幼女と元ニートの怪異録 前置き
月山 真昼はニートである。
貯金はまだ、ある。
元は健全な男子高校生だったのだが、故あって真昼はニートとなった。その過程で実家からは勘当され、残ったのは中途半端な学歴と、精々二年程度しか持たない貯金。いろんな意味で先が真っ暗である。
「あー、働きたくないなぁ」
けれども、真昼はそんな窮地に追い込まれようとも、決して働こうとはしなかった。高校中退と言えど、職を選ばなければ、最低限、食っていくことぐらいは可能だろう。若い労働力だ。加えて未成年。色々と手を打てば、先が暗い未来でも、薄闇ぐらいにはマシになるかもしれない。
だというのに、真昼はそれすらやろうともしないのだ。
理由は明白。彼がニートだからである。働くニートなど、ニートでは無い。働かないからこそ、ニートなのだ。
故に、彼は早々に自分の未来を諦めた。
このまま貯金を食いつぶして、さっさと野垂れ死にでもしようかと思ったのだ。幸いなことに、この賃貸は和室だ。畳の上で死ぬという理想的な死に方も可能。少なくとも、戦場の中で銃弾に当たって死ぬよりはマシな死に方だろうと、己の人生の終点を見定めてしまったのである。
「餓死は辛いから、頑張って睡眠薬でも飲んで死のうかな? あー、でも、あんまり死後見つからないようだと大家さんに悪いし…………うん、二年ぐらい猶予があるし。死にそうになってから考えればいいか」
これは、真昼が死ぬまでの物語だ。
どうしようもないニートが死ぬまでの、短く、つまらないお話だ。
「とりあえず、今までできなかったゲームでもやろうかな。適当に中古で買いあさってっと」
そう――――
「えっと、安くてそれなりに長くできるゲームはっと……やっぱりRPGが良いかな? 名作としてレビューされていた奴は、一通りやってみよう――――」
「危ないっ!?」
「おぶぼっ!?」
―――ぐしゃあ。
これは真昼が『空から降ってきた幼女に潰されて死ぬまでの物語』だった。
とある昼下がりの路上で、真昼は空から落ちて来た、黒髪おかっぱな幼女に潰されて死んだのだ。空から鉄骨でも降ってきた方がまだ現実的だったが、起きてしまったことは仕方ない。なにせ、思い切り頭が幼女の足に当たって、腐った果実の如く弾けてしまったのだから。
即死だった。
月山真昼というニートは、ゲームを買いに行く途中、路上で幼女に踏みつぶされて死んだのである。
「しまっ…………ごほっ、うぅ……私が、こんなミスを……でも、もう力が…………しかも、即死とは……つくづく、私も、運が…………」
一方、空から落ちてきて真昼を踏みつぶした幼女は血塗れで、息も絶え絶えである。
これは別に真昼を踏みつぶしたことによる反動では無く、どうやら、踏みつぶす前から瀕死の状態だったらしい。赤く染まった服も、真昼の返り血だけではあるまい。
「…………咎は、受けなければ…………」
幼女が着ていた服は、およそ現代では見られない不可思議な格好だった。例えるのなら、神職に付く者が着る正装……巫女服や袍と呼ばれる物に似ていた。少なくとも、袴は履いていて。上は意匠が凝らされた白い和服を纏っている。
もっとも、それらは全て赤く染まって、台無しになっているのだが。
「…………しかた、ありま、せ、ん…………」
そして、不思議なことにこの凄惨かつ、意味不明な光景が繰り広げられているというのに、道行く人は誰も、その惨状に目を止めていない。普通であれば、悲鳴が上がり、騒ぎ立て、すぐさまサイレンが鳴り響くだろうに。
まるで、道行く人々には、それが見えていないような有様だった。
「あぐっ……じゅる……くちゃ……むしゃ……がりっ」
そして、見えていないのならば幸いだっただろう。
血塗れの幼女が、散らばった真昼の死体を食っている姿など、見えてしまっていたのならば、一生モノのトラウマだ。どこのホラー漫画だよ、という光景だろう。正気度チェックは逃れられない。
「うぅ……おいしくない、おいしくないです……」
幼女は涙目で、死体を貪る。
齧りつき、啜り、噛み砕き、咀嚼し、飲み下す。
骨も、噛みも、爪も、全て、己の内に収めるように。
「うっぷぅ……うぇ……きもち、わる……」
幼女が真昼の死体を全て喰らうのにかかった時間はおよそ二十分。もはや、現場には血だまりと真昼が着ていた服しか、残されていない。
「こ、この体調でこれは、さすがに胃もたれ、で、す……うっぷ」
明らかに幼女の胃袋に入る許容量を超えた食事だったが、もはや、今更だ。仮にこの光景を最初から最後まで見ていた者が居るなら、もう感覚が麻痺して、それぐらいで驚かなくなっているのではないだろうか? それほどまでに、真昼が即死してからの一連の流れは、唐突で、荒唐無稽、おまけに清算たる物だったのだ。
「で、でも、これで何とか…………状況は最悪ですけど、でも、なんとか…………」
けれど、悪鬼の如き所業を成した幼女は、力なく微笑んで、呟く。
「これでなんとか、“産み直してあげられます”」
こうして、ニートの退屈な物語は早々に幕を下ろし、次の舞台へ転換される。
ニートは生まれ変わって、元ニートへ。
幼女は大部分の力を失って。
一柱と一人による、怪異録が始まったのである。