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篝火 -春ー  作者: 日笠
13/24

春 -4-

レジのお姉さん初登場にして出番終了。夏まで出てきませんが、個人的には好きなキャラ(何人目さ)

 二日酔いから来る頭痛に悩まされながら、今朝も出社の準備をする。目が覚めたときには親父もユキもすでに帰った後で、ミコだけが相も変わらず居間にいた。

「うむ、いい出来じゃ」

 僕が起きたときから、ミコが炬燵で何かを作っていることには気づいていた。すり鉢に薬草のようなものをいれ、一心不乱にすり潰していたのだが、どうやら出来上がったそれをミコは僕に渡してきた。

「なんだ? 毒薬か?」

「阿呆を抜かせ。二日酔いに効く薬じゃて。水と一緒に飲みや。」

 本当に安全なのか? と僕が渋っていると

「やれやれ」

とミコは立ち上がり、台所からコップ一杯の水を持ってきた。そして件の薬を水に溶かし、一思いに飲んで見せた。

「ほれ、毒なぞ入っておらんじゃろう?」

 けろりとした顔で、飲みかけの水を僕に渡してくる。粉末状の薬は溶け切っておらず、粒子がぐるぐると渦を巻きながら水を青葉色に染めている。コップの側面には緑の粒々が付着していて、ミコが口をつけた跡がくっきりと残っていた。

「……妖怪には効かない毒。」

「いいから飲めっ!」

 あまり無下にするのも悪いので、僕はミコとは反対側からコップに口をつけた。

「苦っ。」

「良薬口に苦しじゃ。どうじゃ? 頭の方もすっきりしたじゃろう?」

「まあまあだな。一応感謝はしておこう。」

「感謝されている気が全くしないのはなぜじゃ。」

 支度を終え、二人で朝飯をいただく。昨日で残り物は全て消費してしまったので、わざわざ魚を焼いた。ゆっくり味わいながら食べても十分間に合う時間だった。

「あ、そうだ。」

「なんぞ?」

 向かいで魚の骨を器用に外していたミコが、小首をかしげる。

「ちょっと付き合え。」

「は? ……はいっ?」

 

「主、時間は大丈夫なのかや?」

「安心しろ。最近ショートカットを覚えた。」

 自分すねっ! とどこかで声が聞こえた気がしたが、無視する。まだ呼んでいないから来るな。来るな。

 昨日の朝と同様に、中学校を通る。昨日より少し時間が早いせいか、今日は誰も校庭に出ていない。朝の空気と相まって、人気のない校舎はまるで彼岸の向こう側のような雰囲気を漂わせている。

「主はいつもこの道を通るのかや?」

「大体な。」

「ということはこの学校の横を?」

「そういうことになる。」

「主はその、あれか。俗にいうロリコンという。」

「お前らって妖怪のくせして俗にまみれすぎだよな。」

 そうこう話しているうちに、中学校を通り過ぎた。途端、パンの匂いが鼻孔を叩く。さっき朝飯を食べたばかりだというのに、この魔性の香りはまたも胃袋を刺激してくる。

「いい匂いじゃのう……決めた。今日のうちの昼ごはんはパンじゃ。決定事項なのじゃ。」

「部屋の片づけをしといてくれるなら、昼飯代やるけど。」

「究極の選択じゃな。」

「片付けくらいやれ。」

「じゃからなんでうちがそんなことを……、パン屋には寄らんのかや?」

 曲がり角でパン屋とは逆方向に曲がると、ミコが袖を引っ張ってきた。

「通り道じゃない。」

「寄るくらい、いいじゃろ?」

「……昼飯、買っていくか。」

「やた!」

 小声でガッツポーズをとるミコを連れ、パン屋の方へ。考えてみればいつも匂いのお世話になっているだけで、店自体に入ったことはなかった。歩みを進めるたびに、鼻をくすぐる匂いが強くなる。店の前までくると、もうパンのこと意外を考えられないくらい、香りに包まれてしまった。

「ここまでくると、すごいの。」

「すでに腹いっぱいだ。」

 店先には割烹着をきた大きなおばあちゃんの看板がOPENと書かれた札をぶら下げて立っている。彼女を取り囲むように花壇が据えられていて、小さな黄色い花が咲いていた。ショーウィンドウからは、陳列されているパンを観察できた。見るからにおいしそうなパンたちが、僕を選んで、と言わんばかりにきれいに並べられている。買った物をその場で食べられるのだろうか、二人掛けのベンチと丸テーブルも設置されていた。

「さ、さ。早く入ろうぞ。」

「中に入ったら急性パンの匂い中毒とかにならないだろうか。」

「何阿呆なことを言っておるんじゃ。さ、さ。」

 袖を引っ張りまくるミコに流されるまま、一歩踏み出す。途端、自動ドアが開き、中からこれでもかというくらいの香ばしいくらいの香りが僕たちを出迎えた。小麦畑が火事になっても同じ匂いがするのではないかと思うくらい、くどい香りだ。

「いらっしゃいませー!」

 バイトだろうか、高校生くらいの女の子が元気な声で挨拶をくれる。彼女はこの匂いに何とも思わないのだろうか。

「いい匂いも、過ぎたるは異臭だな。」

「うちもちょっと気後れしておる。」

「どうぞ、もうすぐ、焼き立てができますよ。」

 これ以上匂いが強くなるというのか。

「主、主。見てみい。奥に石窯があるぞ。懐かしいの。」

「石窯を懐かしがるほど僕は落ちぶれていない。」

「懐かしいの、懐かしいの。昔自前で作ったことがあったが、あの時は大変じゃった。」

 小躍りしてはしゃぐミコを、店員さんが物珍しそうに見ている。それもそうだろう、いまどきパン屋に来てまで石窯ではしゃぐ奴などそうそういない。

 パンが所狭しと並ぶ店の中を、昼飯に相応しそうなものを物色しながらあるく。ミコはトングをカチカチと鳴らしリズムを取りながら、鼻歌を歌ってご機嫌だ。

「このメロンパンもうまそうじゃの。こっちのチョココロネも……ま、マフィンとな? 主、うちはどれを選べばよい!?」

「勝手にしろ。というか菓子パンばっかだな。せめて調理パンとかにしとけ。」

 つやつやに光った油が涎を誘うソーセージパンとあんぱんを昼食にメニューに決め、トレイに乗せてレジへ向かう。

「あ、主、待て!」

「五秒以内な。」

「んな殺生な。ああ、もう!」

 三秒数えたところで、ミコもレジに来た。トレイにはメロンパンが、ぽつねんと乗っていた。

「お前それだけで足りるのか?」

「知らんのか。このメロンパンの中にはなんとクリームが入っておるのじゃぞ?」

「知るか。ほれ、会計するぞ。」

 さっきの女子高生っぽい店員がパンを受け取り、手早く値段をレジに打ち込んでいく。手慣れている。その彼女の手がふいに止まった。トレイにはまだ未会計のメロンパンが乗っかっている。

どうしたのだろうかと顔をあげると、レジの子が僕と目を合わせ、微笑んできた。

「それでは、じゃんけんです。」

 それでは、明日のお天気ですと言うように、それがさも当たり前かのように唐突に彼女は言った。

「じゃんけん?」

 僕が問い返すと、まるで僕の方が非常識みたいな目で見られた。非常に不本意である。

「こちらのメロンパンなのですが、店員にじゃんけんで勝つとお一つ無料になるんですよ。じゃんけんメロンパンなんです。」

「そうだったのか。」

「そうだったのです。」

 人差し指を立てて、重大な秘密を明かすように彼女は言った。

 メロンパンの有料無料くらいであたふたするようなみみっちい生活を送っているわけではないが、ただでもらえるものに越したことはない。ただより怖いものは無い、と言うが自分で勝ち取ったものなら少しは信用があるだろう。それに、これはもともと値段のついた品だったわけだし。

「ミコ、ちょっと来い。」

「なんじゃ?」

 店員に聞こえない距離まで離れ、小さな声でひそひそと話す。

「お前、自分の食い扶持くらい自分で稼いでみろ。」

「なんじゃと?」

「得意の読心でじゃんけんに勝てと言っている。」

「なっ? そんな卑怯な真似できるわけないじゃろう。」

「何が卑怯だ。いつも僕に使っているくせに。いいから。自分で食べる分くらい勝ち取れ。」

「いやじゃ。うちはそんなことに読心などつかいとうない。それに、いつも主に使っているわけじゃないぞ。」

「しょっちゅう僕の心を読んでいるじゃないか。」

「力を使わずとも、主は単純で分かりやすいからのう。」

 ふふっ、とあざ笑うミコの態度が頭に来た。

「よし分かった。お前金は持ってきているな?」

「ほ?」

「会計は別にしておくから、メロンパンは自分で払えよ。」

「それは困る! うちは今無一文じゃ。」

「じゃあ、勝て。」

 観念したのか、文句を垂れながらミコはレジに戻る。

「待たせたな。」

「大丈夫ですよ。今お客さんいませんし。」

「ならよかった。」

「それは意外と失礼だって自覚あります?」

 なかなかノリのいい店員さんだった。こんないたいけな少女を今から裏技負かそうとしているかと思うと、ほんの少しだけ罪悪感が湧く。

「すまんの。」

 ミコが小声でつぶやいた。

「何か言いました?」

「何にも、じゃ。」

「それじゃ、行きますよ? じゃーんけーん。」

 店員が拳を振り上げ、二人の手がメロンパンの上空で向かい合う。

 次の瞬間、ミコが眉をひそめた。

 普段は憎たらしいくらいに達観しているミコだから、そんな表情自体が珍しい。妙だなと思っていると、目の前で信じがたい出来事が起きた。

「そんな。」

「まじか。」

「あら、私の勝ちですね。残念。」

 ミコがパー。

 店員がチョキで、店員に軍配があがった。


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