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第27話 破滅の序章

 悪夢が続いている。

 

 本当の悪夢に徐々に近づいていく。

 

 これからだ、それをハヤンは知っている。


 何度も見た夢であり、そしてそれは実際に体験した事なのだから。

 

 真の悪夢に自分が近付いている事を知っているが、この夢を止める事はやはり出来ない、恐怖が全身を麻痺させているが、それでも夢は続いている。 


 今までのは、ただの楽しかった一時の思い出に過ぎない、悪夢の始まりでありそして悪夢の痛みを更に深める為の香辛料のような物だ、幸せな時間が流れていく中から突然に絶望に突き落とされるのは、何度見ても絶対に慣れる事は無い。

 

 夢は続く……


 ハヤンとプルシコフ2人が村長の家に着き、そして事情を説明すると、水を分けるのはもちろんの事、珍しい客人を持て成す為のささやかな宴を設けると、村長はプルシコフに告げた。

 これで、同じ道のりを重い水を背負ってプルシコフが帰る必要が無くなった。

 1度隊に戻り、そして全員を引き連れてまた村に戻る事になったからである。

 同じ道のりをハヤンとプルシコフは戻っていく。


 そして。

 ハヤンがプルシコフを自分の家に招き、自分の見つけた箱を見せている所から話は始まる。

 

                     ・


 「これが?」

 プルシコフがハヤンに問うた。

 「ああ、偶然見つけたんだ、土の中から」

 ハヤンが答える。

 それをじっくり見ながらプルシコフは考えていた、確かに妙な迫力が有る。

 誰か、例えばかつてここに住んでいた先住民が、ただ要らない物を埋めただけにしては、得体の知れない迫力がそこにある。

 考古学的な価値が発生するほど、古い物かもしれない。

 「開かないな」

 箱はどれだけプルシコフが力を込めても開かない。

 鍵穴すらも無い。

 その時、プルシコフはその箱の側面に注目した。

 「これは……、文字なのか?」

 プルシコフがその箱の側面に刻まれている、模様のような物に触れながら言った。

 「文字? そうなのか? ただの傷か模様かと思ったよ」

 ハヤンの言う事も分かる、まるでミミズがのたくった様な傷にしか見えない、あるいは奇抜な模様にしか見えない。

 「たぶんそうだ、古代文字だろう、だが古代文字なら俺も少しは分かるが、これはかなり特殊な文字だ、恐らく昔使われていた特殊な文字だと思う、もしそうならこれはかなり貴重な代物かもしれないな……」

 その文字をじっくりと見ながら、プルシコフはそう言った。

 新しい収穫が有った事にハヤンは、素直に喜んでいた。

 まだ、具体的な事は何も分からないが、自分1人ならばそれが文字である事すらも分からなかったのだから。

  

 「隊に1人、専門家がいる。そいつに見せれば、何か分かるかもしれないが……」

 そう言いながらプルシコフはハヤンを見た。

 その為にはこれを持って行くが、良いか? そう問いかけるような視線だった。

 実際にこの箱の為に、部下1人をここまで連れてくるのも問題は無いのだが隊長が細かい事を言うと面倒な事になり、それがハヤンに迷惑をかけるかもしれないという思いがある。同じ理由から箱と一緒にハヤンを隊まで連れて行くと言う考えも却下される。

 詳しく調べるには、この箱をこっそり持ち帰り、隊長に気付かれないように部下に見せるしかない。

 どうせもう一度この村に全員で来るのだが、その時もやはり部下1人をこっそりと連れてくるのは見つかる可能性が高い、どちらにせよ箱だけをその隊員の元まで持っていく必要が有る。

 本来ならば見つかっても何の非も無いので、構わないのだが。あの隊長が絡むと、何か悪い事が起きる予感がしている、出来る限り見せる必要の無い物は見せたくなかった。

 「ん、ああ……、そうだな。良いよ。持って行っても」

 その箱を手元から放す事に若干の躊躇いをハヤンは感じていた、本能的なものに近い、決してプルシコフがその箱を盗んで知らん顔をするとか、そうは思っていないのだが、言い知れぬ不安が有る。

 大した事をハヤンはしていない、ただプルシコフに箱を持って行って調べてくれ、そう言っただけである。

 それなのに、何故なのだろう。

 それが世界の命運すらも左右する重大な決断をしたような、妙な感覚を味わっていた。

 「そんなに時間は掛からないだろう、時間が掛かるとしても途中経過は報せに来る、勝手に持ち帰ったりはしない、それだけは魂に誓って約束する」

 「仰々しいなぁ、良いんだよ別に。親の形見って訳じゃなし」

 ハヤンは明るい口調で言ったのだが、まだ心の中に、その箱を持っていかせる事に抵抗を感じていた。

 何か取り返しの付かない事を自分は許可してしまったのではないか、と。


 実際にそれは正しかった。

 だがその事に気付いた時には、全てがあまりにも手遅れだったのだ。


                    ・


 「ちょっと時間がかかりましたねェ」

 隊員達が休んでいる休憩地点から約1〜2kmまでの位置に近付くと、急にプルシコフにそういう声が掛かった。

 背後からの声で一瞬緊張したが、知っている声だった。

 声の方向を見ると、そこには周囲の土を体に付けて、慎重に自分の姿を迷彩加工している若い隊員の顔があった。 

 魔法で結界を張っていないので、隊員の数名が見張り役として休憩地点の周りにいるのだ、この任務はほとんど重要度は低く、他の国の連中や、あるいは自国の何らかのテロ組織に狙われる可能性は低いが、それでも無いとは言い切れない、それに人を襲うような危険な動物等にとっては隊の任務の重要度などはまるで関係無い。

 それに今の内にこういう経験を積むのが本来の目的でもある。

 それにしても、実戦でもなく、それほど危険が高い状況でもないのに、かなり気合が入った汚れ具合だった、気配の消し方も見事で、声を掛けなければもう少し近付かなければ、いくらプルシコフでもその存在に気付けたかどうか分からない。

 それほど見事な気配断ちだった。

 「随分と気合が入った隠れ方をしているんだな」

 僅かに賛嘆の意味を込めて、プルシコフはそう言った。

 「ええ、一番最初の教官に徹底的に仕込まれましたんで、どういう訓練だろうと手を抜くなと、手を抜く時は死ぬ時だと言われましたもので」

 顔に笑みを浮かべながらそう言った。

 まだ20代になったばかりの若々しい笑みだった。

 どことなく飄々として、捕え所の無い雰囲気を持っているが、決して不気味とかそういう類とは違う。愛嬌と言うのだろうか、そういう物がこの男は自然に持っている。

 隊員の中でもムードメーカー的な役割を果たしてくれている、この男の名前はクァルゴと言った。

 「ダルマ教官だろう?」

 プルシコフはそう言った。

 「ええ、そういえば訓練の時に、プルシコフさんの話をよくしてましたよ、ダルマ教官は」

 ちなみに新兵の時に、ダルマに直接指導を受ける事が出来るのは、兵の中でもごく一部の未来の上位将校候補、つまりエリートのみである。

 「何と言っていた」

 素直に興味があった。

 あの人が自分の事を? 一体どのような話をするのだろう、と。

 「優秀だと。戦場で敵同士で出会ったら、新兵のお前らが束になって掛かっても誰も生き残れないと、そう脅されましたねェ」

 「最高の褒め言葉だな」

 本心からそう思った。

 あの人に面と向かって褒められた事など記憶に無い。

 逆に烈火の如く怒られた記憶も無いが、しかし自分の行動の基本的な基盤はあの人が作ったのだとプルシコフは思っている。

 


 「王様のご機嫌はあれからどうだ?」

 一緒に休憩地点に向かう途中、歩きながらプルシコフはクァルゴに尋ねた。

 王様。

 もちろんあだ名だ、ジブデン隊長の事を影で皆がそう呼んでいる。

 誰が最初に言い出したか分からないが、それはすぐに浸透した。

 あだ名で呼び合えばもし本人が聞いていても、とぼける事が出来るかもしれないし、それにさすがにいくら嫌な上司でも呼び捨てで悪口を言い合うのは多少気が引けるという思いが全員に少しは有るのかもしれない。

 権力を振りかざし横暴な態度をとるが、実際のところは何も出来ない裸の王様、そのイメージがジブデン隊長とピッタリ合う。

 「あー、あれから酷いの何のって。プルシコフさんがいなくなってからは、もう本当の王様みたいで、あれの相手をするのが嫌で見張りを志願したんですよ」

 「そうか、それで今はテントでヤケ食いか?」

 「ええ、貴重な食料なのに困ったモンですよねェ。他の隊員も言ってましたよ、見張りで外に出ると良い事だらけだ、解放されるし、外で自分で何かこっそり食ってもバレないし、この任務が始まって体重が明らかに増えているの王様だけですからねェ」 

 「まったく……」


 「そういえば水を持ってませんねェ、プルシコフさん。水を貰うの駄目でした?」

 「いや、行ったら貰える事になった、それに歓迎の宴も開いてくれるそうだ、本来ならば任務中なのだから、こういう事は慎むべきなんだが、仕方が無い」

 ややため息を吐くような口調でプルシコフは言った。

 「やった。久しぶりに美味しい物にありつける訳ですねェ」 

 「どうかな、辺境の民族料理だ、お前の口に合うかどうかまでは分からない。ただ残さずに食えよ、それが最低限の礼儀だ」

 「分かってますよぉ」

 「それじゃ隊長に報告に行ってくる、いつでも動ける準備だけはしておけよ」

 「はい」

 そう言うと、プルシコフは隊長のいるテントへと歩き出した。



 歓迎の宴と聞き、ジブデンの機嫌は一変して良くなった。

 まるで好物を出されたような子供の表情だった、だがもうすぐ30になる大の大人が、そういう顔を見せるのは少しみっともないように思える。

 こういう期待はさっきのクァルゴと変わらない、新兵とほとんど変わらないリアクションと言うのもどうかと思うが、クァルゴとはっきり違うのが、歓迎の宴会料理をこの男は不味ければ平気で残す、あるいはせっかくの宴をぶち壊すような事を言いかねない、そこがプルシコフの悩みの種だった。

 「見張りの連中に声を掛けておけ――、30分後に移動する」

 そういう指示をジブデンは出した。

 向かうのは村の集会場と言える場所である。

 村はかなり広い、広いが畑や牧場ばかりである。

 その中で村長の家のすぐ傍に、村人達が集まって話し合いをする時が有る、年に数回は大地の神に感謝の意味を込めて宴が催される、その時期とほとんど重なっていたというのが今回の宴開催の理由の1つとなっているのかもしれない。

 ジブデンからの指示を伝えるという役目を果たす為、プルシコフは他の隊員の元に向かった。

 もちろん、自分の懐にしまわれている箱の文字を解読できるかもしれない、隊員の所にも。


 隊長がいるテントとは別のテントに、プルシコフは足を運んだ。

 1人1つのテントを支給されているわけではない、2人で1つ、あるいは3人で1つのテントを使用する。

 そのテントには1人しかいなかった、もう1人は恐らく周辺の見張りに出ているのだろう。

 その隊員はディゼルと言った。

 眼鏡をかけ、一見しただけでは軍人には見えない。

 服装さえ整えれば、そのまま教壇に上がっても何の違和感も無いように思える。

 将来は、軍部でも肉体よりも頭を使う仕事に就くだろう。

 そのディゼルに箱の文字を見せると、その眼が興味深そうに好奇心の色を覗かせた。

 「へぇ、珍しい文字ですよ、これは。学校じゃ習えないほどマイナーな文字ですね、僕はこの文字について論文を提出した事があるので多少分かりますけど」

 感心したような声をディゼルは発した。

 「読めるか?」

 「何とか。専用の辞書が手元にあれば、今すぐでも読めるんですけどね」

 「やはり首都に戻らないと詳しくは分からないか……」

 そうなると、やはり一度は戻らなくてはいけなくなる、約束を果たすには時間が掛かりそうだった。

 だが、すぐにディゼルは。

 「いえ、辞書は無くても頭にある程度入ってますから。ただこれにはちょっと特殊な、そう――スラングみたいな物が混じっているので、少し時間を貰えれば読めますよ」

 「スラング?」

 「ええ、どの言語にも存在する、その言葉をよく使う人達の間の専門用語というか、そういう言葉です、それ以外の文字なら何とか単語だけでも読めますよ」

 「それでは分かる範囲で良い、いくつか教えてくれないか?」

 「そうですね――。この文字は例えば”望む”と読めます、それとこっちは”力”です」

 この文字は、と言ったが、プルシコフにはどの文字かよく分からない、見ようによっては全てが1つの繋がった文字に見える、なにしろ達筆で書かれた文字のように、一つ一つ切れ目が無く書かれているからだ。

 「力を望む?」 

 「いえ、そういう単純な組み合わせとはいかないんですよ、単語と幾つか繋げるとまったく違う意味になる事も有るんです」

 「なるほど……」

 「それにしても、この箱は結構な貴重品ですよ、中に何が入っているか分からないですけど、この箱だけでも大した物だ。美術館に飾られるほど華やかじゃ無いですけど、マニアの間じゃ、人気が出そうですね」

 「悪いがこれは預かり物なんだ、返す約束をしているんでね」

 「律儀だなぁ」

 ディゼルはそういう声を出したが、嘲りだとかその類の感情はまるで篭っていない、むしろどこかそういう生真面目な部分に敬意を表しているように聞こえる。

 「どのくらいの時間が有れば解読できる?」

 「一日貰えれば、必ず」

 ディゼルは即答した、この辺の即答ぶりが優等生と思わせる。

 それだけ自分の力に対する自信も有ると言う事だ

 「分かった、何か仕事が有れば、俺が変わる。他の隊員にもそれとなく伝えて、仕事を減らすように伝えておく」

 「助かります」

 

 その時、テントの外から声がかかった。

 「おい、聞いたか? 移動だってよ……ってプルシコフさん、いたんスか」

 体育会系の口調だった。

 若いが、それなりの修羅場を潜った事の有る、少し癖の強い顔付きをした男が、テントの入り口から顔を覗かせた。

 移動の話は恐らくクァルゴから聞いたのだろう、どうやらこの男は見張りではなくトイレか何かに行っていたようだった。 

 「ああ、少し用があってな」

 「しっかし、さっきのあいつの態度ムカつくスね。あんな小間使いみたいな仕事、プルシコフさんに押し付けるってのは納得いかないス」

 眼には怒りが浮かんでいる。

 あいつ、とはジブデン隊長の事である、さきほどの隊長がプルシコフに対して、村まで行って来いという発言にこの男なりに腹を立てているようだった。

 「そう怒るなよ、気にしてない、いつもの事だ」

 「そういうところを少しは、あの”王様”に見習わせたいもんスね」

 この男の名前は、ラングという。

 頭も決して悪くないが、どちらかというと戦闘能力を評価されている男だ。 

 この隊の者は基本的に優秀だが、この男も将来は、軍の中でもかなり上に行くように思える、それほどの行動力を持っている、もちろんその途中でこの男のこういう素直に怒りを表すような気性が、何の問題も起こさなければだが。

 中々それは難しいかもしれない。

 「自分、あの野郎よりも、プルシコフさんを尊敬してますから」

 「はっきりとそういう事は言うなよ、誰に聞かれるか分かったもんじゃない、特に上層部に行きたいと願うなら、本音は表に出さない方が良い、口にも顔にも、な」

 「うス。分かりました」

 神妙な顔付きでラングは答えた。

 「僕も気をつけますよ」

 ディゼルもそう言った。

 「それじゃ、ディゼル、頼んだぞ」

 そう言いながら、テントの外に出るプルシコフの背後から『なあ、プルシコフさんに何頼まれたんだよぉ』という声が聞こえた。


 

 こうして、プルシコフを含むジブデン隊の面々は、ハヤンの住む村に向かう事となる。


 既に破滅へのカウントダウンが始まっている事に、まだ誰も気付かなかった。




 

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