第3章:龍の過去
龍の能力は、翔太のようにかっこよかったり、晴起のように役に立ったりといったものではない。
人と会話する能力である。会話と言っても頭の中でする会話のこと。一般的にはテレパシーと言われている。
この能力は龍が幼稚園児の時に開花した。
龍は人見知りが 激しく、友達もいなかった。心の中では誰かと遊びたいと思っていたが、声をかけることが出来ず、いつも1人でいた。
そんなある日の夜中、なかなが寝付けず、ふと憧れの的で1回だけ話したことがある南野 章子ちゃんとはなしたいなと思っていた時、
「あなたは誰?」
と頭の中で聞こえたような気がした。気のせいだと思い、また同じように思っていると、
「だからあなたは誰?」
そう聞こえてきた。少し怖くなり、
「君こそ誰?」
そう問いかけると、
「私は章子。南野 章子。」
と答えが返ってきた。龍は嬉しい反面どう話をしたらいいのかわからず、冗談半分で、
「僕は、僕は…お化け。」
と答えていた。
次の日、母親に連れられて幼稚園に行くと、何やら母親同士が集まって、深刻そうに話をしているのが見えた。中には涙を流す人までいる。
不審に思った龍の母親は、その集団の1人に話を聞いてみた。
「何かあったんですか?」
すると、
「実は…南野 章子ちゃんが亡くなったの。」
龍は驚き、その人に尋問するように聞いた。
「どうして?どうして章子ちゃんが死んだの?どうして?」
そのおばさんは、龍がいつもおとなしいのを知っているため、突然の豹変に驚いてはいたが、相手が子供であることを忘れて全て語った。
「聞いた話によると、昨日の晩に変な声が聞こえると言っていたそうなの。章子ちゃんは誰なの?って聞いたらしいわ。そしたらお化けって言ってきたみたい。章子ちゃんは大のお化け嫌いだったらしいから、すごく発狂したらしいわ。そしたら突然家の外に飛び出してトラックにはねられたそうよ。」
それを聞いた龍は、なぜか冷静に判断した。この事は誰にも話さないと。もちろん翔太も晴起も知らない。
それから龍はこの能力を使わず、翔太と晴起に出会うまで、普通の人間として生活してきた。
今では授業中や家にいるときも、携帯より安く、しかも確実に相手と会話できるこの能力を重宝している。
もちろん携帯電話は持っている。この能力にも限界があるからだ。
この能力は、誰にでも話しかける事が出来るかというとそういう訳ではない。3つの制約がある。
まず、会話したことのある相手でないといけないこと。
次に、自分からしかテレパシーを送れないこと。
最後に、相手の顔を思い浮かべることが出来ること。
つまり話したことはあっても顔が思い出せない人には使えない。
しかし、制約がある反面メリットもある。
それは、1度に数人と共に会話を交わすことが出来るのである。
この日も、6時間目の英語を受けながら、翔太と晴起と会話していた。
もちろんテレパシーで。
「早く終わらねーかな。」
翔太が呟いた。龍は、
「どうした?」
「どうせゲーセンのことでも考えているんだろ?」
晴起が突っ込むと、
「実は、親が離婚して母親に引き取られたから家計が苦しくてさ。バイトしてるっていうわけ。」
「それは大変だな…。」
龍も晴起もそれ以上言ってあげられることが出来なかった。
その時、龍の横で何かが落ちた。
見ると、女子が持ちそうなかわいらしいクマの絵が描いてある消しゴムが落ちていた。
それを拾い、キョロキョロしていると、
「それ私の。返してくれる?」
声の主は照美だった。龍の席は、左端の列の前から4番目で、照美の席は右斜め前の席。
龍はかわいい消しゴムだねと言いながら消しゴムを返すと、照美は顔を真っ赤にして受け取り、何かを妄想したのか首を必死に振っていた。
照美の顔を見た龍は、少しドキッとしながら、なぜか龍まで顔が赤くなっていた。
ふと2つ隣の席に座っている翔太と、翔太の隣に座っている晴起が何やらニヤニヤしながらこちらを見ていた。
すかさず龍は、テレパシーを送った。
「何ニヤニヤしているんだよ。気持ち悪い。」
「いやー、龍は天野さんのような人がタイプなのか。フムフム。」
晴起がそういうと翔太も、
「お似合いだぞ。俺は応援しているからな、頑張れよ。そうそう、結婚式には呼んでくれよ。」
「タイプじゃないって。それに結婚式って先の話すぎるだろ。」
と言いながらも、龍の顔はさらに赤くなった。翔太も晴起も微笑ましく見ていた。




