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怪異探偵事務所〈九条軒〉  作者: 桜庭楽
深みに眠るもの
7/12

その弐

 結局、どうやって楽しめば良いのか分かり切らないまま、二人は旅館に戻ろうとしていた。


 時刻はすでに夕方で、元々外での仕事も多い桐生はともかく、引きこもりの九条は一日でかなり日焼けしていた。露出した肩には、水着の日焼け跡がくっきりと残っている。


 旅館への道、数分ばかりだが、並んで歩いていく。


「満足したか?」


「うん……日焼け止めを忘れてたのは失策だったけど」


 九条はビーチを走り回ったり、海ではしゃいだりしていたから、かなり疲れているようだ。桐生はというと、九条の保護者のような心境で彼女をずっと見守っていたのだった。


 オレンジ色の太陽に、海と浜が照らされている。不気味なほど大きな太陽が、水平線にしがみついているようにも見える。


 しばらく歩いて、旅館の前まで戻ってきたところで桐生が異変に気がついた。


 旅館の……改めて見返すと、辺りすべての家の軒先に、提灯のようなものがぶら下げられている。しかしよく見てみると、それは籠だった。かなりの数の籠があちらこちらにぶら下げられている。


「九条……あの籠はなんだ?」


「う〜ん? ……魔除けじゃない?」


 桐生が問いかけると、うろんな反応の九条が籠を見て答えた。


「魔除け? お盆だからか?」


「お盆に帰ってくるのはご先祖の霊なんだから払っちゃダメでしょ……土着の信仰か何かじゃない?」


 九条に呆れた様子で見つめられてしまった。


 たしかに、特殊な風習なんてどこにでもあるものだ。物珍しいからといって、それがすなわち異常なことだとは限らない。このところ異常現象に遭遇しすぎて、過敏になってしまっているのかもしれない。海水浴の話が出た時にも、同じような話題で窘められたばかりだ。


 桐生はひとまず気にしないことにして、旅館の玄関へと入った。


 すると、二人の姿に気づいた女将が駆け寄ってくる。まだ若い、三十路くらいの女性だ。女将はなにやら深刻そうな表情で、二人へと話しかけた。


「ああ、良かった。お客様……恐縮なのですが、お願いがございます」


「お願い、ですか?」


「はい。実は今夜、この辺りに伝わる神事が執り行われることになりまして……日が落ちてからは、外に出たり、窓の外を見たりしないようにしてもらいたいのです」


 神事……? 語調からして、唐突に決まったのだろうか。外に出るのはまだしも、見るのも駄目とは厳重なことだ。


「分かりました。……代わりといってはなんなのですけど、彼と同じ部屋にしてもらえますか? なんだか心細いので」


 女将の言葉に考え込む桐生をよそに、九条がそんなことを言い出した。せっかく別部屋にしたのに、と抗議しようとした桐生の横っ腹を抓って黙らせる。


「……もちろんです。すぐに手配させて頂きます」


 女将がお辞儀をしたところで、誰かが桐生の脚にぶつかってきた。軽い衝撃の後、ぶつかってきた誰かが倒れる音が聞こえた。振り向くと、小学生くらいの男の子が尻餅をついていた。もう一人、白い肌の男の子も玄関に現れている。


「済まない、大丈夫か?」


 桐生が手を伸ばすと、よく日に焼けた方の男の子がガシッと手を掴んで起き上がる。


「にーちゃん、でけー!」


 その男の子は痛がったり、遠慮したりするそぶりも見せず、もう一人の男の子と共に桐生へ羨望の眼差しを向けた。突然のことに、桐生は苦笑いを浮かべる。


「こら、啓太! お客様にぶつかったんだから、まずはごめんなさいでしょ!」


「うわっ……逃げろー!」


 啓太と呼ばれた男の子は、女将の姿を認めると途端に逃げ出してしまった。旅館の中の方へと走っていく、もう一人の男の子もそれに続き、廊下の角へと姿を消していった。


「すみません、うちの啓太が……」


 申し訳なさそうな表情で、女将が頭を下げる。


「いえ、二人ともお子さんですか?」


「もう一人の子は親戚の子です。お盆の間だけ預かっているんです」


「そうですか、元気そうで良いですね」


 夏休みの帰省といったところだろうか。桐生も小学生の頃は父の生家へ預けられたものだ。懐かしい。


「それでは失礼します」


 もう一度お辞儀をして、女将が裏に戻っていく。残された二人は、とりあえず部屋に戻ることにした。


 自分の部屋から荷物を持ってきた九条が、桐生の部屋にドスッと荷物を置き、座布団を枕にして寝そべる。熱中症のように、ぼんやりした目をしていた。というか熱中症じゃないのか、これは。


「おい九条……大丈夫か」


「平気さ〜」


 お気楽な返事が返ってくる。どうやら体調が悪いのではなく、純粋に疲れて眠いだけのようだ。


「……どうして同じ部屋にしたんだ?」


「桐生くんを誘惑するため」


 桐生の質問を予想していたかのように、間髪入れずに返事がある。


「……はぐらかすのはやめろ。さすがにこれが尋常な事態じゃないことくらい俺にも分かる。首を突っ込むつもりはないが、知っておかないとまずいことになるかもしれないだろ」


「……今回のことは本当にただの偶然だから、詳しいことは分からないよ。女将の言う通りにしていればたぶん大丈夫だろうさ。……あ、そうだカーテンを閉めておいてくれる?」


 てっきり、九条はこの異変を承知で桐生を巻き添えにつれて来たのかと思ったが、そうではないらしい。


 九条に言われた通り、海に面した窓のカーテンを閉めた。女将は外を見るなと言っていた。カーテンが開いていると、そのつもりはなくても目に入ってしまうかもしれない。


 うつらうつらしている九条を横目で見ながら、本を読んで時間を潰していると、襖がノックされた。失礼します、と声がかかって仲居さんが部屋に入ってくる。


 仲居さんの持つ夕食の香りにつられたか、九条がむくりと体を起こした。伸びをする九条の横で、てきぱきと夕食の準備が整えられていく。


「ごゆっくり」


 畳に手をついて深くお辞儀をして、仲居さんが退出していく。夕食は海鮮メインの御膳だ。釜飯や刺身が並んでいる。


「わっ、おいしそ〜。早く食べよう、桐生くん!」


 先ほどまでの眠気がどこにいったのか、満面の笑みの九条が言う。その表情を見ていると、ひとりで気を張っているのがバカらしくなった。


 せっかく休暇に来ているのだ。意固地に警戒して、楽しむものも楽しめないのはもったいない。どうせ怪異相手に桐生ができることなどないのだから、余計なことを考えるのはやめて楽しもう。


 九条がよく冷えたビールを注いでくれた。九条はアルコールがだめだから、飲むのは桐生だけだが。性格はともかく、見た目だけは良い九条はビールを注ぐ姿も様になっていた。


 桐生はそんな姿にうっかり見とれてしまった。

 これは確かに、誘惑されてしまっているのかもしれない。案外、これはこれで良い女といえるのかも。


「そんなに熱い視線を向けられると孕んでしまいそうだよ」


 九条がわざとらしくしなを作って言った。

 前言撤回。やっぱり九条はダメな奴だった。

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