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暴力表現があります。

ピチャ……


ピチャ…ン…



暗い穴の中で水の音がする。




ずっと黙って歩いていたアーニャが立ち止まり、泣きそうな顔で私に言った。

「良いですか、御自身を守るためには口を噤まねばならないのです」

「つぐむって?」

「決して話してはいけないと言う事です」

「どうして話しちゃいけないの?」

「話せば殺されてしまいます」

「どうして?」

「今のフレイア様がお話しになれば争いが起こります…」

「ケンカになるの?」

「そうです。痛い事をされてしまいます」

「そしたら兄さまとアーニャが助けてくれるでしょう?」

「…アーニャは一緒には参れません」

「どぉして!?やだよ!!アーニャも一緒に行こうよ!!!」

「フレイア様……」

「やだよ!!あーにゃぁ!!!」

アーニャは泣き喚く私を強く抱き締める。甘い香りは私の好きな匂いの一つ。

「さぁ……行って下さい」

アーニャは一度強く抱き締め、パッと私から離れてしまった。

「アーニャ……」

ふらふらと彼女のスカートの裾を掴もうとする私の手をアーニャが叩く。

「行って!!行きなさい!!!」

「アーニャ……やだ…」

「行くの!!走って!!さぁ!早く!!!」

パシンとお尻を叩かれ、私はアーニャから離れて走り出した。

「ずっと遠くへ!!走るのです!!!」

大好きな声が遠くなる。

「誰かに出会っても決して話してはいけません!!!あなたは話せないのです!!!」



最後に聞こえた「話さないと約束して下さい」と言う声は涙でくぐもっていた。






走って、走って、走り続けて辿り着いたのは森の中。

ここは離宮の周りにある森の何処かだろう。

しかし幼い私には何処かは分からない。


「アー……」

彼女の名前を呼びかけて口に手を当てた。

そうだ。私は話してはいけないんだった。



暗い森の中を泣きながら歩き続ける。

嗚咽が漏れそうになるのを唇を噛んで堪えた。誰かに声を聞かれてはいけない。

私は話してはいけないのだから。



朝が来て、夜が来て、また朝が来た。

川の水を飲んで果物を口にした。

それでもお腹が空いて花まで食べた。



フラフラになった私を拾ったのは、アーニャでも兄でもなく、小汚い男だった。

「やっと見つけた!!手間かけさせやがって…こっちへ来い!!」


袋に入れられて馬車で運ばれた。

どれだけの時間がかかったのかは分からない。

連れて来られたのは薄汚れた小さな部屋。そこには痩せた女がいた。

「ホントにこの子なんでしょうね?」

「間違いない。あの森を彷徨ってたんだ」

「だけどこんなに汚い格好……手だって荒れてるし、何処かの村から口減しに捨てられた子じゃないの!?」

「そんなハズねぇって!おいお前!!何か話してみろ!!!」

バシンと頬を叩かれて呻き声を上げかけた。

しかしぐっと堪える。


ー誰かに出会っても決して話してはいけませんー


「おい!!話せないのか!?何か言ってみろ!!!」

バシン、バシンと何度も叩かれて口の中に血の味が広がった。


ー話さないと約束して下さいー


いくら殴られても、蹴られても。

私は呻き声一つ上げなかった。



「やっぱり違うんじゃないのよ!!このバカ!!」

「お前のせいだぞ!!紛らわしい所に居やがって!!!」

「しかしどうするのよ?金の卵を横から掻っ攫う予定で替わりの死体置いて来ちまったんだから。もしここで本物が出てきちゃぁ、アタシらお終いじゃないの!!」

「それは考えがある。…しばらくここに隠れてほとぼりが冷めた頃にオノンに逃げる」

「それってどの位?」

「王女の死亡が発表されて三ヶ月はここに留まる」

「コイツはどうする?」

「俺たちの事を知られたんだ。生かしてはおけん。…しかし今下手に動けば俺たちの居所がバレちまうからな」

「クソっ!!ホントに腹の立つ子!!アンタみたいな役立たず、養ってやる義理もないよ!!」





そう言って女は私の意識が無くなるまで殴り続けた。



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