ブラッディー マリー 6
中流階級街の片隅にある、三階建てのレンガで造られた建物。大きい物ではないが一階は飲食店、雑貨屋。そして、二階はオフィスが入り、三階は持ち主の住居となっている。
一階の店舗はそこそこ繁盛していて、食欲を唆る香ばしい匂いが漂っており。通りがかる人は足を止め、ショーウインドウの楼で作られた料理を眺めると、自分の懐と胃袋に相談しながら思考に耽ける。
そして、その場から立ち去る者、店に入って行く者と様々であった。
陽が真上に差し掛かる頃に、日常的に見かけ別段珍しいものでは無く。ありふれた光景があるのだが、今日は普段と違い二階のオフィスから声が響く。
「大変です社長! 決闘無敗の男、イーサン・ブラウンがやられました!」
一人の青年が「クロード新聞社」と書かれたドアを勢いよく開き、息を切らしながらも言い放った。その瞬間、室内は騒然となるが、部屋の奥にある重厚感に溢れるデスクに鎮座する中年の男性の声により収められた。
「ロイド……ちゃんとノックして入ってこい、紳士の嗜みだぞ。次やったら分かるな?」
「すっすいませんクロードさん、気を付けます……」
クロードと呼ばれた男はゆっくりと腰を上げると、腹に溜まった脂肪をデスクにぶつけないようにロイドに歩み寄る。
「その情報は正確なのか?」
「はい! 警官の会話を聞いたので間違い無いです」
クロードは返事を受け一つ溜息をつくと、室内の記者達を見渡しながら声をかける。
「誰か手の空いてる者はいるか? 新人記者のお守りを頼みたいんだが」
その声に返事を返す者は見あたらなかった。
ここに限らず多くの新聞社では、産業の進歩や発明の記事が優先され。人々の関心を集める一面を作り、購読者を獲得するのに躍起になっている。今までの悪しき慣習により記者達にしてみれば、決闘に勝ち続けた男の死など気に掛ける価値も無かった。
クロードは溜息をつくと、近くにいる記者に声を掛ける。
「オリビアは何処に?」
「朝から資料室に閉じこもってますが……呼んできましょうか?」
「いや大丈夫だ」そう返すと、ロイドへ顎でクイッと付いて来るように促し。所狭しと置かれたデスクの間を通り、部屋の奥にある資料室に向かった。
「狭いオフィスだ、もう少し儲ければ引っ越すんだがなぁ」そう呟くと、頑丈そうなドアをノックし返事を待つこともなく開けた。
クロードの後ろからロイドは中を伺うと、先程の部屋より広いが本棚が置かれ、人の通るスペースしか確保していない。灯りはなく薄暗い室内であるが、この時間帯は窓から差し込む陽によって、辺りは不自由が無い程度に照らされている。そして、窓枠の側には背を預けながら、資料をまとめた冊子に目を通している人影があった。
「オリビア仕事だ、ロイドと一緒に取材して来てくれ」
「仕事? と言うか、ロイド……って誰?」
冊子から気怠そうにクロードに視線を向ける人物は、少し短めの金髪の髪を後ろに纏め、銀縁の丸眼鏡を掛けた女性。服装はベストにスラックスと男性の装いをしており、言葉と裏腹に向けられた視線に、冷ややかなものを感じさせる。
溜息をつきながら「一週間前に入った新人だ、少しは仲間の事を覚えろ」と返された彼女は、誤魔化すように肩を竦めながら口を開く。
「一般大衆向けの記事なら、他の奴に任せた方が良いと思うんだけどね」
「まあ、そうだろうな。だが、ロイドが仕入れてきたのは「決闘無敗の男、イーサン・ブラウンがやられた」って話だ」
へえ〜と、少し声を漏らすと冊子を閉じて本棚に戻し、コートを手に取るとロイドに視線を向ける。
「え〜と、ロイドだっけ? 取材は何処まで進んでる?」
「えっ、はっはい。警官の会話を聞いただけですが……」その言葉を受けると、オリビアは盛大に溜息をつき。頭をひとかきし睨むように視線を向けると口を切った。
「つまりは裏取も何もしていないと、なるほど新人だな……まずは警察署に向かう、突っ立ってないでコートをとってきな」
ロイドは返事を返すと、緊張した面持ちで自分のデスクに走って帰っていく。
後を追うように彼女も資料室の扉を通ると、クロードは意地の悪い笑みを浮かべ言葉を掛ける。
「程々に鍛えてやってくれ」
口元に笑みを浮かべ「善処しますよ」そう答えたオリビアは、手をヒラヒラと振りながら新聞社を後にした。