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篝火 -春ー  作者: 日笠
12/24

春 -3-

宴会の話

うーん、会話多いなぁ

 変化を解き、人から真の姿に戻った犬神の背中に乗せてもらい会社までひとっとびし、ついでに帰りも送ってもらう約束を取り付け、軽く夜空の遊覧飛行を楽しんでから家に帰ると、すでに宴は佳境に入っていた。犬神も家に入らないかと誘ったのだが、気になることがあると言って早々に帰ってしまった。皆が皆、犬神のように従順で気を使ってくれるやつならどれだけ素晴らしいことか。深くため息をつく。

「おー主、おかえりなのじゃー。」

 朝の決意はどこへやら、すでにできあがっているミコの声が、他の喧騒と共に耳に届く。

 襖を開けると、まずは愛染染めの大きな背中が僕を迎えた。

「おう千歳、一杯やるか?」

「鬼の親父さんか。その酒って朝ミコが言ってた?」

「よくぞ聞いてくれた! これぞ俺ら一族珠玉の名作、名付けて鬼殺し。」

「愉快な集団自殺だな。辛口なら、僕も一口貰おうかな。」

「一口と言わず、ほれ。」

 鬼のおっさんがとっくりを進めてくる。それを手で制し、代わりにお猪口を受け取った。

「明日も仕事だから。」

「千歳さぁん、つれないですぅ。」

「そうだぞ千歳。ここで飲まなきゃ男じゃねえ。」

「つぶれたら私が介抱してあげますよぅ? それどころか、潰れて寝坊して遅刻して解雇されても、私が優しく養ってあげますぅ。二人で幸せを育みましょう?」

 妖艶な―――妖怪なのだから当然だが―――態度で雪女のユキが絡んでくる。こいつが起きているだけで部屋の温度が下がってこちらは迷惑するというのに、当の本人が薄着とはいかに。

「そりゃ主よ、節操のない主を誘惑するためだろうて。」

「酔っぱらいは黙ってろよ。ついでに僕の心を読むな。……僕が節操ないって? いつ僕がお前らに手を出した。」

「いつでも出していいんですよぅ? 手どころか……えへへ。」

「人外に興味無し。」

 一見ぽやんとして小悪魔系、実態はただの悪魔。魔性の女、それがユキ。雪女にまつわる伝説で有名なのは、その口づけで男を氷漬けにしてしまうところだろうか。こいつにそんな度胸があるとは思えないが。

「くわぁ! こんなもので酔っておられるか! うちは起きるぞ! 夜はまだまだじゃ!」

「鬼の親父さん、もう一杯。」

「ユキちゃん、なんだかんだで結構飲んでないか?」

 意外にあなどれないかもしれない。

 ユキに続いて、僕も鬼のおっさんから酌をもらう。

「きつっ!」

 三人とも何食わぬ顔で飲んでいたものだから、油断していた。焼けつくような熱さが食道を移動していくのが分かる。

「うちらは慣れておるからの。親父! もう一杯。」

「肴が足りねえなあ。なあ、千歳。」

「僕はもう寝るんだ。頼むから寝させてくれ。冷蔵庫に昨日の残りの肉じゃががあるから、それ食べていいから。」

「肉じゃがぁ! 千歳さんの手料理ぃ。」

「この半居候の狐が一切家事をしないからな。今度お前専用の家を庭に作ってやる。」

「うちは主のペットではない。1LDKは当然の権利じゃ。」

「働いてから物を言え。」

「居候を許すならおさんどんの真似事くらい、してやろうぞ?」

「いいからもう帰れ。」

「千歳さん! ご奉仕しますから、ずっとこの家に居ても?」

「ああ親父さん、助けて。」

「親が聞いたら感涙ものだな。」

 豪快に笑い、とっくりごと酒を煽る鬼のおっさんは、ただ笑っただけで一切助け舟は出してくれなかった。この家に僕の味方はいない。

 風呂から上がってもまだ宴会は続いていた。期待はしていなかったし、どうせ今度も朝まで飲み明かすのだろう。いいご身分だ。ユキがいるのにも関わらず、何事もなく風呂を終えられたことに感謝をするべきか。

「はぁ……、安住の地はどこにあるのか。」

 散らかり放題の部屋に辟易としながら、酒の席に出された昨日の肉じゃがを一口つまむ。驚くほど冷たかった。

「温めるくらい自分たちでしたらどうだ?」

「めんどうじゃ。」

「親父さん、どう思う?」

「狐のお嬢がものぐさなのは誰もが知っていることだが、これは天気雨が降る日も遠いかもなあ。」

「天気雨?」

「あれですぅ、千歳さん。狐が嫁入るときに降るってやつですぅ。」

「ああ、そういうこと。」

「主ら、遠まわしにうちを馬鹿にしとらんか?」

「遠まわしも何も、直球だ。」

 むきー、と猿にも似た奇声を発しながら、ミコは地団駄を踏む。

「親父! 酒じゃっ!」

「ミコさん、憐れ……っ。」

 ユキが憐憫の情を込めた目でミコを見やるが、最後に噴き出したところを見ると多分女として格下と見ているのだろう。その同情は、人間が家畜に向けるようなものか。少し、違うかもしれない。

 宴はやかましく進んでいく。

 雰囲気に呑まれ、惰性で宴会に参加してしまっていたが、さすがにそろそろ寝なければ明日に響く。僕は三人に本題を切りだし、さっさと寝てしまうことにした。

「やいお前ら。」

 実は意外と酩酊している。

「花見を、敢行するぞ。このだらだらといつまでも続く宴会騒ぎに、終止符を打つ。」

「花見、だと?」

 もう何本目かも分からない空き瓶を小脇に抱えた親父が、興味深そうに尋ねた。

「その通り。妖界には桜が咲かないんだろう?」

「そうですぅ。だから私、お花見に憧れているんですよぅ。でも、よく知っていましたね。」

「今朝ちょっとな……不思議なもんだな。桜が無いなんて。」

「外国にだって桜はあまりないじゃろう? それと一緒じゃ。」

「でも妖界って、日本の近くにあるんだろ?」

「ほ?」

 ミコが目を丸くした。何かおかしなことを言ったかな、と自分の発言を思い出す。

 ……直前のことなのにあまり思い出せなかった。酔いが回っているらしい。やけに気分が高揚している。

「だってほら、お前らは鬼門を通って家に来ているわけじゃないか。ほら、そこの。」

 居間から出てすぐの戸口を、僕は指差した。およそ鬼門などと言う恐ろしげな代物とは思えない、いたって普通の、何の変哲もない木戸だ。そこから、こいつらはまるで近所に遊びに行くかのような気さくさで来訪してくる。いっそ封印してくれようか。

「千歳、お前知らんかったのか。」

「知らんかったって、何を。」

「妖界は別に、すぐ近くにあるという訳じゃないんですよう。」

「気軽に来ているからと言って、その道中が本当に気軽なわけではないのじゃ。」

「むしろ針山と言っても過言ではねえ、うん。」

「来るの辛いですよねぇ。」

 三人がそろってしみじみと呟く。

「じゃあなんで、毎日のように来ているんだよ。」

「そりゃなあ、お前。」

「こっちの方が楽しいからですぅ。」

 屈託のない笑みを向けられる。滅多にない経験に、顔が熱くなるのを感じた。ふい、と目をそらすと、唇を尖らせたミコと視線が交わった。

「お前も、か?」

 だから帰りたがらないのか、と心で思ってみる。

「両方の、理由での。」

「……そうかよ。」

「ああ! 千歳さん照れてますぅ。」

「こいつは珍しいこともあったもんだ。」

「煩いぞ外野。」

「外野!? 私たち完全当事者ですよっ! はっ、二人だけの世界?」

「そうかそうか。じゃあ俺たちはこれにて退散するかね……辛い道のりを越えて。」

「待て、そういうことじゃない。というか、お前らには話があるんだ。まだ帰られては困る。」

「話?」

 すでに腰を上げていた親父と、なぜか熱く燃え上がっているユキを交互に見据える。二人とも、僕の次の言葉を、固唾を飲んで待っていた。

「……なんだったっけ。」

「うわぁ、千歳さん酔っぱらってる。もしかしてチャンスです?」

「寄るな寄るな。まずい、ど忘れした。あー、ミコ? なんだっけ?」

 すり寄ってくるユキを手のひらで押し戻しながら、再度ミコの方を振り向く。

「二人の世界……二人の世界……二人……。」

「ミコ?」

 ミコは部屋の隅を見つめながらぶつぶつと何事かを呟いていた。

「駄目だあいつ、使い物にならん。」

「天然のジゴロってやつですぅ。」

「あん? 何か言ったか?」

「いや別に、なんでもないですよぅ。それで、千歳さんは、私たちの住んでいるところの話が聞きたいんです?」

「何でも話してやるぞ?」

「いや全くそういうつもりはなかったはずなんだが……まあ、いいか。聞いているうちに思い出すだろ。で、妖界には何か面白いもんでもあるのか?」

「ないです。」

 きっぱり。

 真顔で言い切ったユキの顔をじっと見つめ、次の言葉を待ってみるも続く気配がない。予期せぬ沈黙が訪れる。かすかに、ミコが独り言を呟いているのだけが聞こえてきていて、それがさらに沈黙を際立たせていて辛い。それでも辛抱強く待っていると、ユキは顔を赤らめ体をくねらし始めた。

「いやん、そんなに見つめるなんて……誘われています?」

「黙れ変態……黙っちゃだめだ。今ので終わり?」

「終わりだな。なんもねえんだ、俺たちのうちは。」

「なんにも?」

「なんにも。食ったりするには困らねえほどの畑とか、飲むには困らねえほどの川とか泉とかはあるけれど、それ以外には何もねえ、つまらねえ場所さ。」

「一部の上流階級を自称している妖怪共は、立派な屋敷を建ててそこに住んでいるがの。まあそれも見てくれだけの張りぼてじゃが。」

 復活したミコが会話に参戦した。皮肉たっぷりのその言い回しは、毛嫌いしている自分の出自が関係しているのだろう。

「ふん。あんな何もない土地でただ威張り散らしているだけで、実はなんも偉くないくせにの。」

「助けてはもらっているけれどな。」

 親父のフォローも、ミコの耳には届かないみたいだった。

「じゃあお前らは、いつも妖界で何しているんだ?」

「畑作とか?」

「宴会ですぅ!」

 ユキが拳を振りかざして立ち上がる。

「宴会して宴会して宴会して、飲んで飲んで飲みまくりです!」

「ここでやっていることと大して変わらねえじゃん。」

「大違いですぅ! あっちのは接待というやつですぅ。自由気ままには飲めないんですぅ。」

「向こうの宴会はだいたいが名家とか有力貴族主催で開かれるのさ。まあ、そこらの奴らと集まって、ここでやる飲み会みたいこともたまにはするけどな。」

「あっちは無礼講とか言っていますけれど、そうはいかないんですぅ。」

「なんか……すまんの。縁を切ったとはいえ、うちの身内が。」

「狐のお嬢が謝るこたぁない。それに言ったろう? 俺たちだってずいぶん助けられているって。」

「でも。」

 縋るようなミコの前に、親父がすっとお猪口を差し出す。最初は戸惑っていたミコも、それを受けとり親父から酒を注いでもらった。

ミコの口が細やかに開く。

「まあ、いいってことよ。」

 ミコが何を言ったのか、僕には聞こえなかった。

「お前らも意外と大変なんだな。」

「これでも、な。だからこっちで騒がしてもらっているのさ。」

「千歳さん様様ですぅ! ついでにこのままこの家に住まわしてもらって、なんなら嫁にしてくれればもういうことなしですぅ!」

「お前はお前で図々しいな!」

「それで、結局お前は何が言いたかったんだ?」

 親父の言葉にはっとする。

 そう、僕はこんなことをしている場合ではないのだ。早く用件を伝えて、寝なければ。

 用件……要件……。

「あ、桜。」

 思い出した。

「妖界には、桜が無いんだったよな。」

「ああ、寂しいことにな。」

 親父が頷く。

「で、その鬱憤を晴らすためにこちらで花見をしようとしているが、まだ桜が咲いていないから連日連夜家でどんちゃん騒ぎをしていると。」

「状況をかいつまんで言うのなら、そうじゃな。」

「だから花見をする。」

「だから花は咲いておらんのじゃて。うちもさっさと宴を終いにしてダイエット生活に戻りたいのじゃが、桜が咲いておらんのではのう。」

 ミコが嬉々として言う。ちっとも残念ではなさそうだ。

「そこの自堕落で自己管理の一つもできない狐はさておき、おっさんたちは花見ができれば十分なんだろう?」

「そりゃ、花見酒さえできれば、俺は満足だ。」

「もしお花見ができるのなら、私張り切ってお弁当を作っちゃいますよぅ。」

 とん、とユキが胸を張る。憎たらしいことに、ユキの女子力は高い。たまに、見たことも無いような食材で作ったおすそ分けを持ってきてくれるのだが、これが美味しくて困る。どこかの狐とは大違いだ。

「今うちのこと馬鹿にしたじゃろ。」

「まさか。さて、そういうわけで篝千歳主催、大お花見大会を週末に開く。そういうことで、よろしく。」

「いや桜は。」

 席を立って、寝室に向かおうとすると全員に呼び止められた。ふらつきながら、居間を振り返る。

「ああ?」

「いや、当の桜が咲いていないんじゃ、花見にならんだろう?」

「いや咲くんだよ。」

「テレビでは開花はまだ先の先って言ってましたぁ。」

「じゃあ咲かせるんだよ。」

「咲かせるじゃと? 主、まさか?」

「おう。妖怪化した桜を近くで見つけた。そいつに頼めば、なんとか咲かせてくれんだろ。ミコ、手伝えよ。前に自分で言ってたろ? お前、顔は利くんだから。むしろ顔の広いことだけが取り柄か。顔だけじゃないか。」

「何が言いたいんじゃ!」

 ミコの声が頭に響く。ああ、酔っている。このまま眠れたら心底気持ちがいいだろう。頼むから寝かせてくれ。

「確かにうちはある程度妖怪共に知られておるし、頼めばある程度は……。ん? ここいらで妖怪化しておる桜ということはもしや」

「そりゃ名家のお嬢様だからなあ。今じゃ見る影もないが。」

「なんじゃよ!」 

鬼のおっさんがミコの空いたお猪口に酒を注ぐ。怒りにまかせ、ミコはそれを一気飲みした。こいつが名家のお嬢様? 信じられない。

「とにかく、お前の妙な人脈、じゃなくて妖脈のつてでだな、なんとか桜を咲かせてくれ。じゃ、おやすみ。」

「ち、千歳!」

 鬼のおっさんに呼び止められる。

「何。」

「本当に花身ができるんだな。」

「ああ、もちろんだ。」

「こいつは大変だ! ユキ、行くぞ!」

「はい! みんなに伝えてこなくちゃですね!」

 みんな? まあいい。帰ってくれるなら、それだけ静かに寝られる。

「おい主、本当に大丈夫なのかや?」

「……おやすみ。」

「主っ!」

 そこで、意識が暗転した。


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