イタリア空軍 〜カヴァリエーレ航空戦記〜
イタリア軍は二次大戦において、ほとんど活躍できませんでした。
しかし、そんな中にも優れたエース・パイロット達がいたのは事実です。
マッキ MC.202『フォルゴーレ』
最大速度:600km/h
武装:12.7mm機銃×2、7.7mm機銃×2
イタリア空軍の前期主力戦闘機だったMC.200『サエッタ』は、保守的なパイロットたちが極端に視界性を要求し、開放型操縦席にするという苦渋の決断が下された。
エンジンの性能も良いものではなく、優れた設計を活かせず、導入された時点で限界は見えていた。
その改善策として、ドイツのダイムラー・ベンツ社製DB.601エンジンを搭載するため、MC.200の設計者であるマリオ=カストルディ技師により再設計され、高速機として生まれ変わったのが、このMC.202である。
連合国の戦闘機と互角の戦いを見せた本機だが、火力不足がネックとなり、後期には20mm機関砲パックを翼下に取り付け火力増強を図った。
愛称のフォルゴーレは、『稲妻』の意味である。
………
私はイタリア空軍中尉、アレッシオ=マスカーニ。
今、死神に追われている。
『スピットファイア』という名の死神……イギリス軍の主力戦闘機だ。
私の愛機……MC.202『フォルゴーレ』は、現時点ではイタリア空軍最強と言って良い。
今日も私は敵を1機撃墜したが、その後敵編隊を深追いしてしまった。
そして今、3機のスピットファイアに追われているのだ。
私はエルロンを切って、照準をかわす。
曳光弾の光が、私の機体を掠めていく。
このままただ逃げ続けていても、いつかは墜とされるのだ。
一か八か、上に見える断雲に逃げ込むしかないだろう。
私は機首を上に向けた。
ラダーで軌道を変えつつ、上昇する。
ドイツ製の高馬力エンジンの性能に、賭けるしかない。
鋭い音がして、キャノピーに穴が空いた。
主翼にも弾痕が穿たれる。
「くそっ、耐えてくれ…… ! 」
機体を励まし、エルロンで身を捻りつつ、さらに上昇。
断雲まであと少しだ。
だがそんな時、機体の速度がガクンと落ちた。
エンジンに何発か喰らったか。
すると、スピットファイアの1機が、どういうわけか私の前に出た。
私の202が急に減速したせいで、誤って追い抜いてしまったのだろう。
丁度、相手の水平尾翼が、こちらの左翼先端部に重なる位置。
私は咄嗟に、操縦桿を右に倒す。
左翼が跳ね上がり、スピットファイアの水平尾翼に接触、へし折った。
がくりとバランスを崩し、墜ちていくスピット。
残り2機の方から猛攻を受けながらも、間一髪で断雲の中に逃げ込む。
危なかった。
あのスピットファイアが、右ではなく左に出てくれて助かった。
202はプロペラ回転のトルクモーメントを打ち消すための工夫として、左の翼が右より20センチほど長いのである。
エンジンが被弾しているが、飛行場までなんとか持つだろう。
これで今日、私は2機も墜としたことになる。
もっとも毎回これでは命がいくつあっても足りないから、今後決して深追いしないよう、心がけるとしよう。
………
「よくもまぁ、こんな状態で帰って来ただな」
整備兵のグレコが、エンジンを見ながら言う。
機関部以外にも、数カ所穴が空いていた。
「直るか ? 」
「まあ、なんとかしますべ」
「頼むぞ、撃墜マークを書き足すのは後でいい」
私たちイタリアの人間は、外国人から見ると『享楽主義者』らしい。
確かにドイツ人などと比べれば享楽的だろう。
特に南部の人間は、私が見てもそう思う。
しかしグレコはいざ仕事をするとなれば、一切手抜きをしない人間だ。
彼がなんとかすると言うからには、信用して良い。
「これで中尉は、撃墜数8機」
「ああ……だが連合軍の物量からすれば、蚊が刺したほどの傷でもないだろう」
「北部の人ぁ、ネガティブでスな」
グレコは笑って言う。
昔は田舎臭いと感じていたこの訛りも、親しい仲となった今では愛嬌があるように思える。
「そう言うが、この前はフィベリオがやられたからな……」
私がそう言うと、さすがに笑みを消して、グレコは頷いた。
「フィベリオ少尉は例の、図体のでかい戦闘機にやられたらしいべ」
「サンダーボルト、か……」
私も見たことがある。
P-47『サンダーボルト』、アメリカ製の機体だ。
見た目は上下に太く重そうで、我々から見れば不格好。
しかし並々ならぬ強敵である。
上昇性能と急降下性能が桁外れな上、12.7mm機銃を8挺も搭載しているのだ。
「アメリカの開発した機体は頑丈だからな……。それに今では、この辺りまでB-17が飛んでくるようになった。202は火力不足かもしれない」
「んだなぁ。翼の下に20mm機関砲ぶら下げるって話もあるだども」
「20mmか……それなら効きそうだが」
と、その時。
エンジン音が迫ってきた。
空を見上げると、2機の202が近づいて来た。
その後ろに、SM.81爆撃機が2機着いてくる。
「補充機だか ? 」
「だろうな」
よく見てみると、202の翼下には増槽の他に、銃身の長い機関砲パックが装着されていた。
今話していた、20mm機関砲か。
4機とも着陸し、パイロットたちが顔を出す。
「挨拶してくる」
私は202の方へ、歩み寄った。
颯爽と操縦席から降りてきたのは、金髪の男だ。
私と同じくらいの歳だろうか。
「……アレッシオか ? 」
その男が口を開く。
そこで私も気づいた。
「マッシモか ! ? 」
「久しぶりだな、おい ! 」
マッシモ=フィラレーテ。
私の幼馴染みだ。
まさかこんな所で再会するとは。
「元気にしてたか、アレッシオ ! ? 」
「ああ、相変わらずさ。会えて嬉しいよ」
「しっかし驚いたな、こんな場所でよ。お前の機体は何処だ ? 」
「向こうだ」
私は、グレコが修理している私の機体を指し示した。
「やられたのか ? 」
「ああ。その代わり2機墜としたが」
「1日に2機か、さすがだな。俺は今まで、合計8機墜とした」
「私も同数だな。ところで……」
ちらりと、マッシモの機体に取り付けられた20mm機関砲パックに目を向ける。
「この20mm、使ってみたか ? 」
「少しな。外付けだから機動力は多少下がるけど、それほど問題はない。弾が重いから、有効射程は12.7mmより短いが、威力は抜群さ。2、3発当てれば主翼がブッ飛ぶ」
「そうか、近づいて撃ち込めば有効だな」
「一緒に来たSM.81に、何機分か積んであるから、修理終わったらつけてみろよ」
「そうだな、試してみよう」
そう言った後、私はふと思ったことを口にした。
「……ルイーザは、元気か ? 」
「おう、この前手紙が来たよ。……お、そうだ」
マッシモはポケットから、2枚の写真を取り出した。
映っているのは、長髪の女性……ルイーザだ。
「手紙に同封されていた。1枚、持ってろよ」
「いいのか ? 」
「ああ、お前のこともかなり心配してたからな」
私は片方の写真を受け取る。
子犬を抱いて笑っている、可愛らしい姿が映っていた。
「さて、司令官に挨拶してくるぜ」
「後で一杯やろう」
「おうよ」
……マッシモが立ち去った後、私はしばらく、ルイーザの写真を眺めていた。
マッシモの妹だ。
昔から妹思いな奴で、いい家に嫁に行かせてやるんだと張り切っていた。
実際、豪商の子息に見初められたという。
短く溜め息を吐き、私は自機の元へと戻った。
………
そしてその晩。
私とマッシモは星空の下で、熱いコーヒーを飲みながら、改めて再会を喜んだ。
「しっかし、夜は冷えるな」
「ああ」
私はコーヒーをすすった。
口の中で苦みと熱さを感じ、それを胃袋に送る。
「それにしても、ムッソリーニは何を考えているんだかな ? 」
「そうだな。奴の『空中艦隊構想』はなかなかのものだと思うが……」
空中艦隊構想とは、一応我々の指導者ということになるベニート=ムッソリーニが提唱した、空軍における軍備拡張計画だ。
軍備拡張の中でも特に空軍に力を入れているムッソリーニは、1000機もの第一線機を用意することを目的としている。
その考え自体は、私も間違っていないと思う。
しかし、ムッソリーニは大事な所を見逃している。
パイロットの技量と、経験だ。
「この飛行場のパイロット、お前以外はどんなだ ? 」
マッシモが尋ねてきた。
「先日、5機撃墜のフィベリオが死んだから、多い奴で撃墜数2機だ。今日お前と一緒に来た奴は、どうだ ? 」
「カルロのことか。筋は悪くないが、いささか経験不足だな。つっても、これから経験積めるかもわからんけど」
「新型機……205『ベルトロ』も、実戦投入は6月になるという話だ」
「だが、俺達はまだ戦える。どんな手を使っても、ぶち墜としてやるさ」
「どんな手を使っても、というところが不安だ」
マッシモは子供の頃、私やルイーザが止めるのも聞かず、家の屋根から傘をパラシュート代わりに飛び降りたことがある。
幸い下が柔らかい地面だったので、足を打ったのと、その後親父さんから拳骨を喰らっただけで済んだ。
私も母から叱られた。
友達がそのようなことをやろうとしたら、木に縛り付けてでも止めろと。
没落した貴族の生まれである母は、自分を支えてくれる仲間の大切さを、いつも私に説いていた。
それ以来、私はマッシモという暴れ馬の手綱を握ってきたのである。
だが、空でもそれができるとは思えない。
「俺だって、昔ほどガキじゃないさ」
「そう願いたいな」
「昔からお前は大人びてたよな。教養の差か ? 」
「さあな」
その時私は、マッシモが何迷っているような表情をしているように思えた。
「アレッシオ、お前は……本物の騎士って、何だと思う ? 」
マッシモがそんなことを言った。
「何だ、唐突に ? 」
彼の意図が分からず、私は問い返す。
「いや、何でもねぇ……」
マッシモは、カップのコーヒーを一気に飲み干した。
言おうとしていた言葉も、コーヒーと一緒に呑み込んでしまったのだろう。
次にマッシモが口にした言葉は、「マンマのニョッキが食いてぇな」だった。
……それから1週間。
20mm機関砲に慣れた私は、重爆撃機B-17『フライングフォートレス』1機を、マッシモと共同で機撃墜した。
本土に戦略爆撃機が飛来する時点で末期だが、ルイーザのような民間人を1人でも守らなければならない。
今日も私は、マッシモと共に上がった。
敵編隊を確認し、攻撃を開始する。
近場なので、増槽は最初から無い。
護衛機のP-47が厄介だ。
縫うように回避しつつ、或いは旋回戦で撃退していくしかない。
もっともそれが、とんでもなく難しいのだが。
B-17に接近する。
防御射撃のすさまじさは洒落にならない。
そんな時、さらに後方から機銃の光が見えた。
「ちっ……」
後ろに食いついてくるP-47。
まだ簡単に当たる距離ではないが、牽制になればそれでも良しということか。
そんなに言うなら仕方がない、1曲だけなら踊ってやろう。
死に至るワルツを。
私はエルロンを切って旋回。
相手は追尾してくる。
かかったな。
機体の特性に、あまり慣れていないパイロットのようだ。
もう少しだ、もう少し食いついてこい。
よし、今だ。
P-47が牽制ではなく、確実に当てるつもりで撃った瞬間、機体を急旋回に入れる。
更にフラップを開く。
速度が落ち、尚かつ小さく、私の機体はくるりと回る。
そして、P-47の後ろを取った。
ラダーで修正。
早いフィナーレだ。
撃つ !
そして離脱。
火を噴いて墜ちていくP-47。
周囲を確認しつつ、再びB-17に機首を向けようとしたが、1機の味方が目に入った。
マッシモと一緒にやってきた、確か、カルロ=リッピ少尉と言った。
P-47に追われているようだが、逃げようと突如横転降下を始めたのだ。
「馬鹿が ! 死ぬぞ ! 」
急降下性能が桁外れのP-47相手に、自殺行為だ。
案の定、あっという間に追いつかれ、銃撃を受けた。
散華していく202。
その時別の202が、P-47を追って降下し、20mm弾を撃ち込んだ。
被弾したP-47は離脱する。
あの機体は……マッシモだ。
弟分の仇を討ちに来たのだ。
だがその時、マッシモにもP-47が迫る。
蜘蛛のノーズアートが描かれた機体だ。
「マッシモ ! 逃げろ ! 」
私は叫ぶと同時に、マッシモを援護しようと機首をそちらに向けたが、間に合わない。
降下の体勢から引き起こし始めたマッシモだが、その時すでに、P-47は彼を射程距離に収めていた。
8門の12.7mm機銃が火を噴き、202に命中する。
私はマッシモの名を叫んだ。
燃えさかる機体の中から、彼が飛び出してパラシュートが開く。
脱出に成功したか。
私はほっと胸をなで下ろした。
……が、しかし。
蜘蛛の描かれたP-47は、そのパラシュートへ……降下中のマッシモに機首を向けた。
私は愕然とした。
「……やめろ……やめろーッ ! ! 」
刹那、鉛玉のシャワーがパラシュートを襲った。
穴が空き、速度制御の機能を完全に失ったパラシュートが帯のように伸び、マッシモの姿は急速に地上へと消えていった。
蜘蛛マークのP-47も、飛び去っていく。
私はコクピットの中で、親友の名を絶叫した。
何度も、何度も……。
………
帰還した後、私は泣いていた。
マッシモの遺体は発見された。
落下の衝撃で全身の骨が折れ、即死だ。
共に街を駆け回り、共に夢を語り合った親友。
また、ひょっこりと帰ってくるのでは……
そんな思いが消えなかった。
「……中尉」
グレコが、折りたたまれた紙を差し出した。
「フィラレーテ中尉から、預かっていただよ」
「マッシモから…… ? 」
「んだ、自分にもしものことがあったとき、マスカーニ中尉に渡してくれって」
遺書か。
あいつもそんなものを書くほど、死を覚悟していたのだ。
私はそれを受け取ると、開いて中を見た。
その内容は……
………
アレッシオ、俺が死んだときは、ルイーザを頼む。
俺はお前が、ルイーザを好きだってことには気づいていたし、ルイーザもお前が好きだった。
けれど、俺の家は貧しい。
妹にはいい所に嫁に行かせて、豊かな暮らしをさせてやりたいと思って、ずっと気づかないふりをしていた。
だが、戦闘機乗りになって気づいた。
ルイーザを幸せにしてやれるのは、金持ちじゃなくて、真の騎士だと。
あの商人の息子には何度か会ったが、とても騎士なんて呼べやしない。
お前は何を今更と思うかもしれないが、アレッシオよ、俺の知る中で最高の騎士よ。
どうかルイーザを幸せにして欲しい。
そして俺を親友と呼んでくれたこと、心から感謝する。
マッシモ=フィラレーテ
………
「……馬鹿野郎」
意味もなく、私は呟いていた。
「どこまでもお前は、勝手で、無鉄砲で……しょうがない奴だ」
私は手紙を懐にしまい、空を見上げた。
今日も、あの機は飛んでいるのだろうか。
蜘蛛のマークの、P-47……。
次に会ったその時は、あの機のパイロットにとって最も不幸な日となるだろう。
………2週間後。
「今度の敵、かなり多いだな」
グレコが言う。
「ああ、爆撃機も護衛機も、相当な数らしい」
「シチリアの方で、MC.205の投入が始まったらしいだよ。けんど機数が揃わんと、この基地にも配備されるかはわからんべ」
新鋭機と言っても、この時局ではどの程度活躍できることか。
この戦争自体、無計画に参戦したようなものだ。
いくら最高レベルの技術力を持ったドイツがついていても、すでに先が見えている。
「負け戦、だな」
私は苦笑しつつ、操縦席に乗り込む。
「さて、今日も無事でありますように……」
「機体はちゃんと帰してけれ。俺等整備兵にとっちゃ、ただの棺桶じゃねぇだ」
「わかっている」
グレコは、自分の整備した機体が無事に帰ってくることを、いつも祈っている。
つまり、私には帰ってくる義務があるわけだ。
エンジンがかけられ、車輪止めが外される。
滑走路まで機体をタキシングさせていく。
油圧・油温正常。
エンジンの回転数を上げ、離陸開始。
地面から足が離れる。
この瞬間から、戦闘機乗りは死神に取り憑かれるのだ。
そして死神は、離れたり近づいたりしながら、私が隙を見せるのを待っている。
機体の足を畳み、私はいよいよ戦場へと赴く。
騎士として。
「……見えた」
途方もない数の爆撃機と護衛機が、編隊を組んで飛んでいる。
これが連合国の力か。
私はスロットルを上げ、急上昇して下部を狙う。
P-47は個性の強い機体で、全てのパイロットがその性能を活かし切れるとは限らない。
最後に物を言うのは、乗っている人間の性能だ。
ロールして周囲を確認しつつ、P-47からの攻撃をやり過ごす。
その時だった。
すれ違ったP-47の機首に、8本足の虫……蜘蛛の絵が、確かに描かれていた。
私は即座に、目標を変えた。
機体を反転させ、P-47を追う。
相手は私に気づき、機首を上げて上昇した。
そして私より早く、旋回に入る。
相手が後方に回り、射程距離に迫った瞬間、バレルロールで減速。
P-47の射弾、そして速度の着いていた機体は、私の描く螺旋の中を抜けていく。
これで私が後ろを取った。
しかし、今度はP-47の方が急減速したのである。
一瞬のことだったが、私は何が起きたか理解した。
左方向へ僅かにそれた敵は、それと逆の方向に機体をロールさせ、急激に速度を落としたのだ。
非常に高度な技術だ。
敵が撃ってくる寸前に、私は火線をかわした。
紙一重だ。
こうなったからには、腹を決めるしかない。
私が日頃、最後の手段と考えていた技。
親友の仇と、その親友の最後の願い。
そして……故郷に帰り、ルイーザに会う。
それだけではない。
パラシュート降下中のパイロットを狙うような、無粋な輩に、私は見せつけてやりたい。
我々の粋という奴を。
私は螺旋軌道を描きつつ、急降下。
急降下性能に自信のあるP-47は同じ螺旋軌道で食いついてくる。
私を支配するのは、狂気。
Gで機体が軋み、私の体にもとんでもない負荷がかかる。
だがこの螺旋軌道なら、高速で急降下するP-47も、そうすぐに私に追いつかない。
私は、スロットルを絞った。
さすがの相手も、こちらの減速に気づかなかった。
P-47が前に出る。
照準を合わせ、短くトリガーを引いた。
Gにより、胃液が口から溢れた。
機体をゆっくりと起こす。
P-47は……墜ちていく。
蜘蛛の描かれた機体が空中分解し、パイロットが脱出した。
そのパイロットのパラシュートを撃ってやろうという衝動に駆られたが、思いとどまった。
あのような外道と同類になってしまう。
それでは姫君を、ルイーザを迎えに行くことなどできない。
あのパイロットは、殺す価値も無い。
ただ、一泡吹かせてやれた。
(これで仇討ちとさせてくれ、マッシモ……)
先の大戦から大量殺戮兵器が使われ始め、ついに地上から、騎士道は消え去った。
そして空からも、消えていく運命なのかも知れない。
だが私は、どんなに空が変わろうと、貫いてみせる。
マッシモのために。
グレコのために。
ルイーザのために。
騎士の、誇りを。
〜fin〜
お読みいただき、ありがとうございます。
前書きに書いた通り、イタリア軍は全くと言って良いほど活躍できませんでした。
イタリア軍がエジプトなどで敗北したため、地中海経由で連合軍が責めてくることを危惧したドイツは、ソ連への侵攻作戦を遅らせてまで援軍を派遣したりと、同盟国にも迷惑かけてます。
ムッソリーニが大日本帝国と同じくらい無計画に参戦したことや、元々小国が集まった国だったため、統一後も兵士達に「同じ国の軍人」という意識が無く、分裂が起きていたことなどが原因でしょう。
しかしそんな中でも、多くのエース・パイロットを排出した事実(二次大戦のイタリア空軍最高撃墜記録は26機撃墜のフランコ=ルッキーニ。やはりドイツや日本のエースには及ばないが、状況などを考えれば優れたスコアかと)。
MC.202や、降伏直前に実戦投入されたMC.205『ベルトロ』も、戦闘機としては優れた性能を持っていました。
さて、私がイタリア空軍の話を書こうと思った理由は、上記のような正論だけでなく、妙な流言飛語を信じてイタリア軍を馬鹿にする人がいると知ったからです。
例えばこの話の冒頭に、MC.202の原形となったMC.200が、視界性能の欲求に答えるため開放式の風防になったという話を書きましたが、それが「『密閉式では風を感じられない』というパイロットの声により開放式となり、せっかくの高速機を台無しにした」などという俗説が流布されています。
確かに高速性は失われたし、洒落の好きなイタリア人なら「風を受けられた方がいいよな」くらいは冗談として言ったかも知れません。
しかし、いくらなんでもそんな理由で、自分の設計を曲げる技師がいるはずありませんし、それを認めるような軍隊などあるわけがないです(飛行機が生まれた初期の頃のパイロットは、計器が当てにならなかったので風の感覚で速度を測ることが大事と考えていた、という話もありますが)。
MC.200の風防が開放式になったのは、あくまでも視界性能の欲求に答えるための、苦渋の決断だったのです。
他にも水が貴重なアフリカでパスタを茹でていただの、戦闘中にティータイムをしていただの、そんな逸話が散見しています。
いくら士気が低くても、最低限の軍人としての規律はあったはずですし、第一死と隣り合わせの戦場でそんなアホなことをやる軍隊はあり得ません。
そんなことから、一度格好いいイタリア軍を書いてみようと思いました。
2009/9/27
最近知りえた情報ですが、MC.202の20mm機関砲パック装備型は、機動性の低下が嫌われて実戦では使われなかったようです。
ドイツ・日本と比べれば資料の少ないイタリア軍のことではありますが、調査不足であったと赤面しております。
これを修正するとなると、小説自体をかなり大きく改稿しなければならないので、今のところはこのままにしておきます(12.7mmと7.7mmだけでP-47を墜とすとなると、もっとしこたま撃ち込まなければならないと思うので)。
いずれ、主人公がMC.205なりG55なりに機種転換するという形で書き直そうと思います。
まことに申し訳ございません。