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その肆

 ザッと地面にスコップを突き入れる。テコの原理で土を掘り返し、側に積み上げていく。もうかれこれ一時間ほど、この行為を繰り返していた。


 まだ夏前とはいっても、昼間からこんな重労働をしていれば額に汗が滲み、シャツも体に張り付く。


 服装の乱れは心の乱れ、との信条の元、いつもスーツはしっかりと着ている桐生だったが、この時ばかりは袖をまくり、襟元を開いていた。


 九条に指定されたのは、ある山の頂上近くだった。なんでも霊峰としての要件を満たしている山のようで、そこらの山とは違うらしい。九条曰くただの土ではなく、霊力を宿した土が望ましいということで、こうして桐生が掘りに来たのだった。


 量自体はバケツ一杯で良いらしいが、最低でも一メートルは掘れという指示を受けた。


 その指示に従順に従い、こうして掘り続けているのだ。まだまだ、時間はかかりそうだった。




 その頃、九条は公民館に来ていた。資料室を調べるためである。


「それじゃあ、あたしは受付にいますんで。終わったら声かけてくだせえ」


 九条を資料室に案内した男性が、そう言い残して去って行く。初めこそ訝しげな態度だったが、熊谷氏の名前を出すとしぶしぶながら通してくれた。


 九条が資料室を見渡す。八畳ほどの部屋に沢山の棚があり、所狭しと書類が詰まっている。散らかってはいないが、整理されている様子はない。手間がかかりそうだった。


 とりあえず、手近なところから手に取る。


『町人名簿』『2008年度振興会議事録』『公民館設立記録』


 関係なさそうな三つが並んでいた。やはり整理はされていないようだ。九条が目当てとする〈紅の盆〉に関する記録は一体どこにあるのか、それとも存在しないのか。確かめるためにも、すべてに目を通さなければならない。


 九条は浴衣の袖をまくって、頬を叩いた。




 ――数時間後。




「はぁ……はぁ……」


 桐生は荒い息を吐き、スコップを地面に置いた。倒れるように座り込んで、息を整える。手にはマメが出来ていて、剣道に打ち込んでいた時を思い出させた。

 結局三時間ほどかけて、九条に指定された土を掘った。

 バケツ一杯分。桐生にはただの土にしか見えないが、封印には重要らしいものだ。


 一息ついてから、今度は掘った穴を埋め始める。

 全身が痛むが、このまま放置していくわけにはいかない。


 日はすでに傾きかけていて、もうじき茜色になるかというところだった。




 九条が調査を始めてしばらく。うんざりしてきたところで、ついに目的のものを見つけた。


『門盃縁起』


 と記されたそれは、一際古く。深紫の和綴じだった。中を開くと、達筆な筆で文が綴られている。九条がその文を目で追う。その最初の一文曰く、


「門盃は、すなわち冥府の門なり……」


 九条がペラペラと本をめくる資料室に、斜陽が差し込んだ。




 桐生は山のふもとから車を走らせ、村まで戻って来ていた。デコボコ道を徐行していると、前方に見慣れた浴衣姿がある。クラクションを鳴らして、九条を呼び止める。


「乗っていけ」


 クラクションにビクッと振り返った九条が、桐生の姿を認めて相好を崩した。そして助手席に乗り込んでくる。

 すでに日が落ちかけている。女の一人歩きは危ないだろう。


「君、ひどい匂いだね。男臭い」


「うるさい。どれだけの重労働だったと思うんだ」


 乗り込んでくるやいなや、顔をしかめる九条に、桐生も顔をしかめる。


「ちゃんと掘れた?」


「ああ、言いつけ通りに。そっちの首尾は?」


「うん、上々。後で熊谷さん達とまとめて説明するよ」


 車を走らせ、熊谷の邸宅まで戻る。後部座席から土の入ったバケツを取り出し、盃が仕舞われている蔵の前まで持って行く。その間に、九条が関係者を蔵の前に集めた。


 熊谷氏と家政婦の井村さん、そして桐生の知らない女の子。状況からして、熊谷氏の孫娘だろう。その子は桐生の姿を認めると、日菜です、と挨拶をしてきた。


「さて……」


 準備が整ったのを確認して、九条が切り出す。九条に全員の注意が集まる。


「件の盃ですが……元々の名は"門盃"というそうです。モノ自体は平安時代に造られたもので、異常性が宿ったのもそのあたりだったようです」


「門……盃?」


 平安時代の一品が残っているのも驚きだが、名前の方も気になる。一体何が門なのだろうか。

 桐生の疑問に九条が頷き、話を続ける。


「古い陰陽師曰く、門盃の底は冥府に通じているとのことです。そして一度はその陰陽師に封じられましたが……明治初期頃に何者かによってその封印が解かれてしまった。後のことは知る通りです」


 現世と冥府を繋ぐ門だから、門盃。ということは、あの盃に湧く血は、まさにこの世のものではなかったということか。


「それで……封印は、可能なのでしょうか」


 熊谷が九条に問う。孫娘の命がかかっているのだ。気が気ではないだろう。


「ええ。私は陰陽師ではないので、別の方法をとりますが……大丈夫です。蔵を開けてもらえますか?」


 熊谷が頷き、蔵の鍵を開けていく。桐生も手伝い、重たい鉄扉を開け放った。九条を先頭に、全員が中に入っていく。井村が明かりを点け、蔵の中が薄暗く照らされた。


 昨日と変わらず、台の上に白い布が掛けられている。九条がその上に置かれた札を手に取る。最後に見た時は白かったその札は、黒く染まって崩れかけていた。九条がその札を傍に置いて、白布を取り払う。


 盃を初めて見た日菜と井村は、その不気味さに圧倒されていた。


「桐生くん、土と箱を持ってきてくれる?」


 九条に頼まれ、一度蔵を出る。桐生が掘ってきた土の入ったバケツと、熊谷が用意したらしい木製の箱を持って九条の元へ戻る。


「それじゃあ……ちょっと離れててくださいよ」


 九条がそう言い、箱の蓋を開ける。そして盃に向き直り、手を伸ばす。思わず止めようとした桐生を、九条が先んじて制止した。


 九条は盃を両手で持ち上げ、顔をしかめながらそれを箱に納める。

 そして次にバケツを持って、その中身を箱へ向けてひっくり返した。乱暴な仕草に、九条以外の三人が固まる。九条はそれを意に介さず、箱の土をならし、蓋をした。白い縄を懐から取り出し、それで箱を締め上げる。


 ここまでの動作、あまりに無造作にやるので、まったく口を挟むことができなかった。


 最後に、蓋に昨日とは違う札を貼り付ける。


 ものの数分。そこまでして、ふぅ、と一息を吐いた。そして三人の方へ向き直り、一仕事終えたという様子でニコッと笑いかける。


「終わりです。もう心配しなくて良いですよ」


「……こ、これだけですか?」


 少しの沈黙の後、困惑する熊谷が疑問を発したのだった。

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