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第41話 再会

 それはどう表現すれば良いのだろうか。


 突然空から降って来た巨大な剣、大の大人でも2人がかりでようやく持ち上げられるかどうかというような重量、大きさは2m近く有る、厚さは30cmは有るだろうか。

 実用性の面からすればかなり薄いと思える大剣である。

 戦場でこれを振り回す為に力を入れて踏ん張っていたら、その間に何回殺されてしまうか分からない、ただの盾として目の前に置いておく方が遥かに役に立ちそうだった、これだけの物を軽々と振り回せるだけの膂力りょりょくを持つ者は常人ではありえない、ごく一部の神に選ばれた人種のみだろう。

 それが降ってきただけでも充分に驚嘆に値する出来事で有るのに、更にその続きが有った。

 その剣の中から何かが這い出てこようとしていたのだ、これだけの剣の大きさだから、細工をすれば人一人くらい中に隠れていられるかもしれないが、そういう単純な物とは次元が違っていた、明らかにその這い出てこようとしているモノは人ではない。

 それを的確に表現できる人間はそう多くないはずだ。

 普通の人間ならば、この大剣が降って来ただけで度肝を抜かれ腰を抜かす、あるいはごく少数では有るだろうが失禁すらしてしまう者もいるかもしれない。

 続いてのこの怪異は、これはもう自信を持って大半の人間が思考を停止するに値する出来事であった。

 だが、この場の人間でいわゆる普通の人間は1人もいなかった、現状を正確に把握し、理解できない事は理解できない事として冷静に判断し、尚且つ迅速に行動できる者だけがそこにいた。


 3人の思考は似通っていた。

 明らかな敵意を持つ正体不明の存在を前に、攻撃をしようとは考えなかった。

 既に先制攻撃を仕掛けられている状況である、ここまであからさまに攻撃を仕掛けてきた相手に反射的に攻撃を仕掛けるのがどれほど危険な事か、全員が理解しているのだ。

 3人が3人とも、自分の後方に思いっきり跳躍した。

 ダルマはファエイルを抱えながらであるが、それでもそれなりに鍛えている人間が前に向かって跳ぶ以上の速度と距離を後ろ向きで跳躍していた。

 全員が汗をかいていた。

 地面に垂れるほどではない、そしてこれは冷や汗でもない、緊張の為でもない。

 急激にその場の熱が上昇しているのだ、これは戦いの熱気とかそういう類の物でもない、純粋に温度が上がっているのだ。

 まるでサウナに入ったかのような、もわっとした熱気が辺りを包んでいた。

 その原因は明らかにその大剣から出現しようとしているモノである。


 そうこうしている内に、そいつは体の半分を剣の外に出していた。

 奇怪な姿をしていた。

 常人の倍近い大きさの肉体であり、そしてその格好は無理に例えるならばウサギであった。

 かなり強引に解釈すれば、『巨大な大きさの擬人化したウサギが、全身を炎に包みながら、尚且つ全身の皮膚が所々焼けただれた姿』と見えなくも無い。

 そいつは、体の半分を出した所でそれ以上は出ようとはしなかった。

 まるで身悶みもだえするように、体を激しく震わすと、今まで閉じていた眼をかっと見開いていた。

 それは真っ赤な瞳であった。

 それと同時に、今までプルシコフ、ダルマ、クァルゴ、ファエイルのいた空間が、一瞬で焦熱地獄へと変貌を遂げていた。

 ドーム状の熱気が辺りを包みこんでいた。

 真夏の日差しの熱気ではない、肉が焼け、骨を灰にするほどの熱である。

 その範囲はおよそ直径50mほど。

 近くに停車していた車は2台とも、その熱気に砂糖菓子が溶けるようにその身を溶かしながら、元の形状が分からない形の鉄屑てつくずに姿を変えながら吹っ飛んでいた。

 中には意識を失ったままのハヤンがいるはずである、その安否は分からない、少なくともそれを気遣うだけの余裕は誰にも無い。

 他の3人は、全員バラバラに逃げてはいたが、その攻撃からは難なく逃れていた。


 その時――、3人が3人とも、別の気配を感じていた。


 右手首を失って気絶しているファエイルを抱えたダルマの前には隻腕の男が立っていた。


 クァルゴの前には小さな2つの人影が。


 プルシコフの前には、鋭い威圧感と重厚な存在感を放つ男が立っていた。



 ダルマは、自分の前に現れた男を見て、今回のこの攻撃が先ほどの男が行った襲撃とは別物であると悟った。

 先ほどのは恐らく総統府の誰かの指示、かなり高い確率で総統自身の命令であろう。

 今現在、さっきの大剣での攻撃を行ってきたのはまったく別、それは分かる、何故なら立場的には真逆の組織に所属している者なのだから。

 その男の所属している組織の名前は英雄連、全世界でどのような制約にも思想にも囚われず、弱者を救済する組織である。

 

 「久しいの、パンチェッタ。英雄殿とまた会えて嬉しいわい、今回はお仲間と一緒で心強そうじゃの」

 ダルマは、本当に楽しそうな喜悦の笑みを口に浮かべながらそう言った。

 前回の逃走をあざけるような笑みも混じっていた。

 「よう爺さん、まだくたばらずに生きてたのかい」

 世間的に英雄と称えられている者の口調とは思えないが、人の心に染み込む、どこか親しみ深い口調でもある。

 「おぬしと決着ケリをつけるまでは死ねるかよ」

 「やる前に教えろよ、なぁ爺さん」

 「何をだ」

 「さっきの奴さ、あれもあんたの敵かい? 誰かをさらわれたように見えたが」

 「何の事かな」

 「誤魔化すか、まぁ良いさ、この前の続きってことだな」

 「そうなるか、勝った方が負けた方から聞き出せば良い、生きていればの」

 「楽しくなりそうだ」

 

 ふっ


 互いに気配が一瞬で希薄になった。

 普通は戦う時には感情がたかぶり、激しい気合同士のぶつかり合いになりそうだが、この2人はそうではないようだった。

 透明な、人の形をした気体が2つそこに存在しているように、眼を閉じていれば1cm先にその体が有っても存在に気付かないほどの見事な気配断ちである。

 本来ならば、もう相手に気付かれている状況ではわざわざ気配を断つ事はしない、気配を断つ労力に気を使いすぎると戦闘そのものがおろそかになってしまうからだ。

 だが、この2人にとってはその程度の作業は、人が呼吸を無意識で行うように、無意識のうちに行えるごく自然な行動のようだった、どれほどの修練を互いに積んできたのか分からないが、常人ならば数回は発狂してしまうような苦行を乗り越えて来たに違いない。


 動いたのはパンチェッタからである。

 その左拳が鞭のようにしなり、ダルマを襲った。

 以前、2人が戦った時、パンチェッタの左拳がダルマの顔面を捉えたがノーダメージであった、その時の拳の速度よりもそれは尚早く、そして一度ではなかった。

 常人がそこにいれば、一発のパンチ、いやそれすらも見えていたら奇跡に近い、正確には5発もの拳を打ち込んでいるなどと見極められるわけもない。

 パンチェッタにとっては様子見のジャブである、だがそれは充分に相手に致命傷を与える威力を持った様子見のジャブであった。

 ダルマはそれを避けずに受けた、ダルマの想像以上に重い拳であった、当然致命傷にならないように防御はしっかりとしているが、巨大な岩が高い場所から落ちてくるような衝撃をその腕に感じていた。

 最初の攻撃でパンチェッタは5発の拳を叩き込んでいたが、それだけでは止まらなかった。

 6発、7発、8発、9発、10発……

 パンチェッタにとっては様子見である、この程度の攻撃は息も切らせずに出来る、あくまでダルマが何か動きを見せるまでの様子見ではあるが、もしもこの程度の攻撃でダルマが戦闘不能になるのならばそれはそれで構わないと言う攻撃である。

 さすがに顔面には拳が当たらないが、普通ならば受けている腕を破壊する威力を秘めた拳である、それを避けず、退がらず、その場に立ったまま受け続けているダルマも凄いが、構わずに打ち続けているパンチェッタも凄い。


 ダルマは、常人ならばもう既に全身がズタボロで、その場に倒れてもおかしくない威力の拳を雨霰あめあられと受け続けながら、その唇には笑みが浮かんでいた。

 (これこそが、これこそが待ち望んでいたもの……、血が沸く……、沸き立つ!)

 ダルマは本来、数発この拳を受けたら、何らかの行動を起こすつもりだったが、それを止めあえて受け続けているのは策でも何でもなかった。

 もちろんパンチェッタの拳により動きが封じられ手も足も出なくなっている訳でもない。

 楽しいのだ。

 パンチェッタの拳で叩かれた部分の細胞が悦び、活性化しているような気分だった、叩かれれば叩かれるほど、全身の力が更に増していくような気分だった。

 痛みは好きではない。

 しかし、その痛みなど無い、それ以上に強い脳内麻薬がダルマの全身を駆け巡っていた。

 久しい高揚である、こうして一対一で戦う事が堪らなく好きであるのに、その機会は滅多に無い、有ったとしても相手が他愛も無い相手では興醒きょうざめである。

 自分に見合う相手と、任務も抜きで、思う存分全力を尽くし戦う、それが本来のダルマが最も好む事である。

 以前、パンチェッタと戦い、しかも中途半端に終わった時は、狂おしいほどであった。

 それが今は思う存分に戦えるというのが嬉しくて堪らないのだ。

 卑怯な手も使うだろう、武器も使うだろう、容赦も遠慮も手加減もしないだろう、だが安心しろパンチェッタ、一対一これだけは守る、誰かが邪魔をするなら、自分を助ける為でも許さない、ダルマはそう思っている。

 だが、勘違いするなよ、ダルマは自分にそう言い聞かせている。

 楽しいからと言って、探りの攻撃だからと言って、相手は英雄と謳われる男だ、その拳をもう一体何発受けていると思っているのだ、これ以上受けるのは良くない、動くべきだ。


 ダルマは喜悦の表情を浮かべながら、ようやくその体を動かした。

 拳の弾幕を掻い潜るように恐るべき速度で、一気にパンチェッタの懐に飛び込んでいた。

 普通ならば、左でジャブを打って、それを避けられ懐に入られたら、今度は右拳で攻撃をするのがセオリーと言っても良い。

 だが、パンチェッタには右腕が無い。

 足で攻撃も出来るだろうが、それを抱えられると圧倒的不利になる。

 いや、もう既に圧倒的不利では有るのだ、懐に飛び込んできたのがダルマであるのだから。

 パンチェッタは、ダルマのその動きから避けようとしなかった、背後に跳んでもそれと同じ距離をダルマが詰めて攻撃してくる事は間違いない、ならばする事は1つ、そう言わんばかりに何も無い右腕を振るような動きをした。

 

 ダルマの全身を襲ってきたのは、強烈な力であった。

 全身を叩かれていた。

 体のどこかの部位パーツだけではない、全身を叩かれていたのだ。

 一瞬、ほんの一瞬ではあるが何が起こったのか把握できなかった。

 そうか、と思う。

 左拳を避けて懐に入った瞬間、パンチェッタのそこに無いはずの右拳で叩かれたのだ。

 以前戦った時に、義手を外したそこに手の形で気が発生していたのを眼にしていたはずなのに迂闊であった。

 それで真横に思いっきり吹き飛ばされたのだ。

 ダルマの口元には笑みだけでなく、血が浮かび上がっていた。

 先ほどの左拳の連撃にも出血しなかったダルマの唇に血が零れていた。


 パンチェッタは吹っ飛ばされたダルマに追撃をしなかった。

 余裕からと言う訳ではない、下手に追い討ちをかけるとどのような反撃をされるか分からない、それだけの怖さがダルマには有る、もちろん戦いの後半になればそのような事を考えている暇も無いかもしれないが、今はまだその時ではない。


 「やるのう」

 手で口の血を拭いながら、ダルマは言った。

 「あんたもな」

 そう言いながら胸元に眼を落とした、ダルマの攻撃が僅かに触れていたのだろう、服の一部に切れ目が入っていた、そこは丁度心臓の位置にあたる場所であった。

 「次はこちらから行かせてもらう、最もこれで最後になるだろうがね」

 「それは楽しみだな」

 

 損な性分である。

 ダルマは自分の事をそう思っている。

 こう言う戦いが好きで好きで堪らないはずなのに、その戦いを楽しむ為にわざと手を抜いたり、遊びを入れるような事が出来ないのだ。

 常に最短距離で、そして全力で相手を殺しに行ってしまう。

 だから今まで、一対一で戦った時はほとんどが一分に満たない時間で決着がついてしまっている。

 もっとも、こういう性格がダルマの根本の恐ろしさであり、任務達成率の高さを表しているわけなのだが、ダルマ本人は不服らしい。

 今言ったように、ダルマは次の攻撃でこの戦いが終わると思っている、これは過信でも何でもなく、自分の技に絶対の自信を持っているからである。


 「気影術の奥義をお見せする――」

 ダルマがそう言うと同時に、ダルマの体から吹き出るように黒い物が溢れてきた、それはダルマの全身を覆うように包みながら留まらず、溢れ続けていた。

 「む!?」

 パンチェッタが声を上げた。

 何かをしているのは分かるが、下手に手を出しにくい状況でも有る。

 そしてこれは不謹慎だと自分でも分かっているのだが、相手が何をするのか見届けたい気分でも有るのだ。


 そうこうしている間に、パンチェッタの前にはダルマの姿はなくなっていた。

 あるのは1つの黒い球体である。

 磨きぬかれた黒曜石の完全な球体のような物質がそこに転がっていた。

 大きさとしては元のダルマの身長は160cmと同等の球体である。

 これが、奥義と言う物なのだろうか。

 

 パンチェッタがそう思った時。

 その球体が、パンチェッタに向かい動き始めていた。

 



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