八月五日 金曜日 (4)
「小田島三雄」
その声は震えながらも、強い意志のこもった言葉となって部屋に響いた。「小田島三雄だ。あなたの名前は」
三人は祈るような気持ちで一心に闇を見つめていた。ーー静寂の中、それは動きを止めていた。追い詰められていたアラカワはゆっくりと腰を地面に下ろし、身体を引きずるように腕の力だけでチョーノの方へと動いた。
真っ黒な闇の塊の、向こう側の景色がだんだんと見えてくる。海中に吐かれた蛸炭のように、それは溶けるように薄くなってゆき、やがて、姿を消した。
じっとりとした熱帯夜がフッ、と帰ってくる。月明かりだけで、こんなに部屋は明るくなるのだと、チョーノは思った。今や暗闇に目が慣れて、部屋の全貌が見える。
ハナを見ると、壁際に座り込んでいた彼はぐったりと倒れ、いつの間にか眠りに落ちていた。目の前で展開された非現実な現象に頭の処理能力がついて行かず、安心したことをきっかけに強制終了がかかったのだ。
チョーノは深いため息をついた。終わった……終わったのだと、全身の力を抜き、ゆっくりと正面に倒れる形で横になった。
「……アラカワさん」
チョーノは絞り出すように声を出す。
アラカワは彼を見た。アラカワもまた、茫然と座り込んでいた。彼は今までに幾つかの修羅場を体験していたが、今日のような出来事は初めての経験だった。
「ありがとうございました」
チョーノの言葉を聞いて、アラカワは頷く。そして黙って窓を閉めると、冷房のスイッチを押して、
「少し寝かせてくれ」
と横になった。
時刻は十五時を回っており、三人は微睡みの中へ、ゆっくりと、深く落ちていった。




