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第5話 歓喜咆哮

 

 ファレイは自分が久しぶりに外に出た事を歓喜していた。

 たまに出る事があっても、それは本体からすればほんの少し外に出れただけで、すぐに元に戻されてしまう。

 本体の感情が抑えられなくなった時、例えば怒りや恐怖が自分の鎖を緩めてくれ、その時だけ外に出られることが分かっている。

 本体が眠っている時に何度か出ようと試みたが、どうにもただ寝ている時は出られないようだった。

 今回、本体が突然の攻撃に驚き、そして意識を手放したので絶好の機会だった、これを見逃したら次にいつ出られるようになるのか見当が付かない、最近は感情を出来る限り抑える努力に本体が成功しつつあるからだ、必要な時だけ必要なだけ俺の力を外に出している、それではまるでただの召使だ、自分の自尊心がいつまでもその状況に耐えられるとは思えない。

 つい最近も少しだけ外に出られたのだが、すぐに抑えられてしまった、あれでは逆にフラストレーションが溜まってしまう。

 今も僅かに宿主の無意識の理性とやらに抑えられているが、それは微々たる物だ、紙の鎖に縛られているようにまるで意味が無い。

 暴れるだけ暴れて気が済めばまた元の状態に戻ってしまうのだろうが、その気が済むと言うのが一体どれだけなのか自分自身にも分からない。

 もしかしたら、世界全てを破壊し尽くせば収まるのかもしれないし、世界全てを破壊しつくしても収まらないのかもしれない。

 それにしても腹が空いている。

 物質を喰う必要は無い、食料は本体の感情だ、憤怒や憎悪は大好物だ、本体が誰かを心の底から殺したいとでも思えばきっと最高のご馳走に感じるだろう、しかし意識を失っている本体からそれらを喰う事が出来ない。

 餓えていた。

 餓えていると本来の力の半分も出せないのではないか、せっかく外に出たと言うのにそれはとても我慢出来ない。

 腹立たしかった。

 この怒りをぶつける相手が欲しかった。

 とりあえず、今は目の前の2人だった。

 どうやらこの2人が自分を攻撃したようだ。

 もしかしたら違うのかもしれないが、自分に1番近くに居る人間はこの2人だ、かなり広い範囲を自分は感知出来るが、少なくとも動きが有る人間はこいつらだけだったからだ、小動物などの動きも感知しているがそういう物を何匹殺しても楽しめない。

 だが勘違いならそれはそれで構わない、自分の意思で血肉を貪る事が重要なのだ。

 しかし、もしこいつらがさっき攻撃してきたのなら、本体を攻撃し、その意識を吹き飛ばし自分を解き放ってくれた2人だ。

 感謝しなければならない。

 ファレイは感謝の意を込めて、誠心誠意2人をばらばらに引き裂いてやろうと舌なめずりをした。

 その意思が相手に伝わったのか、相手から怯えの感情が伝わってきた。

 心地よい感情だった。


                   ・

 

 その霧の化物――ファレイは、もう2人との距離を50mほどにまで狭めていた。

 形の無い霧に、一瞬大きさにして5mもの獣の舌が浮かび上がり、それがファレイの全身を這うように動いた。

 不気味な眺めだった、出来ることなら一生眼にしたくない光景だった。

 ジグドゥがアイラの左腕に両腕でしがみついている、その体から隠し切れない震えがアイラに伝わってくる。

 もしも、ここに自分1人だけだったら、あるいは自分よりも頼りになる人間が傍に居たなら、ジグドゥと同じ行為をアイラはしていただろう。

 横に自分がしっかりしなければならないと思わせる相手がいるだけで、どれだけ自分が奮い立つことが出来るのか、それをアイラは今気付いていた。

 アイラの眼に消えかけていた闘志が浮かび上がった。

 その瞬間だった。

 ファレイが近寄りながら、その一部分だけが明確に動いた。

 それは獣の前足のように見えた、虎と熊を足したような前足である、足でありながらその前足には獅子の顔が付いていた。

 大きさは1m以上、霧のような形状ではなく、しっかりとした質量がそこに感じられた。

 まるででたらめな形ではあるが、それは明らかな殺傷能力を持って2人に恐ろしい速さで向かっていた。

 人間で言えば飛び道具に当たる攻撃だろう。

 懐に隠し持っていた武器を投げたような印象だった。

 アイラの行動は素晴らしく早かった。

 咄嗟に、腰に刺していた鉄柱を地面に突き刺した。

 瞬時に地面に魔方陣が浮き上がり、紫の煙のような物が周囲を覆った。

 鉄柱に閉じ込めていた守護結界を張ったのである。

 その瞬間に、結界全体が揺れるような衝撃が襲った。

 前足の攻撃を結界が弾いたのだった。

 想像以上の衝撃だった。

 堅い金属を思いっきり棍棒か何かで引っ叩いた時に発せられる音が辺りを揺らした。

 守護結界は、無限ではない有限である、何もされなければ2人を覆いながら一晩は軽く持つ、しかし今のような攻撃を防ぎながらでは、1時間も持たないだろう。

 その時間に、対抗策を練らなければならない。

 まず、ジグドゥの怯えを何とかしなければ、あの化物に対抗するには自分だけの力では無理である、それを冷静にアイラは分析していた、何しろ残りの鉄柱には攻撃魔法が封じ込められている訳ではないのだ。

 アイラがジグドゥに声をかけようとした瞬間、目の前の光景はさらに絶望的になった。

 ファレイが合計8本もの、大きさこそバラバラであるが、さきほどと同様の前足を出現させていたのである。

 その8本が一斉に結界を襲ってきた。

 守護結界の中ではなく、檻に入れられた気分だった。

 餓えた獣が目の前にいる檻である、そしてその獣は檻を引き裂く力を有しているのである。

 攻撃のたびに結界が揺れる。

 もしかしたら、この化物は一撃でこんな結界を引き裂けるのではないか、それなのにわざとこういう攻撃をして、中の人間を甚振っているのではないだろうか、そういう想像すら浮かんでくる。

 結界はどれほど持っても後10分は持たないだろう、その間に覚悟を決めなければならない。

 アイラはジグドゥに顔を向け。

 「良い? 最後の鉄柱を使うわ、分かっているわね」

 確認の意味を込めてそう言った。

 ジグドゥの顔から不安げな表情はまるで拭えない。

 「……」

 「やらなきゃいずれ、いや、もうほんのすぐ後に殺されてしまうわ、僅かでも助かる可能性が有るならそれに賭けたい。ジグドゥあんたの力が必要なのよ」

 真剣な口調だった。

 当たり前だ、後数分も経たずに命の危険が有る状況で真剣にならない人間は生き延びられない。

 「うん」

 ジグドゥがか細いが確かな返事を返した。

 その間も、ファレイがまるで楽しんでいるように攻撃が続けられている。

 もう僅かな時間も無駄に出来なかった。

 アイラは腰の最後の鉄柱を手に取ると、それを思いっきり天に向かって放り投げた。

 この守護結界は、どうやら内側からなら外へ出る事も可能らしい。

 鉄柱は何か魔法の作用なのか、腕力だけでは実現しない距離まで天に吸い込まれるように飛んでいった。

 距離にして凡そ100mは飛んだだろう。

 そして天に魔方陣が描かれた。

 真っ黒な空に鮮やかな青の魔方陣が光った。

 天を覆い尽くすほどの大きさではないが、辺り一面をその光が照らし出すほどの規模でその魔方陣は展開された。

 ファレイは一瞬それを見上げた、だが見上げたと言っても攻撃の手は休まらない、また紅い眼球が浮かび上がりそれが天に向けられているだけだ。

 

 ぽつり。


 その一滴が合図になったかのように、その天の魔方陣から大量の雨が降り注いだ。

 集中豪雨という言葉がこれ以上適している場面はないだろうと思えるほど、まさしくバケツをひっくり返したような滝のような雨が降り注いだ。

 弾丸のように痛いほどの雨粒が地面を抉るように降った。

 地面が堅い素材で出来ている場所ならば、雨が地面に跳ね返り傘を差していてもどうしても膝の辺りまで濡れてしまう雨だ、もっともこれほど激しい雨だと傘もすぐに壊れてしまうだろう。

 風こそ無いが、台風が突然直撃したかのような豪雨だった。

 アイラの持つ最後の鉄柱には、雨を降らせる魔法が封じ込められていたようだ。

 雨の降っている範囲はそう広くない。

 せいぜいが半径50m四方というところだ。

 しかし、ファレイと結界に覆われている2人がいる位置は十分に水浸しになるほどの水量である。

 だが雨を降らせてこの絶望的な局面をどう解決しようと言うのか?

 実際に雨が降ってもファレイには何のダメージも無い、しかし若干その雨を嫌がっているようでもあった。

 雨に何か特殊な作用でも有ると言うのだろうか?

 狂ったように結界を襲っていた、前足の攻撃の連打が止まっていた。

 

 シャフゥゥゥゥゥゥゥ

 

 雨と言うよりも水そのものが苦手というよりも癪に障るように見えた。

 霧のような物で構成されている体が、まるで炎の中に可燃物を放り込んだように一気に膨れ上がった。

 そして猫が怒った時にあげる様な声を何十倍も激しい声でファレイが発した瞬間、ファレイの体から一本の閃光が天に向かって伸びた。

 それは紅い閃光のようにも見えたが、獣の舌のようにも見えた。

 あるいはそれは獣の角のようにも見えたし、もしくは獣の尾のようにも見えた、そしてまたそのどれとも違っていた。

 地ではなく逆に天に落ちた紅い落雷のように、それは一気に伸びた。

 それが天に描かれている鮮やかな魔方陣の中心に突き刺さった。

 その瞬間にまるで嘘のように雨が止んだ。

 ファレイが鉄柱を攻撃し、破壊して、雨を止めたようだった。

 状況に応じてどう動けばいいか判断できる知能も持ち合わせているようだった。

 今の豪雨で、地面はかなりぬかるんでいる状態だった。

 そしてその地面が青く発光している。

 「もう多分持たない。やるわよ、ジグドゥ」

 アイラがそう言った瞬間、ファレイの攻撃が結界を襲った。

 今度は前足の攻撃ではなく、天を攻撃したのと同じような閃光に似た攻撃だった。

 そして結界は見事に粉砕した、ガラスで出来た筒が粉砕するような攻撃が広がった、そして一瞬ではあるが閃光が辺りを包んだ。

 その光が収まった時、そこにはアイラとジグドゥの2人の姿は無かった。

 そこに在ったのは別の物だ。

 それは異常に笠の張った茸のように見えた。

 今の雨により泥濘るんだ辺り一面の泥を一気に集めた量がそこにあった、高さにして5m以上目の前のファレイの大きさと遜色が無い、直径は大人が両腕を伸ばしても5人はいないとその手が回らないほど太い。

 そしてなおもその泥は微妙に震えながらその大きさを増していた。

 ファレイがそれに攻撃を仕掛けようと動いた瞬間、先に動いたのはその茸のような巨大な泥の塊の方だった。

 破裂した。

 そのように見えた。

 一瞬膨らみ、そしてその反動を利用するかのように四方八方に飛び散った。

 細かい泥の飛礫ではなく、かなり大きな塊が幾つも跳んだ。

 50以上もの塊が一斉に飛び散ったのだ。

 そしてその泥が地面に落ちると、その全てがまるで芋虫のようにもぞもぞと動くと、幼児が立ち上がるようにかなり不安定にか弱げに立ち上がると、それは徐々に人の形へと変貌していった。

 

 

  

 


 

  


 

 

 

 

 


 

 

 

 

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