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第四話 同居人の不在

 桜井と瀬川さん、二人と一緒の帰宅となった帰り道で。


 プルルルル、プルル――


『お、おう明! ど、どうした!? な、なんの用だ!?』


 今日、何度目かになる携帯への電話に、ようやく孝広が出てくれた。

 やっと出たか、と僕はため息をひとつ突き、


「なんの用だ、じゃないよ。今日、学園休んだだろ? 一体どうしたのさ? 声聞いた限りだと元気そうだし、というか、なんか焦ってる……?」


『うええっ!? あああ、あせ、焦ってなんて……ねえよ?』


 嘘つけ。

 家にいるときの深山さんもびっくりなどもり方をしておいて、なにが『焦ってない』だ。


「あのさ、本当、どうしたんだ? 風邪でも引いたのかなって心配はふっ飛んだけど、それでもなんかおかしいよ? 孝広」


『いやだから、お、おかしくなんか……ねえよ? ああ、マジで。マジで……』


「うん、わかった。孝広はおかしくない。とりあえず、そういうことにしておこう」


『お、おう。引っかかるものはあるけど、まあ、それでいい』


 いやいや、引っかかるものがあるのは、むしろ、こっちのほうだから。


「それでさ、孝広に訊きたいことがひとつ、あるんだけど。お前さ、天宮さんとつき合ってるって言ってただろ?」


『うえっ!? み、美月!?』


「なぜ、そこでそんなに過剰な反応を……?」


『いやいやいやいや! してねえし! 過剰な反応なんて、してねえし!』


 ……なんなんだ、今日の孝広は。

 高熱が出て、頭がやられちゃったりでもしたんだろうか。

 いや、それはないな。そんな状態でこんな大声は出せないだろうし。


「あー、話が進まないから、お前のリアクションは流させてもらうぞ?」


『お、おう! 助かる! そうしてくれるとメチャクチャ助かる!!』


 だから、なぜに助かるのか。

 そう尋ねたい気持ちはやまやまだったけれど、それをしていると話がいつまで経っても進みそうにない。

 時間は有限。僕は早々に話の矛先を天宮さんのことに向けた。


「今日さ、天宮さんも学園休んだんだよ。それで、彼氏の孝広だったら、昨日のうちになにか聞かされてないかなって思って」


『き、ききき、聞かされて、ねえなぁ……?』


「ごめん、孝広。反応、めっちゃ怪しい」


『怪しくねえよ!? ええと、だな……。――あ、ちょっと上行け、上!』


「上? 孝広、なにが上なんだ?」


 問いかけながら、隣を見る。

 ちょうど瀬川さんが携帯を取りだし、十中八九天宮さんにだろう、電話をかけようとしているところだった。

 電話の向こうからは孝広の声。


『ああいや、なんでもねえ! えっと、お袋が……なんだ、洗濯物を取り込み忘れたとかなんとかで……』


「うん? お前の家の洗濯物って、うちと同じで庭に干してあったろ? なんでそれで二階に行けと? そもそも、そんな邪険な言い方したら、おばさんのことだから泣きかねないぞ?」


『あ、ああ。ちょっとマズいことしたかなって思ってる。そして確かにそうだった、洗濯物を干してるのは二階だ』


「いやいや、庭だろう」


『そうそう、庭だ庭。庭には二羽、にわとりがいる』


 なんのジョークだ。僕は即座に突っ込む。


「いないから。……ともあれ、本当に知らないわけか、天宮さんのこと」


『ま、まあな……。ほら、彼氏だ彼女だっていっても、お互いのことをなんでも知ってなきゃいけねえってわけでも……ねえしさ』


「それは確かにそのとおり。……っと」


 横から「あ、美月?」と瀬川さんの弾んだ声が聞こえてきた。

 よかった、電話、繋がったみたいだ。

 通話口の向こうでは、孝広の訝しげな声。


『ん? ど、どした?』


「いや、なんでも。……んじゃ、邪魔したな。明日には学園、来るだろ?」


『ああ、そのつもりだ。悪いな、心配かけたみたいで』


「いいよ、別に。……それじゃ」


『お、おう。じゃな』


 最後までどもり気味なのが気にはなったけれど、瀬川さんも無事、天宮さんとコンタクトが取れたようなので、追及せずに通話をオフにする。

 孝広との会話を終えると、自然、瀬川さんの話し声が耳に入ってきた。

 いやもちろん、さっきからずっと聞こえてきてはいたのだけれど、孝広との電話中は、脳が意味のある言葉として認識してくれなかったのだ。


「そっか。じゃあ、明日は学園来るんだね」


 桜井と二人、瀬川さんに寄っていって少しだけ盗み聞き。


『ま、まあね! 熱ももう、すっかり引いたし!』


「無理だけはしないようにね? あ、私にも用事があるから、いまからすぐには無理だけど、あとでお見舞い行こうか? いまならメロンも買っていってあげるよ?」


『メロン!? ……あ、ううん! いいよ、そんな! 気持ちだけ受けとっておきますです、はい!』


「そう? あ、そうそう、今日、私ね。実はちょっとだけ、アレな想像しちゃったりしてたんだ~」


「アレな……想像って?」


 なんだろう、孝広のとき同様、天宮さんも声に余裕ってものがない気がする。

 通話口に向かって続ける瀬川さん。


「うん、あのね……。もしかしたら昨日の夜、美月、東雲くんの家にお邪魔して、そのまま勢いで泊まっちゃったりしてるんじゃないかな~って」


『えええっ!? な、なんで優菜ったらそんなにするど……じゃない! そ、そんなことしてないよ!? ほ、本当にしてないんだからね!?』


「そ、そんなに慌てなくても。ほら、ほんの冗談だって。でも、その美月の反応。……もしかして?」


『あうううう~っ! ……ねえ、優菜。語るに落ちるって、こういうことを言うのかなぁ……?』


「うん、まさにそうだと思う。……でも、そっかぁ。そうだったんだぁ。……ちなみに、どこまでいったの?」


『ど、どこまでって……! え、えっと……、あ、用事思いだした! ごめん、もう切るねっ!』


 瀬川さんの携帯から響く、ブツッという電話の切れる音。

 思わず僕は呟いてしまう。


「なんというか、なんてベタな切り方を……」


 桜井は桜井で、楽しくて仕方がないという様子で、


「しっかし、なるほど。孝広の様子がおかしいのは、こういうわけだったか」


「聞いてたんだ……」


 ニヤニヤしながら「まあな」と返してくる桜井。

 瀬川さんがどこか、ぽーっとした様子で、スカートのポケットに携帯をしまう。


「なんか、驚いちゃった。そりゃ、二人とも積極的なほうだとは思ってたけど……」


 積極的……かなぁ? 孝広は。

 のんびりと家路を辿りながら、思わず首を傾げてしまう。

 そして、それから歩くこと十数分、ようやく我が家が見えてきた。


 玄関の扉を開け、二人を中に招き入れる。

 中に入って、まず最初に口を開いたのは瀬川さん。


「なんか、いい家だね。流れてる空気が、とっても穏やか」


 それに桜井も同意を示す。


「だな。瀬川の家の空気もいいものだったが、ここはまた格別だ」


「ええっと、ありがとう……?」


 正直、家のどこを褒められているのかがわからなくて、疑問系でお礼を言ってしまう。

 でも、二人がこの家を気に入ってくれたのは事実のようで、それは素直に嬉しかった。


「それで明、愛欲の愛さんはどこにいるんだ? まさか仕事に出かけてるってことはないだろうし」


「う~ん、僕もあの人の生活パターンを知ってるわけじゃないから、なんとも。とりあえず、今日の仕事は休んだって朝に言ってたけどね。……あと、愛欲の愛さんってなにさ?」


 やっと突っ込むことができた。ああ、すっきり。

 桜井は瀬川さんと顔を見合わせ、苦笑混じりに説明してくる。


「ああ、キリスト教に『七つの大罪』ってあるだろ? その中のひとつが『愛欲』。世間一般では『色欲しきよく』のほうが有名か?」


「だね。……それで?」


「愛欲の愛さんの魔道学会まどうがっかいでの位階いかいは、第三十二柱『愛欲皇アズモデウス』。この悪魔は七つの大罪の魔王のひとり、『愛欲の魔王ラスト』と同一なんだ。そんなわけで、本人の名前とかけて、愛欲の愛さん。……ま、半分以上はからかい目的のあだ名だな」


「からかいなんだ……」


 思わず苦笑を返してしまった。

 しかし、桜井は唐突に表情を引き締めて。


「ああ、半分以上はからかい。残りは……そうやって意識的にふざけてないと気圧けおされるから、だ」


「気圧される?」


 あの、愛さんに?

 つまりそれは、桜井が義母さんに、内心では怯えてるってことで、正直、意外すぎてどんな反応をしたものか迷ってしまった。

 そして、迷っているうちに近づいてくる足音。飛んでくる陽気な声。


「おっかえり~! 守護者ガーディアンのお二人には、いらっしゃいかな?」


「ただいまです、義母さん」


 向き直り、義母さんに笑顔で頭を軽く下げる。

 うしろにいる二人も「お邪魔してます」という言葉と共にそうする……と思っていたのだけれど。


「…………」


「…………」


「おやおや、どうしたのかな? 二人とも黙りこくっちゃって。まあ、ついてきなさいな。私の部屋まで案内するからさ。……あ、なんなら明くんも来る? 後学のために」


 それを「おいおい」とかすれた声で桜井が制止する。


「本気か? こいつはまだ未熟も未熟、一般人に毛が生えたかどうかもわからないほどの人間だろう? そんなのをランクEXの賢人ゲーティアと守護者との話し合いの場に同席させる? 正気じゃないぜ、愛欲の愛さんよ……」


「本気だし、正気よ。それと、その愛欲の愛さんっての、いい加減やめてくれないかな~。まるで私が常に発情してるみたいじゃない。……まあ、いまならあながち間違いでもないけどさ」


 軽く言って、先導するように歩き始める義母さん。……僕もついていって、いいんだよね?

 桜井が義母さんの背中に声をかける。信じられないものを見た、とでもいうかのように、恐ろしげに。


「……とりあえず、一見人懐っこく見える、その態度はやめてくれないか? あんたは冷徹が服着て歩いてるような人間だったろ? 調子が狂って仕方がない」


「残念でした。いまの私の素はこっちのほう。人を上辺だけで見ちゃいけないんだぜい? 坊や」


「なにが上辺だけで、だ。そっちこそいい加減、坊や呼びはやめてくれ。……ああもう! とにかく普段の態度と口調に戻してくれよ! ほら、優菜なんか完全に怯えちまってるだろ! そのくらいの豹変ひょうへんっぷりなんだよ、いまのあんたは!!」


 桜井の言葉に、瀬川さんがこくこく、とうなずいた。しかも、瞳には涙まで溜めて。

 おいおい、これはさすがにいきすぎだろう。


「うう、しくしく……。優菜ちゃん、酷い……」


 部屋の前にたどり着いた義母さんは、案の定、こちらを向いて嘘泣きを始めた。

 そもそも、桜井は豹変って言ってるけど、僕からしてみれば『冷徹が服を着て歩いている』という性格の義母さんのほうが想像できない。

 なので、僕は桜井と瀬川さんをなだめる側に回った。


「まあまあ、二人とも落ちついて。義母さん、昨日からずっとこんなだよ? 桜井は『普段の』って言ったけどさ、本人も言ったとおり、こっちが義母さんの素なんだよ。……まあ、会社では厳しくなるとも言ってたけど」


「ちっ……。上手いこと丸めこんだな、愛さんよ」


「いやあの、僕は丸めこまれてなんて……」


「お前は少し黙ってろ、明。……で、いつまでその演技を続けるつもりだ? 一週間か? 一ヶ月か? それとも一年か?」


「演技だなんて酷~い。こっちが私の素だって言ってるのに……。まあいいわ、とりあえず入った入った。大丈夫、とって食ったりなんかしないから。そもそも連絡してきたのは坊やからでしょ?」


「ああ、そうだったな。そうだったよ。まったく、実際に会うのはこれで三度目とはいえ、完璧に性格は掴みきったと思ってたのに……」


「うん、その認識は間違ってないと思う。でも残念、恋をすると女性は変わるのよ? 憶えておきなさい」


 からからと笑い、義母さんが自室の扉を開く。

 外から見えたのは、一面の本棚。

 中に入っても本棚しか目につかない。……あ、一応、部屋の中央に高価そうな机もあるか。でも、それ以外のものが見当たらない。

 あまりの冊数に目を丸くしていると、義母さんから「こらこら少年」と軽く注意された。


「女性の部屋をあまりジロジロと見ないの。私の部屋だからいいけどさ、綾の部屋でやったら嫌われちゃうかもよ? お呼ばれしたときには気をつけなさい」


「あ、はい。それにしても……すごい本の数ですね。寝る場所は父さんの部屋なんでしょうけど、それにしたって、朝に言ってた魔法の品マジック・アイテムとかの保管場所は一体……。あ、魔法の品っていうのは全部、本の形をしてるんですか?」


「まっさか~。そこの本棚、ちょっと一冊抜いてみなさい」


 そう指示され、本を一冊、手に取ってみる。タイトルは『魔術薬学~人体実験の際に注意すべき十の事柄~』。……な、なんか怪しげだな。

 ともあれ、その本のあった奥のスペースに目を移す。するとそこには、


「……あ、なんかある」


「小さめの魔法の品は、そういうふうに本棚に紛れ込ませて保管してあるのよ。大きめの物は……まあ、ご想像にお任せするわ」


 その言葉に、桜井が面白くもなさそうに「ふん」と鼻を鳴らした。


「おおかた、魔道学会本部の研究室にでも保管してあるんだろ。必要になったら転移ムーブ系の術で呼びだすって感じで」


「ご名答。転移系の術って便利よね~。どんなに遠く離れたところからでも、保管してある部屋に結界を張っておけば、すぐ手元に持ってこれちゃうんだから。まあ、生命を転移てんいさせることはできないわけだけど」


「ああ。それは転移じゃなくて召喚サモンの分野だからな。まだまだ未知のジャンルさ。……ところで優菜、そろそろ泣きやめ。怯える気持ちはよくわかるが、いい加減、話し合いにも支障が出てくる。一応、こっちは頼みごとをしにきた側なわけだしな」


「う、うん……」


 ぐすっと鼻をすすりながら、それでも器用に涙を引っこめる瀬川さん。

 本当、なんでそこまで怯えてるかなぁ……。

 と、少しだけ目を細めて義母さんが口を開いた。


「さて、正直、私から言いたいことは色々あるわけだけれど。とりあえず、このひとつだけ。色々な人に言われて、二人ともすでに耳タコだとは思うけどさ。――子供ガキがいきがって大人の世界に首突っ込むんじゃないの。……そういうの、私は感心できないよ?

 魔術を習いたいとか、行方不明の人を捜したいとか、そういうのはいいと思う。個人の自由だって思ってる。でもさ、いくら将来有望で顕在けんざい能力も高いからって、若いうちからこちら側に、それも特に暗部とされているところに首を突っ込まなくてもいいじゃない。守護者とか名乗っちゃってさ。皇帝騎士団インペリアル・ナイツとか戦乙女ワルキューレとか、そういうところに目をつけられ始めてるのよ、きみたち。ちょっと、その自覚が足らないんじゃない?」


「自覚ってんなら、そんな暗部の話をする場に、一般人も同然の明を同席させるあんたにも、それが足りてないんじゃないか?」


「む、そうきたか……。まあね~、正直、仲間意識もってもらいたいからっていっても、確かにやりすぎなんだよね~。それは自分でもわかってる。でもさ、いいじゃない。家族なんだから。できるだけ、隠し事なんてしたくない。そしてもし、それが原因で彼に危険が迫るっていうんなら、それこそ私が命をかけてでも守りとおすわよ」


「ふん、またずいぶんと魔道士らしくないことを言うもんだ。変わっちまったな。……そういや、変わっちまったっていえば、あんた、眼鏡はどうした? あれはあんたのトレードマークみたいなものだったじゃないか」


 桜井のその指摘に義母さんは、おそらくは転移系の術とやらを使ったのだろう、本棚の物陰から折りたたみ式のイスを三つほど出してきて、


「眼鏡きらぁ~い。――あ、別に明くんのことが嫌いって言ってるわけじゃないのよ? それに眼鏡そのものが嫌いってんでもない。でも眼鏡は嫌い」


 なんだかよくわからないことをぼやきながら、順番に開いていく。

 そして「まあ、とりあえず座った座った」と促してきた。

 一瞬、ためらうような表情をみせたものの、おとなしく腰かける桜井と瀬川さん。

 当然、僕も遠慮なく座らせてもらうことに。……実際、警戒しすぎだって、二人とも。過去の義母さんがどうだったのかは知らないけど、あの明るさは演技じゃ出せないはずだ。

 義母さんは当然、机とセットになっていたイスを引いて、そこに座る。


「ところでさ、この家っていいと思わない? 雰囲気っていうか、空気がさ」


 それに関しては同意する桜井。


「ああ、そうだな。いい家だ。それだけに、早くも自分の結界で家を囲ってるあんたのことは、どうかと思うが……」


「え~、だってさ~。ここって確かにいいところなんだけど……なんていうの? 来る者拒まず? とにかく悪いものもばんばん来ちゃうのよ。居心地がいいものだから、結界張らないと際限なくやってくるわけ」


「その『悪いもの』の筆頭が、あんたなわけだが?」


「う、まあ、そうなんだけどさあ……。だからこそ、これ以上は近づけまいとしてるんじゃない!」


 そこ、肯定しちゃうんだ、義母さん。

 まあ、断りなく結界を張ったことを責める気は毛頭ないけど。……実際、全然気づかなかったわけだし。害のあるものでもないようだし。

 ひとつ「こほん」と咳払いをし、義母さんが仕切りなおす。


「さて、そろそろ本題に入りましょうか。用件はあなたたちのお兄さん、瀬川和樹の行方のこと、よね?」


「ああ、少しでもいい。あんたが頭を下げろってんなら喜んで下げる。……このとおりだ、協力してほしい」


「ごめん無理。」


「うおい! 人がせっかく殊勝な態度とったってのに!」


「いや、だってさ~、無理はものは無理だってば。それに私、頭下げろなんて言ってないし~」


「そりゃそうだが! でも、もうちょっとこう、あるだろ! 人として!」


「ない袖は振れぬ!」


「威張るなよ! 胸張るなよ!!」


「実際さ、本気でどうしようもないのよ、私には。『熾天の門セラフィック・ゲート』が使えるわけでもなし」


「――え……? 使えねえの……?」


「むしろ、私のほうこそ問いたい。なぜ私が『熾天の門セラフィック・ゲート』を使えることを前提に話が進んでいるのかと。あれって、一番簡単とはいっても希術きじゅつなのよ? 私なんかに使えるわけないない」


 手をパタパタと振る義母さん。

 それにしてもどうしよう、最初は低レベルな言い争いだったから口を挟まずにいたんだけど、気がついたら専門用語が飛びかう会話にすりかわってしまっていて、口を挟みたくても挟めなくなってしまった。

 『熾天の門セラフィック・ゲート』ってなに? と尋ねたい気持ちはもちろんあるけど、二人ともヒートアップしてきてるからなぁ。聞きづらいことこのうえない。

 ……うん、あとで深山さんに訊くとしよう。そんなことを考えるキチンな僕。

 桜井と義母さんの口論はまだ続く。


「なんだよ! それでもランクEXの賢人か!?」


「ランクがEXだろうとEだろうと、できぬものはできぬ!」


「だから威張るなよ! 愛欲皇アズモデウスの名が泣くぞ!」


「知ったこっちゃないわよ、そんなこと。大体私、格でいうならランクBだし。『魔王の欠片デーモン・ピース』のひとつ、『魔鞭まべんアズモビュート』を使えるから愛欲皇アズモデウスの位階につけたってだけでさ」


「……マジで?」


「うん、マジでマジで。いや~、伝説の武器使えるって有利だよね~。研究費用がっぽがっぽ!」


「くそぅ、アテが外れた……」


 がっくりとうなだれる桜井。

 それにしても、『できない』と情けないことを連呼していた義母さんのほうが大きな態度を取れるんだから、口論っていうのは不思議なものだ。

 等身大ありのままの自分をちゃんと認めることができたほうの勝ちっていうのかな。

 義母さんは変わらぬ笑みで、


「残念だったね~。まあ、ぶっちゃけちゃえば、そっちの事情なんて私にはどうでもいいし~?」


 ……あれ? いま一瞬、学園での深山さんと目の前の義母さんがダブってみえたぞ?

 すごく陽気に言うものだから、冗談かなにかかと思ってしまいがちだけど、言ってることの内容は『お前のことなんてどうでもいい』とまったく同じだ。

 これが魔道士の本質ってことなのかな……?


「……ちっ。よ~くわかったよ。性格が全然別物だったからな、ついつい情にほだされてくれるんじゃないかって期待しちまった。けどあんた、実際にはなにひとつ変わってねえのな。期待した俺がバカだった」


「気づくの遅すぎだって。……まあ、人間すぐには変われないってね。もちろん、協力できることがあったらしてあげたい、くらいの心境の変化はあるんだけど」


 少し申し訳なさそうな表情になって、義母さんはそう言った。どこか、変われていない自分を寂しく、あるいは悔しく思っているような顔だった。

 それに言葉を返したのは、義母さんの登場からほぼずっと黙っていた瀬川さん。


「……あの、それは再婚したから、ですか?」


「うん、まあね。すごいよ~、あの人はすごいよ~。なんせ、私が魔道士だって知っても、離れずにそばにいてくれたんだから~。

 これ訊かれたら嫌だなってことは訊かずにいてくれるし、私が秘密にしている部分も含めて、私を『深山愛』という個人だと認めてくれた。秘密なんて、知ってても知らなくても同じことだって、ね」


「……なんか、納得です。この家にこんな開かれた空気を作りだせるのは、そんな人くらいのものでしょうから。あ、ちなみに魔術属性は? もちろん調べたんですよね? この家の空気から予想するに、『共有』か『共感』、あるいは『許容』といったところですか?」


「ふっふっふ~っ、聞いて驚け、優菜ちゃん! あの人の魔術属性は、なんと『許容』系の最高位、とっても稀で貴重な『受容じゅよう』なのさ! 『許容』のように『許して受け容れる』んじゃなく、許せない部分もそのままに『受け容れる』。この魔術属性を持ってる人間って、基本的に他者と衝突しないのよね。いや~、初めてあの人と話したときは、さすがの私も衝撃受けたわ~」


 ……そうなんだ。

 確かに父さんは感情的になったり、他者を否定することをしない。

 それに、父さんと相性が悪い人っていうのも、僕が知る限りではいないし。

 そっか、それにも魔術属性っていうのが関係してるんだ。

 なら、父さんの息子である僕の魔術属性ってなんなんだろう? やっぱり『許容』系のなにかなのかな?

 考えこむ僕の耳に瀬川さんの驚きの声が飛び込んできた。


「『受容』!? その属性を持ってる人、現代にいたんだ。実在しないとされて久しいのに……」


 桜井がそれに続く。


「まったくだ。というか、それくらいじゃないと、あんたと結婚なんて無理な話か? ものすごい幸運だったな、愛欲の愛さん」


「だからその愛欲の愛さんってのやめい! ……でもまあ、そうね。本当、ものすごい幸運。息子も素直ないい子だし。まさしく私はいま、幸せの絶頂ってところにいるわね」


 サラッと僕のことも褒めるのはよしてほしい。

 なんていうか、義母ははになった人とはいえ、女性から褒められた経験なんてほとんどないから、どう反応していいか戸惑ってしまう。


「おお? どうしたどうした? 困ってる顔もなかなかにいい感じだぞ~? 明くん」


「や、やめてくださいってば……!」


 と、嘆息混じりに桜井が助け舟を出してくれた。


「心温まる親子のやりとりもいいが、いまはこっちの話を優先してくれ。案件は和樹のことだけじゃないんだ。……もちろん、根底では繋がってると思うんだが」


 その言葉に少しだけ表情を引き締め、義母さんが彼に向きなおる。


「根底で繋がっていない事象なんて、この世にはなにひとつ存在しないわよ。それで、他の案件っていうと『希望の種ホープ・シード』のこと? それとも、あの記憶喪失の女の子のこと? ええと、ほら……そう、私と同じ苗字だった……深山、深山……」


「深山はるみ、だ。前にも話したことあるが、一応、もう一度確認させてくれ。あんたには、はるみって名前の親戚、本当にいないんだな?」


「いないわよ? 春彦はるひこっていう従姉弟いとこならいるけどね。でも、あいつは結婚もしてないから」


「春彦、ね。……なあ、春彦とはるみ、正直、似すぎだとは思わないか?」


「思う。でも隠し子ってこともないと思うのよね。そもそもさ、守護者には『探索者エクスプローラー』と『情報屋インテレクター』がいるじゃない。その二人が隠し子の存在をつきとめられないのなら、私に聞いたって無駄。だって、私の情報収集能力はとても低いもの。私に情報くれるのなんて、せいぜい私が数人とってる、弟子たちくらいのものよ?」


「結局、こっちも収穫はゼロ、か。二年ほど前に突然、どこからともなく唐突に現れて、しかも記憶喪失ってんだから、絶対に和樹の行方不明のメカニズムが解明できると思うんだがな。あいつが記憶を取り戻してくれれば」


「まあ、それは神にでも祈りなさいな。幸い、創造主スペリオルってのが聖教会にはまつられてるんだからさ」


「……気楽に言ってくれるな」


他人事ひとごとだからね。必要以上に深刻になるつもりはないわよ。それは、行方不明になる前に『道』を開いていようと同じこと」


 それを聞いた桜井は「そうかい」とこぼし、疲労困憊ひろうこんぱいといった様子で、のろのろと立ち上がった。


「邪魔したな。それと、一応言っておく。世話になった。……実際は、なにひとつ世話になってないわけだが」


「おいこら、そういうこと言うと、ちょっとばかりの協力も拒みたくなっちゃうぞ? 一応、なにもできないのは心苦しいな~ってんで、他の賢人に会えるよう、紹介状書いてあげようかなって思ってるんだから」


「ほ、本当か!?」


「本当も本当。だから、帰るのはもうちょっとだけ待ちなさいな。――ええと、あの紙どこやったかな……」


 机の引きだしを開け、なにやらごそごそと漁りだす義母さん。

 桜井が呆れたように呟く。


「紹介してもらおうって奴が言うセリフじゃないのはわかってるんだけどさ。そういうところの整理はちゃんとしとけよ。転移系の術ばかりに頼らないで」


「うるさいわね~。いいじゃない、私の机なんだから。……っと、ほらあった!」


 出てきたのは、ちょっとだけ曲がった丈夫そうな紙。

 よく見ると中央に五芒星ごぼうせいの魔法陣が描かれていた。


「ちょっと待っててね~。いまちゃちゃっと書いちゃうから」


 義母さんの右手にはボールペン。……あれ? なんでボールペン? こういう場合、使うのは万年筆か羽ペンって相場が決まってない?


「愛欲の愛さんよ、ちなみに、どこの誰を紹介してくれるんだ? 賢人ランクC以下の奴だったりしないだろうな?」


「安心なさい。私の紹介する賢人は第五十四柱の魂哲王ムルムクス。ランクはSよ。あ、ちなみにこいつは、私の元旦那もとだんなね?」


「うわあ、なんかドロドロとしたものの一端を垣間見てしまったような気がするぜ……」


「ドロドロなんてしてないって。……運よくっていうのかな? あいつ、なんかいま、珍しく日本にいるのよね。どうせ『本質の柱』の研究関連で帰国したんだろうけど。

 あ、話は変わるけどさ。いいわよね~、守護者には『七大神器ななだいしんき』の所有者が多くって」


 あれ? もしかして義母さん、唐突に世間話を始めましたか?

 書類を書いてる間、僕たちを退屈させないようにという心遣い……というわけじゃ、ないんだろうな。

 桜井は肩をすくめて、


「多いっていっても、たったの二人だけどな。『聖笛せいてき』を持ってる優菜と、『聖剣』を持ってる剣帝けんていだけ。まあ、『聖鍵せいけん』を使える和樹も含めていいなら三人だが」


「充分、多いじゃない。七つのうち、三つも使えるんだからさ。個人的な感想を言わせてもらえば、その誰もが温厚な性格をしてくれていて助かったわ。殺人鬼ダーク・ウォーカー剣鬼けんき幻想殺しファンタズム・キラーが使用者だったらって考えると、ゾッとするもの……」


「それは確かに。いま以上に手に負えなくなること、うけあいだろうな。下手したら、守護者って組織が崩壊するかもしれない」


「うん。実際さ、守護者メンバーって性格的に問題ある人間が多いじゃない? 和樹くんのいうことしか聞かないって人が多いっていうの? いま挙げた三人が、まさにそれでさ。

 まず、和樹くんのいうことだけは、しぶしぶながらも聞く殺人鬼。次に、自分を初めて負かした相手だからってんで、服従を誓う勢いで慕ってる剣鬼。

 そして、三人目。一番危険な、幻想殺し。なんせ、和樹くんだけは殺したくないってだけの理由で、世界を滅ぼすのを思いとどまってるんだから。彼がいなくなったいま、いつ世界を滅ぼしにかかるかわかったもんじゃない。……もちろん、だから聖教会が監視してるわけだけどさ。

 厄介なのは、この性格破綻ぎみな三人の能力が、揃いも揃って高いこと。本当、守護者はメンバーが子供ばっかりなこともあって、正直、危なっかしくって見てらんないのよね~」


「よく言うぜ。性格に問題があるのはお互いさまだろう? 俺に言わせてもらえばな、裏の事情に深く関わってるやつらは全員、どこかしら性格が破綻してるよ。魔道士なんてのはその筆頭だ。自分のためにしか生きられないって人種なんだから」


「そう? 自分のために生きてるのは、誰だって同じだと思うけど。わかりやすい、わかりづらいの違いはあるだろうけどね。……そうそう、幻想殺しっていえばさ、西園寺グループっていま、どんな感じ?

 ほら、あそこのトップの一人娘だって話じゃない、幻想殺しは。……ええと、なんて名前だったっけ?」


しずくな? 西園寺雫。……だが、どんな感じって訊かれても答えようがないぞ? あいつ、最近はあまりグループの方針に口挟んでないらしいから。

 それにしても、雫の名前も憶えてないって、そんなんで大丈夫かよ。そのぶんだと、剣帝とかの名前も憶えてないんじゃないのか?」


「え~? そんなことないよう。ちゃんと憶えてるよう。……ええと、ほら、なんだ、剣が……馬、で……」


「断片的すぎるぞ、おい! ……はあ、よくそんなんで『ちゃんと憶えてる』なんて言えたもんだ」


「……っと、ほいできた! というわけでほら、紹介状! それ持ってとっとと帰った帰った! ……あ、剣帝の名前が思いだせないから、このままうやむやにしちゃえ~っ、なんて思っては……いないからね?」


「うやむやにする気満々だろ! いやまあ、いいけどな、別に」


 改めて立ちあがり、紹介状を受けとる桜井。


「サンキュな。本当、これに関してはありがたかった」


「言っとくけど、絶対に役立つって保証はできないよ? あいつ、『道』を開くのには並々ならぬ情熱を注いでるけど、『熾天の門セラフィック・ゲート』は使えないし」


「あー、使えないのか……。でもまあ、ありがたいことに変わりはないさ。いまは少しでも賢人の意見がほしいからな。それに、これなしじゃ会ってももらえない。……じゃあな、世話になった」


 そう残し、瀬川さんを伴って部屋から出ていく桜井。

 僕は玄関まで送っていこうと席を立ち、しかし、そこで義母さんに呼び止められた。


「どうだった? わけのわからない単語、盛りだくさんだったでしょ?」


「ええ、まあ……。正直、理解できるところのほうが少なかったです」


「うむ、それでよし! わからないところはバシバシ綾に訊いちゃいなさい! それでしばらくは、間がたないってことにはならずに済むでしょ!」


 ああ、なるほど。

 今回、僕を同席させた最大の理由は、それだったのか。

 ありがたく義母さんに礼を言い、僕は桜井たちを見送りに玄関に向かう。

 深山さんの魔術講座のときに訊きたくても、正直、憶えてる単語のほうが少ないんですよ? なんて、心の中でぼやきながら。


 どうやら、魔術講座の時間は、深山さんの語るに任せて、僕に必要と思われるところだけを教えてもらったほうがよさそうだ。

 そもそも僕の本当の目的は、彼女と『家族として』距離を縮めることなのであって、魔術を教えてもらうのは、そのための口実に近いのだから。

 まあ、そんな本音を口に出したら、義母さんにも深山さんにも怒られそうだけどさ。

本編の筋から脱線すること、約二話。

ようやく次回からは本題に戻れそうです。

ここから先は、綾の可愛さを存分に表現していける……はず。

ご期待ください!

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