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第51話 死

 

 「……ファレイの力を身に帯びて、爆発的な能力を得たのは分かるよ、ハヤン。でもね――」 

 エクの姿をしたそれは、邪悪な笑みを浮かべながら一歩ずつハヤンに近付いていった。

 そしてハヤンが一歩足を踏み込めば拳が当たるほどの位置にまで距離を狭めると、そこで立ち止まった。

 「君の攻撃はいくら強力でも、私には通用しない、試してみなよ」

 自信満々といった口調で、両手を広げて、さぁどうぞというように、エクは無防備な姿をハヤンに晒した。

 それまでのハヤンならば、誰であれ攻撃をする事に多少の抵抗を感じていたが今は違う、自分自身がやるべき事、自分の命を絶つ事以上にエクを救う事、エクを救えないのならばエクの命を奪ったであろうこの存在に対する底無しの殺意が胸に宿っている、これを成すまでは自分自身の始末をつけるつもりはまるで無い。

 

 「一つ聞きたい」

 ハヤンがぽつりと言葉を溢すように言った。

 他の誰もその二人のやり取りに口を挟まない、いや挟めない。

 「何かな?」 

 「エクは……、いや、やっぱり良い……」

 ハヤンは問おうとした。

 確認したかったのかもしれない。

 エクはもうどうやっても戻らないのか、エクの体を乗っ取っているであろうお前を殺せばエクは戻るのではないか、そういう考えが脳裏を過ぎったからだ。

 だが、どうする。

 エクの体を傷つけずに、この相手を殺す手段などあるのか。

 有る訳が無い。

 有ったとしてもこいつが素直に教えてくれるか?

 そしてその言葉が本当かどうかどうやって確かめる?

 それを聞くと言う事は、戦いの意思ががれるだけだ、どういう意味も無い。

 この場では不要な会話。

 この場で必要なのはもう、唯一つ。


 「ボクを殺すのハヤン?」

 エクの姿をしたそいつは、かつてのエクの口調と表情でハヤンにそう尋ねた。

 それを見た時、ハヤンの中の一つの意思がはっきりと強固な物へと変わった。

 殺す。

 憎悪以上の感情が湧き上がったのだ。

 殺して止めるしかない。

 少なくともこの場ではその力が有るのは自分だけだろう。

 プルシコフも他の二人も尋常ならざる能力を持っているが、先ほどの攻撃を見た限りでは致命傷に至る攻撃は無理、しかし自分のファレイの力ならば――、可能かもしれない。


 「行く……」

 ハヤンはそれだけ言った。

 もう、迷いなど無かった。


 ハヤンの全身が赤金色の霧のような物に包まれていた。

 プルシコフに飲まされた薬の影響かどうか定かではないが、身のうちに眠っていた狂暴なファレイの力が自分の肉体に固定された気分だった。

 細胞全てを包み込み、そして計り知れない力を、押さえ込むのが苦痛なほどの力を溢れさせるのだ。

 かつて制御不能であったはずの力が完全にハヤンの物になったのだ。

 

 ハヤンは躊躇う事無く一歩踏み込み、そして強烈な蹴りをエクに叩き込んでいた。

 蹴った瞬間、ハヤンの足がまるで巨大な赤金色の獣の足のように見えた、体の周囲の霧がハヤンの行動に合わせて自在に変化するのだ。

 巨象も容易く殺せそうな蹴りであった。

 エクはその攻撃を避けずに受けた。

 両手を交差クロスさせて、見事な防御をしていた。

 何百キロもある鋼鉄の岩を、鉄板に叩きつけたような有り得ない音が響いた。

 エクがこの闘いが初めて見せた防御であった。

 だが、さすがに地面に足をつけたままだが、そのままずずずっと地面を抉るように5mほど後退していた。


 「凄いね……、でもそれじゃ殺せないよ」

 エクはそう言うと、すっと動いていた。

 エクの体の残像を僅かに追えるほどの速度であった。

 だがハヤンはその動きを読んでおり、正確に拳でエクを返り討ちにしようとした。

 しかし、その拳の当たる直前にエクは更に加速し、ハヤンの視界から消えていた。

 ハヤンの拳の風圧は、空振りなのに地面に深い亀裂を造り上げた。

 その頃エクは、ハヤンの背後に回り、拳を打ち込んでいた。

 「がぁっ!」

 軽く打ち込んだだけに見えたのだが、ハヤンは物凄い速度で壁までまるで垂直落下をするように吹っ飛ばされていた、壁に激突しそのまま瓦礫に埋もれた。

 だが、吹っ飛ばされるのとほぼ同時に、ハヤンは体を捻り、右足の踵をエクに向けて跳ね上げていた。

 その踵はエクの顔面を狙っていた。

 本来ならば受身の心配をしなければならない状態であるが、そういう事にまったく心配していないハヤンならではの捨て身の攻撃であった。

 「へぇ」

 エクは感心したような声を出した。

 もちろんその攻撃も難無く防御したが、宙に3mほど飛ばされていた。

 

 「面白いね、格闘は初めてだけど、癖になりそうだよ」

 3m上空で当たり前のように静止しているエクは、嬉々とした声でそう言った。

 これは格闘ではない。

 エクが今後同じような事をしたいのならば、エクの攻撃の数だけの死体袋を用意しなければならない、パンチェッタやダルマクラスの格闘術の達人が相手でも、まだ本気を出していないであろうエクの相手を出来るかどうか定かではない。

 

 プルシコフ、ガイツ、クァルゴは言葉を失っている。

 全員が全員、その動きを目で追えていたが、それは横から見ているからで、実際に目の前にしたらその速度についていけるかどうか分からない。

 それほどの動きをしているのだ。

 魔法技術ではない、厳密に言えば近いのかもしれないが、今二人がやっているのは肉弾戦である。

 魔法で肉体を強化して戦う技術も存在するが、この二人の戦いはそれを凌駕している。

 まだ、お互いに手数は少ないが、その一撃一撃が紛れも無く必殺であり、そしてお互いにまだ余裕がうかがえるのだ。

 この二人の戦いに手助けしようにも、二つの強烈な竜巻がぶつかり合っている時に、人間が干渉しようとすればその体が粉々になるだけ、そんな状況に思えた。

 プルシコフも、クァルゴも幻闘獣を身に宿した常人を超えた存在なのだが、その二人から見ても二人の戦いは異質であった。


 突然、瓦礫が爆発した。

 その表現が最も適していた。

 ハヤンが吹っ飛ばされて埋まっていた瓦礫が、まるで意思を持っているようにエクに向かって爆発するように向かっていた。

 その数は2つや3つではない。

 何ダースもの数の凶器と化した岩である。

 それが、弾丸よりも速い速度で自分に向かっているというのにエクは身動き一つしなかった。

 これがただの陽動であることは明白だからだ。

 もしも常人ならば、この瓦礫の破片は全て致命傷、避けなければならない攻撃である、達人級の人間でも多少は避けなければならない、その僅かな隙を狙っているのだ、これは。

 エクは動かず、自分に当たりそうな破片にだけ意識を集中した、それらを僅かに逸らす、それだけで良い、元々体の大きさはエクは大人の半分程度、的が小さいのだ。

 重要なのは、その後のハヤンの攻撃である。

 冗談ではなくエクは楽しみを感じていた。

 圧倒的格下相手では、自分の能力を多少も使わずに勝てる、だがこのハヤンが相手ならばそうも行かない。

 負けることはありえないと考えているが、倒し甲斐のある存在である事は間違いない。

 

 その時、紅い閃光が迸った。

 ハヤンの右手から放たれた閃光のような剣であった。

 それが真っ直ぐにエクに向かって伸びていた。

 長さにして10m以上は容易く伸びる、ありとあらゆる物を破壊する威力を秘めた攻撃である。

 「単純すぎるよ、ハヤン」

 エクはその閃光のような剣に意識を凝らすと、エクを避けるように剣が曲がってしまった。

 

 「面白いから一人減らそうか、そうすればもう少しやる気になるだろう?」

 エクの、その言葉の意味がその場の全員に届いた時、その中の一人にとってはそれは致命的な事態が迫っていた。

 「え?」

 ハヤンの右手から伸びた剣は、エクの体を避けるように曲がり、そしてそのままガイツの胸に突き刺さっていた。

 疑いようも無く心臓を貫いていた。

 ガイツは動けなかった。

 妖精を召喚する間も無かった。

 そして英雄的な最後の名台詞を残す暇すら無かった。

 本来ならば避けられたはずだが、エクが魔力でその場に固定していたのか、あるいは二人の戦いに見惚れてしまっていたのが原因か。

 少なくとも、英雄連が誇る妖精戦団エルフカンパニーとまで呼ばれた実力者であり、世界に影響力を持つ人格者であるガイツが、ここ総統執務室で、その命を落としたのだ。


 ハヤンは絶叫した。

 自分自身が無関係な人間の命を奪うという、過去の心的外傷トラウマを抉るような状況だったからだ。

 がくがくと、まるで裸で雪原に放り出されたように、哀れなほどに、先ほどまでの超人的な動きが嘘のように震えていた。

 

 プルシコフも、クァルゴも動かない。

 倒れたガイツに駆け寄りたいという気持ちがあるのだが、僅かでも意識を逸らすと殺されたガイツの二の舞になりかねない、今の攻撃も本当にたまたまだろう、エクの気紛れだ、ほんの少し気分が違えば自分達のどちらが殺されていてもおかしくないと二人は考えている。

 そしてそれは決して間違いではないのだ。


 「後二人、もっとも君にとって親しい間柄でもないから、失っても悲しみはそれほどじゃないかな? 少なくとも、自分の村で、幼馴染を殺したのとは訳が違うよねえ」

 エクは明らかに、ハヤンの過去の事件を知っている。

 ハヤンの記憶を探ったのか、まるで見たかのように知っているようだった。


 ハヤンは嗚咽をあげていた。

 「お前は! ぐ、お前はぁぁ……、許せない……」 

 「許してくれと君に懇願したかな? 地に膝をつけ頭を垂れたかい?」

 エクは楽しそうな笑みを浮かべた。

 まるで罪の無い子供の笑みに見える、だがこの少年の姿をした怪物は、間違いなくほとんど全ての人類の敵なのだ、例えそれが人間という種を更に高めたいという純粋なる意思が根本に有るとしても、どれほど正しくてもたった一つの意思が他の命を奪うような事態は決して許されるものではないのだ。

 「ハヤンさん! こっちに遠慮なんかしないでさっきの剣でもう一回攻撃して下さいよ!」 

 唐突に声を発したのは意外にもクァルゴであった。

 「わざわざ剣を曲げてこっちの人間を攻撃させたってのは、その剣をそいつが怖がっているって事ですよねェ!」

 張り裂けんばかりの声でクァルゴは叫んでいた。

 ハヤンも、苦痛に歪んだような顔を上げた、眼には僅かだが消えかけた炎が点っているように見える。。

 エクは無表情にクァルゴを睨むように見た。

 「私が……怖がる? その役目は矮小な君達の物だろう」

 「早くして下さい! あんたの攻撃だけがこいつをやれる!」

 「うるさいなぁ……、もう良いや、お前も死ねよ」

 エクがクァルゴに向けて手をかざすようにした。

 その時だった。

 「お前を殺す事は出来なくても隙を作るくらいならばどうにか出来るぞ」

 プルシコフの声だった。

 その声と同時に、総統執務室の天井が丸ごと落下していた。

 プルシコフの能力、振動波で破壊して落としたのだ。

 「こんな物――」

 エクは、天井に視線も送らずに、その天井の動きを静止させた、重さは数十トンに値するはずの石の塊を静止させる魔力がどれほどのものなのか、常人では計り知れない。

 

 それは、エクの能力のほんの僅かな力なのかもしれない、人間で言えば瞬き程度の労力しか使わないのかもしれない。

 だが、不要な力を使ったと言う事は、間違いなく隙であった。

 「うおおおおおおお!」

 それと同時にハヤンは動いていた、先ほどと同様に、右手から剣のような槍のような赤金色の武器を真っ直ぐにエクに向かって伸ばしていた。

 「何度も何度も……、芸が無い」

 エクは呆れるように言うと、先ほどと同様にその武器を捻じ曲げた、今度はクァルゴに向けて。

 先ほどと同様に紅い閃光に貫かれるようにクァルゴの胸にその武器が突き刺さった。

 「また、君のせいで一人死んだあ」

 その声に反応したのはクァルゴであった。

 「それは……、どうですかねェ」

 「なに!?」

 エクが初めて驚いたような声を発した。

 「確率は2分の1、でも賭けとしては悪くないですからねェ」


 その瞬間だった。

 エクの体に激痛が走ったのは。

 「馬鹿な――」

 エクの体を、ハヤンのその剣が貫いていたのだった。

 人間よりも遥かに状況判断が優れているエクは、何が起こったのかを瞬時に理解していた。

 クァルゴの体に突き刺さったはずのあの武器、よく見ると体には刺さっていない、クァルゴの特異能力である『口』が出現し、その中に吸い込まれるように剣が刺さっている。

 そこまでは良い。

 それが、何故自分の体に――?


 エクは知らない。

 幻闘獣の特殊能力である、喰らった相手の能力を得るというところまでは知っていても、クァルゴが空間を操るデモニムを喰らった事により、自分の肉体の中に異次元の部屋を持ち、例えば右手に刺さった攻撃を左手から放つ事も出来るようになっているとは、エクの想像を超えたことだった。

 ましてや、先ほど自分が切り落としたクァルゴの右腕を通って、剣が自分の体を貫くとは、完全に予想外であった。

 

 だが、その剣の位置はまだ致命傷ではない。

 地面に転がっていたクァルゴの右腕から、下から斜め上に腹部を貫かれたのだ。

 常人ならば動けなくなる、だが、この程度の傷ならば――

 エクがそういう計算をしている間に、事態は集結に向かっていた。

 

 エクはハッとして前を見た。

 そこには、野獣のような人間が。

 いや、人間の形をした魔獣が迫っていた。

 その牙が自分の喉に牙を打ち込む感触をエクは確かに感じていた。


 ぞぶり。



 



 


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