑う。
何を本当に言っているの?御爺様が許すわけないわ。何の為に私を5歳から婚約者にしたと思っているの?綴に変な虫が付かない様にする為よ?小さい頃から絆を深めておけば不貞行為やそういう噂も立つことは無いだろうっていう配慮からなのに。いくら上の苗字が一緒で「シズノ」だからって世間体を考えたら、「一之宮財閥」にも「シズノ」にも大打撃だわ。本当にバカよ?
「ねぇ、綴?私の隣に来て?その女は話が通じないわ。ねぇ、………………ねぇ、綴!」
いつまでも動こうとしない綴に思わず感情が高ぶって怒鳴ってしまう。
「……………………………………君は、紫苑は「僕」を見たことがある?」
「な、何を言って…………」
さっきからずっと逸らされていた綴の瞳が真っ直ぐ自分を見つめていることに不思議にも軽い恐怖を覚えた。何故だろう。
「僕の中身を見たことがある?無いだろうね。僕には見る中身なんて何も無かったんだから。必要無いと思っていた。紫苑は僕の容姿を愛してくれていたし、誰も僕の中身を必要となんてしていなかった。でも、僕は本当の僕を李華が教えてくれて、大事にしたいと思った。」
綴は言葉を選んでいる。私の綴は私にどうやって伝わるか必死に悩んでいる。
恐らくこの場では、完全な悪役であろう私を言いたい言葉も、侮蔑や怒りを持たずに「静乃宮紫苑」をまっさらな目で見てくれている。
彼は、只選んだんだ。私があげることの出来なかった未来を。その女が隣にいる未来を。只選んだだけなんだ。
そうだ。綴は真っ直ぐな子だ。歪むことなく純粋で他人を貶めて下にするより自分が更に上にいくことを望むような。
その優しさに私は何をした?ーーー私は。
全身の今まではっていた筋肉が一気に緩んだ。
へたりと紫苑はその場に座り込んだ。
綴のタキシードに合うようなに選んだ星空の様にキラキラと輝いたシルクのワンピースはぐちゃぐちゃになってしまっていた。
いつの間にか私の傍にきた周が私をこの場から一刻でも早く遠ざけようと声を掛けてくるが、もうどうだって良い。周達は良くやってくれた。
私はもう罪の重さを、知ってしまった。
紫苑は罪の重さを噛みしめながらゆっくりと、じわじわと、心の深くに堕ちていったーーーー
「テン上人とのコイ遊戯」 一之宮綴 ハッピーエンド
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次回は第五幕からの続きとなります。
下から周の紹介となります。
明石(遊馬) 周
・アスマ銀行の次期後継者。
・ゲーム開始時から髪がちょっと伸び、キャラの中で最も三年間ビジュアルが進化したキャラ。最終学年時のビジュアルは色っぽさが凄い。かといって、他キャラも背が伸びている為、背の順の変化は無く、一番低い。
・灰桜の髪。瞳は茜色。肌が雪のように白く滑らかな肌で瞳の色がよく映える。現在は紫苑より可愛らしく、ゲーム中も(高校生)紫苑より綺麗。紫苑は認めていない。