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幼女と元ニートの怪異録 件

 別にいい子ぶりたかったわけじゃない。

 ただ、そこにそれがあるのが、気に入らなかっただけだ。



●●●




 飼い犬が消えた。

 恐らく、誘拐で。

 最近ここら辺に現れる、動物を解体して遊ぶという変質者の仕業だと家族は言う。

 もう、生きては帰ってこないと母は泣いた。

 飼い犬を可愛がっていた弟は、ショックのあまり中学校を休んだ。

 幼馴染が、心配そうに声を掛けて来た。

 だから、沢城さわしろ 涼子りょうこの機嫌は最悪である。


「たかが犬のことぐらいで騒ぎすぎ」

「おま、涼子……強がりは止せって」

「うるさい」


 涼子は朝から、幼馴染の桐生きりゅう 信一しんいちが訳知り顔で声を掛けてくるのが、気に食わなかった。

 原因は涼子の家の飼い犬が何者かによって誘拐されたということ。そして、最近、動物を虐殺して放置する事件が相次いでいることから、その関連した事件として、涼子も警察に事情聴取を受けたこと。


 思いのほか事件が大事になった所為か、幼馴染をはじめとして、普段碌に会話もしたことが無いクラスメイトが『大丈夫?』などと憐れむような目で見てくる。

 それが、涼子にとっては不快で仕方なかった。


「人が死んだわけじゃあるまいし、何でこんなに騒がしくされなきゃいけないわけ?」

「憎まれ口を叩くなよ、涼子。レインはお前が拾ってきた奴じゃないか。小学校の頃からの仲だろ?」


 確かに、レインという雑種犬は、涼子が小学生の頃に拾ってきた捨て犬だ。雨の中、段ボールの中に捨てられていたので、レインという安直な名前の犬。雑種の癖に妙に賢しく、碌に吠えず、悪人と思しき奴にだけ殺す勢いで吠える奴だった。 

 しかし、飼い犬だからといって、涼子は別にレインに愛情を注いでいたわけでは無い。


「別に。世話してきたのはうちの馬鹿弟だし。私はただ拾っただけ。庭先に居ることを許してやっただけ。餌をやっていたのだって、うちの母親。だから、なんでもない」


 涼子本人は至って本音を語っているつもりで、強がりを言っているつもりは皆無だ。

 なのに、信一はため息と共に額を抑え、目を細めた。


「涼子。気づいていないだろうけど、お前は今――」


 キーンコーンカーンコーン。

 信一の言葉を遮るように、空々しくHR開始のチャイムが響く。


「さっさと自分の席に戻れ、馬鹿信一」

「わかったよ、馬鹿涼子」


 罵り合って、この時の会話は中断された。

 変わらず、涼子の機嫌は最悪である。



●●●



 涼子の機嫌は最悪にも関わらず、なぜか部活の成績は好調だった。


「心技体とは何だったのか」


 涼子は女子弓道部に所属する高校二年生だ。

 特に用事でもない限りは、毎日部活に顔を出して、下校時間になるまで練習をしてから帰る。

 弓道が好きというわけではない。

 なんとなく、もしもバイオハザードなどが起きたら、ゾンビ相手に弓を射ぬけるようになっておこうかな、というのが涼子の入部動機だ。そんな入部動機でも、三年生からは時期部長にと、期待されているエースなのだが。

 不思議なことに、涼子の矢は良く的中するのだ。

 特別な努力をしているわけではないのだが、涼子は弓を構えると、己が打つ矢が的中するかどうか、が何となくわかるのだという。それも、ほぼ毎回。


 なので、涼子にとって弓道とは確認作業に近い。

 外れると思った物が外れ、当たると思った物が当たる。

 未来予知染みた己の感性を、ただ、確認するだけの作業だった。

 そして、それは涼子の機嫌が悪く、雑念混じりの時でも変わらなかった。涼子はそれを特別な事だとは思っていないのだが、部長曰く、


「あのね、沢城。お前のそれは私たち凡人が絶好調の時にしか入れない領域だ。しかも、自覚するととたんに消えていく難儀な奴。それを毎回出来るってんだから、お前は天才なんだよ」


 とのことだった。

 要するに、弓道に関して、涼子は天才の部類に入るらしい。ただ、バイタリティの無さによるマイナスととんとんな部分もあるので、大会で成績を残せたことは無いのだけれど。

 もっとも、涼子にとって弓道とは放課後の暇つぶしなので、成績とかはどうでもいい。


「…………はぁ、最悪」


 そんなわけでいつも通り部活を終えた涼子であったが、変わらず機嫌は悪い。

 部活で体を動かして、少しはストレスが解消されたかと思ったのだが、残念なことに、信一から来たメールによって涼子の機嫌は急降下した。


『話がある。俺が帰るまで待ってろ』


 信一のメールのほとんとは、顔文字が無く、文もシンプルだ。伝えるべきことだけを、簡素に伝えるにはちょうどいいかもしれないが、問題は受け取った相手側がそれを受け入れるかどうかである。


『いやだ』


 涼子はさらにシンプルに三文字だけで返信し、携帯電話の電源を切った。

 わざわざ機嫌を悪くするようなことを言うような奴を待つ義理は無い。加えて、余計な噂を立てられるような危険を冒す必要も無い。

 サッカー部のエースであり、無駄にイケメンな信一は結構モテたりする。二人きりで会ったりしたのならば、取り巻きというか、ファンクラブみたいな輩が騒ぐだろう。涼子としては、うるさい女子共の鳴き声で、これ以上機嫌を悪くしたくなかったのだ。


「こういう時は、あれだ、うん。コンビニスイーツ。それも、ちょっと豪勢に」


 なので、涼子はうるさいのが来る前にさっさと帰路に着くことにした。

 帰宅途中にある、いつも愛用しているコンビニでスイーツを貪るために。


「プリンシリーズは全部食べたし……うーん、ここは悩むけど和風で。日本の心を取り戻す感じの、上品な甘さを、私の荒んだ心が求めている!」


 足早に路地を歩く過程で、涼子はさてどんな和風スイーツを食べようかと夢想する。どらやきに羊羹、大福、餡蜜と、コンビニのスイーツコーナーはお手頃価格で美味しく甘味を提供してくれるので、学生の懐事情にも優しい。

 だから涼子は、ついつい悩み過ぎてしまい……気づけば、足を止めてしまっていた。


「おっと?」


 自分では早歩きでコンビニに向かっているつもりだった涼子だが、悩むあまり、立ち止まって甘味を夢想してしまっていたようだ。

 我ながら食いしん坊が過ぎるな、と苦笑する涼子。

 とりあえず何を選ぶのかは、実際にコンビニのスイーツコーナーを眺めながらでも遅くは無い、と再び歩みを進めようとした、その時だった。


『注目せよ』


 妙に聞き心地の良いバリトンボイスが、涼子の耳朶を打つ。

 振り向くと、そこにはひょっとこのお面を被った犬の姿が。


『遠吠えが聞こえたなら、右へ避けろ』


 ふっ、と霞のようにお面犬の姿が消え去った。

 それっきり、涼子の耳には中年男性のような渋い声は聞こえない。


「…………白昼夢って奴かな?」


 ストレスからくる弊害だろうと決めつけ、涼子はスイーツを求めて、コンビニへと急ぐ。

 不思議な出来事に遭遇したからと言って、涼子はあまり考えない気質の人間だった。それよりも、スイーツを求める要求が強い女子高校生だった。

 ただ、


「なんかあの犬、レインっぽかったな……案外、生きているのか、あいつ」


 お面を被った犬が、妙に自分の飼い犬と似ていて。

 それだけが心に引っかかった。



●●●



 結果から言うならば、涼子は九死に一生を得た。

 それほどの窮地に陥ってしまったのである。


「ほんと、何だったの、あれ」


 涼子がコンビニへと向かう途中、居眠り運転をしたワゴン車が歩道に突っ込んできた。

 しかも、真っ直ぐ涼子のいる場所へ、ドンピシャに。

 涼子は突っ込んでくるワゴン車に反応して『右』へ避けた。幸いなことに、ワゴン車は涼子に対して左側にハンドルを切ったらしく、涼子に怪我は一つも無い。

 ただ、不審な点が一つ。


「遠吠え、だっけか?」


 空耳だったのかもしれない死、偶然だったのかもしれないが。涼子にワゴン車が突っ込んでくる直前、確かに聞こえたのだ。犬の遠吠えが。


「気のせいだ、多分」


 涼子はワゴン車に突っ込まれた後、周りの通行人が携帯電話で警察やらを呼んでいるのを見て、そさくさとその場から立ち去った。一度警察に飼い犬の件で話をしたから、警察の事情聴取の面倒くささを知っていたからだ。もしかしたら、居眠り運転していた運転手から慰謝料などが取れたかもしれなかったが、それよりも涼子は面倒では無い方を取った。

 結局、その日はコンビニにも寄らず、家に帰って自室でふて腐れるように眠ったのである。


「おい、馬鹿涼子。どうして電話に出ないんだ、この馬鹿」

「電源切っていたからに決まっているじゃん、馬鹿信一」


 翌日の朝。

 教室に入った途端、不機嫌な顔をした信一が涼子に食って掛かった。

 けれど、信一に負けず劣らず機嫌の悪かった涼子は、ぶっきらぼうに答えを返す。


「涼子。お前は気づいていないだろうけど、お前は自分を責めているんだよ、レインの事で。だから、そんなに機嫌が悪い。自分に苛立っているから」

「はぁ? 何お前、心理学でも学んだの?」

「そんなの学ばなくても、お前の考えぐらい大体わかる。幼馴染なんだから」

「はっ」


 真面目な口調で言う信一の言葉を、涼子は鼻で笑った。

 こりゃ、笑うしかないな、と苦笑が喉の奥から漏れる。


「何がおかしいんだよ?」


 馬鹿にされたことを理解したのか、信一は眉を微動させて問い詰める。


「何がおかしいのか? だって。おいおい、私の考えぐらい大体わかるんじゃないのかよ?」

「ぐっ……」

「ふん。とりあえず今は、お前の自分勝手さに反吐が出ていたところだね。お前はもっと、自分が周りにどういう影響を与えるか、考えた方が良い」

「……どういうことだよ?」


 信一は理解していない。

 というより、周りの悪意に鈍感なのである。

 さわやかイケメンで運動神経抜群な信一が、誰か一人の女子を贔屓にしていては、贔屓にされた女子は『調子に乗っている』という言いがかりを付けられる定めにあることを。涼子はまだ、信一の幼馴染だからそういうのは少ない方だ。だが、もしも何の関係も無い、スクールカーストが底辺の女子と信一が二人きりで話していたら、間違いなくイジメの種となるだろう。

 女子の群体とは須らく、そういう性質を持つ物だから。


「だから、お前は馬鹿なんだよ、信一」


 今も、信一と涼子の会話に聞き耳を立てて、『涼子さんってひどくない?』『信一君かわいそう』と勝手な陰口を囁き合っていることを、信一は知らない。良くも悪くも、純粋なのだ、信一という男子は。

そういう所が可愛い、とクラスの女子たちは噂している。

 だが、幼馴染の涼子からすれば、そういう所が苛立つのだ。


「私の言っていることがわかるまで、話しかけるな。メールとかもやめろよ。その方がお互いのためになる」

「…………わかったよ」


 今だ、理解できないない信一だが、涼子が本当に嫌がっていることは分かったのか、あっさりと引き下がった。


「ただ、困ったことがあったらいつでも俺を頼れよな。お前に何かあると、その、俺の姉貴に俺が殺されちまう」

「ヘタレ」

「うるせぇ」


 キーンコーンカーンコーン。

 無機質なチャイムの音が、HRの時間を知らせる。

 昨日死にかけたというのに、涼子の日常は変わらず続いていく。飼い犬が消えようが、何も、変わらずに。


『注目せよ』


 一息ついていた涼子が、両の目を見開いた。

 教卓の上。そこに、昨日見た白昼夢の――お面を被った雑種犬の姿があったからだ。

 とく通るバリトンボイスが、唖然とする涼子へと告げる。


『今すぐ、机の下に潜れ』


 その渋い声に強制力は無かったが、背筋に寒い物を感じ、とっさに涼子は言われたとおりに動く。周囲のクラスメイトが目を丸くして見ているのにも構わず、机の下にも潜って、頭を抱えた。何かに、備えるように。

 そして、次の瞬間、ガラスの割れる高音と、クラスメイトの悲鳴が教室に響いた。



●●●



 教室の窓ガラスがいきなり、『何も当たっていないのに』全て割れるという怪現象の所為で、涼子のクラスは一日学級閉鎖となった。別の空き教室に生徒を移して授業を行うという案もあったらしいが、それは職員会議による論争の果てに却下された。決め手となったのは、原因不明の現象によって、少なからず生徒たちが傷を負っていたから。いずれも軽症だったが、学校側としては、早急に原因の追究と改善に努めなければならない。


「二度目となると、これはいよいよ本物か?」


 涼子は机の下に潜っていたおかげで、怪現象による被害は受けなかった。

 だが、恐ろしいことに、涼子が座っていた椅子には、鋭いガラスの破片がいくつも突き刺さっていたのである。あのまま呑気に座っていたら、少なくとも、重症は免れなかっただろう。


 ここまで来れば、もはや単に運が悪いという理由では説明できない。

 一度目はまだ、運転手の居眠りという原因があるから納得できた。だが、二度目は明らかに怪現象だ。そして、それに伴ってあのお面の犬が現れ、予言していく。


「いや、ひょっとして予告か? でも、悪意みたいなのは感じられなかったけど……」


 涼子はクラスメイト同様に、早々に自宅へ返された。

 保護者が迎えに来られる者は保護者によって。それが困難な場合は、教師によって自宅までクラスメイト達は帰宅することになったのである。涼子は母親が自宅に居たので、母親の車に乗って自宅まで戻ってきたのだが。


「どうにも、一人じゃ煮詰まるばかりだ」


 自室に籠って、涼子は己の身に起きた出来事を整理したり、怪現象とお面の犬について考えてみたのだが、どうにも上手く頭が回らない。ここ最近、涼子の気分を害するストレスが多かったので、思考が阻害されているのだ。

 加えて、


「今更、信一に頼る気になれないし」


 すぐ隣に住んでいる幼馴染を頼るのを、涼子は躊躇った。

 朝、偉そうに『しばらく話しかけるな』と告げたからでは無い。そんなの、幼少の頃からの付き合いの二人にとっては、ほとんど些事だ。なにせ、絶交寸前まで喧嘩しても、次の日にはけろりと何でもないように遊んでいる幼馴染なのだ。そんな言葉程度で、相談するのを躊躇うほど涼子と信一は他人じゃない。


 けれど、恋人という仲でもないのだ。

 怪現象によってガラスが散らばった時、真っ先に信一のところへ駆けつけた女子が居た。加藤だったか、伊藤だったか、涼子は苗字すら曖昧だったが、とにかく、その女子は目に涙を貯めて信一の元に駆け寄ったのである。

 その女子は、以前、信一に告白して振られた女子だった。


『悪いけど今、恋愛とかやっている暇ないから』


 好き嫌い以前に、恋愛を否定して両断されたその女子だったが、粘りに粘って友達からという関係で何とか食い下がったらしいことを涼子は知っていた。そして、その女子が妙に涼子のことを敵視していることも。


『あなた、信一君の何なの? ただの幼馴染だったら、私に譲ってよ』


 信一の前では絶対に見せないような顔で、その女子は涼子に宣戦布告したのである。もっとも、涼子はすぐに『どうぞどうぞ』と応えたのだが、ふざけていると思われたらしく、ヒステリックな金切り声で抗議されてしまった。


「はぁ、信一の奴も、適当に誰かを付き合えば、私がこんな思いすることもないのに」


 ぼふん、とベッドに倒れ込んで、涼子はうつ伏せでため息を吐く。


「私が折角、距離取ってやっているのにさぁ」


 ここ最近、涼子は信一に対していつも以上に厳しく接した。

 機嫌が最悪という理由もあったが、これを期に、幼馴染とはちょっと距離を置こうかと思ったからである。別に、女子に宣戦布告されたのが鬱陶しかったからでは無い。いや、それも少し涼子の理由に入っているが、大部分は、『そろそろ大人になろう』という涼子の決意だった。


「幼馴染だから仲良し……そんな風に、周りは見てくれないんだよ、信一」


 本人同士が気安い関係を望んでいても、年を取っていくにつれて、周りがそれを許さない。周りは集団の定義に従って勝手に関係を押し付け、そのように扱うのだ。

 だから、幼馴染で男女の友情とか、そういうのは認められにくい。


「信一が恋人でも作ってくれれば、まだ、楽なのになぁ」


 涼子は疲れてしまったのだ。

 その手の下世話な質問や、無駄に敵意の込められた視線と戦うのが。もっと、ゆっくり気楽に学校生活を過ごしたかった。別に、信一と絶交するつもりは無い。ただ、ちょっと距離を置いて、ほとぼりが冷めてから距離感を抑えた友達になりたかったのだ。


「……あー、でも、恋人を作るとしても佐藤……いや、伊藤? 加藤? まぁ、とりあえず、なんちゃらさんだけはやめておいた方がいいと思うけど」


 信一がああいう手合いを上手くあしらえるようになったら、また仲良くしてやろう、と涼子は尊大なことを考えている。元の関係に戻れなくても、一握りの友情は続くと思っているのだ。


『注目せよ』


「おわっ!?」


 涼子は反射的にベッドから飛び上がってしまった。

 なにせ、うつ伏せで寝転がっていたそのすぐ横に、例のお面の犬が現れたからだ。体を休めていたところに、いきなり耳元でバリトンボイスはさすがに涼子と言えど心底驚く。


『今すぐ、コンビニでスイーツを買え』


「はぁ?」


 今度はどんなことを言われるのかと身構えていた涼子だったが、その内容が思いの他日常的で、肩透かしを受けてしまった。


『走れ、速く。再会せよ』


 今までと同じように、言うだけ言って、お面の犬は消え去った。

 ただ、心なしか涼子には、何時も淡々と告げていたバリトンボイスが、焦っているように感じたのである。それに、今までの実績もある。


「……走ればいいんだろ、走れば!」


 後は、無駄に賢い飼い犬に似ていた所為もあっただろうか。

 思いのほか素直に、涼子はその怪現象に従って、自宅を出た。

 全力に近い速度で駆けて、近所のコンビニを目指す。

 求めるのは、食い損ねた和スイーツ。

 今の気分は白玉餡蜜だ。



●●●



 もきゅ、もきゅ。

 白玉を口内で噛むたびに、心地の良いコシが奥歯から涼子に伝わっていた。

 餡子の甘さは上品で、しつこくない。三百円以内で買える甘味としては、破格と言っていいほどの上品さだ。それを、白玉と絡ませて、ゆっくりと味わうと、ささくれ立っていた涼子の精神が解けるように癒されていく。


「んー、やっぱり和スイーツは心が落ち着くわぁ」


 最近ろくなことが無かった涼子だったが、甘味はその理不尽すらも優しく包み込んで癒してくれそうな回復アイテムだ。食べれば正気度が回復するし、狂気状態すら治りそうな勢いの美味さだ、と涼子は絶賛する。


「名店の味にも負けない美味さだな! 企業努力万歳!」


 と言っても、涼子は名店などには行ったことが無いのだが、こういうのは気分が大切だ。不満たらたらで食べるよりも、美味いと思いながら食べた方が上手く感じる物だ。


「…………さて、言われて走って来たものの。おいおい、お犬様よ。これじゃ、ただコンビニ前でスイーツを宣伝するよくわからない女子高生だぜ?」


 走れとか言っていた割には、コンビニに入っても何か急を要することが無かった涼子だった。てっきり、もっとぎりぎり何者かが立ち去る瞬間に居合わせて、劇的な再会を演じると思っていたのだが。


「おや? そこに居るのは女子弓道部のエース様じゃないか」

「お?」


 しかし、涼子が疑問に思った瞬間に、ちょうど再会は果たされた。

 もっともそれは、劇的とは言い難い、ただの同学年の知り合いとの物だったけれど。


「今日は平日だと思ったけど、学校はサボりかい? や、君は真面目なところがあるから、何かの理由で早退でもしたのかな? なんにせよ、久しぶり、沢城さん」

「……お前、月山か?」


 月山真昼。

 退学した知り合いが、灰色のパーカーと藍色のジーンズという、ゆるゆるの格好でコンビニにやってきていた。


「おう、そうだぜー。いやぁ、あの時は沢城さんにもお世話になったし、礼を言いたかったんだ。色々あって言えずに退学しちゃったからさ」

「いや、礼なら別にいい。それより、大丈夫かよ、お前」


 へらり、と気の抜けた笑みを見せて真昼が答える。


「見ての通り、俺はいつも通りさ。今はニート生活を満喫してるぜ」

「…………そうか」

「あれ? 沢城さんだったら『働けよ、馬鹿』とか厳しくツッコミ入れてくれると思ったのに」


 意外そうに言う真昼だったが、涼子だって『以前どおりの真昼』であったなら、間違いなくそう言って頭の一つでも叩いたかもしれない。


「なぁ、月山。お前、なんか変わった?」

「んんー? や、変わったと言えば変わったし。変わってないと言えば、変わっていないんだけど……ひょっとしてさ、沢城さん」


 真昼は何気なく涼子の胸元を指差すと、表情を消して言う。


「――畏れよ」


 言葉を受けた瞬間、強い電気を体に流されたように、びくりと涼子の体が強張る。だらだらと、首筋や背筋から嫌な汗が流れる。とめどなく、悲鳴すら上げられない代わりに、汗を流すように。


「はい、もういいよ、ごめんね」

「――――はっはっ……はぁ……ああ?」


 ぱちんっ、と真昼が指を鳴らすと、硬直が解けた。

 全力疾走してきた後という所為もあってか、涼子の体にずっしりと重い疲労感が襲い掛かる。気を抜けば、このまま倒れてしまいそうだった。


「やっぱり、沢城さんは『感じる人』だったかぁ。うーん、やっぱり神威を抑える練習しないと、その内、専門家とかを無意味に警戒させそうだなぁ」

「つ、月山……お前、一体どうやって……いや、お前、何になったんだ?」


 涼子自身が理解できているわけでもなく、自然とその問いが口から出た。


「んー、なんて言えばいいんだろうねー」


 問いかけに対して、真昼は困ったように笑みを作るだけ。

 何せ、真昼自身もそれに対して明確な答えを持っていないのだから。


「とりあえず、人間で居たいと思っているけどね、俺は」

「案に人外とか名乗ってないか、お前!?」

「あっはっは、沢城さんは鋭いなぁ」


 久しぶりに再会した知人が、さりげなく人間を辞めていたかもしれない、という涼子の心境はいかほどだろうか? 少なくとも、ここ最近の不幸ラッシュに続いてフィニッシュブローになるぐらいには、強烈だったらしい。


「なんか、もう……疲れた。家に帰ってひたすら寝る」


 疲労感もあって、もう涼子は眠りたくなった。

 色々やるべきことがあるが、だからこそ、一旦眠って、頭をリセットした状態にしたかった。


「あ、待って、沢城さん。駄目だぜ、今から帰って寝たら」

「ああん? あんだよ、月山。放っておけよ、疲れたんだよ、私は」


 呼び止める真昼に、不機嫌前回の視線を送る涼子だったが、真昼は怯まない。退学する前は、これで大抵黙らせることが出来たというのに。

 挙句の果てには、


「沢城さん、今から家に帰って寝たら死ぬぜ、君」

「はぁ!?」


 こんな物騒な予言混じりの忠告もするようになっているのだから、涼子のショックは小さくない。観賞用の室内犬が、山の主系の狼に転生していたような物である。


「何がどーなってそうなるんだ!?」

「いや、だってさぁ、沢城さん」


 山の主系狼と変貌した真昼が、どこか同情するように告げた。


「君、呪われているだろう?」


 それは、涼子の近況にぴたりと当てはまるような言葉だった。



●●●



 退学していた知り合いが、再会した時に人外チックな何かになっていて、幼女と同居していた。こんな時に、涼子はどんな顔をしていいのかわからなかった。


「笑ってみれば?」

「引きつった笑いが限界だわ」

「そっかー」


 涼子は現在、真昼から詳しい理由を尋ねるため、真昼の住むアパートまで赴いたのだが。


「おやおや、また真昼の知り合いですか。最近はよく縁が繋がりますね」


 涼子を出迎えたのは、エプロンに着物姿という奇妙な出で立ちの幼女だった。黒髪おかっぱで、日本人形を連想させる整った容姿である。

 普段の涼子ならば、ここで一つ「月山、早々に自首しろ。お前のためだ」と割とマジに真昼を睨みつけるのだろうが、生憎、そんな余裕など無かった。


「う、あ……」


 真昼に感じた威圧感。

 それが何十倍にまで濃くなった気配が、目の前の幼女から発せられていたのだから。


「ん? ひょっとして、真昼。このお客人は、私のことを感じているのですか?」

「そうだよ、ミズチ。現代では珍しい分かる奴だ。だから、さっさと駄々漏れの神威を抑えてくれ。ほら、沢城さんが白目剥いてきた」

「ふむ、これはまずいですね」


 その後、気絶しかけた涼子は、ミズチ当人の手によって喝を入れられて復活。涼子が意識をはっきりと取り戻した頃には、ミズチから感じていた威圧感は潜められていた。


「……ほんと、アンタら何者だよ?」

「何者とか言われても、ただのニートだぜ、俺は」

「私は、ただの可愛らしい幼女ですとも。しかも、家事万能ですよ」


 畏怖の込められた涼子の視線を、飄々と二人は受け流す。

 どうやら、この場で説明するつもりは無いらしい。


「まぁまぁ、そんなことよりもさ、沢城さん。君は自分に掛かっている呪いの説明を受けに来たんじゃなかったのかな?」

「うぐ……」


 二人の正体に関しては凄く気になる涼子だったが、それを言われては黙るしかない。ただの好奇心で、命の危機に関する情報を逃すわけにはいかないのだ。


「悪かったよ、詮索して。だから、私に掛かっている呪いとやらを説明して欲しい」

「うん、了解。後、一応確認するけど……君がお面の犬の幻覚を見始めたのと、不幸な怪奇現象が起こり始めたのは――――飼い犬が誘拐されてから、でいいんだよね?」

「ああ、そのさっき説明した通りだ」


 涼子はアパートまでの道中、簡単に真昼へ今までの事情を説明した。普通だったら、頭がおかしいと思われそうで自重するような内容だったが、不思議と真昼にはすらすらと話せた。妙に、そういう事情を話しやすいような空気が、真昼の周囲にあったのだ。

 あるいは、真昼の存在がその手のオカルト染みた雰囲気を帯びていたかもしれない。


「そんなわけで、ミズチ。俺には犬の生首が見えるけど、これって犬神だよな?」

「ええ、そうですね。犬の後ろに女の情念が見えるので、確実に呪法です。まったく、外道な真似をする女も居た者だ」

 真昼とミズチは涼子の背後あたりを見つめ、思案するように言葉を交わしている。まるで、そこに、涼子には見えない何かが居るように。いや、居るのだろう。涼子自身も、無意識で気づいていて目を逸らしていたから、見えなくなっていたのだ。


「…………犬って、なんだよ?」


 絞り出すように、涼子の声が吐き出された。

 本当は、涼子自身も分かっている。

 だが、認めたくないのだ。認めたいわけが無いのだ。口ではなんと言っていようが。


「沢城さん。君の飼い犬、レインって名前で合っているかな?」

 己の飼い犬が、本当に殺されているなんて事、信じたいはずがない。

「気をしっかり持って聞いてほしい。君の飼い犬は誘拐されて、殺された。恐らく、犬神と呼ばれる呪いを君にかけるために」

「呪いとは本人に近しい物を媒体にすればするほど、効力がありますからね。貴方の飼い犬を狙ったのは、そういった理由でしょう」


 犬神という呪法がある。

 犬を支柱に縛り付け、あるいは首だけ出して生き埋めにし、殺すのだ。しかも、目の前に食物を置き、空腹感を煽りながら、残酷に。餓死する寸前、犬の首を切り落として、その首を骨になるまで焼く。これを手順に従って祀れば、『犬神』という呪いが完成する。

 犬の怨念が、術者の呪いとなって標的を殺すのだ。


「…………くそっ!」


 涼子は苛立ちのままに、畳に拳を叩き付ける。

 犬神の呪法について、二人から説明を受けた後、涼子の心に灯ったのは、とてつもない憎悪の感情だった。

 犬程度、と自分の口から強がりが出ていた。

 鈍感な幼馴染にも見破られた、浅い強がりだった。

 本当はとてつもなく心配していた。機嫌が最悪だったのは、苛立っていたのは、何もできなかった自分と、犯人への怒りのため。それを必死に隠して、みっともない見栄を張って、何でもないような顔をしていたのだ。


「なんで、レインを!」


 狙うなら直接自分を狙えばいい、と涼子は憤る。

 呪いなんて姑息な真似で、直接殴りに来る根性も無い、陰湿で最悪な性格をした犯人が、涼子は許せなくなった。


「落ち着くんだ、沢城さん。怒りに飲まれては――」

「うるさい!」


 己の怒りに気付いてしまった。

 行き場の無い劫火が、涼子の魂すら焼き尽くさんと燃え滾り、どうしようもない感情に飲み込まれそうになってしまいそうな、まさにその時だった。


『注目せよ』


 バリトンボイスが、冷や水の如く涼子の思考を瞬間冷却させる。

 沸騰しそうな思考が、優しい声色によって落ち着かされる。


『怒りで我を失ってはならない』


 涼子の眼前、直ぐ目の前に。

 少し手を伸ばせば、触れられそうな場所に、お面を被った犬が居た。


『前を向いて、生きろ』


 忠告を終えると、再び犬は霞の如く消え失せる。

 役目は終えた、とばかりに迷うことなく、あっさりと。


「あれはくだんであり、貴方の飼い犬の恩義です」


 呆然とする涼子へ、ミズチが凛とした声で語り掛けた。


「貴方の飼い犬は首を落とされ、奪われた。だが、己の主人の危機に、首の下だけでも駆けつけようとしたのでしょう。首を補うために面を被り、声を借り、己を媒体とした呪いで主が死なないよう、予言し続けたのです」


 件。

 凶兆を予言し、命を終える怪異。

 しかし、レインという飼い犬は、忠義と恩義によってその法則すら捻じ曲げ……何度死に、消え去ろうが、再び蘇って予言し続けたのである。

 主人を無事に生かすために。


「誇りなさい、お客人。貴方の犬は、紛れも無く忠義の徒です」

「…………レイン。お前は、ほんと……無駄に、賢くて……」


 ぽた、ぽたと温かい水滴が畳を濡らす。

 それは涼子の両眼から流れ、頬も濡らしていた。


「辛いのは、お前だったろうに」


 愛犬と呼べるほど可愛がっていたわけではなかった。

 無駄に賢しいところが気に入らなかった。

 けれど、紛れも無くレインは涼子の家族だったのである。



●●●



 呪いに、怒りで対峙してはならない。


「明鏡止水とまでは言いません。ただ、忠義に報いる心を持って構えなさい」


 清らかな心を持って、邪な想いは砕かれるべし。


「私が見ています。ええ、何も心配はいりませんとも」

「――応!」


 時刻は深夜の丑三つ時。

 場所は校庭。

 涼子は自宅から弓道衣を引っ張り出してきて、身に纏っている。

 構えるのは、矢の無い弓だ。


「矢となるのは己の心意気。破邪の心は、忠義に報いる感謝の心に宿ります。何を射るべきか、その目で見定めなさい」


 それは儀式だった。

 掛けられた呪いを祓う、清めの儀式。

 そして、呪いによって縛り付けられたレインの魂を解放させる儀式でもあった。


「呪いの方は、俺が刺激して顕現化させるから、上手く狙いなよ……なんて、弓道部のエースには釈迦に説法だったかな?」

「別に。当たると思った奴が、当たるだけだ」


 そっけなく真昼に応えて、涼子は心を落ち着かせて、目を見開く。


「んじゃ、行くぜ――――畏れよ、卑しき呪い」


 かつてと同じように、けれど今度は真昼の指先が涼子の背後を指して、威圧を放つ。神威と呼ばれる、神気の塊を打ち放つ。


 ぎゃがぁあああああああああああああああああああああっ。


 獣と女の声が混じりあったような悲鳴が、夜の帳を切り裂いた。

 月明かりの下、どす黒い邪気の塊が、犬の頭部を象って顕現された。犬神の呪いだ。


「おう? やべぇな、予想以上に速いけど、大丈夫か、沢城さん!」

「静かにしなさい、真昼。今、客人は心を鎮めて射る時を――」

「いや、無理っぽい」

「「マジで!?」」


 涼子は冷や汗を流しながら、さらっと断言する。

 犬神の呪いは高速で縦横無尽に動き、涼子を喰らわんと暴れ狂っている。その動きを、真昼が抑え、ミズチが涼子を守っている。何の邪魔も無く弓を構えることは可能だった。


 しかし、そもそも弓道とは止まっている的を射る競技だ。例え遅く動く的であろうが、当てるのは至難であり、さらにそれが高速で縦横無尽に動き回るとなれば、まず、不可能だろう。そんな真似が出来るのは、フィクションの中の人物だけだ。


「…………どうしよう?」


 気合いを入れたのもつかの間、まるで当たる気がしない涼子だったが、そこへ、ミズチが激を飛ばす。


「形無き矢は肉眼で見るのではありせん! 心の眼で見据えて射るのです!」

「いや、そんな漫画みたいな――」

「やりなさい!」


 弓道部の涼子にとっては、無茶苦茶なアドバイスだった。

 けれど、よく考えてればこの状況事態が無茶苦茶だ。今までの常識では、退学した知人と幼女のコンビと呪いを祓ったりなんかしない。

 ならば、今の自分ならばきっと、心の眼とやらで射ることが出来はずだ。


『いいや、きっとではなく、必ずだ』


 涼子の耳元で、頼もしい予言が囁かれる。

 それで、すとんと何かが嵌るような音が胸の奥で響いた。

 気づくと、月明かりの下でも、涼子の視界はどこまでも広がっていて、あれほど動き回っていた犬神の呪いが、止まって見えた。止まっているのなら、当てられると思った。


「射っ!」


 だから、当たった。

 形の無い矢が、黒き呪いを射抜いた。


 ――――ずぱんっ。


 断末魔さえ弾き飛ばす、清らしい的中の音が、月夜に響き渡った。



●●●



 呪いは破られると、かけた術者本人へと返るらしい。

 そのことを涼子は真昼から説明されていたので、レインを誘拐した犯人が同学年の女子だということはすぐに分かった。佐藤という苗字の少女。信一へ告白した彼女こそが、レインを誘拐し、残酷な呪いの媒体とした犯人だったのである。

 涼子はそのことを、佐藤が『野犬に襲われた怪我で入院』と担任の教師から説明を受けたことで知った。どうやら、意識不明の重体らしい。


 他人の不幸を喜ぶような根暗では無いつもりの涼子だったが、これにはただひたすら『ざまあみろ』という感情しか抱けなかった。むしろ、死んでくれた方がせいせいしたかもしれないが、それはそれでまた悪霊になって呪われそうだな、とぼんやりを苦笑する。


「まぁ、そんなわけで信一。あの佐藤は見た目と裏腹に性格最悪だから、友達関係もやめておけ。後、見舞いに行くのも期待させるからやめれば?」

「…………久しぶりに話しかけてきたと思ったら、なんだその、不思議体験?」


 放課後。

 久しぶりに涼子と信一の二人は、並んで帰路に着いていた。

 どちらかが待っていたというわけではなかったが、たまたま部活の終了時間が近かったため、涼子がぶっきらぼうに誘ったのである。


「別に信じなくていい。これはただの報告だから。一応、信一にも関係あったことだし」

「信じないとは言っていない。だが、その、さすがに時間が掛かる」

「あっそ」


 信一は眉間に皺を寄せて、理解しようと苦悶の表情を作っていた。意外と現実主義な信一にとって、その手の怪奇現象は信じがたい出来事なのである。だが、幼馴染が真面目な顔をして話してくれたことなので、なんとか折り合いを付けようと、己の現実と格闘しているのだ。


「ああ、後、レインのことについてだけど……ごめん、やっぱり私、あの時強がっていた」

「……そうか」

「おう。そこまで好きな犬じゃなかったけど、居なくなったら悲しかったわ」

「…………そこは、もうちょっとしおらしく言ってもいいんじゃないか?」


 へっ、と唇を歪めて吐き捨てる涼子。


「しおらしい私なんて気持ち悪いだけだろ?」

「それはそうだな、納得」

「んだとこらぁ!?」

「お前から言い出したんだろうが!」


 二人は一瞬でメンチを切り合い、胸倉を掴み合う。

 男女という区別はある者の、二人は幼少の頃からの付き合いであり――最初はただの喧嘩友達だった仲だ。この手のやり取りはもはやじゃれ合いに近いだろう。


『傾聴せよ――――夫婦喧嘩は犬も食わない』


 最後に、消え去ったはずの飼い犬が蘇って、からかう程度には。


「…………今の、は?」

「はんっ」


 信一にもお面を被った犬の姿が見えていたのか、あるいは、声だけが聞こえていたのか。ただ、飼い主の幼馴染にも、飼い犬の忠告は聞こえていたようで。


「うっさいよ、馬鹿犬」


 涼子は無駄に賢い飼い犬の最後に、苦笑で応えた。

 まったく、最後まで気に入らない奴だった、と。


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