ブラッディー マリー 2
闇と雪に包まれた静寂の中、酒場から漏れる笑い声と自画自賛の声。
決闘に勝利した自分に酔い、酒に溺れ掠れた声は騒音以外の何物でも無い。
ほろ酔いの内はまだ良かった、野次馬は男を讃え英雄譚を聞く様に耳を向けていた。だが、酔いが深まるにつれ話は誇張され始め、男の醜さが滲み出ると次第に人は去っていく。
一人残された男は店主に代金を払うと、ふらついた足取りで店を出る。
「全く……話はまだまだこれからってのによ……」
少し歩くと寒さと足音に気付き天を仰ぐ。
「ちっ、雪か。積もってやがる、これじゃ酔いが覚めちまうだろうが……」
酒場に戻ろうかとも思ったが、店主が店仕舞いしている所を見て気が変わる。
其処には誰も居らず讃えられる事がなく、自尊心を満たす事ができないからだ。
「仕方ねえ、家に帰るか……」
そう呟くと男は積もった雪を踏みしめて歩き出す。暫く歩くと民家が立ち並ぶ通りに差し掛かり、ここぞとばかり男は突然叫び出した。
「俺は決闘無敗の男、イーサン・ブラウンだ! 褒め讃えられてやる! 出て来やがれ!」
辺りの静寂を切り裂く胸が悪くなる叫び、住民達は耳を傾けず窓や扉を閉め始める。
「クソが、誰も見向きもしねえ……」
そう嘆き再び家に向けて歩き出すと雪の舞う中、視線の先に小さな灯が見える。暫くすると消えてしまうが、直ぐに灯が点けられる。
「誰か居るのか?」
声を投げ掛け確認すると、其処には籠を持ちマッチを擦る少女が居た。
「こんばんわ。決闘無敗のイーサン・ブラウンさん」
「誰だお前は……」
決闘を繰り返して生き残って居るだけあって、イーサンはその少女の異質さに気が付く。そして少女がゆっくりと籠に手を入れると、男は静かに腰の銃に手を近づける。
籠からマッチの箱、その中から数本取り出すと火を点け始める。
「一週間前にはジョナサンという男と決闘……」
火の点いたまま足元に落とし、二本目を灯す。
「五日前にはアーロン……」
先程と同様に三本目を灯す。
イーサンは決闘に勝利した時の事を思い出し、歪んだ笑みを浮かべる。
「三日前にはマリク……」
四本目を灯そうとするが手を止める。
「今日はフランク……だけど、あの男は死んでないわね」
イーサンの顔から笑みが消える。そんな事はないと言った表情で、少女を睨みつけ言葉を放つ。
「お前、決闘にケチを付けやがったな……」
この時代は決闘が行われた場合、他者が介入する事は禁じられている。そして、その者は罰せられる決まりがあった。
イーサンは腰にかけた手を握ったり拡げたりと、いつでも銃を抜けるようにしていた。
「最後のマッチは貴方にあげるわ」
そう言い灯をともし照らされる少女の笑み、それを見たイーサンは迷わず銃を抜いた。
銃を構えると同時に狙いを付け引金を引く、腰に手を近づけた分簡単な事だった。
狙いを付ける瞬間に、雪が降っているのも忘れていまう程の視界に広がる光。
眼前に放り出されたマッチの灯だった、それを何とか躱し銃口を定めようとする。が、既にイーサンの額に銃口が向けられていた。
「そ、その銃は……マリクって奴が持ってたな……ああそうかフランクって奴は確か」
驚きながらも言葉を続け、ゆっくりと気付かれないように銃口を少女に合わせる。
「何者だてめえは!」
叫びと共に引金が引かれ銃声が鳴り響き、放たれた弾丸は罪深き者を貫く。
地面に横たわる罪深き者、落ちたマッチと共に命の灯は消え去り。
「マッチ売りのマリーよ……ただ、手は血に塗れているけどもね」
死者を弔うように呟くと、訪れた静寂の中を何処ともなく消えて行った。