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第一話 同居人は恥ずかしがり屋

「よい、しょっと……!」


 ぐっと腰に力を入れ、ダンボールを持ち上げる。

 ……って、重っ! これ、一体なにが入ってるんだ!? 本かなにかか!?


「あの、堀口くん。それくらい自分でやるから、本当にいいって……」


「いやいや、こういうのは男の仕事って昔から相場が決まってる」


「でも……」


「いいからいいから」


 それよりも、深山さんのその心配そうな表情はなんなんだろう。学園じゃこんな表情、一度だって見たことないぞ。

 気にはなったけど、それはとりあえずあと回し。いまはこの重いダンボールを持って、二階へと上がらねば。


 玄関で深山さんを紹介されてからすぐ、愛さんの提案で、僕たちはまず彼女らの荷物を各自の部屋に運び入れることとなった。

 一階担当は父さんと愛さん、二階担当は僕と深山さんだ。ちょうど大人組と子供組に分かれた感じ。

 愛さんいわく、


『話をするよりも、一緒に身体を動かしたほうが親睦しんぼくは深まるっていうものよ』


 だそうだ。

 確かにそのとおりかもしれない。僕たちは全員同意し、こうしてさっそく作業を開始。……まあ、ダンボールを持ちあげたときに深山さんがビクッと身体を震わせたのが気になったけれど。……なんだろう? 僕に見られたくないものでも入ってるのかな?


 それはともかく、いまの彼女はどう考えても、感情が顔に出すぎだと思う。学校にいるときと比べて。

 一体、いつもの無表情、無愛想な深山さんはどこにいったのか。

 と、遠くから愛さんの大きな声が聞こえてくる。


筋力増強ストロングレスぅっ!」


 な、なんだ……?

 僕の隣では、深山さんが軽く嘆息しているし。


「……まったく。お母さんってば、本当にまったく……」


 どこかで聞いたようなフレーズだった。

 おそらくは、母子おやこ共通のクセみたいなぼやきだと思われる。

 テンションは全然違うけど、やっぱり二人は血の繋がった親子なんだなぁ。


「わたしには魔術を使わないよう釘をさしておいて、まったくもう……」


 うん? 魔術?


「この分なら、わたしも遠慮しなくていいかな……」


「あ、あの? 深山さん?」


 困惑する僕をよそに、彼女は一度だけこちらを一瞥いちべつしてから、ぶつぶつとなにやら呟き始めた。


「……筋力増強ストロングレス


 そして、そんな言葉で締めくくるやいなや、まだフローリングに置きっぱなしになっているダンボールをひとつ、ひょいと持ちあげる。


「ええっ!?」


「えっ……? な、なに? うちのお母さんも、同じことやってるよ……?」


「同じことって……。……あ、こっちのと比べて軽いものを中心に入れてあるの? そのダンボール」


 そう訊く僕の顔から目を逸らし、けれど、なんでもないことのように返してくる深山さん。もちろん、ダンボールを持ちあげたそのままで。


「そ、そんなことないよ。 これはただ、その、増強エンハンス系の術を使ってるだけ……」


「増強系……?」


 僕の訝しげな視線を無視し、彼女は先に階段を上っていってしまう。

 僕は慌てて、けれどダンボールを落とさないよう慎重に彼女のあとをついていった。

 やがて、深山さんの部屋となる一室の前に辿りつく。


「えっと……」


 ダンボールを抱えたまま、所在なさげに立ち尽くす深山さん。

 視線をあちこちにやって、実に落ちつきがない。

 まあ、初日なのだから、これが当然の反応なのかもしれないけど。

 でも深山さんだったら、どんな状況でも堂々とふるまいそうなものだけどなぁ。傍らに人無きが如しって感じで。


「あ、あの、堀口くん……」


 忙しなく首を動かしていた深山さんが、しかし、なぜか僕にだけは視線を向けずに、ぽつりと呟いた。

 それでようやく気づく。

 まだ彼女には、どこを使ってもらうべきかを言っていなかった。


「ごめんごめん、ぼーっとしてた。……ええと、で、ここが今日から深山さんに使ってもらう部屋」


 目で部屋の扉を示しながら、ダンボールを一度、床に下ろす。

 ほっと安堵した表情で、僕にならう彼女。


「掃除は前もってしておいたから、家具とかを運び入れるだけで使えるよ。クローゼットとかはちゃんと中にあるし」


「そ、そうなんだ。……その、ありがとう」


「あー、いえいえ、どういたしまして……」


 向き直ってお礼を告げられるとなかなかに緊張してしまい、僕はつい目を逸らしてしまった。

 正確には、彼女の口許に浮かんだはにかんだような笑みにドキッとしたわけなのだけど。でもまあ、彼女のほうも相変わらず目線は合わせてくれないし、だから、お互いさまってことで。

 それにしても、本当に彼女は一体どうしてしまったんだ? 学園での、あの颯爽とした、格好のいい深山さんは一体どこへ?

 もちろん、はにかんだ笑みはとても魅力的に映ったし、こういう深山さんも可愛くていいとは思うんだけど、いくらなんでも別人すぎやしないか?

 そんな思考を巡らせていると、ドアノブに手をかけた深山さんの呟く声が耳に入ってきた。


「――鍵、ついてないんだ……」


 なぜだろう? 深山さん、ちょっとだけ青ざめているような?

 そして、それを隠そうと必死になっているような?

 でも、目の前にいるのは無表情、無愛想で有名な深山さんだぞ……?

 そんなことを考えながらも、気づけば、自分の不手際を詫びる言葉が口を突いて出てきていた。


「あ、ごめん! 明日、学園の帰りにでも鍵つきのノブ買ってきて、つけ替えるよ!」


 本当、僕も父さんも気が効かない。この家に年頃の女の子が住むってわかった段階で、そのくらいのことはやっておくべきだった。

 しかし、彼女はうつむき加減ながらも微笑んで、首を横に振る。


「ううん、その気持ちだけで充分。お母さんも『家族の間に、そんなものは必要ない』って言うと思うし」


「そ、そう……?」


「うん」


 こくり、と少し頬を赤くしてうなずく彼女。まあ、信用されてるってことなんだろうけどさ。でも、その信用がどこから生まれているのかがわからない。

 クラスで二人だけの学級委員をやっているとはいえ、会話を交わす頻度が友人以下であることには変わりないわけだし。

 それに何度もしつこいとは思うけど、彼女は感情がこんな顔に出る娘だったっけ?


 二人して黙っていると、階下から愛さんが立てているのであろう、騒々しい物音が聞こえてきた。

 そうだ、まずは僕たちのほうも早く終わらせないと。


「……さ、さて! 荷物はまだたくさんあるし、止まってないで動こう動こう!」


「あ、うん……。そうだ、ね……」


 こくこくと深山さんがうなずく。

 うう、なんかぎこちない。

 僕と彼女、もしかしたらかなり相性が悪いんじゃ……?

 これから一緒に暮らしていけるのか、ちょっぴり心配になってきた。


 ……ええい、男は度胸!

 こうなったら、キャラじゃないけど、力技でこの空気を吹き飛ばしてやる!


「おうともよ! さあ、まずはこの足元にあるダンボールからだ! ……よいしょぉっ!」


 くすくすと深山さんが笑ってくれて、ちょっとだけ空気がやわらかくなった。よかった、やった甲斐があるってものだ。

 それにしても……うわあ、深山さん、掌を口許にあてながら笑ってるよ。なんて上品な笑い方。

 ダンボールを部屋に運び入れながら、ちょっと可愛い、なんて思ってしまう。 

 続いて、深山さんも殺風景な部屋の中にダンボールを運び入れ、二人して再び階下へ。


 それからダンボールをいくつかと机を運び入れるため、階段を何往復かした。

 そして、最後に残ったのはひとつの大きなベッド。


「こ、れは……さすがに、重いな……」


「う、うん。これは、ちょっとばかり重いね……」


 僕が後ろ向きに階段を上り、彼女がそれをサポートしてくれる。

 なんとなく、彼女との距離が縮まってくれたような気がした。なるほど、確かに愛さんの言うとおり、下手に自己紹介したりとかするよりも、このほうが親睦は深まるのかも。

 とまあ、そういうふうに納得はできたのだけれど……やっぱり、彼女に対する違和感はいまだに拭えない。

 これが完全に初対面の女の子であれば、単純に『ちょっとばかり内気だけど、可愛くていい娘だな』って印象を持てたのだろうけど。


 ともあれ、僕たちは無事に彼女の部屋の前へ到着。

 無駄に広い通路が幸いし、方向転換も問題なくできた。今度は彼女が後ろ歩きになって、開いたままの扉から部屋の中へと――


「――あっ!?」


 事故が起きたのは、そのときだった。

 がくん、と彼女の腕から力が抜け、ベッドの重量が僕の両手に集中する。


「――っ!?」


 声こそ漏らさずに済んだものの、両の指はベッドとフローリングの床に勢いよく挟まれてしまい、正直、むちゃくちゃ痛かった。


「いたたたた……」


 なんとか両手を引っ張りだし、へたり込みながら、ぶんぶんと軽く振る。

 ……うわあ、な~んか青くなってるよ。こりゃ、もう少し時間が経ったら、本格的に痛みだすぞ。


「ごっ、ごめんなさい……っ!」


 駆け寄ってくる深山さん。

 でも別にいまのは彼女のせいってわけじゃ……いやまあ、せいといえばせいなんだけど。

 しかし、僕以上に辛そうに顔を歪めている彼女を責める気には、どうしてもなれず。


「いいっていいって。誰のせいってわけでもない、本当にただの事故なんだから。……それとも、深山さんは僕に怪我させようと、わざと手を離したりしたの?」


「そ、そんなこと、絶対にしない……っ」


「でしょ? なら気にしない。人間って、なんだかんだでけっこう丈夫にできてるからさ。これくらい、唾つけとけば治るよ」


 どれくらいで治るか、は明言しないでおく。……きっと、最低でも半月はかかるだろうから。


「……あの、本当に、ごめんなさい。わたしの術の効果が途中で切れちゃったから……。うぅ、お母さんだったら、こんなミス、絶対にしないのに……」


「あのさ、さっきから気になってたんだけど、その『術』ってなんのこと?」


「……え? あの、もしかして堀口くん、お父さんから、なにも聞かされてないの?」


「聞かされてないっていうか、多分、僕のほうがなにも聞こうとしなかった。聞いても聞かなくても同じだからって」


「同じじゃないよう、全然……。でも、堀口くんの怪我をこのまま放っておくわけにもいかないし……。……ちょっと待ってて、すぐに治すから」


「え? すぐに……?」


 へたり込んだ姿勢のまま首を傾げる僕に、彼女は床に膝立ちになって、両の掌で僕の怪我した両手をやわらかく包み込んできた。


「え……? えっ……!?」


 静かに瞳が閉じられた彼女の顔が、すぐ目の前にある。ふっと息を吹きかければ、それが届いてしまうくらい近くに。

 心臓がバクバクと脈を打つ。彼女もそれは同じなのか、少しだけ頬が赤くなっていた。

 と、深山さんが先ほどのようにぶつぶつと呟き、


「――復活術リスト・レーション


 その言葉を、口にした。

 淡い緑色の光が僕たちの両手を包む。

 そして、少しずつだけど確実にひいていく痛み。

 これって、よくゲームとかに出てくる『回復呪文』ってやつ……?

 いやいや、現実にこんなことって、起こるものなのか?

 つまり、これは夢?

 だとしたら、どこからどこまでが?

 もしかしたら、深山さんがうちに来るってこと自体が、僕の夢見た勝手な妄想だったんじゃあ……?

 深山さんとの同居生活を望んだことは一度もないけど、いつも『颯爽として格好いいな』と憧れのような気持ちを抱いていたのもまた事実。

 だったら、心の奥底で彼女と一緒の生活を願っていてもおかしくはない……のかもしれない。

 そして、それが僕にこんな夢を見せた……のだろうか?


「……うん、これでもう大丈夫。でも、わたしがやったことが消えたわけじゃないから、もう一度謝る。本当に、ごめんなさい……」


 その声で、僕は我に返る。なにを馬鹿なことを考えているのやら。こんなに現実感たっぷりな夢なんて、あるわけない。

 でも、だからって現状に完全に納得できたわけでも、もちろんなくて。


「……い、いやいや、そのことは本当にもういいんだって。それよりも、いまのって……」


「うん、魔術……。わたしが一番得意とする、治療ヒール系の……」


 その言葉に、僕の心が浮き足立った。


「あっ、あのさっ……!」


「……あっ、ご、ごめんなさい……! 手、ずっと握ったままで……!」


 握られていたままの彼女の手がバッと離される。

 消えていく、けれどわずかに手に残る、彼女の温もり。

 正直、かなり動揺していたけど、それを表には出さないよう気をつけて、僕は軽い調子でひらひらと手を振った。


「え? あ、いやいや、別にそのことはなんとも思ってないけど」


 むしろ、ちょっと……いや、かなり嬉しかったり。怪我して得した、とか思っていたり。


「それよりもさ、その『魔術』って愛さ……深山さんのお母さんも使えるんだよね? ほら、さっき深山さんが呟いてたのと同じようなことを、お母さんも大声で言ってたし」


「……あ、うん。お母さんも使える。それも、わたしより力量はずっと上……」


 ちょっとだけ寂しそうに深山さんが微笑む。

 それがどんな感情に起因しているのか、僕には全然わからなかったし、正直、気に留めようとも思わなかった。

 だって、


「じゃあさ! もしかして、僕にも使えたりとか、する!?」


 そんなことを、僕はついつい思ってしまったのだから。

 見た目は勉強できそうな文系だけど、僕だって人並みにゲームはやるし、ラノベも読む。というか僕のそれは、きっと人並み以上だと思ってる。

 僕の問いに返ってきた深山さんの答えは、


「え? ……うん、才能も必要になるけど、初歩的なものであれば、大抵の人は使えると思う」


 首肯。

 でも、それにテンションがちょっとだけ下がったのも感じられた。


「才能? やっぱり選ばれた人、みたいな人じゃないと極めるとかはできないんだ?」


 僕の質問に、深山さんはちょっとだけ饒舌じょうぜつになる。


「えっと、それは、そうともいえるし、それは違うともいえるかな。そもそも魔術は、それを使えるようになることが目的なんじゃなくて――」


 と、そこで階下から愛さんの声が飛んできた。


「綾~! まだかかりそう~? こっちはもう終わったから、手伝いに行こっか~?」


 大きな声だ。ここ、入り口付近とはいっても一応は深山さんの部屋だというのに。

 それも、僕の部屋よりも少しだけ奥まったところにあるというのに、ここ。

 深山さんは、またしてもぶつぶつと、おそらくは呪文の詠唱というやつをしながら、周囲の空気をかき集めるような仕草をし、ぽそっと小さく呟いてから、


「大丈夫~。もう終わったところだから~。すぐ行くから待ってて~」


 と大きな声で返した。

 深山さんのイメージとは程遠い――いや、それ以前に、僕にだって出せないくらいの大声。


「ほいほ~い。あ、初日から明くんとよろしくやってたり~? お邪魔した~?」


「も、もう、お母さんってば~……」


 顔を赤くしながらそう返し、彼女が僕のほうに振り向く。


「お母さんもああ言ってるし、もう下に行こう?」


「あ、うん。……ところで、いまのも?」


「うん、風の魔術。風の流れを操って、声量を増幅させたの。わたしもお母さんも、実際には大きな声なんて出してないんだよ?」


「そんなこともできるのか……」


 便利だな、魔術って。


 さっきよりもリラックスした気持ちで階段を降りてゆく。

 その耳に、再び愛さんの声が飛び込んできた。


「そういえば綾~、さっきから何度も魔術使ってるでしょ~。翔太さんに聞いたんだけど、明くんは魔術のことなにも知らないらしいから、あまり驚かせないようにね~」


 それに綾さんも再び(彼女からすればそうではないそうだが)大声で返す。


「お母さんがやってるこれも魔術でしょ~? この段階で堀口くん、もう充分に驚いてるよ~」


「あれま~、これは一本取られたわ~!」


 そんな会話を聞きながら、僕の足はリビングへ。

 いつの間に電話したのやら、テーブルの上にはそれなりに豪華な出前の寿司が並べられていた。

 こういうところ、父さんは本当に段取り上手いよなぁ。


 全員が席についたところで、愛さんが口を開いた。

 ちなみに、僕と深山さん、父さんと愛さんが隣同士で、僕の正面に父さん、深山さんの隣に愛さんという配置だ。


「さて、初日から重労働だったとは思うけど、皆よく頑張った! 感動した! ……っと、ふと思ったんだけど翔太さん、ここって私が仕切っちゃっていい場面なのかな?」


 まあ、確かに家主は父さんなわけだけど。

 振られた父さんは苦笑して、穏やかに返す。


「いいと思うよ。ここで一番仕切るのが似合ってるのは愛さんだし、なにより、僕たちはもう家族なんだから、そういうことで遠慮する必要はないと思う」


「……そうね、そうよね! よおし! 愛さん、張り切って仕切っちゃうぞ~う! というわけで、まずは乾杯の音頭をとります!」


 父さんの前にあるグラスにビールを注ぐ愛さん。続いて自分のグラスにも。


「まだアルコールが飲めないお子さまたちには、これを!」


 どん! とテーブルに置かれたのは大きな紙パックに入ったオレンジジュース。……や、別に不満はないけどさ。


「ん? もしかして明くん、普段からビールとか飲んでたりする? 翔太さん、こう見えて家だとつき合わせちゃう人だったり?」


「いえいえ、飲んだことないですよ」


「僕も飲ませたことないからね?」


 揃って首を横に振る父子おやこ二人。


「しかし『オラは飲みてぇんだ』と表情で主張する明くん。その心意気やよし! 飲むがよい! 飲むがよい!」


 ずいっと身を乗りだし、僕のグラスにも注ごうとする愛さん。

 僕は止めない。冗談だろうし、仮に本気でも、ビールって一度飲んでみたかったから。

 しかし、嘆息気味に止める人がこの場にはひとりいた。


「もう、単にお母さんが飲ませたいだけでしょ……」


「うむ、さすがは我が娘、わかってる~! あ、なんなら綾も飲んじゃって……いいんだぜ?」


「いいんだぜ、じゃないの。お子さまなわたしたちはオレンジジュースで充分」


「ちえっ、昨日までは喜んで同席してくれてたのに」


「わたしはいでただけでしょ。堀口くんも未成年なんだから、注がれても困るだけだよ……」


 同意を求めるように僕に顔を向けてくる深山さん。……あ、今日初めて視線が合った。でもすぐに逸らされた。


「ま、まあ……困る、かな……」


 興味があったことなんて、おくびにも出さずにうなずく僕。

 娘が敵に回り、これはまた父さんに泣きつくだろうな~、なんて失礼なことを思っていると、しかし、愛さんはちょっとだけ顔をしかめて。


「……ねえ、綾。明くんのこと、堀口くんって呼んでるの?」


「え? ……うん」


「もしかして明くんも、深山さんとか呼んじゃったりしてる?」


「え、まあ……。はい」


「そ、そうなんだ……。う~ん、綾の希望もあって、二人の養子縁組や、私たちの入籍は夏休みに入ってからってことになってるけど、でもやっぱり、早いうちから名前呼びにはしておいたほうがいいと思うわよ? ほら、綾の場合はまだ『違和感あるな~』くらいで済むけど、明くんの場合は……ねえ?」


 ああ、確かに。

 二人が入籍したら深山さんの苗字は『堀口』になるわけで、そうなったら『深山さん』なんて呼ぶわけにはいかない。

 同様に、深山さんの『堀口くん』呼びにも、かなりの違和感が生じてくることだろう。

 なので、僕は愛さんの言葉に素直にうなずいて。


「そうですね。……でも、初日から名前で呼ぶのは、やっぱりちょっと、こう……」


「気恥ずかしい? うっわ~、初々しいなぁ、もう!」


「いや、初々しいとか、そういうのは関係ないような……」


 と、隣でなぜか軽くむくれている深山さんに、ふと気づく。

 彼女はぽつりと「嫌なこと思いだしちゃった。……いまさらだけど」なんて呟いていた。

 嫌なことってなんだろう、と疑問を感じはしたけれど、深くは追求せずに流すことにする。それよりも寿司だ。乾杯はまだか。

 しかし、愛さんは耳ざとく、


「綾~、まだそんなこと言ってるの~? オッケーしてくれたじゃない。そりゃ、すんなりとはいかなかったけどさぁ……」


「うん、確かに『いい』って言ったよ。でも『仕方ない』と『喜んで』でいえば、わたしの『いい』は前者だから……」


「まあ、そうなんだけど……。まあ、この場は苗字呼びも見逃すとしますか。でも二人とも、夏休みが終わるまでには名前呼びに移行しててよ? じゃないと、他でもない二人の実生活に支障をきたすことになるんだから」


「はい、わかりました」


「うん、わかった」


 内容が内容だから、素直にうなずく子供二人。

 しかし、深山さんを名前で呼べ、か。

 それはなかなかに難題なような、そうでもないような……。


「……あ、ほ、堀口くん、オレンジジュース、わたしが注ぐ……」


 かいがいしい、とはこういうのを言うのだろうか。

 深山さんが、空のままの僕のグラスにオレンジジュースを注いでくれる。……少し嬉しそうな表情で。けれど、緊張からか軽く震えながら。

 そう、彼女との接し方が難しい理由は、ここにあるのだろう。

 何度思ったかわからないけど、とにかくいまの深山さんは学園で話しているときの彼女とは別人すぎる。

 どこがどう違う、なんて生やさしいものじゃない。なにもかもが違うのだ。

 そもそも、深山さんが素直な感情を表に出すのを見るのなんて、今日が初めてだから、ついついこっちも気恥ずかしくなってしまうし、困惑だってしてしまう。

 義理とはいえ、これから姉弟としてやっていくというのに、こんなんで大丈夫なのかなぁ。手を出しちゃいけない相手だっていうのに……。

 ああ、せめて学園でのクールで無表情な彼女なら、もうちょっと割り切れたものを。

 ともあれ、これは今日中に話し合いの場を設ける必要がありそうだ。どちらが素の彼女なのか教えてもらわないと、明日、学園で彼女と接するのにも難しくなってくるだろうし。


 ジュースを注いでくれた深山さんに礼を言い、彼女が自分の分も注ぎ終わるのを待つ。

 そして、愛さんが声を張りあげた。


「ではでは、私たちの新たな門出を祝して! かんぱ~いっ!」


『かんぱ~いっ!』


 声のトーンはそれぞれ違うけど、それでも言葉をハモらせてグラスを掲げる僕たち。

 それからは、しばしの歓談。まあ、寿司をパクつくのがメインだけど。


「お母さん、トロ食べすぎ」


「ふっ、この世は弱肉強食。手の早い者が勝利するのは世の常よ!」


「それでも、少しは遠慮するべきだと思うんだけど……」


 そんなふうにぼやいている深山さんに、同じくトロを口に含みながら目を向ける。


「……な、なに? 堀口くん……」


 ……ふむ、ちょっと切りだしてみるか。ジャブを放つ感覚で。


「いや、さ。学園での深山さんとあまりにも――」


「そっ、その話はちょっとあとで……! その、お母さんたちがいないところでちゃんと話すから。……ね?」


「う、うん。わかった」


 不意の上目遣いにドキリとして引き下がったんじゃない。

 ああ、ドキリとなんて、してないとも……!

 僕はただ、寿司を食べるのを優先したかっただけだ。

 実際、痩せの大食いである父さんと、言動から予想できるとおりの健啖家けんたんかっぷりを見せる愛さんがいるんだ。会話しながらつまむ、なんてことをしていたら、食いっぱぐれるのが目に見えてる。

 だがしかし、


「あ! 愛さん、ちょっと待った! そのネギトロ、最後の一個!」


 だからって、こんな言葉が自然と口から飛び出てくるとは思わなかった。

 愛さんも愛さんで、上機嫌に胸を張ってくるし。


「ふふん、なにを言っているのかしらね、明くんは! 綾にも言ったけど、この世は弱肉強食。遠慮する必要はないって言われた以上、遠慮なんてしてやらないもんね~っ!」


「いや、父さんの言った遠慮は、それとは違うような……。いや、同じなのか?」


「同じ同じ。それはそうと明くん、その愛さんって呼び方、そろそろやめない? 正直、翔太さんと被っちゃってるから、あんまりよろしくないのでは、とか密かに思っていたり」


「あー、それもそうですね。……じゃあ、義母かあさん……?」


「いいわね、義母さん! ようし、いまのネギトロ、明くんに返そう!」


「いやいやいやいや! もう義母さんの胃に収まってますよね!?」


「ふっ、時間を操れば、胃の中にあるネギトロをこの場に戻すなど造作もない!」


「時間なんて操れるんですか!?」


 魔術、すげえ!

 感動すら覚えている僕に、しかし、隣から深山さんが静かに告げてきた。


「できないからね? そんなことができる魔道士なんて、歴史上にはほとんどいないから」


「皆無ってわけじゃないのかい?」


 と、これは父さん。……満腹になるまで一言も口きかなかったよ、この人。


「はい、お義父さん。魔道士の世界って広いですから。『魔道学会まどうがっかい』に属していない人間も含めて探せば、あるいは一人くらいはいるのかも」


「そうなんだ……」


 感心する父さん。再婚相手が魔術を使えるっていうのに、あんまりそのあたりの知識はないらしい。

 こう言っちゃなんだけど、よくそれで結婚しようなんて気になったもんだ。


 あ、それはそうと、いま、何気にサラッと『お義父さん』って言ってたな、深山さん。

 どうやら、この二人の仲も心配はいらないようだ。

 というか、父さんと相性悪い人っていないんだよな、僕の知る限り。心なしか、深山さんもリラックスして話していたような気がするし。

 ……むむ、この家族の中で仲のよさが一番心配されるのは、どうやら僕と深山さんのそれのみのようだ。困ったことに。


 さてさて、どうしたものか。

 深山さんは自分の性格の変化について『あとでちゃんと話す』と言ってくれていたから、そのときに打ち解けられれば、とは思うものの、なんだかんだで時刻はすでに九時を回っている。下手をすると、今日中に彼女と二人だけで話す時間はとれないかもしれない。

 ああ、とりあえず明日、学園でお互いどう接するかくらいは決めておきたかったのだけれど。

 色々あるじゃん。友達に訊かれても内緒にするのかとか、こうなった以上、学園でも意識的に深山さんと話をするべきなのかとか、本当に色々あるじゃん!


 と、寿司を食べ終ると、父さんは風呂、義母さんは「ごめん、電話かかってきた。魔道士の仕事関連。機密事項も多いから、部屋で話すね」と自室へ。

 まさか、こんなあっさりと深山さんと二人っきりの時間ができるとは。


「それで、深山さん」


 ずずっと食後の緑茶をすすりながら、隣に座っている深山さんに声をかける。

 彼女はビクッと身体を跳ねさせ、そっとこちらに視線を向けてきた。しかし、これもすぐに逸らされる。……僕、もしかして嫌われてるのかなぁ。

 しかし、そんな懸念を吹き飛ばす一言を、真っ赤になりながら、彼女はおずおずと発してきた。


「あ、あの……。話、多分長くなると思うから、こっ、今夜……、ほ、堀口くんの部屋に、ちょっとだけお邪魔しても、い、いいかな……っ?」


 さすがに驚く。

 それはおそらく、僕と深山さん、二人とも風呂を出てからってことだろうし。

 でも、父さんはすぐに風呂から上がるだろうし、そうしたら次は僕が風呂に入るつもりでいるし、なるほど、そう考えてみると確かに、長い話はできないかもしれない。

 なので、なにも感じるところはない、とはもちろんいかないけど、それでも平然を装って「わかった」と返す。

 それにほっとした表情をみせる彼女。

 でも正直なところ、僕のほうが彼女以上に安堵していたと思う。だって、どんな理由があっても、嫌いな相手であるならば、部屋で二人きりなんて状況は絶対に避けたがるはずだから。


 だから、残る問題は。

 義理の姉である彼女の行動に、僕が変な気持ちを抱かないで済むかどうか。

 それだけだった。


 ……実際、深山さんの行動には深い意味があるんじゃないかって、この状況なら誰だって勘ぐっちゃうと思うんだよ。

 本当に『話しておきたいことがあるから』だけなのかなって、さ。

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