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篝火 -春ー  作者: 日笠
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春 -6-

第五話のあらすじ

桜の木のおじじと約束を交わした千歳。しかし花見への道は波乱万丈一筋縄では行きません。とりあえず仕事に行って帰ってきた夜のお話。


妖怪より人間の方が怖い第六話

 深夜。

 例によって犬神の背に乗り、未だ陸風の寒い夜空の遊覧飛行に興じている。

 日が落ちて海は漆黒に染まり、沖の方を見つめているだけで不安な気持ちに駆られる。夜になっても騒がしい市街地やビル群の光が反射して、港近くは色とりどりの宝石を散りばめたように光っていた。どちらが好きかと言われれば、前者だと僕は答える。人の作りだした情緒もへったくれもない明るさより、暗い深淵に身を投じていた方が落ち着く。

「犬神はあそこの糞爺が妖怪だって知っていたのか?」

 轟轟と風を切っていたのでは話が成り立たない。会話ができる程度の速度を保って、僕たちは空を駆けている。犬神の白くてふさふさとした毛は中々に暖かく座り心地もいい。スーツについてしまうことだけが難点ではあるが、どうせ犬の毛だらけで出社したところで僕のことを気にする者はいない。今朝だって軽く上司に怒られただけで、特にいつもと変わらない日常であった。ただ一つ、慰めに食べた昼ごはんの調理パンが泣きそうになるくらい美味かったことくらいか。

「知らなかったっすよ。ただ昨日の朝先輩に言われて調べたときに、妙な違和感があって。」

「違和感?」

 むぎゅ、と犬神の毛を引っ張る。

「はいっす。あの時自分、二種類の妖力を感じたんす。一個は前から知っていましたし、今朝会って確信しました。」

「あの糞爺のか。」

「お爺のっすね。それでもう一つなんですけど、こっちが不思議で。自分はてっきりお爺があの桜の木に憑りついてあの桜が妖怪化したもんだと思っていたんすけど、そうじゃないみたいなんです。」

「どういうことだ?」

「あの桜の木には、妖力の残り香を感じたんす。微かに残った、前の住人の気配。あの桜の木は、抜け殻なんすよ。」

「前にあの桜の木に憑いていた妖怪がいたということか?」

「ことはそう簡単じゃないっす。」

 ぐるっと身をひるがえし、家の方へ向けて方向転換をする。雑多な街並みと静かな水面が遠く離れ、見慣れたおんぼろの家が近づいてくる。朝見るとそうでもないが、夜になると雰囲気抜群である。お化け屋敷と言われても文句は言えまい。

 敷地の広さと部屋の多さだけが自慢の我が住まいだが、それを補って余りある古臭さは見るに堪えない。一見、江戸時代の武士が住んでいた和風家屋に見えなくもないが、おそらくその武士はその後没落したに違いない。

ヒビだらけの塀に、襤褸が目立つ瓦屋根。唯一の取り柄である部屋数だって、宝の持ち腐れである。実際使っているのだって、居間と、そのすぐ隣の寝室だけだ。入居当初は使っていない部屋も丹念に掃除をしていたが、今となっては放置状態。もし誰かが勝手に住んでいたとしても、気がつかないだろう。僕の代わりに綺麗にしてくれているのであれば、別に住んでもらっていても構わない。人でさえあってくれれば、だ。

「先輩が思っていた通り、あの桜は元から妖怪化していたんです。お爺とか、あとから憑りついたという訳でなく、桜自体が。」

「そいつはどうしたんだ。」

 自分の仕事を放りだして、あの爺に格安で物件を売り渡したわけではあるまい。元の持ち主がいるというのならば、僕のために一肌脱いでいただきたいところだ。

「行方は今も調査中っす。ただ、そいつの力さえあれば、あの桜だって満開にできるはずっす。」

「なるほど。」

 暗雲が立ち込めていた花見への道に、一筋の光が射した気がした。

 音もなく、犬神が庭先へ軟着陸する。ひょいと僕が飛び降りると、犬神は人型モードへ変化した。

「今日は寄っていくか?」

「いやーぜひともそうしたいところなんすけど、どうも、例のあの女の匂いがするんすよね。」

「なんだと。」

「というわけで、自分は今日も退散させてもらうっす。ではでは、御健闘をお祈りしてるっすよ。」

 登場と同じように、一陣の風を纏い犬神は颯爽と―――そそくさともいえる―――帰っていった。月を横切る黒い影を見送り、決して安息の訪れることのない愛しの我が家へと足を踏み入れる。自宅なのにこの緊張感。

 ただいま、の声も通らないほどに、居間はどんちゃん騒ぎであった。どこぞの酔っぱらいでも走っているのか、床板をやかましく踏み鳴らす足音が聞こえる。たいして丈夫な造りでもないのだから、そう無邪気に駆けずり回っていると今に床を踏み抜くだろう。そうなれば見物である。

 酩酊し、床の穴に足を取られ、身動き一つとれない妖怪風情。

 一つカメラの用意でもしておこうかしら、と思いつつ靴を脱いでいると、どこからともなくラップ音のようなものが聞こえてきた。

現在進行形で我が家には妖怪変化がわんさかいるわけで、ラップ音ごとに今さら珍しがったり不審に思ったりするほどでもないが、今度のはいつもより遠くで聞こえた。いつもは、奴らから迸った行き所のない妖力共がこれ見よがしに僕の近くで家を鳴らす。計ったように要所要所で家を歪ませては、僕にこの家を買ったことを一々後悔させなおさせるのだ。性質の悪いことこの上ない。前に、妖力の発生源たるミコ達にどうにかしろと言ったことがあるのだが、奴らにとって妖力と言うのは人間で言うところの臭気とかそういうものと同じらしく、自分たちから巣立った後はもう手の施しようがないと言ってのけた。臭気と同じならば、努力のしようはあるだろう、ついでにその獣臭さも押さえてみろと糾弾したところ、面倒くさいと一蹴された。最終的に、お前ら風呂にも入らないのかさすが畜生不潔だなという捨て台詞を引き金に、一週間にわたる喧嘩に発展したのは言うまでもない。結局善処する、という役人のような対応でその件は幕を閉じた。

 ラップ音に続いて、今度は複数の足音が近づいてきた。

 たまげた。とうとう妖力が暴走し実体化したというのだろうか。つまりそれは新たな妖怪の誕生を意味するのか。これ以上増えてもらっては困るし、何より我が家で新種発生とか冗談ではない。

 三和土から上がり、居間には入らずに庭に面した縁側の方へ回る。足音はそこから聞こえてきていた。

 新種の可能性に半ば辟易としつつ、縁側へ出る廊下の角から恐る恐る顔を出した。

「あっ! 兄ちゃんだっ!」

「千歳兄さん、大変です!」

「大変なのはおそらく僕の方だ……早く退けろ。」

 一歩足を踏み出すことさえままならず、僕は妖怪の襲撃を受けていた。新種でもなんでもない。割と顔見知りの子供妖怪、座敷童だ。その妖怪共が、廊下から飛び出すなり僕の腹部へ頭突きを食らわしてきた。結構な勢いで突っ込んできたらしく、不覚にも盛大な音を立てて倒されてしまった。

「お帰り、兄ちゃん。ねぇねぇ聞いてよ!」と、わんぱく小僧の座敷童が言う。

「お帰りです千歳兄さん。緊急なんですよ」と、若干内気少女の雪ん子が言う。

 どちらも押し倒した僕の腹の上からは降りてくれなかった。

 二人の首根っこを掴み、腹からどかす。やっとのことで僕は立ち上がった。

「いったいどうしたんだよ。誰か床板でも踏みぬいたか? ざまあみろだ。」

「大層な音が聞こえてきたが、どうしたのじゃ? ……あや、主、帰っておったのか。」

音を聞きつけたミコがひょっこり顔を出した。

「ああ、ついさっきな。」

「ならこっちに顔を出せばよかろうに、なしてこんなところに?」

「戯れだ。」

「ところで、今誰かがこけたような音がしたのじゃが、聞かなかったかや?」

「……さあな。」

 くくく、ふふふと餓鬼どもが笑っている。

「さて、雪ん子も座敷童も、そろそろ戻るぞ。あまり走り回っておると床が抜ける。この家はぼろいからの。」

「誰かさんの衣食住を賄っているせいでどうにも修繕費を捻出できなくてな。昔話の鶴でも恩を返すというのに、どこかの狐は仇ばかり返しやがる。」

「女子の一人や二人楽させる甲斐性を持ってこそ、一人前の男じゃと思うぞ? それにうちは衣に関しては完全に自給自足しておる。」

「その代り食料が三倍なんだが。」

「ねぇねぇ、姉ちゃん。僕らは走っても床抜けなかったけどね。」

「あの……千歳兄さん。他の知らない人が片足埋まってました。」

 二人の指差す方向は、今は使っていない部屋が並ぶ一角で、玄関からも離れており、ちょうど死角になりやすいところだった。月明かりに照らされて、うっすらと積もった埃に種類の違う足跡が三つ残っている。二つはここにいる子供妖怪のものだが、残りの一つは、大人のものだった。

 ミコと顔を見合わせる。互いに訝しげな顔をしていた。

「ミコ……今日誰かあっちいったか?」

「全然。うちら年長組は居間から一歩も出ておらんぞ。鬼門から出て炬燵直行じゃ。もう一人は今も炬燵で飲んだくれておる。それ以外に、同胞の気配はしなさなんだ。」

「ということは、だ。」

 人間で、ろくでもない、招かれざる客人が来ているということだ。

 家賃を払い、部屋をきれいにし、僕に礼儀正しく且つ不干渉な客なら住人であるならば大歓迎であるが、おそらく此度の客人は家賃も払わす、部屋を荒らし、僕の生活に多大なる悪影響を及ぼすいわゆる空き巣という部類だと思われる。しかも何かと喧しいこの家に盗み入るとはなかなかの胆力の持ち主だ。それを他に活かせなかったのか、とまだ見ぬ盗人に悔やみ入る。周りが妖怪ばかりだから、同じヒト科の生物には寛容になっている自分がいることに気付いて、気付かぬふりを貫く。

「雪ん子、そいつはどこら辺で無様にも板に挟まれているんだ? ああ、そうだ。ついでにカメラも用意しとかなくちゃ。」

「主も大概小悪よの。」

ミコにジト目で睨まれた。その視線をかわし、雪ん子を促す。

「あのですね、あっちの角を曲がったところらへんです。」

「うんうん、あっちいってこっち曲がって、そこの縁側。」

 聞けばその盗人は部屋に入ろうとしたところ、縁側から走ってきた子供妖怪二匹に驚き、そのまま来た道を庭へ逃げ出せばいいものを、何を思ったか子供妖怪から逃げるように縁側を走りだし、無邪気で時にその無邪気さが残酷な子供妖怪たちはてっきり鬼ごっこと勘違いし盗人を追いかけ、そして見事床板をぶち抜いたのだという。

「この場合はけいどろの方が表現として正しくないか?」

「うちのころはどろけいの方が呼び名としては主流じゃった。」

「古くさ。」

「ほざけ。」

 鬼さんこちら、とはしゃぎたてる子供妖怪先導の元、およそ盗人を捕まえに行くとは思えない呑気さで事件現場へと向かう。

 縁側からは埋め立て地と海が一望できる。霞がかってきた月の明かりはぼんやりと闇夜を照らし、さざめく海にその影を落としている。霞のせいか、それとも眠らない埋め立て地の明かりのせいか、今夜は空に一つも星を見ることができなかった。

「で、どこにいたんだ?」

「おっかしいなあ、ここにいたはずなんだけれど。」

「もういないです。でも穴はちゃんと空いてます。」

 縁側には立派な穴だけが残っており、すでに盗人はそこにいなかった。

当然と言えば当然か。自分を追いかけていた妖怪はその場から立ち去り、しかも今度は家主が陽気にしゃべりながら近づいてくる。真っ当な考えの盗人ならば普通逃げ出すだろう。しかし惜しいことをした。せっかくカメラを持ってきていたというのに。

「残念じゃのう。」

「全くだ。もし嵌っていたままであれば酒の一つごちそうしてやったというのに。」

 子供妖怪に盗人が入ろうとしていた部屋の場所を聞き、念のため中を確認する。

 襖を開けた瞬間、何とも言えない、畳や埃や湿気が混沌と化している年季のこもった匂いが広がってきた。ここ数か月誰かが入った形跡すらない。というか家具の一つもない。よしんば誰にも見つかることなく盗人がこの部屋に入り込めていたとして、あまりの何もなさに当惑していたに違いない。もしかしたら情が移りその日の収穫を置いて行ってくれていたかもしれぬ。そう考えるとやはり、盗人にはそのまま床の穴に足を突っ込んでいてもらいたかった。

「空っぽな部屋じゃのう。それに埃っぽい。」

 後ろから覗きこんでいたミコが咳込む。

「仕方ないだろう? 誰も使っていないんだし。こんな部屋がまだたくさんある。持て余して仕方がない。」

「下宿でも運営したらどうじゃ?」

「それも考えてはいるんだがな。」

「主と同居とか、難易度高すぎて人が来なさそうじゃ。」

「とりあえず幽霊屋敷という汚名をかぶせた責任はお前らにあるからな。」

 とやかく言いながら、居間に帰った。そういえば、自宅についたというのにまだ自室にも入っていなかった。早く風呂に入って寝てしまいたいと思いつつ、光と音とほんのりお酒の匂いが漏れ出でてくる襖を開ける。

「よーう、戻ったかい。」

 なんかいた。


子ども妖怪ひゃっはー!!

そして次なる妖怪は…???

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