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第35話 怪人デモニム


 謎の爆音が響き、プルシコフとダルマが車を出たのとほぼ同時刻。


 その車を揺らすほどの振動にも。

 「ん? 敵襲ですかねェ」

 と、クァルゴは相変わらず緊張感の無い口調で話していた。

 話といっても、相手の返答を求めての声ではない。

 何しろ、車に乗り込んでからクァルゴ以外は誰も口を開いていない。

 意識を失っているハヤンはもちろん、それに寄り添うように手を握っている少年――エクは、頑なに口を閉ざしている。

 あえて何かを話さなければいけない状況でもないが、車内の空気はずっと重い。

 ただの車ではなく、あくまで護送用の車なので、車内は広い。

 普通に立っても天井に頭は届かない、席もバスのようにぎっちりとしているわけではない、かなりのゆとりが有る空間である。

 だが、そのゆとりを楽しむような雰囲気ではない。


 そこに来ての、今の車を揺らすほどの轟音であり、そして車の急停車。

 あるいはこれがクァルゴ1人ならば車を止めずに、そのまま走り続ける選択をしたかもしれない。

 だが、プルシコフかあるいはダルマがそう判断したなら停車にも異議を挟まない、それだけ二人の判断を信頼しているのだ。

 車が急停車しても、一応外に出るなと言われているが、少しくらいは外の様子を見たいと思うのが人の心理でもある。

 とりあえず、クァルゴは運転席に通じる窓を開けて、運転手に現在の状況を聞こうとした。


 だが。


 誰もいない。

 その窓を開けば、運転席のどこにいようと、人の姿が見えるはず、それが見えない。

 どう言う事なのか。

 運転手が自ら車を降りる可能性は無い。

 事前に、プルシコフがこういう状況になった時に、車から降りたら命の保障は無いと散々忠告していたからだ、それに逆らって降りるような男にはとても見えなかった。

 だが、いない。

 注意深く見ると、ドアに鍵がかかっている。

 それにキーが刺さった状態のままだ、これは一体どう言う事か? 


 とりあえず、車内電話から、前の車にも連絡は出来る、車を降りずに連絡だけはしようとクァルゴは電話をとったのだが、通じない。

 うんともすんとも言わない。

 明らかな異常である。

 何らかの意図が働いているとしか考えられない。

 外部に間接的に通信する手段を、クァルゴは今失った事となる、こうなっては直接二人に会いに行くしかない。

 もう、事前の言いつけとは関係なく、一度は外に出ないと話も出来ない、こういう状況ならば二人も納得するだろう、別に何時間も放置するわけじゃない、ほんの少し、時間にしてみれば20秒も有れば状況を説明するに足りる。

 クァルゴは、そう考えた。

 

 その様子をエクは、無表情のまま見詰めていた。

 この少年、エクにとってクァルゴは仲間でも友達でもない。

 恐らくは自分を助ける為に、自らの身を差し出したハヤンをこのまま連れられるのを傍観できずに付いてきたのが、エクの事情である。

 エクは常人では考えられないほどの魔力を有するが、現在それは封じられている。

 だが、それでも車の窓を覗き込まなくても、自分が現在どういう場所を走っているかなどは分かる。

 先ほどから、奇妙な曰く形容しがたい気配がしているのだが、それをあえてクァルゴ達に伝える気はエクには無い。

 伝えるにしても、その正体が分からないのだからどうしようもないといえばどうしようもないのだが。


 クァルゴは、エクとまだ意識の戻らないハヤンに顔を向け。

 「少し眼を離すけど、逃げないでくださいねェ」

 クァルゴがそう言うと、初めてエクが。

 「契約で魔力が封じられていて、しかも意識を失っているハヤンを連れてどこに逃げろっていうの?」

 とだけ、拗ねたように言った。

 「それもそうですねェ」 

 その言葉と同時に、クァルゴは横開きのドアを開き、外に出た。


 エクが驚愕したのはその直後だった。

 クァルゴがドアを開け、出た、その直後。

 ほとんど同時と言ってもおかしくないほどの直後。

 1人の男が車に入ってきたのである。

 別の場所からではない。

 どこか壁を壊して入ってきた訳ではない。

 運転席に通じる窓から入ってきた訳ではない。

 

 クァルゴが出たドアから、入ってきたのである。

 

 どう考えてもおかしかった。

 レスポンス差が無さ過ぎる、1秒も無い。

 それに、その男にクァルゴが気付かないのがおかしい。

 最初は、ドアを出たクァルゴが何かを思い出して、後ろ向きのまますぐに車内に戻ったのかと思った、それほどの時間である。

 まるで何かの奇術を見せられているようであった、瞬間の入れ替わり。

 当たり前の出来事のようにその男は平然と入ってきたのである。

 まるで自分の家の玄関を通るような自然な動作であった。


 驚愕し、言葉を失っているエクを尻目に、その男は近寄ってきた。

 奇妙な男だった。

 登場も異様だったが、その姿も異様。

 四肢が異常に細い。

 運動をして引き締まっているというよりも、病的に細い。

 身長は160cmほど、体重は同年代の平均の半分あるかどうかに見える。

 だが、眼だけは異様にギラついている。

 髪型はドレッドに近いが、長さがバラバラである。

 両手には、安物のアクセサリーやミサンガのようなものを、付けられるだけつけているような、センスの欠片も感じさせない格好だ。

 もっとも特徴的なのは、その眼だった。

 両目で色が違う、右が金、左が銀である。

 これほど、と思うほどに色が違う。

 「よう、お前とさぁ、そっちの男、俺はどっちを連れて行けば良いんだろうなぁああぁァァぁぁぁ」

 間延びした口調で男は言った。

 男の名前はデモニム。

 総統府において、裏切り者のファエイルを消失させた謎の能力を有する男であった。

 しかし、その男が何故ここに?

 

 「なあぁ〜、おい答えろよおぉおぉ?」

 エクは答えられない。

 質問の意味が良く理解できないと言うのもあるが、それだけが原因ではない。

 クァルゴは何故、戻ってこないのか?

 別にクァルゴとは仲間と言う訳ではない、どちらかと言えば敵だ。

 敵ではあるが、この目の前の男も味方とは思えない、まだクァルゴ達の方が常識的な面で親しみを持てる気がする。

 クァルゴが戻ってこないと言う事は、この男にやられたと言う事なのか?

 あれほどの一瞬で、クァルゴを倒し、しかも戦う際に発せられるはずの音もまるで無しに、果ては倒れた瞬間に生じる音も出させずに倒す?

 常識では有り得ない。

 エクは、クァルゴが詳しい能力こそ知らないが、感覚でハヤンやプルシコフと同じ幻闘獣憑きだという事を知っている、その恐ろしさも知っているつもりだ。

 そのクァルゴを音も無く倒したというのか。

 ほんの僅かの異常でも、残りの二人のどちらかは気付く。

 達人だから、とかそういう人間の範疇の外の出来事だ。

 何かの能力を持っているとしか考えられない。

 エクの喉がごくりと音を鳴らした。

 開けっ放しのドアからは、外の様子はほとんど伺えない、こちら側のドアからはもう1つの車のから死角になっているようだ。

 

 「自己紹介がまだだったなあ、俺はデモニム、ファレイを連れて来いって命令されたんだけどよぉぉぉおおおぉ、どっちがそうなのか分からねぇぇぇえええ! 考察しよう」 

 そう言うと考えこむように腕を組んだ。

 そして、数瞬間を置いた後。

 「もう1人を片付けてからにするか」

 そう言った瞬間、開けっ放しのドアから何かが飛び込んできた。

 それは突風としか思えない速度だった。

 何か黒い塊が外から飛んできた。

 常人にはそうとしか見えなかっただろう。

 だが、それは人である。

 ダルマが、デモニム目掛けて襲い掛かっていたのだった。

  

 右手をまるで刃のように立て、それでデモニムの首筋を切り裂くように突きを放っていた。

 それをデモニムはすんでの所で回避した、だが流石に避けきれずに首に僅かほどの傷を負った。

 しかし、表情に驚愕は無い、あらかじめ分かっていた事のように、だが傷を負う事は予想外だったらしく、その眼には青白い炎が燃えるような憎しみの色が浮かんでいた。

 口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。


 ダルマにしてみれば、今の奇襲で殺せると思っていた。

 気配を極限まで殺し、そして唐突に襲い掛かる。

 ドアが開けっ放しだったのが幸いした、もしも閉じていたならば、ドアを開くにしても、壊して飛び込むにしても、その速度が遅れてしまうからだ。

 だが、実際は距離は多少あったにせよ、相手が常人ならば車内に5人ほどいても、一瞬で声を出さずに殺す事が出来る技量をダルマは持っている、その攻撃をこの男は避けた。

 並みの男ではない。

 ダルマと、デモニムの間には距離があるが、所詮は車内の中、少なくともダルマにとっては充分な射程距離である。

 

 「クァルゴは?」

 これは、エクに聞いたようでも有るし、目の前の男――デモニムに問うているようにも聞こえる。

 「さぁねぇ」

 デモニムは、この状況を楽しむようにはぐらかした。

 エクは、答えられない、クァルゴがどうなったのか、自分でも分からないからだ。

 「ドアが開く音がしてから、誰も姿を見せんからおかしいと思ったが……、こちらに様子を見に来て良かったの。おい、クァルゴを殺ったか」

 「さぁねぇ」 

 また同じ口調でデモニムが答えた。

 「言って置くが、人質にとったと勘違いはせんことだ、そういう手は通じんよ」

 硬い口調でダルマは言った。

 会話をしながら隙を探っているのだが、隙だらけ過ぎてどこを攻撃して良いか分からない。

 逆に言えば、何か妙な胸騒ぎを感じている。

 これは長年戦いに身を置いたダルマの、歴戦の嗅覚がそう告げているのかもしれない、迂闊に飛び込んではならないと。

 「来ないのかぃぃィィ?」

 ダルマは答えず、冷たい暗殺者の視線でデモニムを捉えている。

 「なら俺は逃げる」

 そう言いながら、自分に近い方のドアに手をかけ、本当にそのドアを開けて外に出ようとした。

 「逃すかよ」 

 ダルマは動いた。

 その動きにあわせて、デモニムは振り返った。

 それは剣術の突き以上の速度と、切れ味を誇る連撃であった。

 その全てをデモニムは避けた。

 いや、もしもデモニムがダルマに対して攻撃を仕掛ける気があったならば、あるいは傷を負っていたかもしれないが、だがデモニムは攻める気がまるで無いのか、それとも反撃できないのか完全に防戦一方である。

 

 じりじりと、外に押し出されるように後退している。

 そしてそのまま、開いたドアから押し出されるように後ろ向きのまま外に出た。

 当然、ダルマもその後を追い、車の外に追撃した。

 

 3秒後。


 車に戻ってきたのはデモニム一人であった。

 

 

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