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その弐

「ちっちっ……」


 昼下がりの神社で、九条は猫に囲まれていた。桐生は少し離れたところに立って、その様子を眺めている。


 この神社には野良猫がよく集まっているようで、依頼された猫もここにいる可能性が高いらしい。もはや猫達の社交場と化し、人が訪れることも少ない場所だ。


「その猫達に話でも聞いてみたらどうだ」


 桐生が顔をしかめながら言った。


「私は動物と意思疎通ができるタイプじゃないんだ。専門外なのさ」


 九条はしゃがんだまま、桐生を見上げる。


 まるで動物と意思疎通をする専門家がいるかのような言い草だった。そういえば動物系のテレビ番組でそういう人がいたな、と思い出した。あの頃は胡散臭いとしか感じなかったが、今となってはそれがイカサマだと断定することはできない。


 現に桐生の目の前に、ゴーストバスターを名乗る者がいるのだ。


「猫は苦手にゃの?」


「……いや別に。ていうかその喋り方はなんなんだ」


 九条が猫っぽい語尾になっていた。あまりにも適当だった。

 そして実のところ、桐生は猫が苦手だった。自由で気ままで、人の言うことを聞かないし、ひっかく。犬の方が好きだった。


「にゃーん。猫語に挑戦中にゃん」


 九条があざとく猫の手を作ってみせた。にゃんにゃん、と野良猫達に混ざろうとしている。


 その姿を見て、桐生は改めて認識した。九条は変人なのだと。最近慣れてしまいつつあったが、九条は世間からすれば少し……いやかなりおかしい人間なのだ。


 常識人の中の常識人を自負する桐生とは縁遠い存在のはずだった。それが今では——こんなに近い存在になっている。




 ◆◆◆




 慌ただしく刑事達が歩き回るオフィスで、桐生は上司に肩を叩かれていた。


「お手柄だなぁ、桐生。若手ホープに皆の期待も高まってるよ」


「いえ、恐縮です」


 このところ世間を騒がせていた連続強盗犯。ベテラン刑事達も捜査に当たっていた中、逮捕に至る過程で重要な働きをしたのが桐生だった。


 先輩のサポートや勘に頼った部分も大きいので、桐生自身は賞賛を受け取りづらいと感じていたが、周囲はそうではなかった。


 若く真面目で、優秀な刑事。多くの者が桐生に期待を寄せていた。


 だがその一方。桐生を良く思わない者もいた。

 入野聡。国家公務員総合職試験を突破し、本庁勤めの準備期間として京都で仕事をしている。エリートコースを走る男だった。


 成り上がりの桐生と、エリート街道を進んできた入野。

 現場で評価されているのは桐生の方だった。それが入野は気に食わない。たかだか出向中だけの職場だが、自分の方が優れているのにも関わらず、自分よりも期待されている者の存在が目障りだった。


 入野はそういった、強烈な自負を持つ男だったのだ。


 なんとか桐生に一泡ふかしてやろう、自分が周りの注目を集めてやろうと考えていたが、どれもうまくいかなかった。


 そんなことをしているうちに、むしろどんどん桐生の評価は上がり、入野は存在すら忘れられてしまいそうだった。入野の桐生に対する劣等感は募るばかりだった。




 それから数日後、桐生は新たな事件の現場に来ていた。いわゆる通り魔事件で、すでに三人目の被害者が出ていた。本来なら新人が担当する事件ではないが、桐生の活躍を期待して回されたのだった。そして桐生も、その期待を裏切らまいとしていた。


 鑑識と協力して、できうる限りの情報は集めた。これ以上ここで出来ることはないと、撤収しようとした時。左手の上腕に痛みを感じた。袖をまくって見てみると、黒々とした百足がへばりついていた。


 多少驚いたが、昆虫一匹に騒ぎ立てるほどの歳でもない。そいつを摘んで地面に返しておいた。

 草むらをかき分けて進んだりもしたから、きっとその時にひっついたのだろう。


 じんじんとした痛みがあるが、まあそこまで気にすることでもないだろう。今はこの事件解決が大事なのだ。虫刺されくらいで足を止めている暇はなかった。





 更に数日後、左手の痛みは治ることはなかった。

 それだけではない。明らかな異変が起こっていた。噛まれたところに、痣のようなものが浮かんでいた。ただの痣ではなく、百足のシルエットのように見えるのが不気味だった。


 暇を見つけて病院に行ってみたが、虫刺され用の薬を出されただけだった。しかし、それを服用してみても、効果は感じられなかった。むしろ、痛みと痣はどんどん広がっていった。


 桐生は鏡の前に立って、袖をまくってその痣を見る。見れば見るほど不気味な痣だ。今は秋だから人に見られることはないが、このまま夏にでもなったら厄介だ。


 そう考えながら袖を戻し、ジャケットを羽織った時。そのポケットからはらりと一枚の名刺が落ちた。一体いつのものだろうか、拾い上げてみると、


「探偵事務所〈九条軒〉……奇怪な依頼も承ります」


 と書かれていた。たしかひと月ほど前に九条さんの屋敷を訪ねた時に、不思議な女から渡されたものだ。


「奇怪な依頼か……」


 桐生は腕の痣を撫でる。これも奇怪なことだろうか。医者の手には負えないことなのか。


 あの女になら、どうにかできることなのか。


 馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、それを否定することはできなかった。なぜなら、あの時、あの女は桐生に憑いているという霊を言ってみせた。それはすべて、桐生が担当した事件の被害者の特徴と一致していたのだから。


「…………」


 どうせ他に当てがあるわけでもない。大きな病院に行く前に、顔を合わせにいくだけでも行ってみようか。


 桐生は名刺をポケットに仕舞って、部屋のドアを開けたのだった。

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