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連載ではありますが、数話で完結予定です。商家の娘の片思いの筆休めとして始めました。でもこっちの方が書きやすそう・・・


 魔王エチェは、目の前の優男を見下ろした。手を後ろで拘束され、魔法で口をきけない状態にされている男はじっとエチェを見上げてくる。その眼には、どんな感情も浮かんでいないようである。エチェは玉座の肘置きに頬杖をつき、ふんと鼻を鳴らした。



「なんだこの男は、これでもあのローレインの王子なのか」

「――恐れながら、そのようでございますね」

「偽物ではないのか。父王と全然似ていないぞ」

「本物であれば鎖骨の辺りに王家の紋章があるということでございます」



側近の男の冷静な声に、エチェは玉座から降り立つと、優男の前までツカツカと歩み寄った。人間界一の強国ローレインの王子だという人物は、自身の目の前に立ったエチェを見上げた。エチェの眼と、優男の金茶の瞳がかち合う。



「偽物であればお前の首を即刻、斬り落とす」

「―――…」


エチェの凍てつくような視線を受けた王子は、ゆらりと眼を揺らした。細い顎が小さく震え、エチェは舌打ちしそうになった。


 ――こんないかにも弱そうな男が、あの帝国の王子なワケがない。ローレインの老王め、私を謀ったな。今度という今度は、帝国諸共捻り潰してやる・・・・。



エチェは可憐な顔を歪ませると、ためらいなく男のシャツを破り捨てた。男の背後で控えていた侍従だという者達が「なんということを!」と悲鳴を上げたが、エチェはひと睨みで黙らせた。魔王の魔眼である。侍従達は、口をパクパクさせたまま直立した。

 滑稽なそれを鼻で笑ってから、エチェは男に視線を戻した。優男は青くなっている。その胸元を見れば、赤い痣のようなものがあった。

 エチェは背後に控えていた側近の名を呼んだ。


「ウリウス!これがそうか?」

「――・・そのようでございますね。ええ、本と一致しております」

「ふうん・・・。こんな奴がローレインの第一王子とはな。あの老人め、厄介払いも兼ねてコイツをダシにして同盟を申し込んで来たのではないか?」

「そうとも考えられなくはないですね」



再度舌打ちしそうになり、エチェは苛立たしげに優男の前髪を掴みあげた。その際、薄金の髪が数本ぶちぶちっと音を立てて抜けたが、エチェは冷徹な眼で男を見下ろしたまま言い放った。


「お前のような弱者では交換条件にも満たない。いっそその貧弱さが腹立たしいくらいだ。人質に城に置いておいても穀潰しになるだけで何の益もない。――ローレインには弱虫の第一王子が此処へ来る途中で、逃亡したと伝えることにしよう。王子を探しに行った侍従一行は魔界の魔物に襲われたとでも言えばいい。これで同盟関係はパアだ」


にこり、と笑みを浮かべ、エチェは王子の髪を離した。王子は真っ青になっている。

その顔を見、掌に残った金の髪を炎で燃やすと、残虐な笑みで側近の男に告げた。



「――殺しておけ。死体はケルベロスにでもやっておけばいい」

「かしこまりまして。そこな間抜けの侍従達はどういたしましょう?」


ウリウスが差した方を見ると、顔を青くしたり赤くしたり忙しない王子の侍従達が口をパクパクさせたまま突っ立っている。エチェは瞳が赤く光るウリウス(吸血鬼)を一瞥すると、男たちが真っ青になるような事を告げた。


「お前の(ディナー)に。その代わり、血の一滴たりとも残してくれるなよ」

「・・・かしこまりました。我が王」


にやつくウリウスに、侍従達は声にならない悲鳴を上げた。

人間の血に飢えているこの男なら、ものの数分で食い尽くしてしまうだろう。まったく、無意味な時間を過ごしてしまった―――。



興が冷めたという様子で禍々しい玉座へとつま先を向ける。漆黒のマントに包まれた身体は小さい。漆黒の髪を短く切り、半ズボンを履いたエチェは一見可憐な美少年に見えるが、実は両性である。

彼〈彼女〉の起源は、魔界で最低ランクの汚染沼に居た一個体のアメーバなのである。それが、周りの苔などを吸収し、大きくなり、人の形を取れるまでになった。

それ以来、エチェは周りの空気中から魔力を吸収しながら生きながらえている。それをできるのが元アメーバのエチェだけであるということが、彼が魔界で王座につけた何よりの理由であっただろう。



 そして近頃。数世紀続く人間との争いにいい加減飽き飽きした魔王エチェは、帝国ローレインからの同盟を受け入れることにした。その交換条件としてローレインからは、第一王子の身柄引き渡しが提示された。父王のお気に入りだという第一王子を人質に取ることで、長きに渡る戦争に終止符が打たれたかに見えた―――が、やって来たのは貧弱な王子だった。

実力主義の魔界において、エチェは数世紀前、血を吐くような思いで魔王の座まで上り詰めてきた。その名残で、彼からは実力主義・弱者排斥の念が消えない。元はなにせアメーバ。強い者が弱い者を食べるのであるのが彼の常識である。

そんな彼にとって、貧弱な王子が送られてきた事は屈辱といっても良かった。


許せない。その思いが、胸の中でぐつぐつと燃え上がる。

――私を舐めているのか。くそローレインめ。



エチェが玉座に座ると、早速ウリウスが食事を始めた。エチェは恐怖に顔を引き攣らせる男たちを見て、にやりと嘲笑い、指を鳴らした。その瞬間、いい年をした大の大人の絶叫が広間に響き渡る。

ウリウスの毒牙に血を吸われてゆく侍従達を見ながら、エチェはこれからの人間界とのやり取りについて考えていた。

ローレインは人間界の要とも言える。言わば頭だ。それを潰してしまえば、人間界の対魔界の連合組織は面白いくらいに総崩れしていってくれるだろう。かつて人間に殺せた部下の数は数え切れない。エチェの人間に対する嫌悪は深かった。



どんなふうにいたぶってやろう?巨人族のオルクトロスは優秀な部下だったが、200年前、人間の勇者の卑劣な罠によって殺されてしまった。確か罠に掛けられて、爪を一枚一枚剥がされながら火やぶりにされたんだっけ。あれと同じやり方で、ローレインの老王を殺してやろうか。いや、それだけでは生温いな。蝙蝠族のアーデカインなどは、頭の毛を一本一本抜かれながら、串刺しにされたと聞いた。許せん・・・やはりかつてオルクトロスを殺してくれた先代勇者の血を引くローレインのくそじじいは最高のもてなしをもって、魔界へ歓迎してやることにしよう。

――――ん?そういえば、くそじじいが先代勇者の子孫ならば、この貧弱な生白い王子もあの男の子孫ということになるな。

あの熱血漢から、こんな弱っちい子孫ができるとは。―――面白い。この王子も、かつての部下達のように、人間のやり方で痛ぶり殺してやろうじゃないか。



ニヤリ。エチェの氷のような笑みに、広間の温度が2度程下がった。


「・・・ウリウス」

「はっ」


広間の異変に気づいた賢い側近が、すぐに玉座の側に侍る。その唇には赤い血が生々しく残っていた。エチェはそれを親指で拭い、自身の口元に宛がうと、妖艶な赤い舌でぺろりと舐める。・・・薄味であった。

薄味の不快感に眉を潜めると、エチェは自身の碧い瞳を腕を縛られたままこちらをじっと見つめる王子へと向けた。


「・・・あの男を私の部屋へ入れておけ」

「王のお部屋に、ですか?」

「ああ、どうせ殺すならやはり私の手でいたぶってやろうと思ってな。爪を一枚一枚剥いで、髪の一本一本抜いて・・・あの小綺麗な顔の肉も削いでやる」


美少年の口から紡ぎだされる悍ましい死の調べに、ウリウスは恐怖する・・・どころか快感を覚えた。200年前、エチェの一の側近であった巨人の男が死んでから、ウリウスは彼の右腕となったがそれ以来、ウリウスはエチェに妄信している。エチェ第一である。そして、もし叶うのならエチェの靴底に顔面を踏まれてみたいという欲さえあった。いわゆる変態である。


「風呂から上がり次第、すぐ私がいたぶれるように準備をしておけよ」

「かしこまりました。我が王、愛しき魔王エチェ様」


エチェの冷徹な笑みに、ウリウスはゾクッとした。黒いマントを翻し、靴の底を美しく響かせて広間を出てゆく主。途中、王子とすれ違った瞬間に、彼の胸を蹴り、頭を踏みつけたエチェ。ウリウスは言い様のない嫉妬を覚え、王子のみぞおちを殴ると素早く気絶させた。細い身体。無駄に長い手足。容姿だけは良い王子を鼻で嘲笑い、ウリウスは主に踏みつけられるという栄誉を得た人間を疎ましく思いながら、魔王の部屋へと彼を引きずっていった。




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