閑話・アレクセイ2
執務室から自室へ向かいながら溜息を吐き出した。
リュークは言い出したら聞かない奴だ。アイツもよく分かってるだろうが…。
隣国クシャナ王国第一皇子アルフレッド。燃えるような赤い髪に翠の瞳。アルに初めて会った時の俺の印象は『真面目な面白味のない奴』だった。それは出会って十年経つ今も変わりはしない。
別にアルフレッドの事は嫌いではないが、とにかく真面目で真っ直ぐ過ぎるのだ。
いい加減なリュークと友でいられるのが不思議になる程に。
それにしてもこれから忙しくなるな。リュークはこの機に全て裁いて取り戻すつもりだろう。
気分転換にちょっと身体でも動かすか。ブルースを………アイツは今アドリアーノ公爵家に行ってるんだったな。
恐らく報告出来るような状態じゃないだろう。全く…困った奴だ。後で鍛え直してやろう。
俺は自室に戻るとすぐに魔法陣を展開し、アドリアーノ公爵家へと飛んだ。計算なんか必要無い。ブルースの気配を読めばいい。
公爵家に到着し客間へ案内されると、ドアの向こうからオッサンの雄叫びが聞こえた。公爵家の執事がドン引きしている。
俺は彼を目で制し、ドアを開けて中へ入る。
そこには鼻水やら涎やらを垂れ流したオッサンと、虚ろな目をした侍女がいた。
「やはりか……」
想像した通りだ。本気で無理だ。
取りあえず一発殴って沈めた後、俺は縋り付かれていた侍女を観察する。顔立ちは平凡だが、銀色の髪と紫の瞳が珍しい。今はその瞳を限界まで開いて俺を見ている。
俺の身分を明かすと更に驚いている。まぁ、俺の年で近衛隊長ってのは意外だろうな。少しからかってやろうとブルースを足蹴にすると、彼女は目を白黒させて喘いでいる。何とも変な顔だな。
ブルースの報告では、この侍女が例の養子らしい。更に何か言いかけた時にこの家の令嬢とやらが飛び込んで来て喚き散らした。本気でウザい。俺が従者だと?どこ見てんだよクソ女。しかも皇太子妃なんぞとほざきやがる。あ?なんだお前。消しても良いか?
苛立ちをブルースにぶつけていたら、ベルという女が立ち塞がってきた。俺を見つめながら何か訴えるような表情をしている。
「…なんだ?」
俺の言葉に何故か嬉しそうな表情を浮かべてノートに何か文字を書くと、今度は怯えながらそれを渡して来た。
『副隊長様は何も仰っていません。あれはうちのお嬢様が妄想癖があって暴走しているだけなのです』
まさか、コイツ話せないのか?ベルに確かめると申し訳なさそうに頷いた。これでブルースの過剰反応も頷けるな。しかしこれらの報告をブルースが冷静に出来るのか…否、無理だろう。
仕方なく報告は俺がする事として、ついでにブルースは先に帰した。今のコイツがいると鬱陶しい。
ブルースが帰るとベルが紅茶を出してくれた。なかなかのそいつをゆっくりと飲んでいると、物言いたげな視線を感じる。目は口ほどに物を言うと言うが、まさにそれだな。彼女は少し怯えながらも手渡したノートに流暢な文字を書き出した。
『隊長様はどのようなご用件でこちらに?』
「無能な部下がいつまで経っても返って来んからな。その尻拭いだ。迷惑だったか?」
ベルは慌てて首を振る。その仕草や表情が面白い。少しからかってやるか。
「ブルースは時々面倒だからな。それよりもお前はどうしたい?」
俺の言葉にキョトンとした顔で首をかしげる。
「この家、潰すか?」
言った途端に表情を様々に変化させる。頭の中で考えている事が手に取るように分かるな。しかし何故そんなに拒絶するんだ?少しくらいは報復したいと考えないのか?
『私はこちらでお世話になっている身です。元はただの孤児でしたので、こんな立派なお屋敷に住まう事が出来るだけでも感謝しております』
「しかし、お前は公爵令嬢だろう」
『それは書類上だけの事。私はこのままでも十分良くして頂いておりますし、これ以上の事は望みません』
しっかりと見つめる瞳には先程までのオドオドした様子はなく、強い意志が感じられた。
「……お前が望むなら潰してやろうかと思ったんだがな…」
言った途端に情けない顔で首を振る。本当に面白い奴だな。思わず笑ってしまったじゃないか。…笑い過ぎて睨み付けられてしまったが。
「書類上だとしてもお前は公爵令嬢だ。次の舞踏会には参加せざるを得ない」
すると今度は戸惑うように視線を彷徨わせ、チラリと自身の服に目をやった。服が無いとでも言いたいのだろう。難儀な奴だ。
それならば俺が用意しておいてやろうと柄にもなく親切心が芽生える。
コイツに豪華な服を着せて焦る姿を見るのも楽しそうだ。じっと観察していると、口をポカンと開けて俺を見ている。ふっ、やはり変な顔だな。
思わず頭に手をやると、予想よりも柔らかな感触だった。そのまま頭をグチャグチャに撫でてやると、真っ赤な顔をして見上げてくる。
「楽しみにしておけ」
そう告げた俺を見返すのは加虐心をくすぐる紫の瞳。
面白い。
身の内を占めるのは不思議な高揚感だった。
面倒だと思っていたが、これは面白そうな事になりそうだ。