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姿見に写る、驚いた顔をした見慣れない私。
それは正しく『貴族令嬢』そのものでした。
「こんなに美しくなられるなんてとても誇らしいですわ」
「髪もこちらで正解だったわね。でも次は違う髪型に挑戦して頂きたいわ」
女性達が話す内容が耳に入るのに理解出来ません。
これが…私?
もっと近くで見ようと一歩踏み出した時、ノックの音がして先程退室された女性が入って来られました。
「バートン侯爵様がお越しになられました」
バートンって誰でしたっけ?
小首を傾げながら振り返ると、そこには白の燕尾服に身を包んだ隊長様がおられました。あ、隊長様でしたか。
小さくぺこりとお辞儀をすると、ゆっくりこちらへ歩み寄られます。白の服に紺の髪が映えていつもよりも美しさが倍増して見えます。目がチカチカしそうです。
隊長様は私を見つめ、その形の良い唇に笑顔を浮かべられます。鼻血を出さなかった自分を褒め称えたい!その笑顔は凶器です!!
これはアレですかね?「とても美しいよ」とか言って頂けるアレですかね?えへへ。自分でもちょっと良いかなって思うのですよ〜。さぁ、どんどん褒めて下さいよ。私は褒められて伸びる子なのです。
「お前今『バートンって誰だ?』って思っただろ?」
なっ!?何故それをっ!?
隊長様は一気に血の気が引いてあたふたとする私を面白そうに眺めた後、私の腕を掴んで颯爽と歩き出されました。
ひきずられるようにしながら慌てて部屋に目を向けると、三人の女性達が笑顔で私を見ていて下さいました。
ありがとうございます!私、こんなに綺麗にして頂けて夢のようです!!
精一杯思いを込めてお辞儀をして笑いかけます。今はメモがないのでこの気持ちを伝える事が出来ないのが残念です。次にもし会うことがあれば必ずお礼を言う事を誓いました。
「大丈夫だ。伝わっている」
静かな声に見上げると、隊長様と目が合いました。そして心配するなと言わんばかりに頷かれます。
そうですかね?伝わっていれば良いのですが…。
人は、言葉にしなければ相手に気持ちを伝える事が出来ないものなのですよ。
「お前の考えている事はバカでも分かる」
自然に俯く私に隊長様が笑いを含んで仰います。バカとは何ですか。これでも思考が複雑な乙女ですよ。
「今は『私は複雑に考えている』とでも思ったのだろう?本当に…分かりやすい奴だな」
…まさか!!隊長様は他人の考えを読めるのですか!?だから先程もバレてしまったのですかね!?…それならば私が考えていた事がダダ漏れに!?
驚きに目を見張る私に隊長様が堪え切れずに噴出されました。
「ははっっ!!おま……本当にバカだっ…な…!!」
顔をくしゃくしゃにして笑う姿も美しいなんて、神様は不公平ですよね。
隊長様は眉間に皺を寄せる私の額を小突いてから「違う。とだけ言っておく」と苦しそうに言うと、再び笑い出されました。
ちょっとちょっと、いくら隊長様でも人を見て笑うとか失礼ですよ。
そうこうしているうちに騎士様が両脇を護る立派なドアの前までやって来ました。心なしかお二人が驚いた顔をしてこちらをご覧になっているような気がします。
私、変ですか?なんせ貴族の振る舞いなんて私にはサッパリ分かりませんよ。いくら着飾ったところで私には……あぁ…これからが本番なのですね。もう腹をくくるしかありませんが……突然の病欠って訳にはいきませんかね?…無理ですよね…。
「心配するな」
やっと笑いを収めた隊長様が、ふと私を見つめられました。
「お前は前だけ見てろ」
そう言って私の垂らしたままの毛を一房手に取ると、その綺麗な口元に持っていかれます。
ふぉぉぉ!?にゃにゃにゃにゃにっ、にゃにするんですぅ!?
血の気のなかった私の顔は、今や熟れたトマトも完敗な程に真っ赤になっている事でしょう。いえ、顔だけでなく全身に熱が駆け巡ります。ザ!羞恥心!です!!
隊長様は私の反応を見て満足気にニヤリと笑うと、半ば放心状態の私を連れてその大きなドアを潜り抜けられたのでした。




