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篝火 -春ー  作者: 日笠
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春 -15(完)-

第14話のあらすじ

長い長い月日の移ろい。それでも二人の約束は残り続ける。二人の心に、誰かの心に。桜咲く下で、また…


最終話です

 白銀の光線が二人を優しく照らし出す。

 卵石を両腕に抱えた爺が桜の幹にそっと触れると、卵石が鼓動した。二人を中心にして、風が逆巻く。月光もかくやという光を湛え、卵石が跳ねた。厳かな春の風に包まれて、卵石から一人の少女の姿が浮かび上がる。

 桃色の生地の随所に花柄をあしらった着物に身を包み、平安時代ような長髪をうっすらとした緑色に染めた少女が、桜の木と爺との間で浮遊した。二人はしばらく見つめ合う。お互いの間に、言葉はいらないのだろう。やがて陽だまりのように柔らかな笑みを二人は浮かべた。 

 少女が腕を開いた。辺りを暖かい空気が包み込む。公園の電燈が不規則に明暗しだす。そして、少女は祈った。

 萌動が始まる。

 少女に習い、僕らも手を合わせた。爺は光を増していく少女の様子をじっと見ていた。

 少女の体が桜の木に吸い込まれていく。目を閉じ、両の手のひらを合わせて祈る少女の手を、爺の伸ばした手が掴んだ。突然触れられて驚いたのか、少女が目を丸くさせる。困ったような表情を浮かべる少女の手を、爺は決して離さない。二人して、木に魅かれていく。

 ―――ふふっ―――。

爺の手を、今度は少女が包みかえす。握りしめられた爺の手は、いつの間にか若返っていた。手だけではない。爺の姿形が、みるみるうちに変わっていく。皺くちゃだった手は瑞々しさを取り戻し、いつも瞑られていた瞳は、爛々とした好奇心の光を宿らせる。無邪気であどけないかの日を思い出させる風貌。青い半纏を着た少年。爺は今、約束を交わしたときの子供、そのものであった。

 木に引き込まれていく少女と少年。まるで遊びに行くかのように、期待に満ちた目をしている。

 二人の体が光に包まれていく。二人の体は霞み、透いていく。光はその輝きを増していく。周囲を包む空気は一層春の匂いを含み始める。電燈の明暗する間隔が徐々に狭まっていき、そして二人を包む輝きが最高潮に達したと同時に、周囲を照らす一切の明かりが消えた。

 次の瞬間。

 閃きと共に桜の蕾が弾けた。

 春が爆発したようだった。

 桜の木を中心に、暖かくて湿っていて土の匂いに溢れた春の空気が波を打って駆け抜けていく。電燈はすべて消えているというのに、夜の闇はその姿を潜めている。

 桜の木が煌めいていた。

 ぼんやりと銀色に包まれ、桃色の嵐が吹きすさぶ。限界まで膨らんでいた蕾が一斉に花開き、重く茂らせた枝をがっしりとした幹が、二人分の幻影が、下から支え押し上げる。天高く伸びる桜吹雪。それは月へと導く門出の螺旋廊であった。

あちらこちらで春が芽吹きだす。

 春の到来を告げる老桜。

 春そのものである老桜。

 数十年くすぶっていたその陽気を、一世一代の美しさと共に解き放つ、約束の桜。舞い散る花びらが視界を塞ぎかねない絶景の中、僕らは馬鹿騒ぎに興じた。

「消えちゃうんです……か?」

「兄ちゃん、あの人たちは?」

「大丈夫、幸せだろうさ。さあ、別れの門出だ。盛大に祝ってやれ。今宵は宴だ!」

 最期の瞬間、眩いばかりの光の中、僕は二人を見送ることができた。ずっと見ていた。目をそらさず、自分のやったこと、彼らの成し遂げたこと。その果てを。

 二人は泣いていた。

 涙を浮かべて、笑い合っていた。

 だからきっと、幸せだったのだろう。

 感傷に浸ると酒が恋しくなる。そんな心中を覚ったのか、枯葉が酒を注いでくれた。

「おう、ありがと。ふむ、こういう風に覚ってくれると便利ではあるな。」

「なんじゃ。うちの読心は怒るくせに。」

「お前の場合心の内を読んで、揚げ足を取るだけじゃないか。」

「違いない。狐のお嬢は素直じゃないからな。」

「女狐は性根がひん曲がっているっすからね。」

「でも、千歳と似ているよな。」

「どこがだ。」

「千歳さんも、大概不器用ですぅ。」

「先輩の優しさは分かる人にしか分からなくていいんっすよ。」

「いいだろう。僕がどれだけ懐の深い男か見せてやる。」

「兄ちゃんってば優しい!」

「千歳兄さん、さすがです」

「まだ何もしておらん。」

春の陽気に当てられたのだ。僕は胸中にしょうのないことを思い浮かべる。普段なら、考えないこと。しかし今夜くらいは、仕方が無い。

「主よ、何を考えておる?」

それを悟ったのか、ミコが怪しげな視線をくれた。

「ふん。」

 僕は立ち上る。皆の注目が集まる。

 桜吹雪の中に、二対の竜巻を見た。あれは桜の精と爺に違いない。数百年ぶりに見る桜の下、二人で踊っているのだ。

 僕は声高々に叫んだ。

「お前ら! 僕の家に住め!」

 これは、僕が妖怪に歩み寄った春の物語。



終わりましたー!

読んでくれたみなさん、本当にありがとうございました


物語はまだ春が終わったところ。これから一年間、まだまだ夏秋冬と、彼らのささやかな物語におつきあいください


夏編はおそらく、大学に入ってからサイトにあげることになろうかと。まだ半分しか書き上げていないので

その前にファンタジーも書きたいなぁ


とりあえず、また会う日まで。では

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