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ブラッディー マリー 8

目の前に立つ石造りの建物、オフィス街のものや家屋とは違い重厚感を漂わせている。以前は兵舎として使われ、幾多の争いを潜り抜けた歴史がそうさせているのだろう。


御者が手綱を操り馬に指示をすると、地面を踏み締める蹄鉄の音が次第に弱くなり、車輪もそれに伴い回転を弱め始める。景色が先程とは違い緩やかに流れ、まるで映画を観ている様に錯覚させる。世界から隔離されたように思えるこの瞬間が気に入っているだろうか、オリビアは笑みを浮かべ風景を見つめている。


それを横目にしていたロイドだが、入り口に近くにつれ緊張が高まり、堪らず唾を飲むと車内に静かに響いてしまう。オリビアが音を聴き笑みの質を変えた頃には、御者の声と共に馬車が止まり到着を知らせた。


「さてと、着いたみたいだね。とっとと降りるよ」


「はっはい!」


オリビアは馬車を降りると御者に歩み寄り、懐から財布を取り出すと代金を支払い、徐に踵を返し署内に向かおうとするが、ロイドは入り口を前に微動だりしていなかった。


「えっと、何してるんだいアンタ?」そう声をかけると、ピクリと反応したロイドは「あっいや、その……」と、曖昧な言葉を言い始めた。


「こんな所で突っ立ててもしょうがないだろ?」オリビアは頭を掻きながら言葉を掛けると、少々怯えた表情を浮かべながらロイドは「取って食われるって事はないですよね?」と問いかけてきた。


一瞬呆気にとられるが、次第に込み上げてくる笑いを堪え「さあ? どうだろうね?」と、意地の悪い笑みを浮かべ署内に歩を進め、ロイドも不安を口にできた事で、多少は気が紛れたのか後を追った。


署内に入ると、フロアには数人の市民と警察官がいる。比率としては警察官の方が多く一見治安が良さそうに思えるが、現状では出来たばかりの組織が浸透していないと言う理由からだと思う。そして、失礼ながら聞き耳を立ててみると、市民は抗議、警官は新米なのだろうか? どうして良いか分からないと言った所だった。


前を歩くオリビアは我関せずと言わんばかりに横を通り過ぎ、受付の警官に「マイルズさんはいるかい?」と、尋ねていた。


警官は含み笑いを浮かべ「マイルズさんね〜、どこ行ったんだっけな。ちょっと分かりませんね」と、答えようとしたがオリビアは言葉を遮るように、懐から紙幣を取り出しデスクの上に放り投げる。


「無駄な時間は過ごしたくないんだけど。後、馬車で来たんでね、足元みてもこれ以上は出せないよ」そう言うと、警官は額に納得がいったようで「安置所に居るよ、ほれ許可証だ」と、二枚の紙を渡した。


ロイドはそのやり取りを見て、思わず苦い表情をしてしまう。それに気がついた警官は皮肉を込めて声を掛ける。


「お連れさんはどうかしたのか? 気分が悪いならそこのソファーで休んどくといい」


少し俯き「いえ、大丈夫です」そう言葉を返すと、オリビアは「ん、じゃあ通らせて貰うよ」と、警官に掌をひらひらとさせて安置所に向かい出す。


その後を追うように歩き出すと、二人に「そうそう、お客さんが居るから失礼のないようにな」と、嫌な笑みを浮かべながら言葉を掛け、何事もなかったように仕事に戻っていった。


ロイドは、石畳の通路を進み安置所に向かう中「あの、マイルズさんって人はどんな方なんですか?」と、問い掛ける。オリビアは顔を向ける事も、歩く速度を落とす事なく淡々と答える。


「私の父親の友人で、ここで検死官してる。で、今回の事も何かしらの情報を持ってるだろうね。人柄は……そうだね、ちょっと変わってる。まあ、それは会ってみればわかると思うけど」


ちょっと変わってる? 彼女の言動や行動も、他の女性と比べ充変わってると思う。その本人が言うと、かなり不安になってくるな。


暫く歩くと取調室と書かれた扉に差し掛かり、解錠の音と共に手首を振りながらやれやれと疲れた表情の中年の男が出てきた。ロイドは好奇心から男を視界に捉えるが、男は気に障ったのか怒気を込め口を切った。


「何見てんだよ兄ちゃん、そんなに俺が珍しいか?」


「えっ! いや、すいません! そんなつもりは……」予想しなかった言葉に驚き、なんとか言葉を捻り出すが続かない。

男はニヤニヤと笑みを浮かべ、威圧感に耐えれず俯いたロイドに更に言葉を投げようとしたが、後ろから警官に声を掛けられる。


「なんだ、追加料金でも払ってくれるのか?」


その言葉を聞くと男は舌打ちをし、ロイドに一瞥をくれると足早に離れていった。


その様子を呆れながら見届け、警官に「へえ〜、なんか懐が暖かそうだね」と、皮肉を込めて声をかける。


「おっ!オリビアじゃねえか。まあな、臨時収入ってやつだ。大物じゃねえからたかが知れてるが、それなりにはな」


二人のやり取りを見て不快感を感じつつも「あの男は何をしたんですか?」と、ロイドは警官に問い掛けた。


「おっと、お前さんは新人かい? 教えてやってもいいが金次第って所だ」


その返答に衝撃を受け言葉に詰まってしまう。警官は儲けがない事を悟ると、手を振りながらその場を立ち去った。


その背中を睨むように「なんで、なんでなんだよ……」そう呟くロイドに「あんたは警察って組織をどこまで知ってるんだい?」と、声が掛かる。


市民を守る組織だと自分ではそう思っている。これに間違いは無いはずだ……


「出来たばかりの組織ってのはわかってるね? じゃあ、前身の組織についてはどう?」そう問われ、ロイドは思考を巡らせる。


「一応、知ってはいます」爺さんに聞いた話だと、大元は自警団だった。だからどうした……市民を守ると言う事に変わりは無いはずだ。


「そう睨みなさんな。自警団ってのは市民自らの手で行う、つまりは活動に報酬が出ないって事だよ。それを引き継いだ出来立ての警察という組織、人員選出も報酬についても同様って事。無償で危険に立ち向かう、私だったらまっぴら御免だね」


だからって! そう叫びそうになるが、オリビアの掌で遮られる。


「気持ちはわかるよ。だけどね人間ってのは、今すぐ変わるってのは難しいんだよ……」


オリビアはそう言葉を掛けると、再び安置所に向かい歩を進め始め思考に耽る。

アンタの求める正義、警察ってのは遠い未来の形だと思う。だけど、今この瞬間に生きる私達に取って、この組織にどれほどの価値があるのだろうか。世界の変化に人の変化がついていっていない現状では、他者に気を掛ける暇は無く、自分を守るのは自分自身だけだ。


そう結論付けると足を止め、その場に立ち尽くし悔しさに表情を歪ませたロイドに「ほら、早くしないと置いてくよ」と、声を掛け再び歩き出す。そして、背後から聞こえて来る足音に安堵の息を漏らした。

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