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篝火 -春ー  作者: 日笠
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睦月 -6-

キャラ紹介2部


個人的に犬神は好きなキャラ。


 まだ初詣に行っていないことに気がついた睦月中旬。貴重な休みを利用して朝から近所の神社へ参る。

 雲一つない快晴。澄んだ空気は景色を綺麗に見せる。昨晩積もった雪はまだ朝になって間もないからか足跡ひとつなく、凸凹な地平線間際から注ぐ朝日に反射してきらきらと輝いている。目の前に広がるなだらかな雪原に年甲斐もなく胸を躍らせる。すがすがしい朝だ。

ぴんと張りつめた空気は時折身を切る風となり、何重にも着込んだ服の上からでも僕の体を凍てつかせる。両手で自分を抱きしめ、寒さと歓喜に震えながら雪の積もった道を歩いた。

 まだだれも歩いていない道に、自分の足跡をつける。

 目の前には、染み一つない銀色の世界。そこかしこが光り輝き、まるで夜空の星が落ちてきたかのようだ。

 振り向けば、僕がつけた足跡がどこまでも続く。ふと、うさぎの習性について思い出した。うさぎは雪原を歩くとき、自分の巣穴がどこにあるか天敵に悟られないよう、少し先まで歩くらしい。そして、ちょっと行った後自分のつけた足跡の上を通って、家まで戻るそうだ。もし仮に、僕が帰るときになってもまだ他の足跡が無ければ、試してみよう。


 僕の足跡の横に並んでもう一つ、一緒に歩く足跡がある。そもそも早朝に出たのはこいつらに会わないためだったというのに、僕以上に早起きの奴がいるのは計算外だった。

「いやあ、千歳先輩! 朝って最高ですね! こう、なんていうか、気持ちがいいっす!」

「あまり大きな声を出すな。ご近所さんの目覚ましに駄犬の鳴き声とか申し訳なさすぎる。」

「自分忠犬っすからね。ご主人様のためなら言われた通りに起こしますよ!」

「そして早起きさせすぎてストレスで主を没落させる。」

「そんなことさせないっす!」

「いや犬神ってそういう妖怪だから。」

 朝早くから家に来て、神社まで同伴中の妖怪その一、犬神。小柄な体躯とスポーツ刈りのさっぱりとした頭。人間に化けるのが得意なのだろう、獣のそれでなく人間らしい耳が顔の両脇についている。ぴょこぴょこと僕についてくる姿は完全に体育会系後輩キャラだ。

 少し苦手なタイプではあるが、部活に打ち込んだ学生時代を思い出すので邪険にはできない。こうして没落していくのか、僕。

「先輩のためならいくらでも尽くしますよ! なんてったって自分、忠犬すからね。」

 以前口を滑らせて忠犬みたいだな、と言ってから、いたく気に入っているらしい。口は災いの元とはまさにこのこと。神様への願い事はこれだな。

「忠犬なら僕の言うことを聞いてくれるのか?」

「できることなら何でも。できないことだって努力しますよ。」

「じゃあ黙っててくれ。」

 犬神は口をつぐんだ。

 新雪を踏む柔らかい足音が閑静な住宅街に広がっていく。

 さく、さく。

 さく、さく。

「やっぱ喋っていいぞ。」

「ありがとうっす。」

 なんだかんだ言って、寂しかった。

「おい、小僧! 寒いからもう少しコートを閉めてくれ。」

 胸元が叩かれた。

「あいよ。」

 言われるがまま、上着のボタンを首元まで止める。

「おおいい感じだ。ありがとよ。」

「おっさんなんでついてきたんだよ。家に居ればよかったじゃねえか。」

「神社と言えば甘酒だろう! ついて行かない訳にはいかねえぜ!」

「もうそんな時期じゃないと思うけどな。」

 さすがに新年と言える頃ではない。もう、バイトの巫女さんたちもいないだろう。

「先輩って、神道なんですか?」

「宗教か? あんまし意識したことはねえな。急にどうした。」

「いえ、生真面目に初詣に行くんで。」

「初詣ってもはや日本の文化になってねえ? 宗教とか関係なしに。だってほら、初詣にお寺に行くこともあるくらいだし。除夜の鐘をついて、そのまま初詣。」

「じゃあ無宗教っすか?」

「かもな。」

「小僧は自分しか信じなさそうだもんな。自己愛の神というか、自分こそが神だぜみたいな匂いがぷんぷん漂ってくるぜ。青臭え。」

「加齢臭まき散らしているおっさんが何を言う。……あ、でもやっぱ神道かもしんね。僕の親宮司だわ。」

「小僧の実家は神社なのか。」

「そういえばね。たった今思い出した。」

「普通、家業を忘れるもんか?」

「僕、一五で家を出たから。」

 思い出さないようにしているうちに、いつしか本当に忘れてしまっていたらしい。人の記憶というのは都合よくできている。

 僕のコートの中で暖を取っている小人妖怪も交え三人で馬鹿話をしていると、前方に目的の神社が見えてきた。

「早く来た甲斐があったな。」

 現代チックなデザインの住宅街に突然現れる古の建造物。まるでそこだけが時間の流れから取り残されているかのような。家と家に挟まれた道路に、場違いな色彩をした鳥居が堂々と構え、その奥には雪化粧を施した神社が鎮座している。

 鳥居をくぐり、雪を踏み鳴らしながら参道を歩く。

「手水舎か……。」

 同じく雪の積もった手水舎が目に入る。瓦屋根に守られるようにして小さな石桶が、いかにも冷たそうな水を湛えている。参拝客は僕以外誰もいないというのに、流線をあしらった竹筒からは絶え間なく水が注ぎこまれている。

「やるんすか?」

「やるだろう。やらねば、ならないはずだ。」

 おそらく男という生物には、神格ある儀式めいたことがどうしようもなく好きになってしまう時期というのが必ず訪れる。古くから語り継がれる伝統ある行事や儀式をやる、ということになぜか胸を躍らせてしまうのだ。そしてそれは男のプライドと相まってそのうちやらねばならぬという「義務感」に変わってしまう。大体の男はそこで儀式が好きな時期に終わりを迎えるのだが、変にこじらせてしまうとインドに行って参拝したり、山奥にあるような隠された神社を巡り始めたりと、さらなる高みへ昇華する奴が現れる。

 僕はまだ義務感止まりだ。そして思うに、僕は一生この義務感と付き合っていくのだろう。自分のことだからよくわかる。神様を信じているとか、そういうことではなくて、ただこの儀式の前に立つとやらねばという義務に駆り立てられるのだ。

 女の子でいう結婚式の披露宴でケーキ入刀を必ずやりたい、の男バージョンだと思ってくれて構わない。

 石桶の縁に積もっている雪を払いのけ、おずおずと杓を手に取る。動きを邪魔する恐怖心を払いのけ、僕は一思いに手に水をかけた。

「っ~~~~~!」

 指先から全身へ走る冷たさに、声にならない叫びをあげる。必死に指を動かしてみるも、たったの一撃でもう感覚が無い。このまま凍り付いてとれるのじゃないだろうか。

 続いて右手、口、右手と洗い終えるころには、両の手先は色を失っていた。ユキみたいに真っ白だ。いや、真っ青だ。

 手水舎から少し行ったところに、たき火が焚かれているのが見えた。その横に不審な存在を二つ確認。

「お前ら、手洗わないのか?」

「こんな寒い日に指を冷水につけるとか鬼畜の所業っす。神様だって呆れるっすよ。」

「わしは酒を飲みに来たんだ。参拝客じゃないんだから関係ない。」

 それでいいのか妖怪コンビ。一応、和の文化の第一人者なんじゃないのか。

「そういう若者が日本の伝統ある文化を衰退させるんだ。」

「最近の若者がよく言うわい。わしらが現役のころはなあ。」

 いつの間にか引退していた小人が昔語りを始める。

 たき火で手を暖めるついでに聞いてやることにした。

「誰もが日本の心というやつを大切にしていたわい。思いやりの心、文化を重んじる心、世の中をよくしようという心。こんなわしにも信仰が集まったりしてな。」

 冷たい指を火に当てていると、感覚のなかった指先に血の流れが戻ってくるのが分かる。色を失っていた指先が徐々に赤みをまし、じんじんと痺れるような、しかし心地よい痛みが指に伝わる。感覚があるって素晴らしい。

「それが今の若者と言ったら。やれグローバル、やれ情報社会。弱者は切り捨てろ、信じる者は自分だけだ、と荒んでしまった。信仰の無い神は力を失う。大事にされない文化は淘汰されていく一方だ。和の国日本というやつは、とうの昔に失われて。」

「犬神。お前犬なんだから庭駆けまわったりしないのか?」

「は? なんすかそれ。」

「だからな、今の若者に大切なのは自分の言いたいことを言う勇気と、時刻を大切にする愛国心……って聞いてるか?」

「聞いてる聞いてる。最近の若者は手を洗わなくて不衛生……ってことだよな?」

「一言も聞いてねえじゃねえか、おい。」

「でも実際そうだろ? おっさんたちみたいに手水舎で手を洗わないし。家に帰っても手を洗わないし。そのうちトイレのあとだって洗わなくなるぜ。」

「もしわしが女子トイレの前で。」

「それ以上言ったらダメ、絶対。」

 変態親父だった。

「最近はアルコール消毒とかありますよね。こう、霧吹きみたいなので簡単に。」

「何でもかんでも消毒とかしているから菌に対して抵抗が無くなるんだ。少しくらい汚い方が返って健康にいいんだぜ?」

おっさんが手をひらひらさせながら言う。

「おっさんみたく薄汚れている方がワイルドでモテるってか?」

「一応妖精なんだが、お前はわしに恨みでもあるのか?」

「別に。アルコールかけたら存在ごと殺菌されないかなとか思ってないから。」

「罰当たりな奴だ。」

 おっさんは本殿の方へぴょんぴょん跳んでいく。サイズからして、ノミのようだ。

 まあでも、おっさんの言うことは一理あるかもしれない。世の中は衛生的すぎる。それも、人とのふれあいすら敬遠するくらいに。

「人が触ったものには触れたくない、とか思う人もいるんだろうな。」

「そうっすね。そんなこと言ってたら外に出れないっすけどね。」

「その気持ちが分からんでもないけどな。電車のつり革とか、得体のしれない汗ばんだおっさん達が何を触ったかわからない手で触っているかもしれないだろ? それを握りしめるなんて、おっさんと濃厚な握手を交わすようなものじゃないか。」

「間接握手っすか。それっていろいろなものにも言えちゃいますよね。階段の手すりとかにも。でも、この時期の人間は手袋を使用するじゃないっすか。考えるだけ、無駄じゃないっすかねえ。」

「冬は、な。これが夏だったら。さらに油ギッシュになったおっさんの手と握手する可能性が町のそこかしこにあるんだ。そう考えると、潔癖症になるのも仕方のないことなのかね。」

「他人と触れ合うことが嫌なことだなんて、ちょっとさみしいっすね。」

 男二人、たき火に当たりながら世の中に対してしみじみと語り合う。一瞬たりとも冷静になってしまえば、これほど精神的ダメージの大きい状況はない。頭の隅の方で客観的な僕が警鐘を鳴らすが、見て見ぬふりを決め込む。

 あ、と声を漏らしたのは犬神だった。

「おっさんと握手する可能性があるってことは、女子高生とも握手する可能性もあるってことですよね。」

「確率的には、そうだな。ないこともない。」

「自分の目の前にぶら下がっているつり革や、そこらの階段の手すりを、さらっさらでいい匂いのする女子高生の手が握りしめたということもあるかもしれないっす。」

「それを握ることができたなら。」

「合法的に女子高生と間接握手ができるっす!」

 荒んだ現代社会で僕のような成人が女子高生と握手する機会など、無いに等しい。あったとしてもその先に待つのは通報→逮捕→裁判→有罪の真っ暗闇コースのみ。そんな厳しい世の中で突然目の前に現れたボーナスチャンス。掴まない手はない。

「プトレマイオス的発想の転換だな。なんか、生きる希望が湧いてきた。」

「しかし問題はおっさんとも握手する可能性があるってことっすね。」

「究極の二択だな。運命の選択だ。手を取るか、取らないか。」

「そして答えも分からない……。」

「難しいなあ。」


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