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真っ赤なお花のトナー飼い

作者: 焼魚あまね

 クリスマスに対する印象は人それぞれだが、めでたい日であることには違いないのだろう。 

 家族や恋人たちが楽しいひと時を過ごし、商売人たちはここぞとばかりに客を集める。


 魔法が日常に溶け込んで久しいこの二コラ帝国も例外ではなかった。

 魔法があれば娯楽は十分。

 などと考える者もいるが、それでも国民の意識から消え去ることはなかった。

 そんな素敵な日も、彼女にとっては少し違う。


「あ~、真っ白だ~!」


 黒縁メガネにおかっぱ頭の彼女は自室の椅子に座り嘆いた。

 机の上には真っ白な紙とペン。

 手に握ったペンは動くことなく、机に設置されたスタンド照明に照らされている。


 そう、彼女は同人漫画家だったのだ。

 しかもあまり売れてはいない。

 クリスマスに開かれる同人誌即売会に向けて作業中なわけだが、思うように進んでいない。

 というか最悪な状況だ。


 同人活動を始めてからというもの、この時期はいつも締め切りに追われているのだが、今回は過去最悪の状況である。


「今日がイブで明日がイベント。印刷所に持ち込む余裕? はは、ないですよね~。そもそも持ち込む原稿すらないですからね~、ははは」


 とうとう精神をやられてしまったのか、原稿から目を背けるように窓の外を見つめる。

 外には蛍光魔法で装飾されたツリーや看板が見える。


「はぁ~、私何やってるんだろ。どうせ売れないのに、プロになんかなれっこないのに」


 室内の陰気さと、窓の外のギャップを感じさらに落ち込む。

 そして闇が室内にも心にも充満したその時、自室の扉が急に開け放たれた。


「はははははっ! なんという絶望の香りよ! これは素晴らしい! なるほど、これが引きこもりという種の住まう居城であるか」


 明らかにおかしな来客の登場である。

 室内の照明は机にあるスタンド照明のみのため、扉を開けた人物の姿ははっきりしない。

 ただ大きく、そして何やらひらひらしたものを身につけている。

 部屋の主、増田ますだクリスは少々怯えながらも来客に言った。


「あの、近くに照明のスイッチがあると思うのでつけていただけますか?」

「おお、これか! 良かろう。それにしても今どき手動とは珍しいな。もしやこの部屋の時間は止まっているのか?」


 来客は失礼なことを口にしつつも、室内の照明をつけた。

 こうして、来客の姿を見ることができたわけだが、


「ええ!?」


 クリスが驚くのも無理はない。

 そこにいたのは大きな体の男性だった。


 長い金髪、整った顔。

 黒い袋を持ち、赤を基調とした軍服のような服装に、その上からこれまた真っ赤なマントを羽織っている。


 そして最も気になるのが頭の上だ。

 彼の頭の上にはなぜか真っ赤なバラが二本生えていた。


「どうした、驚いて声も出ないのか?」


 その通りだった。

 ツッコミどころが多すぎる。

 しかし、何よりもその容姿が気になってしまう。

 原稿の修羅場で朦朧とするクリスは、さらに頭を悩ませた。


「えっと、誰? 赤い服、袋。今日はクリスマスイブ……もしかして、あわてんぼうのサンタさん?」


 その問いかけに来客はニヤリとし、堂々と答えた。


「サンタだと思ったか! 残念だったな、サタンだよ!」


 その言葉を聞いたクリスは、色々な物が限界に達し気絶するのだった。



 それから一時間後。

 クリスは頬に妙な感触を受けて目を覚ます。


「ほほぉ、なかなか柔らかいではないか。さすが引きこもり、UVケアはばっちりの様だな」


 嫌味っぽくも心地良い美声がクリスの耳元で響く。


「ひゃうっ! 何ほっぺた突いてるんですか? というかまだいたんですか! というか夢じゃなかったんですね」


 このでっかい存在が幻でないことに落胆しつつも、聞くべきことを聞くことにしたクリスは言う。


「それで、あなたはサタンさんなんですね。サタンってあのサタン?」 

「そうだ、あのサタンだ。真っ赤なお花のサタンさんだ!」

「えぇー。何だかイメージと違いますね」

「魔界では常識だぞ」


「そうですか。それで何で私の所に来るんですか。もっと他に行くところあるんじゃないですか? こんなサンタも来そうにない陰気なところに……」

「確かに、だがサタンは来るぞ。我は絶望が大好きだ、だからここにいる。我は絶望の色を取り込み、トナーを作っているのだ!」


 絶望、色、トナー。

 クリスは今一つ理解できなかった。

 そんなクリスはお構いなしに、サタンは部屋を見渡した。


「それにしても旧世代の部屋だな。魔法が普及している国とは思えぬほどだ」

「悪かったですね、苦手なんですよ魔法」

「いや悪くないぞ。それに良いものを持っているではないか」


 そう言ってサタンが指で指し示したのは複合型のプリンターだった。


「知ってるんですか、かなりの年代物ですが」

「何を言う。魔界では現役だぞ! 魔法の普及と共に人間界から消え去ったのだろうが、生産済みの製品は皆魔界で利用されているのだ」


「そんな流通経路が!?」

「お前も芸術を嗜むのだろう? 見ればわかる、これは芸術家の部屋だ」


 それを聞いてクリスは少し嬉しくなる。

 陰気なオタクとして避けられることが多かった人生の中、初対面でこんなことを言う者は初めてだった。


「げ、芸術家なんて……。そんな素敵なものじゃないわ」

「ふむ……」


 サタンは本棚を漁り、その中から一冊の同人誌を取り出して目を通す。


「ちょっ! 何勝手に……」

「漫画を描いているのか。美少年同士の恋愛もの。おお、このバラが舞っている表現は良いな。これもお前が描いたのだろう?」


 嬉々として褒めるサタンだが、クリスは反論する。


「そうですけど、それは去年ルシルシさんをリスペクトして描いたものですし、本人には遠く及ばない出来ですよ」

「そう卑下するものでもないと思うがな。そうか、崇拝する者がいるのか」


 この言葉に、クリスは反応する。


「そうっ! まさしく崇拝に価するわ。圧倒的画力で描かれる紅顔の美少年たち。まるでエデンの一幕を切り取ったような神秘的なストーリーに、それを引き立たせるいやらし過ぎないエロス! ルシルシさんは神同人作家よ! 商業作家じゃないのが不思議なくらい」


 先ほどまで絶望していたクリスの変わりように、サタンも少し圧倒される。


「ははは、この情熱。やはりお前は芸術家だ! だが絶望の香りは消えておらぬな。何を絶望している、真っ白な紙を前にして」

「サタンさん、理由分かってるんじゃないですか!」


「ならば描くしか無かろう」

「それはそうなんですけど、もういいんです。今年は間に合いそうにないし」


 そのようにぼやくクリスの絶望が、さらに強くなっていくのを感じたサタン。

 すると彼は驚きの行動を開始した。

 室内にあるプリンターのカバーを開けると、黒い袋から色とりどりのトナーを取り出して取り付け始めた。


「んん? 何してるんですか?」

「描け! 印刷はこれで出来る」

「何そのトナー、動いてますけど」


「魔界のトナーは生きているからな。言っただろう、トナーを作り飼っていると。これを使えばオフセット印刷に準ずる品質となろう」

「飼っているって言ってましたっけ? しかもなんか詳しい」


 勝手に印刷環境を整えたサタン。

 絶望を好むと言っていた彼は、なぜクリスを絶望から救おうとするのだろうか。


「さあ、描くがいい。我はお前の作品が見たいのだ」

「でも私には描く理由も気力ももう……」

「ええい! 我が見たいのだ。それに我以外にも、お前の作品を楽しみにしている者がおろう?」


 クリスは考えた。

 そんな人物はいるだろうか。

 いないのではないかと結論を出そうとした直前。

 一人の人物が頭に浮かぶ。


 数年前に同人誌即売会でたまたま隣のスペースになった三田みたさんだ。

 同じ美少年ジャンルを愛する者として意気投合し、毎年イベントで顔を合わせている。

 しかも三田さんはクリスの作品を好きだと言ってくれる数少ない友人だった。


「芸術家が悩むのは常。されど、楽しみにしている者を蔑ろにすることほど絶望することはあるまい?」

「そうですね。でも、サタンさんは絶望して欲しいんじゃないんですか?」

「今回は特別だ。さあ描こう! 背景のペン入れは任せろ」


 こうして、クリスとサタンの長い夜が始まった。

 普段妄想していたものを描き殴ったネームをかき集め、ストーリーを練る。

 一人では思いつかない話の流れも、サタンの助言によりどんどん出来上がり、あっという間に下書き、ペン入れと進んでいく。


「何この背景、うまっ! サタンさんって何者?」

「悪魔だが?」


 変わった悪魔もいたものである。

 もはや関係性は漫画家と編集者兼アシスタント。

 今までにない品質で行程が進んでいった。

 そして増田クリスの新刊が二十冊完成した。


「できたぁ~! すごい、綺麗な印刷! サタンさんが袋から出してきたこの紙の質も良いし」

「何を言う! お前が頑張って作ったお前の作品だ」

「そうかなぁ」

「そうだ、サタンのお墨付きだぞ!」


「それはなんとも複雑な気分ですが。でも、本当にありがとうございます。サタンさんが来てくれなかったら、私創作を諦めてました。これで三田さんに新刊を読んでもらえる」


 喜ぶクリス。


三田みたさん。それはこの作品の作者か?」


 サタンは本棚から薄い本を取り出し、クリスに見せた。


「そうよ、大切な仲間なの」

「それは良いが、この人物の名は『みた』さんではないぞ?」

「どういうこと?」

「なんと、フリガナまでふっているのに今の今まで勘違いしていたとは」


 それを聞いてクリスは、三田さんの作品をサタンからひったくり名前の部分を見る。


「あぁ~、『三田みた』さんじゃなくて『三田さんた』さん? でも今まで一度も指摘されなかったけど……」

「あえてそう呼んでいると思ったのだろう。別段気に病むことではないだろう」

「そうなのかな?」


「良いではないか、サンタが訪れぬと嘆いていたが、毎年三田サンタと会っていたのだから。それに今年はサタンもやってくるという豪華さだ」


 両手を広げて言い放つサタンにクリスは苦笑する。


「ふふっ、本当にそうですね」

「さて、お前の絶望の香りも消え失せてしまったな。そろそろ帰るとしよう。そうだ、トナーは持ち帰らせてもらうぞ。その代わりと言っては何だが……」


 サタンはマントの中から一冊の本を取り出した。


「我も作品を描いてみたのだ。良かったら読んでみるがよい」

「私のアシスタントしながらこんなもの描いてたんですか? 本当に何者なんですか? ……いや悪魔か。ありがとうございます。サタンさんの新刊、興味あります」

「それは良かった」


 トナーを回収し、袋に入れ、マントを翻し部屋の扉へ向かうサタン。


「絶望を回収できなかったのは残念だが、今回はそれを凌駕する素敵な出会いであった。感謝するぞ、増田クリス」

「こちらこそありがとう……って、もう行っちゃった」


 突如現れたサタン。


 彼はクリスから絶望を奪い取り、代わりに大切なことを教え、希望を与えた。

 そんな彼は、クリスにとっては一足早いサンタの到来に思えた。


「もうサンタでもサタンでも何でもいいや。新刊もできたし、イベント頑張るぞっ!」


 クリスは同人漫画家として完全復活したのだった。


 もう外は日が昇り始めている。

 机の上には積まれた新刊。

 そしてクリスの手にはサタンが描いた同人誌『聖夜に舞いしサタン物語』。



 その同人誌には、『ルシルシ』とサインが添えられていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読みました! ほっこりする創作談義をありがとうございます( ´ω` ) というか突然現れたサタンさん結局何者!?ルシルシさんだったんですか!?
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