閑話・アレクセイ5
このような場は珍しいからか、彼女の瞳はあちこちに忙しなく動いてその度に嬉しそうに輝いている。俺からしたら腹の探り合いや、つまらない見栄の張り合いの場にしか思えんがな。
「何か食うか?」
俺が言った瞬間、キラキラとした瞳で大きく頷いた。
まるで子犬みたいだな。
餌付けしたら楽しそうだ。
「アレク様っ、お久しぶりですわ」
不愉快な声がして身体に絡み付いて来たのはマリリア・ブロー。昔から俺に対して妙に執着している。会えばベタベタ鬱陶しく、会わねば手紙や物を送りつけてくる。
今夜も自分と踊れと駄々をこねる迷惑な女だ。
鬱陶しい。邪魔だ。
苛立ちを露わにするとマリリアが身体を離した。今のうちに場所を変えようかと思った時、更に厄介な人物に捕まった。
マリリアの父、ファーガス・ブロー男爵。
権力と金を貪欲に欲する男。
娘を溺愛し、自分の目的の為には汚い事も進んで行う。しかしその尻尾は上手く隠せる頭も持ち合わせている。
…そして俺はコイツに逆らえない。
「踊ってくれるね?」
「…私には連れがおりますので」
無駄だと思いつつも断る。彼女を一人にはしたくない。
「おや?断ると言うのかい?」
ファーガスはニヤリと笑って囁く。断る事など無理だろう?と濁った瞳が語っている。
クソッ。
ちらりと彼女を見ると、妙に納得した顔で微笑んだ。大方大丈夫だから行って来いとでも言いたいのだろうが……お前は自分を放ったらかして他の女と踊っても何も思わんのか?
問いただしたい気持ちを抑えてマリリアに向き合う。
期待した顔が鬱陶しい。
綺麗な事だけ教えられ、都合の良い事だけを信じる頭が空っぽのお嬢様。
「ねぇ、気付いてらして?このイヤリングはアレク様が下さった物なのですよ」
お前に物をやった覚えはない。どうせあの男がそれらしく機嫌を取ったのだろう。
「ふふっ、本当に夢のようですわ…その美しい瞳にわたくしだけが映っているんですもの」
おめでたい女だな。俺はお前など見る気も起きないが。
「式はいつにされますの?もう婚礼衣装は準備出来てますのよ」
……くだらん。
時間の無駄だ。
俺は一曲だけ踊り切ると、腕に絡み付くマリリアを振り切って彼女の元へ急ぐ。
しかしそこには彼女の姿も、ファーガスの姿もなかった。




