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篝火 -春ー  作者: 日笠
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睦月 -1-

四季全章のプロローグ部分に当たります。

推敲しながらのUPですので、ある程度時間はかかってしまうかもです。

気長にお楽しみください。

 陰暦でいうところの睦月。

 新年を親しい人たちと親しみ睦み合う、の睦み月が転じたと言われる。一年の始まり。

 正月の計は元旦にあり、とか言うくせに年明け早々三日間はどこもかしこもお休みモード。元旦に始めたことはその年ずっと続けられるとも言われるくらいなのだから、今この時ぐうたらしているということは今年一年間だらけていていいんですか? と尋ねたくなるのは社会人の悲しい性か。

 寝正月も佳境に入り、酒の抜けない頭で三が日最後の日めくりカレンダーをめくる。忌々しい三の文字が無情にも現実を突きつけるが、今はひたすら現実逃避。炬燵に逃げ込んだ。

 硬くなった体を伸ばすために、また自分の権威の高さを確認させるため思いっきり足を伸ばす。

「痛っ。」

 悲鳴。

 無視。

「ちょ、ぬっ、主。人に足をぶつけておいてだんまりは無いじゃろ。謝れ、謝れい。」

「人になってから出直してこーい。」

「人種差別! 否、人妖差別じゃ! 差別反対なのじゃ!」

「朝から煩い。獣なら獣らしく炬燵で丸くなっていろ。ほら、童謡にもあるじゃん? 冬が来て雪が降ったら猫は炬燵で丸くなれ。」

「うちはイヌ科じゃっ!」

「なら庭を這いずり回ってこい。」

「お主童謡を曲解しすぎではないか?」

 声の主、僕のちょうど反対側で寝ているミコの足が小刻みに震える。それで攻撃のつもりなのだろうか。

「何を言っているんだ? お前フル出場じゃないか。」

「どこに。」

「雪やこんこん、霰やこんこん……ほら。」

「鳴き声と違うわ!」

「朝から煩い寝るなら寝ろ、起きるなら起きろ、庭駆けずり回るんだったら窓を閉めて出て行ってね。」

「たわけ。……んっ。」

 ミコが炬燵の中でもぞもぞと足を回す。が、僕含め他三対の脚が邪魔になり思うように動かせないらしい。

「もぞもぞするなうっとうしい。ただでさえお前は他の二人と違って五割増しでうっとうしいんだから。」

「尻尾か? それはうちの自慢の高級感あふれるふわふわ尻尾を言っているのか?」

「そんなよくあるストラップの飾りみたいな尻尾のどこに高級感が?」

「少なくともこちらの世界のミンクとやらには引けを取らんぞ。お主の持っているどんなコートよりも保温性はあろうて。」

「なかろうて。」

「つくづく失敬な奴じゃ。」

 向こうでミコがため息をつく。が、直後艶のかかった声色が返ってきた。

「なんなら試してみるかの?」

 大人の女性を装ってみたらしいが、滑稽すぎて笑えてしまう。

「いらん。」

「うちの尻尾に一度魅了された男は、一生うちの……なんと?」

「いらん。炬燵の中でさらに毛布とか蒸れる。」

「……お主、割とノリ悪いんじゃの。」

「正月くらい素直にいさせてくれえ。というかお前寝ないの? 寝ないなら炬燵から出てくれる? 僕の領域が若干狭く感じるんだけど。ここ僕のうちなんだけど。」

「女子に優しくしないとそのうち痛い目見るぞ。」

「女子って年か……うぼぁ!」

 脛に突然の激痛。この狭い炬燵の中でこの女狐、できる。

 炬燵の中は索敵不可だ。よって次の攻撃を待ち、ミコの足が来た暁には足を絡ませて、関節技を極めてやろうと思っていたのだが、追撃が一向に来ない。しかし何やらもぞもぞしている気配はある。不可思議な事態ではあるが、ここで引くような僕ではない。

 反撃あるのみ。

 間違って今は夢の中の他二匹の足に当たろうが、結果的に僕の領地が広がることにつながるので全く問題はない。そもそも人外に人権などないのだ。そしてこの家この炬燵は人間様である僕の所有物なのだ。あまつさえ、足すら伸ばせないことなどあってはならない。

「ミコよ。今日がお前の運のつきだ。」

「何を言っているのか分からんが主よ、少し待たれい。様子が……。」

「問答無用!」

 僕の鋭い蹴りが闇夜を照らす閃光のごとく炬燵の中を貫く。勢いよく突き出された僕の両足はおそらく進路の上にあるすべての障害物(主に足)を押し出す。

 はずだった。

 僕の両足は今まさに繰り出された蹴りにより、伸びきっている。当初の予定は果たした。

 だがしかし、全く抵抗が無かったのはなぜだ? 炬燵の中には僕を除き三対の脚があるはず。面積で言うなら二畳もない炬燵の中で、足を伸ばして何にもぶつからないはずはないのだが。もしや僕の蹴りは本当に閃光になってしまったのか? だとしたら今僕の下半身にはいったい何がついているのだろうか。

 試しに動かしてみる。

「お?」

「ん?」

 妙に炬燵の中で絶賛暖房中の下半身が落ち着く。落ち着く、というよりしっくりくるというか、がっちり固められているというか。

 これっぽっちも動かせなかった。

「ミコ……。お前金縛りでも使っているのか? そんなに僕に恨みが?」

「お主に対する恨みは売るほどあるが、恨みどころか妬みや憎しみだって持ち合わせているが、正月早々金縛りなんてせんわい。」

「じゃあこの状況はなんだ。」

「知らん。」

「知らんわけないだろう。」

「知らんもんは知らん。うちだってついさっきまで絡まっていた足を解そうと一生懸命だったのじゃ。それだのに、急にがっちり固まってしもうた。」

 つまり、あれか。僕は三組の足が絡み合って大変だったところに、文字通り足を突っ込んでしまったのか。まさに神業。自分の蹴りに惚れ惚れする。

 二度三度足を動かすも、一向に抜ける気配などない。本当にしっかり固定されている。足の解放には寝ているもう二人の協力も必要に思えたが、起こすのも面倒なので保留にする。

「ミコー、取れそうかー?」

 脱出を早々に諦め、寝返りを打つ。せめてリモコンだけは枕元に確保しておくんだった。

大層冷えているであろう、結露でびしょ濡れの窓のからは白銀の世界が覗く。家の前でバイクが止まり、また走り去っていく。たぶん年賀状だろう。まさか三日までに届くとは。業者だろうか。少なくとも僕の友達にそんな生真面目な奴はいないはずだ。

「さっきまでは希望の光が見えておったがもう無理じゃ。」

「畜生モードに戻るとかは?」

「畜生いうな。まあ、確かに狐の姿に戻れば解決じゃろうが、誰かに尻尾を踏まれていて変化できん。」

「どこの戦闘民族?」

「尻尾系バトルキャラの弱点は大抵尻尾じゃよ。」

「どこの世界の大抵だよ。」

「うちらの。」

「あー、はいはい。」

 うちらの。

 こちらの世界とは別の所。

 俗に言う、妖界と呼ばれるところ。

 彼女たち―――現在炬燵でくんずほぐれつ中―――は皆、妖怪だ。今みたいに、妖怪たちと朝まで飲み明かすような日常になってしまったのは色々理由があるのだが、根本的な原因は二つ。

 一つ。僕の実家の立地がそういう性質の人間を生みやすかったこと。

 二つ。僕の現在の住居がそういう集めやすい立地だったということ。

 鬼門、というらしい。よく知らないけれど。

 人外が見えたって、こうして接することができたっていいことなんて一つもないことだけは確かだ。現にこうして、炬燵につかまっている。もしやこの炬燵も妖怪なのではないだろうか。なんてこった。引っ越してきてからずっと愛用している婿入り道具の一つなのに。お前まで裏切るのか。

「主よ。馬鹿なこと考えてないで脱出を手伝え。」

「お前エスパーも持ってたっけ?」

「一応読心も心得ておるが、お主の考えそうなことなど普通にわかるわ。」

「変態ストーカー狐。知ってる? 女狐って蔑むセリフなんだよ?」

 不意に、固定されていた足がツイストされた。が、しっかり固定されているために先っぽだけが捻られて、結果てこの原理で痛み倍増。

「ちょちょちょちょちょちょ!」

「わっ、わわわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 僕の必死のギブコールは別の悲鳴にかき消された。

「い、痛いですぅ。なんなんですぅ……?」

 どうやらミコの攻撃は他の者にも範囲が及ぶ様子。互いに絡み合った足と尻尾は、誰かが好き勝手動かせば他の誰かの足が曲がってはならない方に力を加えられ、そして悲劇が生まれるという。力を加える当の本人は痛まないので、まことに心外だがここは休戦協定を結ぶしかあるまい。負けたわけではない。休戦だ。

「よし、ミコ落ち着こう。一旦休戦だ。まずは目の前の問題に協力して取り組もうじゃないか。」

「一時的な同盟というわけじゃな? いいじゃろう。うちも些か困った事態になっておるしの。」

「困った事態?」

「こっちの話じゃ。ところで、今起きたのは誰ぞ?」

「私ですぅ。」

 この鼻にかけた間延びした声は……。

「え、まじ? ユッキー?」


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