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篝火 -春ー  作者: 日笠
9/24

睦月 -9-

 雪の上に正座する僕と犬神。

 そして本殿を背に仁王立ちするミコ。その顔はまさに般若だ。

 おっさんはまたも雪に埋められていた。今度はその上に漬物石を置かれている。心の中で合掌、二回目。

「あの……ミコさん。」

「なんじゃ?」

 犬神が震えながら挙手する。

「トイレに、行かせてください。」

「ならん。」

「いいじゃないか、トイレくらい。」

「ならん!」

 ミコの眼光が僕を貫く。

「そんなぷりぷりしていると小じわが増えるぞ。ただでさえ年配なんだから。」

 僕がそういうとミコはどこからか木の葉を一枚取り出して、正座している僕の膝の上に置いた。何をするつもりかと、膝の上に置かれたそれをじっと見つめてみる。ごく普通の広葉樹の枯葉だ。葉脈が筋張っていて、年季を感じる。ミコはこれを見て自分と木の葉を重ね合わせているのだろうか。だとしたら、なんと可哀想な奴だ。

「変化。」

 ポン、と空気の破裂する音を立てて、木の葉が漬物石に変化した。

「うおっ!?」

「狐の十八番、変化の術じゃ。」

 骨の軋む様子が手に取るようにわかる。この石、膝に載るくらいの大きさしかないくせに、見た目以上に重量がある。これが変化の術の力か。

 と、悠長に考えている暇もなかった。足はどんどん雪に沈んでいく。石を下から抱え放り投げようとするも、ピクリとも動かない。本当に重い。

「ミコ! これどうにかしろっ!」

「ふん。変態どもはそうやって反省するがよい。」

 そう言って犬神にも同じ木の葉を置くミコ。見ると、犬神の顔は寒さと恐怖、両方が相まって能面のように蒼白だ。

「落ち着けって。元を正せば変態はあの蕗の下の妖精さんだけじゃないか。僕たちは悪くない。健全な青年だ。分かってくれって。」

「健全な青年がいたいけな娘の胸元に変態を投げつけてくるかや?」

「いや、あれは手が滑ってだな。」

「か弱き羊の巣穴に狼を放り込むような鬼畜な行為を、手が滑っただけで片付けるのかや?」

 駄目だ。相当怒っていらっしゃる。

「あれはだな、いやその。」

「千歳先輩はめぎっ……ミコさんを助けようとしたんです。」

 犬神が声を振り絞る。

「何?」とミコの手が止まる。

「ミコさんは気付きませんでしたか? 最初自分たちがここに来た時に、コロポックルのおっさんがミコさんにセクハラをしようとしたじゃないですか。」

「そうじゃったな。」

「あの時、千歳先輩はいの一番にミコさんに駆け寄って、おっさんの毒牙からミコさんを守ろうとしたんです。」

 ミコの手が揺れる。撮まれた木の葉も僕たちの運命のように、ゆらりゆらりと揺れる。

「さっきの雪玉攻撃だってそうです。あの時先輩の近くに埋まっていたおっさんは、先輩が倒れ込んだとき偶然にも息を吹き返していた。そして先輩の耳元に忍び寄りこう言ったんです。『わしがあの娘を滅茶苦茶にしてやるから、お主はこのまま死んだふりをしておけ。軽率に近づいたところを、わしが仕留める』と。」

「うちには聞こえなかったがの。」

「あの時ミコさんは興奮していたから。」

「そうかも……しれんの。じゃがそれで、どうして千歳が怒るのじゃ。」

 ミコが気まずそうな顔でこちらを盗み見る。

 正直あの時の攻撃にそこまでの意味はないのだが、ここは犬神に乗っておくしかない。

「そりゃあ、お前。ミコを滅茶苦茶にしてやるなんて言われたら、怒らない方がおかしいだろ?」

 さっ、とミコが顔を背けた。こちらからはどういう表情をしているのか分からないが、それを確認できる位置にいる犬神が一瞬ミコの方を見て、そして僕にウィンクをして見せているのだから、きっとうまくいったのだろう。何がどうしてこうなったのかは見当もつかないが、脅威は去った。はずだ。

 ぽん、と軽い音を立てて膝上の石が木の葉に戻った。

「こ、これくらいで勘弁してやる。」

 僕の膝から木の葉を奪い取り懐にしまったミコの顔はほのかに赤みがかっていた。

 理不尽な重さから解放された足を撫でて労わり、立ちあがる。もう当分雪には触れたくない気持ちだ。

 一件落着と判断したのか、犬神はそそくさと走っていった。

「あ、トイレか。」

「女子の前でトイレとか言うな!」

 頭を叩かれる。

「別にいいだろ。お前らだってトイレ行くじゃん。」

「行くけども……その。」

 ミコと目が合う。途端、目をそらされた。やはりまだ怒っているのだろうか。

 落ち着きのないミコを見ていて、ふと思うことがあった。

「ミコたちも大変だよな。少し、同情するわ。」

「へっ!?」

「同情というか、女の子って大変だなというか……うん? あれ? ミコも女の子なんだなと思ったというか……いや違う。」

 どうも、寒さのせいで舌が回らなくなっているらしい。言いたいことがうまく言えない。

「うちも……女の子?」

 ああ、まどろっこしい。

「そう。だってこの時期寒いだろ? こういうところのトイレって普通暖房ついてなくて便器冷たいままじゃん? 女の子って必ず座らなくちゃだから、寒くて大変だろうなって。」

「……は?」

「男はほら、立ってもできるし。」

「お主、何の話をしておるのじゃ?」

「ん? トイレの話。」

「はぁ……。そうじゃの。主に期待したうちが愚かじゃったの。」

「何の話だ?」

「なんでもないわ。で、それがどうしたのじゃ。」

 心底呆れたような顔で、ミコが聞いてくる。興味が無いなら聞かなければいいのに、と思いつつも経ったいま思いついた自分のアイデアを誰かに伝えたかったので話してしまう。

「高級な公衆トイレって、衛星のために紙の便座カバーを備え付けてあるだろ?」

「ああ、あれか。上に乗っける奴じゃな。」

「僕は妖怪のお前がそれを知っていることに驚いている。」

 話した僕も僕だが。

「うちだって出かけることくらいある。」

「それでな、そのカバーって結構あったかいんだよ。便器の冷たさからデリケートなお尻を守ってくれる。だからな、そのカバーを全国に設置し、なおかつ厚地にしたら、戦争は無くなるんじゃないかな。」

「急に話が飛んだの。まず第一に、そのカバーを全国的に設置するほどこの国は余裕ないと思うんじゃが。そんなくだらないことをしている暇などないじゃろう。実現は難しいと思うがの。」

「そうかな。」

「今でさえ、その薄いカバーは無いところの方が多いからの。」

「じゃあ、皆が持ち歩けるようにすればいいんじゃね? ポケットティッシュみたいに。」

「ああ、それなら。って、何をうちはこんなくだらないことを。やめじゃやめじゃ。」

 ミコが頭を振る。そして、まっすぐな目でこちらを見据えてきた。

「主に聞きたいことがある。」

「何?」

「あの時犬神が言っていたことは本当かや?」

「どれのこと?」

「あの、蕗の下の変態がうちにセクハラをしようとしたとき、助けてくれようとしたって。」

「ああ、あれ。あれはだな、僕たちが望んでも、どんなに願っても叶わない夢を易々と達成しそうだったから全力で阻止しただけだ。ああいう努力しないでゴールしようとする奴が一番腹立つ。こっちが試行錯誤しているっていうのに。」

「うちは主の言っていることが全く理解できない。」

「だから、小さくなって女性のスカートを覗くっていう男の夢を簡単にやってのけようとする奴がいたから、邪魔したくなったんだ。」

「それは。」ミコの声が震えている。ついでに握りしめられた拳に僕の目が行く。あれ、なにか悪いこと言ったかな。「別にうちを助けようと思ったわけじゃないということじゃな?」

「まあ、そうなるな。」

 言葉を選びつつ、どこが地雷原か見定めながら話す。一歩間違えれば、また雪の上にノックダウンだ。

「じゃあ、あれは?」

「あれ?」

「雪玉の奴。」

「あれは……。」

「あれは?」

 ミコがじっとこちらを見つめる。

 あの時、確かに僕はおっさんの声を聴いた。

 ―――俺に任せろ―――

 今まで雪の下で寝ていて何が任せろだ、とそれまでの作戦を白紙に戻し、おっさんをぶんなげてやったことは確かだが、別にミコのことを言われて頭に来たわけではない。

「半分、正しい。」

「半分?」

「そ。半分。」

 ぽかん、と口を半開きにする。

 そして。

「くっくっく、あははっ!」と急に笑い出した。

「そうじゃの。主はそういうやつじゃ。本当に、阿呆の極みじゃ。」

「なんだ突然。」

 僕は頬を膨らまして怒って見せる。それに応えず、ミコは笑い続ける。

 成す術がないので、とりあえず本殿に向き直った。さっきの参拝の続きをしようと思ったのだ。

「また願うのかや?」

「そうだ。今度はまともな奴。」

手を重ね、合掌。今年一年がいい年でありますように。そして―――。

「『世界中の人が携帯トイレカバーを持つようになりますように』? 変な願い事じゃの。」

「いいんだよ。世界平和のためだ。尻が暖かければ、戦争だってなくなる。」

「何を阿呆なことを。」

「こういう些細なことから、平和は訪れるんだよ。」

 どうか今年一年、平和でありますようにと僕は名も知らない神様に願った。


これでとりあえずキャラ紹介の一月は終わり。次から春です。まあ新キャラもたくさんでてくるけど、ストーリーとしてはまとまってる方かと…


では、お楽しみに

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