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第37話 変貌

 

 「取るに足らないだと……、お前が俺より優れているってのかよぉおぉおぉおぉぉ!」

 怒りとも動揺とも取れる震えた声で、デモニムはプルシコフに問うた。

 その烈火のごとく激しい言葉を受けながら、それをまるで何事もないように平然と、

 「お前の能力は確かに脅威だ、並大抵の人間ではあの2人をどうにかできるわけが無いからな、だがその能力を操るお前自身はまるで問題にならない、虚栄心の塊で、矮小わいしょうな存在、それがお前だ」

 突き放すようにプルシコフはそう言ってのけた。

 その言葉はエクも動揺させた。

 (何でわざわざ、相手をそんなに挑発させる事を言うのだろう――)

 元々、こういう事を言う男だったのだろうか? いや、話した時間こそ短いが、それでもプルシコフと言う男が、相手を侮辱する為だけにそのような言葉を吐くような男ではない、そう判断している。

 何か有る。

 プルシコフの策の1つなのかも知れない。


 「親切に幾つか指摘してやろうか」

 プルシコフは、戦いの最中とは思えないほどゆったりとした口調で、子供に言い聞かせるように言った。

 デモニムは、何も言い返せずにやや下を向いたままで顔をプルシコフに向けようとしない、それほどの怒りが包んでいるのだろうか。

 「1つ、お前のその装飾品、その髪型、口調……は元からかもしれないが、どれもがわざとやっているだろう、相手に対して、自分自身が不気味な存在であるとアピールしているだけに過ぎない、特異な存在であるとな、本当の自分を隠すように――」

 プルシコフの言葉にデモニムは顔を上げない。

 体が僅かに震えているように見える。

 「その両目の色が違うのもそうだ、光の加減で分かる、カラーコンタクトを入れているな、わざわざ金銀妖瞳ヘテロクロミアを装っているのが、こちらかすると恥ずかしいほどだ。自身の能力を誇張するあまり、その能力に見合わない自分を飾ろうとするのに必死か? 滑稽だな」

 一瞬、びくんとデモニムの体が動いた。

 まるで電流を流されたような動きであるが、顔をプルシコフに向けてはいない。


 「それにお前のその能力も、俺には通じない、もしもいきなり襲い掛かられたらどうなっていたか分からないが、もう充分過ぎるほど情報は手に入れた、お前の能力は大体予想が付いた……、諦めるんだな、お前に勝機は無い」

 溢れんばかりの自信が込められた言葉だった。

 一番最初からほとんどの場面を見ていたエクは、プルシコフよりも遥かにデモニムの能力について目にする機会が多かったはずだ、それなのに丸で分からないこの謎の能力を、プルシコフは既に凡その見当を付けたと言うのか。

 ハッタリか――

 その可能性も強い。

 闘いにおいて、相手が何を出来るのかを知っているかどうかと言うのは重要な要因である、デモニムのような謎の能力を使う相手にとっては、それは一種の精神的な圧力にもなる、まだ相手に知られていないカードを隠し持っているのと同じだからだ、だがそういう能力を持っている者は得てして謎を知られてしまうと脆い、精神的にも逆に重圧がかかってしまうからだ。

 だが、本当にプルシコフがデモニムの能力を分かったのなら、それをあえて告げるだろうか。

 告げない。

 あえて告げるのは動揺させる策かもしれない。

 だが、デモニムの反応は激しかった。

 「お前に何が分かる!」

 眼は真っ赤に充血し、こめかみには血管が浮き上がり、鬼のような形相でプルシコフを睨みつけているデモニムがそこにいた。


 デモニムにとっては決して許せない、いや許してはいけない言葉であった。

 

 ”取るに足らない相手”


 それは、デモニムが自分自身で己を評する時に、常に頭の隅にあり、どうしても拭えない認識であるからだ。

 他人に言われた事は無い。

 子供の頃から何でも器用に出来た。

 初めてやる事でも、そのコツを掴むのが上手く、こなす事が出来る。

 だが、そこそこだ。

 決して突出した才能は持てない。

 人間関係でもそうだ、そこそこの友人はいた、だが親友かと問われると、自分はそうだと思っていても、相手からすると違うというのが分かる。

 誰も口にしないが、何をやらせてもそつなくこなすが、逆にそれが個性が無いと思っている(少なくともデモニムはそう考えている、あるいは強い劣等感がもたらす被害妄想なのかもしれない)

 少しくらい、何かが下手の方が人の記憶に残る、それなのに自分は何でもある程度出来てしまう、そしてそのある程度の壁を乗り越える事の出来ない凡人、それが子供の頃からの自分自身に対しての素直な感触である。

 もっとも他人からすれば、デモニムは何でも出来ると言う事で、羨望の眼差しで見ている部分も有ったのだが、デモニムはそうは思わなかった、ただ自分を哀れでさげすんでいるのだと思い込んでいた。

 

 普通を脱却する。

 彼が強くそう決意したのは、デモニムが18歳になった時である、両親がその歳に共に他界したのがきっかけといえばきっかけだったのかもしれない。

 哀しみはあったのだが、むしろさっぱりとした気分になった、両親は共に兄弟も無く親戚も話すら聞いた事も無い、戦時中であれば珍しくない話だ、兄弟も居ない、ありとあらゆる人間との繋がりがそこで絶えた気がした、だからこそ変わるには絶好の機会だとデモニムは思った。

 その足で、向かったのは軍隊。

 この場所ならば、この通常ならば非日常であるはずの戦場が日常の場所ならば、自分はまるで芋虫が蛹から蝶に変わるように、自分も変われると信じていたのだ。

 だが。

 人はそう簡単には変われない。

 そして運命はその巨大な力で容易く人の意思を捻じ曲げる。

 見事試験を突破したと言う報せを受け喜んでいたデモニムだったが。

 彼が配属されたのは、通常の部署ではなかった。

 一応の理由として、採用試験の際に体力テストと筆記試験で優秀であったという名目で集められた者がそこにいたが、デモニムは僅かに不審を覚えていた。

 体力テストの際に、明らかに劣っているように見えた人間も数人見かけたからだ、体力を補うほどの知力を筆記で示したと言うのだろうか。

 集められた人間の数は100人近くいた。

 集められた者は、その選考基準がまさか健康体であり、そしてまったく身寄りが無い者であるとは考える事は無かった。

 世間話は禁じられた、もし身の上話をしたら彼らは自分の共通点に気付くかもしれない、そうなると面倒だと思ったのだろう。

 そもそも、彼らは個別の部屋に割り当てられ、そしてほとんど自由な時間は与えられなかった、これも仕事の内だと教えられていたがまるで囚人のような生活であった。

 まさか自分たちが軍の記録上は試験不合格であり、そのうえ一部の人間を除いて誰にも知られない場所に、幻闘獣憑きの人体実験を行う為にその場所に収容されているとは夢にも思わなかっただろう。


 結局。

 その実験の末に、数十人の屍の犠牲の上でデモニムは新たな力を得た。

 それは、常軌を逸し、常人ならざる力であった、まさしく彼の望む平凡とは対極の能力であった。

 だが、本当にそれで満足して良いのか、デモニムは分からない。

 自分が人体実験に利用されたと言う部分での心のわだかまりは薄い、むしろこの力を授けてくれた事に感謝しているくらいだ、死ぬ危険性は有ったかもしれないが生き残った今となってはどうでも良い事だと考えている。

 重要なのは、この力がどうにも借り物のような気がしてならない部分だけだ。

 せっかく自分の力で、新しい自分を手に入れようとやる気になっていたのに、横からほいっと簡単に新しい自分を差し出されても、素直に喜べない、喜べる人間ももちろんいるだろうが自分は違う。

 大金を稼ぐのが目的じゃないが、自分のやりたい事を思う存分やって、その結果で金を稼げるのならば万々歳だという心境で意気込んで商売を始めようとした男が、たまたま拾った宝くじで大金を得てしまったら、同じような虚無感を抱くだろうか、それとも素直に喜ぶのだろうか。

 それがデモニムには分からない。

 分からないが、その能力を使い生きていくしかない。

 大総統直属の特殊任務のみを受けて仕事をしてきた。

 能力自体は無敵と自負している、奇襲に適しており、相手がどれほど修練を積んだ武術家だろうと、老練な魔法使いだろうと関係なく相手に出来る、いや相手に出来るどころか勝てるだろうと思う。

 仕事を重ね続け、功を積むごとに、自身の能力の奇異さと自分自身の凡庸さのギャップにデモニムは苦しんでいた。

 プルシコフが指摘したとおり、様々な努力を重ねていた。

 まずは格好から入り、格好が異様だと、いつの間にか口調も普通とは違うようになっていた、目の色も相手にとっては異常性を感じさせるのにかなり効果的な役割を占める。

 それを今まで見抜いた人間はいない。

 だが、その全てを看破し、能力すらも既に把握したと言う男が目の前にいる、把握しただけでなくもう通用しないと言うのだ。


 その存在自体が、デモニムにとって悪である。

 それが嘘であるかどうか、それは問題ではない、その言葉自体が自分の能力をそして自分の全ての否定である。

 自分自身が、忘れようと必死になっていた事、隠そうと必死になっていた事、それを平然と掘り起こし目の前に突きつけてくるこの男に対してはこの世の何にも増して許せない事である。

 彼が受けた命令は、幻闘獣ファレイを宿す者を連れてくる事、出来る限り殺傷は控える事である、だからダルマもクァルゴも捕らえただけで命までは取っていない。

 だが――

 もう命令は関係ない。

 そもそも命令違反で罰せられる可能性は少ない、総統もダルマやクァルゴといった人材を失う事を恐れての命令だろうと思う、この目の前にいる男は誰だか知らないが(デモニムが少しでも普通の部署に配属されていればその名を知らないはずが無かったのだが)、事前に聞いていた人数に入っていない、なら問題が無いはずだ。

 それに殺したかどうかなどどうして分かる? 自分の能力を使えば、死体などどうとでもなる、完全犯罪である。

 殺す。

 紛れも無い殺意がデモニムに浮かんでいた。

 

 しかし、さっきの動き、自分が銃を使った一連の動き、あれだけが気掛かりだった。

 強烈な殺意に脳を焼かれていても、重要な部分では冷静に頭が働いている。

 あの動きは自分の能力を把握し、なおかつ事前に察知しなければ出来ない動きである。

 それは未だかつて経験の無い事である、どうやったのか。

 それを問う事は出来ない、聞いても答える訳が無い質問だ。

 デモニムには1つの確信があった。

 それは別に勝利への道筋が見えたとか、そういう類の確信ではない。

 目の前の男。

 この男が自分の生涯かかえてきた悩みの元凶である、この男を殺した時、自分は能力に並ぶ、いや完全にこの能力を扱うに相応しい人間に成長する事が出来ると言う絶対的な確信である。

 もちろん、根拠など無い、そしてその考え自体が論理のすり替えも良いところで、他人に言わせれば言いがかりに近い。

 だが、そう言う事は問題ではないのだ、デモニムが心の底からそう感じたと言う事が重要なのだ。

 人の想いは、強い想いは世界を天国に変える事も地獄に変える事も出来る、デモニムがそう想ったのならば、そうなるのだ。


 デモニムの顔から、一切の動揺が消えた。

 怒りも無い。

 迷いも無い。

 怯えも無い。

 憎しみも無い。

 

 有るのは意思。


 自分の目の前の障害を乗り越える――、ただそれだけを決意した男の表情であった。

 

 もう、激しい感情は要らない。

 声を荒げる必要は無い。

 ただ倒す、いや殺す、それだけだ。

 人の心のきっかけは案外単純な物だ。

 デモニムは誰にも知られずに抱えてきた悩みを、プルシコフにあっさりと見破られ、そして激昂した。

 だが、その事が自分自身を、本当の自分自身を見つけるきっかけとなったのだ。

 人はそう簡単には変われないが、変われる時は、時間的にはたった数秒だろうと変わる事が出来るのだ。

 その強い、数秒前とは別人の、ただ奇抜さだけを相手に見せ付ける事に固執したデモニムとは異質なデモニムの鋭い視線を受け、プルシコフはほんの僅かだけではあるが微笑を浮かべた。

 

 闘いが始まろうとしていた。



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