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第26話 軍での軌跡

 

 プルシコフは、13歳という年齢ながら、命を捨てるのが前提の少年兵として軍に所属していたわけではなかった、年齢的な立場からいわば仮採用の身分ではあったのだが軍に所属し、仕事をし、それで給料を貰っていた(金には困っていなかったが)。

 軍に入れた事に関しては、プルシコフの家柄は関係していない、もしもプルシコフは頭首であり父親である男に頼めば、好きな部署に配属される事が可能だったかもしれない、だがそれはまるで考えなかった。

 プルシコフが軍部で仕事を貰えたのは、ダルマの修行に耐えられたからという事実によるものである。

 それだけで1つのブランドになるのだ。

 大人ですら逃げ出す事も有る、肉体的にも精神的にも過酷な修行に、子供でありながら大人に混じり何の贔屓も無い状況で耐え抜いたというのは、軍部の人間からすると魅力であった。

 例えば暗殺の仕事でも、相手が子供ならば油断をする、それに身軽で小さいのでどこかに忍び込むのでも有利だ、それにダルマに仕込まれたその技術は子供だからという事は関係なく、かなり高い水準を維持していた。

 プルシコフは、何度か簡単な任務を与えられ、それを完璧にこなし、そして軍部の上層部からの信頼を勝ち取っていた。

 やがて、重要な任務を任せられるようになり、非公式ではあるが、軍での階級もどんどんと昇格していった。

 だが、当時のプルシコフは階級などに、あまり固執していなかったように思える。

 自らの命を確かめるかのように、あえて危険で困難な任務に就いているようだった。

 明らかな冷たい狂気をその身に宿しているように、嬉々として仕事をこなしていた、あるいは今までの人生で、どのような喜びも見出せなかったこの男が初めて自分の居場所を見つけた喜びに浸っていたのかもしれない。

 

 一方でダルマはどうしたかといえば、当時ダルマは軍部でもかなりの地位を獲得していたが、プルシコフの父に依頼されたように、稀にだが他の親にも子供に教えを乞われていた。 

 受ける場合はやはり相手がかなりの権力者である場合のみである。

 ダルマはプルシコフが軍部で活躍している間、とある権力者の子供を教えている最中に、その子供が怪我を負ってしまった、これはその時にその子供が、あまりにもふざけた態度で行っていた為に発生した物であり、ダルマにとっては防げなかった事態ではあったのだが、その子供の過保護な権力者の逆鱗に触れてしまい、地位を降格させられ、そしてそれから冷や飯を食わされる立場となってしまったのだ。

 軍部で、数年そのような待遇で過ごしたダルマは、その間任務らしい任務も与えられず、新兵の教官として稀に呼ばれることはあっても、それ以外では大して活躍の場を与えられなかった、もしもこの間に激しい戦争が始まる予兆ですらあれば、ダルマはその力を発揮する事が出来たかもしれないが、残念ながらと言うかこの間に時代は以前の戦争の傷を癒す時間として使っていた。

 そんな年月を過ごした後に、ダルマは軍部での扱いに耐えられなくなり、上層部へ上申書を提出し、必ず役に立つから諸国を巡る偵察としての役目をさせて欲しいと嘆願した。

 それにしても、こういう扱いを受けてなお、国を捨てて、他の国で何かを成そうとしなかったという事柄だけで、この男の愛国心が分かる。

 どういう任務だろうと国の役に立ちたい、そういう思いがこの男には有ったのかもしれない。

 そしてその上申書は受理され、ダルマは国を出て、世界に存在する様々な脅威を探る任務を与えられたのだった。

 だが、それはもう少し先の話である。

  


 話を戻そう。

 プルシコフは、ダルマがそういう扱いを受けているとは知っていたが、それに対して何の反応も見せなかった。

 仮に行動を起こしたとしてもその状況を覆す事が出来たとは思えないが、あくまで本人の問題だと割り切っていた部分がこの男には有った、それにダルマ本人もそういう気遣いの類は嫌うと知っている。

 この頃からプルシコフには冷徹とも思えるほどの感情が有るようだった。

 人と他人とを完璧に切り離して考えている、それは”他人”というよりも、自分とそれ以外の存在に対してそういう感情を持っていると言って間違いないだろう。

 この男の基本的な人格の核にはそういう部分が有るのだが、この頃が最も顕著に現れてていたと言える。

 正式な軍人として登録されていたわけではなく、いわゆる軍の中でも秘密裏の仕事を扱う暗部に所属し、密偵としての役割だけでなく、時には暗殺(他国の要人に対してではなく、主に自国に巣食う犯罪組織に対してだが)を請け負うようになったその頃には、人生で最初に生き物の命を奪った時に見せた愁いの表情はもはや見られない。

 暗部に所属すると言う事は、普通に生きている人が一生見なくても良い、あるいは見なくて済む世界を見て、そこで生きると言う事だ。

 人の行いの中でも最上級ともいえる汚い部分を見て。

 そして見るだけでなく、それに自分が携わる。

 それを同世代の若者ならば、青春を謳歌している時期に、それも自ら志願して行っているのだから、プルシコフの精神状態がどのような物だったのか、常人には既に計り知れない部分があった。

 あえて書き綴らないが、この当時のプルシコフは、人の持つ良感情が欠如しているような行動を取っていた。

 あるいはそれは仕方が無い事なのかもしれない、産まれた時には親と共に厄介者で、親が死んだら孤独を味わい、学校ではイジメにあい、そしてそこから抜け出す為に猛毒のようなダルマに指導を受けさせられ、現在に至るのだ。

 まともな人間ならば耐えられない。

 この当時は、任務こそが全てであり、その成功の為には、人の命を厭わなかった、それが例え自分の命だろうと、もしもプルシコフは並の人間ならば、そういう思考を持った者は生き残れなかっただろう、プルシコフの持つ優秀な判断力・身体能力、そして運がプルシコフを生かしたのだ。

 

 19歳になった頃には、暗部での功績が認められ、上層部からもその功績により一目置かれる存在となっていた、もちろん妾腹とはいえ、かなりの権力者の息子であるという事もその理由の1つかもしれないが、それが霞むほどプルシコフは活躍していたのだ。

 一族の頭首であり、そして父である(血の繋がりは無いのだが)男に対して、プルシコフは何の情も抱いていなかった、血が繋がっていないからとかそういう次元でもない、単純に興味が無かった、ただダルマに引き合わせてくれたこと、それともうすぐ20歳だからという理由で、召使付きの家を与えてくれた事には多少の感謝はしていた。

 軍部では、もうプルシコフを利用しやすい暗部の少年兵としての評価から、どのような任務でも確実にこなす優秀な軍人としての評価に変わっていた、もう少ししたら異例ではあるがその若さに反して高い能力を持つので、部下を指揮する立場を与えようという話も出ていた。

 それほど軍部でも、異例な出世を果たしていたのだ。

 この時期にプルシコフはラルフレスと出会い、その教育にも勤しむのだが、あるいはその事がプルシコフの、”いつ死んでも構わない”、”命は皆平等に無価値だ”のような行動を少し抑える役目を果たしたのかもしれない。

 この頃になると、ようやくプルシコフも人並みの感情に目覚めたように落ち着きを取り戻し始めていた。

 プルシコフにとっての、精神安定剤のような役割をラルフレスは果たしていたようだった。

 危険な仕事に向かう事はもちろんあるのだが、今までのなりふり構わずという感じから変わり、他にも色々と作戦の成功以外の事も考慮するようになったようだった。

 そういう考えが功を奏したといえるのか、部下を与えられてからは、その部下の能力を最大限に生かし、そしてなるべく部下の危険が少ないように知恵を絞って作戦を考え、一番下っ端の兵士でも捨て駒とは考えないやり方を行っていた。

 もちろん、任務の成功が前提ではある。

 どれだけ人間味が溢れる指揮官だろうと、任務が失敗していては何の意味も無い。

 軍の上層部だけでなく、一部の一般兵もプルシコフに対して、かなり好印象を持っていた。

 もちろんそれに対して異論を唱える者も多かったのだが。

 


 そして話は24歳になった頃に移る、プルシコフは軍から新たな任務を与えられた。

 それは新人将校達を連れて、領土内を周り、数ヶ月サバイバルの訓練を付けると言う物だった。

 いわゆる将来有望な若者を(と言ってもプルシコフと対して変わらない年齢なのだが)を連れての、新人研修といったところだ。

 一応辺境の領土の視察と言う名目ではあるが、明確な任務は無く、実戦を経験する機会も恐らく無い、そういう任務である。

 プルシコフはその隊の隊長ではない、隊全体の補佐と言う役割を仰せつかった。

 隊長はジブデンと言うもうすぐ30歳になる男で、プルシコフはこの男を内心かなり嫌っていた、もっとも嫌っているのはプルシコフだけではなかった。

 このジブデンと言う男は、親の七光りで軍に入り、そして大した仕事をする事も無く、危険を味わう事も無く、出世だけは順調にしていると言う、プルシコフとは正反対のような出世をしている男だった。

 性格は粗野、傲慢、横暴、自己中心的……

 自分が一番でないと気が済まないが、その能力が自分に無いのが気に入らないのか、その反動ともいえるほどに自分よりも下の人間に対する扱いが酷い男だった。 

 そういう人間が人に好かれるはずも無い。

 それに本来ならばプルシコフがこの隊の補佐に付く必要は無い。

 だが、このジブデンと言う男の無能さはさすがに軍部でも知れている、親が偉大な人であるがゆえに誰もそれを口に出しては言わないだけだ、だから何か有った時のトラブル対応と言う事で、この任務を任されているのだ、これはプルシコフの高い能力が評価されていると言えなくも無いのだが、この隊で不祥事が起きた場合のスケープゴートという役割もあるのかもしれない、予想しない事態が起きた時、ジブデンは何も責を負わされず、補佐役のプルシコフに罰が下されるという可能性も十分にある。

 そういう損な役回りだった。

 隊員は隊長のジブデンと補佐役のプルシコフを含めて10名。 

 隊員は、皆が若いがそれなりの実力を持っており、ダルマに短い期間ではあるが指導を受けた経験も持つ。

 それほど軍上層部からの期待も大きい人材達と言う事だ。

 

 皆がそれぞれに取り柄を持っており、戦闘に長けた者、魔法に長けた者、あるいは暗号解読に長けた者……

 唯一取り柄らしい取り柄を持っていないのは隊長だけだった。

 さすがに最初はジブデンという隊長に、尊敬の念を見せていた若い隊員達だったが、すぐにこの隊長の人間性に気付き、隊長の前ではそれなりの対応を見せはするが、陰ではかなり激しい陰口を言い合っていた。上司の悪口を言い合うのが新人同士の親交を深める方法でもあって、そういう意味では部下同士の友好関係を築き上げる役目をジブデンは果たしていたかもしれない。

 この任務中に”魔法は禁止”という条件を付けたのは、任務について1〜2日後にいきなりジブデン隊長が言い出した事である。

 理由は簡単だ。

 部下の何人かが、テントを張り、キャンプ地を設置する段階になり、魔法技術を使っているのを眼にしたからだ。

 魔法を使い火を熾し、魔法を使い食料を捕えている光景を、だ。

 新兵達は別に楽をしたくてそうしている訳ではない、普通ならば自分の手でやるよりも、下手すると疲労が多い、それに魔法を使う方が魔法技術の研鑽に役立つので、出来るだけ魔法を使える者は、手を使わず魔法で済ませよと、養成所では習ったのだから。

 だがジブデンは怒った。

 魔法を使って自分の手でやらずにけしからん、そう思った訳ではない。

 自分が出来ない技術を新人達が平然と使いこなしている事実に腹が立っただけなのだ。

 すぐさま、魔法を禁止にさせた。

 不満の声は起こったが、プルシコフが上手くそれをなだめた。

 プルシコフに対して、新兵達は事前に聞いていた噂と、そして実際に会って見た印象、そして自分たちに対する時の接し方などで、ジブデンよりも遥かに信頼を寄せていた。

 はっきり言ってしまえば、プルシコフが言うのだから仕方が無い、という部分で納得してみせたようだった。

 新兵とはいえ、将来の幹部候補達である、プライドは高い。

 だが、そのプライドの高い彼らをも何とか納得させる物がプルシコフには有った。

 もし、非常時・緊急時に指示をジブデンとプルシコフが同時に出したとしたら、新兵達は間違いなくプルシコフの指示に従うだろう、これは人柄の良さとかそういうレベルではなく、その指示の正確性を確信しているからだった。 

 ただ、怒鳴るだけが取り柄の男よりも、自分の話をちゃんと聞き、その上で正確な指示をくれる男の方を人は頼るものだ。

 

 何度か、プルシコフがいなければ暴動に近い物が起きたのではないかという状況を潜り抜け、そしてこの隊は、ハヤンのいる村の付近まで来ていたのであった。


                       ・


 そういう話を掻い摘んで、プルシコフはハヤンに聞かせたのである。

 あまり汚い話はしていない、軍の秘密に関わる事も話してはいない、せいぜいがこの演習の理由だとか隊の話だとか、そういう部分だけだ。

 こういう話でも一応は外部には機密扱いになっているので、ハヤンに話した事が漏れるとそれなりの罰がプルシコフには与えられるかもしれないが、そういう心配をプルシコフはまるでしていなかった。

 ハヤンは、プルシコフの話を、目を輝かせながら聞いていた。

 ほとんど愚痴に近い話だったのだが、ハヤンにとってはそういう話を滅多に聞く機会が無い、物語を読んでもらっている子供のような顔をしていた。

 プルシコフは、奇妙な親密感を感じていた。

 自分が誰かにこういう愚痴に近い話をするとは――

 そういう驚きも有る。

 生まれて初めての経験かもしれなかった。

 「色々有るんだなぁ」

 ハヤンはしみじみとした口調で言った。

 「うちの村じゃ、嫌われている人はいないよ、皆良い人だからさ。ケンカしても次の日にはどちらともなく謝るし」

 「軍にも良い人はいる、ただ、良い人だと周りに思われると、厄介な事も有るんだ」

 その言葉にハヤンは首を傾げた。

 頭の上に疑問符が浮いているように見える。

 「なんで良い人に思われると厄介なんだ?」

 素直に聞いた。

 「良い人というのは、利用しやすい人と思われやすい、そういう人の周りにはそいつを利用してやろうと言う奴らが集まってくる、ようするに舐められてしまうと言う事だ、多少は怖い部分を見せる必要が偉い人たちには有るんだよ。もっとも良い人と思われて、なおかつ人から侮られずに尊敬される大人物もいない事は無いが」

 「へぇぇ」

 またハヤンは感心したため息に近い息を吐いた。

 

 「あ、そういえば、さ」

 突然、ハヤンが思い出したようにプルシコフに問いかけた。

 「ん?」

 「この前、畑を耕していたら、妙な物を見つけたんだ」

 「妙な物?」

 「箱みたいな物だよ、かなり古びた」

 「中には何が?」

 「いや、それが開かなくてさ、プルシコフは色々と詳しそうだから、後で見せるよ。あれがどういう物でも構わないんだけど、丁度良い機会だしさ、何か分かるなら知りたいんだ。家に置いて有るから後で見てくれないか?」

 もしかしたら、プルシコフに聞けば、あの箱を拾ってからの奇妙な男の幻? の正体も分かるかもしれない、そういう思いがハヤンにはあった。

 あれから滅多に見ないが、ふとした時に、いつの間にか傍にあの黒い顔をした男が立っている事が有る、そしてその場に他の村人がいてもそれにまるで気付かないのだ。

 害は無いが、興味が有る。

 「ああ、それは構わないよ、どうせまた帰りに通る道だろう」

 もしも遠い場所に置いて有るなら返事は困る、何しろあまり帰りを遅くして、あの隊長の機嫌を損ねると、怖くは無いが面倒では有る。

 とりあえず当面の水を確保しなくてはいけない。

 本来ならば魔法を使って、水の探査も出来る、それをこっそりやろうとした者もいたのだが、プルシコフはそれを止めた、こういう不条理な条件を与えられる事は逆に好機である、そう伝えた。

 こういう不便な条件も、一度くらいはこなしておけば後々役に立つ事も有るだろう、そういう意味だった。

 部下たちもそれに従う結果となったのだが、結局の所、水が残り僅かとなってしまい、この村に頼る羽目になった。

 それを魔法を禁止にした自分のせいではなく、部下達が無能なせいだと怒鳴り散らす隊長に頭を悩ませていたが、そのことでハヤンとの出会い有ったのだから、悪く無い。

 そういう少し前のプルシコフならば考えも付かない事を、今は考えていた。

 こういう前向きな思考も、前までの自分には無かったものだとプルシコフは自覚している。

 これは成長と言うのだろうか、それとも牙が抜けてしまったと言うのだろうか。

 それは分からない、だが悪い気分ではない。

 それからハヤンとは色々と他愛ない世間話を続け、そして少ししてから。

 

 「ほら、あれが村長の家だ」

 

 そうして話をしているうちに、2人は村長の家まで辿り着いたのだった。





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