第34話 鮮やかなる襲来
2台の車が荒野を疾走していた。
特殊な軍用車である。
プルシコフが手配した物だ。
二台とも同じ型で、運転席と後部座席の間に防音の壁が有り、後部側に乗っている人間が開けようと思えば、繋がっている窓を開き運転席の人間に声を掛けられるが、運転席側の人間が勝手にその窓を開ける事は出来ない、運転席側の人間が後部の人間に何か伝える時は、車内電話を用いるしかない。
機密保持の為の配慮だった。
車と同様に運転手を手配し、それぞれの車に1人ずつ乗っている。
前を行く車には、運転手と後部座席にプルシコフとダルマが乗っている。
その後方に続く車には、同じく運転手と、意識を失ったハヤン、エク、そして一応その監視の為にクァルゴが乗っている。
ハヤンが飲んだ薬の効果は常人ならば一週間は意識を失わせるが、ファレイという幻闘獣が宿っているので、その効果もいつまで持つか分からない、もし万が一目覚めたとしても横にクァルゴがいれば、その異変をダルマとプルシコフに伝える事は出来る、そう考えての監視役である。
前を行く車にプルシコフとダルマが乗ったのは、内密な話が有るからである。
その話は、既に始まっていた。
「師匠殿が国を離れている間、色々と有った」
プルシコフの口調は、一応師匠殿と言ってはいるが、遠慮は無い口調である。
「色々とは?」
ダルマは、その口調を咎めるでもなく平然と受け答えた。
「例えば、あんたが毛嫌いしていた防衛大臣だが、先日亡くなった」
「なんと」
驚いた口調ではあるが、表情には変化が無い。
「それだけではない」
「まだ有るのか」
「総統の身辺で、次々と人が亡くなるか行方不明になっている」
そうプルシコフは言った。
総統の補佐を勤める役割を持つ参謀の2人。
総統の言動について何かと意見を述べる役割を持つ国家相談役の者、4名。
様々な知識を持ち、広い見聞を総統に伝える役割である辞典役の者、5名。
そして、国防大臣。
それら全ての人間が、死亡するか行方不明となっている。
あからさまに不審である。
誰かが国の重要な人物を次々と暗殺しているようにすら思える。
「これだけの人間が死んでいるか、行方不明だというだけでもどう考えてもおかしいのだが、これについてまるで捜査を開始せず、そして代役をまるで立てようともしない総統が最もおかしい」
プルシコフははっきりと言った、場所が場所ならば国家反逆罪に問われかねない発言である。
だが、間違いなく正論でもあった。
国の重要なポストにいる人間の失踪、あるいは死は国に関わる大問題である。
もし、万が一これがテロに関係する暗殺ならば、国家に対する挑戦状である、総統としては次に狙われかねない、それならばすぐに精鋭を集め調査隊を結成させ、細かく調査させるはずだ。
それが無い。
それはつまり、自分が狙われる心配が無いと知っているからではないか、自分が計画した通りだから命の心配をしていない、だから事件を追及しないのではないか、そうプルシコフは考えているのである。
「確かにの……、よくよく考えてみれば、全ての人間が総統の周辺の者ではあるな、そやつら全員がいなくなればほぼ総統の独裁国家に近くなるということかの。国防大臣も総統にはかなり取り入っており、かなりの発言力があったからの、そうか、あやつめ死んだか……」
この老人が言うと、死んだ事を悲しんでいるとか、悼んでいるというよりも、いずれ自分がやるはずだったのに先を越されたか、と言っているように聞こえる。
「最初は英雄連の奴らが裏で動き出したのかと思ったが、それにしてはおかしいからな、やるならまず総統を殺るはずだ、そうすれば軍部の機能が著しく低下すると連中には分かっているはずだからな」
「なるほどな、それで総統が疑わしいとして、それでどうなのだ?」
「あくまで噂だが、5年前から何かを総統は計画していたと聞く」
「計画?」
「その計画が成功すれば、我が国が世界で覇を宣言できるとか――」
「ほう」
「だが、その計画が成功したとは聞かない、また破綻したとも聞かない、と言う事は現在も保留中と言う事だろう、推測だがそれは幻闘獣を産み出す計画なのではないかと思う」
「っ!?」
「英雄連の連中も馬鹿じゃない、あれだけの力がただの突然変異的な怪物だとは思っていない、きっと何かそれを造り出す物があると考えている、それは正しい。恐らく――いや間違いなく、その要因を俺は知っている、そしてそれは5年前の事件の際に軍部に秘密裏に回収されたようだ、だがそれの所在までは突き止められなかった、大体の見当はついていたがな、総統府には迂闊に手を出せない」
「総統府にお前の言う、その幻闘獣を生み出す要因が有ると?」
「そうだ、それは一見するとただの箱、しかしあれは人を変貌させる、俺も5年前に変貌したクァルゴに危うく殺されかけた」
「それほどか」
「幻闘獣の能力だけでなく、それが目覚めた当初は制御不能の激情に襲われるようだ……」
そう言いながら、プルシコフの眼には暗い光が宿っていた。
自分がそうなった時、ハヤンを攻撃した事を思い出しているのかもしれない。
「しかし分からぬな」
「何がだ」
「仮に総統が何か計画を考えていたとして、何故部下を殺す必要が有る?」
ダルマは、総統が自ら手を下していなくても、その一連の国家の幹部の死・失踪に何らか形で総統が関係を持っている事を前提に話をしていた。
「これは仮説だが……」
「何だ、言うてみよ」
「総統は何か、国の利益を度外視した計画を企てているのかもしれない、総統といえど周囲が満場一致で不信任案を出せば、その立場は不動ではない、国の為という口実があれば大抵の事はあの総統に逆らう者はいないが、それがまるで関係の無い事柄だとすると……」
「ふぅむ。だがなプルシコフ、あくまでこれは我らの仮説よ、だが仮説には違いないが、このまま本国に戻って良いものかな?」
「俺もそれは考えている、総統が何を考えているか分からないが、もしかしたらハヤン――いや、ファレイの力を求めているのではないかと思う、それも軍事力とは何か別の意味で」
「別の?」
「ああ、例えば――」
車を揺らすほどの爆音が響いてきたのは、丁度その時であった。
プルシコフは、すぐに動いた。
運転席に通じる窓を開き、運転手に命じた。
「車を止めろ」
と。
「はい!」
前の車が止まれば、後ろの車も止まるように事前に打ち合わせ済みである。
それにしても一体何の音だったのか。
「間違いなく爆発音であったな……」
ダルマが車を降りて、周囲を警戒しながら言った。
「ああ」
その時にはプルシコフも車から降りている。
二人共に異常なほど隙が無い、降りた瞬間に攻撃を仕掛けられても良いよう心構えをしている、いや、降りた瞬間だけではない、この二人はこういう状況でなくても、例えば先ほどの会話の最中もどういう攻撃が来ようと対処できるように心と体の用意をしているのだ。
それが習慣となっているのだ。
クァルゴは降りてこない、車が止まっても降りなくても良いと伝えて有るからである。
荒野のど真ん中である。
乾いた大地と、いくつが見える小山しかない。
周囲には人影も何も無い。
ただ車が二台止まり、外に出ているのはダルマとプルシコフの二人だけである。
それにしても爆発音の正体がまるで分からない。
「我々と関係の無い事柄かな? あるいは……」
「あるいは足止めの可能性も有るだろう、あれだけの爆発音を聞いて、呑気に走っている訳にも行かないからな、どちらにしても少し様子を見るか」
二人の考えはこうだ。
今の爆発音が、自分達にはまったく関係の無い事で、争っている者達の発した音である可能性も有る、それならば問題が無い、巻き込まれないように進むだけだ。
あるいは、自分達を知っていて、その足止めの為に今の音を発したのかもしれない、それならばこのまま進むのは得策とはいえない、だが相手の目的がこちらを止める為ならば、こうやって止まっているのも相手の望み通りという事になる、それも良いとは思えない。
もしくは、まったく関係は無いのだが、この車かあるいは金品を持っていると狙っての賊の類の可能性も有る、車はこの辺りではかなりの貴重品である、売ればかなりの金になるのだ。
プルシコフ達にとって一番良い状況なのは最後の恐らくこれだろう、賊の類が大挙して襲い掛かってきても、ダルマとプルシコフ、そしてクァルゴまでいる、どういう装備をしていようと相手にならないだろう、すぐに賊を倒し、移動が再開するだけだ。
だが、いずれにしても周囲には異変が見当たらない。
その時だった。
「煙だ」
プルシコフが言った。
確かに、プルシコフの視線の先、距離にして数kmの場所に煙が上がっている。
降りた直後には間違いなく見えなかった煙である。
それが天高く、白い蛇が上るように細く伸びている。
「どうする?」
「煙は見えるが人の姿が無い……、罠だろうな」
煙があれば、それを起こした人間がいるはずである、あるいは遠距離から何かの爆発物か魔法による攻撃を使ったのならば、離れた場所に煙を熾す事も出来るだろうが、それにしてもわざわざ人のいないこういう場所でそういう事をする意図が分からない。
その正体を知る為に、誰かが近寄ってくるのを誘う為の罠と見るのが正しいだろう。
「俺が見てこよう」
「良いのか?」
「俺ならば、どういう罠でも問題は無い、それに相手の目標が我々の命ではないならば、襲われる危険性が高いのはむしろこっちだろう、だが師匠殿とクァルゴがいれば問題有るまい」
「ふふん」
「行ってくる」
「車は使わんのか?」
「ああ、走っていく方が安全だからな……、10分もあれば戻ってこれるだろう、何も無ければな」
そう言うと、プルシコフは颯爽と走り出していた。
いかにプルシコフが聡明でも、この時、後方に止まった車の内部で既に異常が起きているとは夢にも思わなかった。
いかにダルマが老獪でも、この時、既にその車内から、運転手とそしてクァルゴの姿が消え、そして一人の男が代わりにそこに乗り込んでいるとは、想像の範疇を超えている事態であった。




