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第22話 悪夢の始まり

 

 夢を見ていた。

 昔の夢だ。

 楽しい夢ではない。

 何度も思い返したい夢ではない。

 でも、嫌でも見てしまう。

 夢を拒否できる方法など有るのか?

 悪夢を避けられる方法は眠らない事だけかもしれない。

 ハヤンは、その夢を初めて見るわけではない。

 何度も何度も何度も……繰り返し見た夢だ。

 だから、何度も読んだ本のように先が分かる、しかし先が分かっていたとしても楽しい本は楽しい気分にさせるように苦痛は繰り返される。

 それは5年前の夢だ。

 自分が全てを失った日。

 自分がこの絶望の旅路に踏み出した日。

 そして本当の意味でファレイと出会った日であった。


                                 ・


 ハヤンが今まで耕していた土地から、新しい土地へ移動したのは、村長の言葉の為だった。

 

 「お前さんの土地はもう大分長い事使っているからの、少し大地の神様を休ませなきゃならんな」

 

 そういえば、存命中だった頃の父が、そのような事を何かの折りに話をしていた覚えが有る。

 長年その土地を農耕に使うと、さすがに大地の神様が疲れてしまう、だから一定期間他の土地へ移動して少し休ませてやらなくてはならないのだという。

 そうしなければ作物の実りが悪くなり、その土地に良くない事が続くのだと言われている為だ。

 本当かどうかハヤンには分からない、でもそれに反するだけの理由も無いので今まで住んでいた家を離れて、新しい土地へ移動したのだった。

 移動と言っても、何日間もかけて遠くに移動するわけではない、今までいた場所から1時間足らずの場所へ移っただけだ、かなりアバウトな土地柄であり、よその人が耕していたり、家畜を放牧をしている土地でなければ、好きに囲いを作ってそこを自分の土地として農耕が行えるのだ。

 村長と言うのも、かなり広い範囲を担当しているという事になる。

 普通の街ならば2〜3個は軽く入るほどの広さがその村にはあるが、人口は100人もいるかどうかである。

 その中での滅多に無いが揉め事や、国とのやり取りは全部村長が行う。

 住民全員の投票によるものであり、いわば面倒事の担当なのだがそれに見合う報酬は出ない、せいぜいが村の皆が気を使って採れた作物を持って来るくらいである。

 先ほど囲いをすればそこは自分の畑と言ったが、単純に囲いを大きくすればいいと言うわけではなく、大きい囲いにはそれに値するだけの税を取られるので、自分の食べる分と税の丁度良い大きさで囲わないと後々大変になるので、頭を使わなくてはならない。

 不作の時などは、税を減らしても良いという特例があるが、それ以外は自分の畑の責任は自分で取るしかない、もしもあまりにも税を納められない場合は、代償として国の労働に借り出される、そこでかなり割に合わない重労働を強いられる事となるのだ。

 村長曰く、国王が良い政治を行っているからそれで済んでいるのだ、と言っていたがハヤンにはその意味が良く分からない、不作の年は作物が少ないのは当たり前だ、だから納める量も減って当然ではないかと考えている。

 それを無理やり納めろというのは無理な話だろう、確かに正論ではあるが、国によっては権力を笠に着て厳しく税を取り立てる国もあり、農民は首を括るしかないという状況に追いやられている現実も有るのだが、ハヤンはそれを知らない。

 ハヤンは、自分が何という国に所属しているのかも分かっていなかったのだ。

 ハヤンは、この村で生を受け、この村で生活している。

 親はいない。

 父親はハヤンが15歳になった時、母親は19歳になった時に他界した。

 しかし、両親との別れは悲しい事ではあったが、村の人全員が優しく、ハヤンにたいへんに良くしてくれたから、寂しさはほとんどと言っていいほど感じなかった。

 血の繋がりこそ無いが、ハヤンはそんな物は関係無いと思っている、重要なのは血の繋がりではなく心の繋がりであると、ハヤンが両親を亡くしたからそういう考えを持つようになったのか、あるいは以前からそのように考えていたのか明確には分からないが、今はそう確信している、村の住人全員が家族であると、そう考えている。

 村を出たいと考えた事も無かった。

 この村で生き、そして家族を持ち、いつか死ぬのだろう、そういう想いが有る、そしてその想いは決して悪い物ではなかった。

 新しい土地に移るまで、ハヤンは、親が残した畑を耕して作物を育て、それを自分で食べたり売ったりして生活しているが、金はほとんど使わない、というよりも使う機会が乏しい場所なのだ。

 1人暮らしだ、食費は自分の畑の作物を食べるからかからない。

 冬場などに食料に困らないように、ちゃんと保存食も作っておく。

 他の物を食べたい時は、自分の畑の作物を食べたい物を作っている所へ持って行き、物々交換をする。

 月に一度程度の割合で、行商人がふらりとやってきて、物珍しい品を売ってくれる、金を使う機会はその程度だ、その時でさえ物々交換をする事も有るのだ。

 物欲などの欲とはほとんど無縁の村だった。

 だが、ハヤンはこの村が退屈で有るとは思わなかった。

 村に娯楽と呼べる物は無いが、それは娯楽を堪能した者から見ればで、自分からしてみれば日々を懸命に生きれば、それだけで楽しい、そう思っている。

 退屈を感じる暇など無い。

 忙しくて、というだけでなく、大地がそれだけ魅力的なのだと思っている。

 空も、風も、太陽も、地を這う虫も、土も、全てが魅力的で、見ていて飽きはしない、そう思っているのだ。

 

 新しい土地に移って、1週間は過ぎただろう。

 新しい家も村の皆に手を貸してもらい造った、寝食に困らず、雨露を防げるのならばどのような物でもハヤンは構わなかったのだが、かなりしっかりした造りの家が出来た。

 最初は草で荒れ放題の土地だった、それも皆の手助けのお陰で大分片付いた、刈り取った草は自分で使う分を少し除いて、後は他の家の家畜を飼っている家に届けた、家畜の餌として再利用する為だ、草なんてどこでも生えているが、有って困る物ではない、感謝の気持ちだった。 

 土地を耕してみると、今まで何故他の誰もこの土地を耕していなかったのかと、尋ねてみたくなるほど良い土地だった。

 土に生気が溢れている気がする。

 香り立つほどに豊穣な土地である。

 もちろん何が有るか分からないが、この土地ならば、豊作は間違いないだろうとハヤンは今までの経験上そう思う。

 もう少し耕して、土の状態をよくしたら、今度は種蒔きだ。

 土いじりは飽きない、趣味は何かと問われたら、間違いなくハヤンはこの作業の事を言うだろう。

 他に思いつかない。

 これが仕事であり、生きがいであり、趣味であり、娯楽であり、そして人生だ。

 そう思っている。

 いつものように汗を流しながら、クワを大地に打ち込んだ時、手に違和感が走った。

 

 かつん。

 

 何だ?

 硬い感触だった。

 大きな石が、土に埋まっていて、それを今叩いてしまったのかと思った、そう言う事は決して珍しい事ではない。

 だが、ハヤンがそれを土から掘り起こして見ると、それがまったく別の物で有ると分かった。

 最初は、土に塗れているせいで、珍しい形の石だなとハヤンは思った。

 しかし、それが石でない事に気付いたのは、ハヤンが手でその土を払った時だった。

 箱のようだ。

 大きな箱ではない、重い箱でもない。

 簡単な造りの箱に見える、子供が木で造れそうな代物だった、箱には模様が描かれているが、それも子供が滅茶苦茶に書き殴った様に見える。

 しかし。

 何故か、ハヤンはその箱に眼を奪われていた。

 不思議な箱だった、今のクワの手応えは間違いなく石かそれに類する硬い物だった。

 あれだけの手応えでこの木で造ったであろう箱を叩いたならば、壊れないまでも傷がついているはずだった、しかしそれが無い。

 もしかしたら、ハヤンが知らない素材で出来ているのかもしれない。

 ハヤンは、その箱を開けようとした。

 開かない。

 鍵穴は無い。

 一瞬、箱に見せた切れ目を入れただけの四角い木の塊なのではないかと思った。

 そういう悪戯を誰かがしたのだと。

 だが、そういう悪戯にしては、この箱には何か言い知れぬ迫力のような物を感じている。

 どうするか。

 この土地から出た物は誰の物か、一応自分の畑として耕していて、そこから出たのだから自分の物のような気もするし、村長に尋ねたら国の物だと言われる気がするが、だからと言ってこんな箱をわざわざ持って行って村長の仕事を増やす必要も無いだろう、それにこの箱を手放したくない……、そういう思いがハヤンには湧いている。

 ハヤンはその箱を持ち帰ろうと決意した。

 そこで、ようやく気付いていた。

 誰かが背後に立っている気配に。咄嗟にさっと振り返ると気のせいだったかと思った、誰の姿も無い。

 「望みは無いのか……」

 「うぉわっ!」

 背後からの突然の声に、ハヤンは奇声を発しながら前のめりに畑に転んでしまった。

 土に顔を汚しながら体を起こして、見上げるとそこには見覚えの無い男が立っていた。

 一体いつからそこにいたと言うのか。

 奇妙な男だった。

 肌が浅黒い、これは日に焼けたのか、元々そういう肌なのか、あるいは汚れの為にそういう色なのか、それが分からない。

 他に特徴と呼べる物が見当たらないのも奇妙だった、ハヤンがその男の事を後で思い出して誰かに話そうとしても、肌の色以外にはうまく伝えられないかもしれない。

 全てが凡庸としている男だった。

 印象が希薄なのだ。

 「あ、あんた誰だよ、ここらじゃ見ない顔だが――」

 ハヤンのその言葉に、男はハヤンの方を向いた、まだ尻餅をついた状態のハヤンを見下ろしながら。

 

 にいぃ。


 と、顔の色とはまるで正反対の真っ白な歯を見せて、ハヤンに笑いかけた、ハヤンには何故かその歯が獣の牙のように見えた気がした。

 ふっ、と蝋燭に息を吹きかけるように。

 ハヤンの記憶はそこで途切れた。


                              ・

  

 次に眼を覚ました時、ハヤンは誰かに頬を叩かれていた。

 「おい! おいっ!」

 その声と共に、顔に水を浴びせられていた。

 「ぷはっ!」

 ハヤンは、飛び起きた。

 危うく窒息する所だった。

 「おう! 生きてたかよ」

 声には確かな安堵が含まれていた。

 その人は、村の知り合いのドルトおじさんだった。

 子供の頃からの知り合いで、おじさんの所の子供とも仲が良い。

 おじさんが言うには、自分の畑で採れた食べ物を新天地に移ったばかりのハヤンに差し入れを持ってきたのだと言う、来てみたは良いが姿が見えない、それで何気なしに畑を見ると、誰かが倒れているのが分かった、それで急いで水を持って駆け寄ってきたのだ。と、そう言った。

 「太陽病か、危ねえな。ちゃ〜んと、水を飲まなきゃ駄目だろうが」

 ――太陽病。

 いわゆる日射病の事である。

 強烈な日差しが、大地を焼くように照らしている。こういう日に、気をつけなければならないのは日射病だ、犯罪など無いこの村の死亡原因で一番多いのが病気による死で、次いで日射病である。

 だから布を頭に巻きつけて、日差しを遮る工夫をする、そして水を必ず持って移動する、それがこの土地の人間の常識だった。

 ハヤンもそれをちゃんと分かっていて、木で造った水筒を持参しているし、頭には布をちゃんと巻き付けて有る。

 それなのに唐突に、意識を失ったのだ。

 誰かと会った気もするが覚えが無い。

 「ほら、良いから水を飲め」

 そう言うと、おじさんはハヤンに水を薦めた。

 だが、不思議と喉がそれほど渇いていない事にハヤンは気付いていた。

 おかしい。

 これほどの日差しの中、日陰でも汗が吹き出るというのに、思いっきり日の当たるこのような場所で倒れていて、喉が渇いていないはずが無い。それにおじさんが自分を見つけるまで一体どれほどの時間がかかったのか、太陽の位置からすると2時間は少なくとも経過しているはずだ、普通炎天下に2時間も寝転がっていたら、体から水分が蒸発して、ミイラのようになってしまうのではないか。

 それなのに、体がまるで平常と変わらない、いやむしろ調子が良いようなのは異常だった。

 本当はそれほど体が必要としていない水だったが、おじさんを心配させるわけには行かない、しっかりとその水を飲んだ。

 おじさんにちゃんと礼を言い、ハヤンは家に戻った。

 そこで、なんとなく懐に手を入れて気付いた、いつの間にか妙な箱が懐に入っているという事に。

 何だ、これは。

 一瞬そう思った。

 そういえば、畑仕事をしている時に何かを見つけた記憶が僅かに残っている、見つけたのはこれか?

 そうだったか。

 いまいち記憶が明瞭ではない。

 ハヤンはその箱を家に置いておく事にした、誰に迷惑をかける訳でもないし、害も無いだろう。

 とりあえず今日は早めに床につこうか、そう思った。

 ベッドなどは無い、というよりもハヤンはベッドと言う物を知らない。

 床は地面の土がそのままで、そこにワラを敷き、そして行商人から買った安い布を敷いて有るのが寝床だ。

 ごろんと寝転がって、天井を見上げる。

 ふいに、バッとハヤンは飛び起きた。

 「あんた……」

 ハヤンの視線の先には、肌が浅黒い男が立っていた。

 「誰なんだ……?」

 その問いに男は答えない。

 妙な緊張がその場を占めていた、と言っても緊張しているのはハヤンだけのようだが。

 平和な土地柄だが勝手に家に入ったりはしない、もちろん気心が知れていれば、遊びに行っていなかったら、留守の家で待つという事もあるが、見ず知らずの人の家に上がりこむ事はありえない。

 ハヤンがそう考えていた時、誰かが家に近づいて来る気配がした。

 

 「ハヤン! 倒れたんだって? 大丈夫かよ」

 子供の声だ、知っている声だった。

 「入るぜ」

 10を幾つか過ぎた歳の男の子が、一応玄関と言うか布を垂らしている場所から家に入ってきた。

 健康的に体中が陽に焼けている、活発で元気の塊のような印象を受ける

 さっき自分を起こしてくれたおじさんの子供だ、名前はトマスと言った。きっとおじさんが家で子供に話したのだろう。

 「へへ、俺だけじゃないよ、ほら姉ちゃんも入りなよ」

 そう言うと、外に視線を向けた。

 少ししてから、1人の女の子が入ってきた。

 こちらもあのおじさんの子供だ、名前はティアと言った。

 歳はもう幾つになるのだろうか、10代後半であるが、まだ20代にはなっていない記憶が有る、子供の頃から一緒に遊んでいる幼馴染だ。

 「調子は良さそうね」

 落ち着いた声だった。

 それを見て、トマスは笑った。

 「ん? どうしたトマス」

 ハヤンはトマスに聞いた。

 「だってよ、さっきなんかハヤンが倒れたって聞いて、人の顔ってこんなに白くなるのかって顔色だったんだぜ」

 そう言ったトマスの頭を、ティアは思いっきり叩いた。

 ティアの顔には恥じらいの表情が浮かんでいる。

 「ってえなぁ、本当の事じゃん」

 「もう、黙ってなさい」

 気まずそうにハヤンを見詰めると、ティアは思い出したように。

 「これ、お見舞い」

 それだけ言って、ここいらじゃ珍しいお菓子をハヤンに差し出した。

 買った物というよりも手作りのようだ。

 「あ、良いなぁ。俺だって誕生日くらいしか食えないんだぜ、それ」

 心底羨ましそうな口調で言った。

 「卑しい子、あんたの分もちゃんと作ったわよ」

 「やった! さすが姉ちゃん」

 「ティア、悪いな。ありがたく頂くよ」

 「畑に出る時は、ちゃんと気をつけなきゃ駄目よ。今日だって父さんが見つけなかったら、どうなってたか……」

 「ああ、おじさんには感謝している、後でまた礼を言いに行くよ」

 「美味しい物持ってきてくれよな!」

 そう言ったトマスの頭をティアはまた叩いた、さっきよりも力が篭っているようだった。

 誰からともなく笑い声が漏れた。

 日常の光景。

 楽しい光景。

 だが、ハヤンは気付いていた。

 この異常な事態に。

 この2人、部屋に入ってから一度もあの浅黒い肌の男に話が及ばない。

 気付いていないのだ。

 視線は何度かそこを通るのだが、何も眼に映らないように自然な視線の動きだった。

 あまりにも自然で、考えられないほど異常だった。


                                ・

 

 それから更に2週間後。

 ハヤンの家から、凡そ10kmほど離れている場所に8人ほどの人間がいた。

 格好からすると軍人のようだ。

 1人、明らかに偉そうな態度をしている30過ぎの男の横に、1人の20代に見える男が立っている。

 その2人の前に、1人のまだ10代の中盤か後半に見える兵士が、怯えるような視線を浮かべながら偉そうな男からの叱責を受けていた。

 その他の人は、それぞれ腰を下ろして休んではいる。だが視線こそはっきり送らないが、明らかにそちらを意識しているようで、誰も談笑などはしていない、ただ座って休んでいる。

 「ったくよお! 今度の新米は使えねえな! 良いか? ここらへんのさぁっー! 水場をちゃんと把握しとけって、そう言ったよな、俺は!」

 激しい叱咤だった。

 軽度の肥満体のその体は、まるで毒を持った蛙のようであり、また人相もそれとほぼ変わらない。

 この男に能力が有るのか無いのか、それはこの状況だけでは判断しにくいが、少なくとも上手に部下を指導する才能と言う物には縁が無いようだった。

 「い、一ヶ月前に確認した時は、確かにここに……」

 「テメェの口はいつからそんな言い訳を吐けるほど偉くなったんだってんだよ! 良いか? 一ヶ月前に有っても、今無きゃ意味がねーんだよ、お前のクソが詰まってるその頭でもそれは分かるよな!? えぇっ?」

 恫喝に近い声をその男は容赦なく浴びせかけていた。

 こういう物は指導でも何でもない、ただのイジメに過ぎない。

 土地によっては水場はコロコロ変化する、それを完全に把握しろと言うのは、少々酷な話に思える。

 見かねたように、20代に見える男が偉そうな男に声を掛けた。

 「ジブデン隊長、この先にどうやら村があるようです、水はそこで調達してきましょう」

 明朗な口調だった。

 ジブデンと呼ばれた男は、舐めるようにその言葉を発した男を見た。

 蛇が獲物を眺めるような視線だった。

 だが、男はその視線を平然と受け流している。

 「……お前が行って来い、俺達全員が物乞いみてえに行けるか、もちろん村が俺達を歓迎して宴を催すってんなら、喜んで行くと、そう伝えておけ」

 「分かりました」

 即答した。

 この男は、恐らくジブデンと呼ばれる男の副官的な立場なのだろう。

 つまり、この集団の中では、ナンバー2の立場の人間だ。

 本来ならば、こういう使い走りのような役割は更に部下の仕事であるが、それをあえて副官であるこの男に命令すると言うのは、この男に対する嫌がらせでもあり、また自分以外は副官だろうとただの雑用だと言うニュアンスを含めているのかもしれない。

 それに対し、平然と、怒りも躊躇も困惑の表情すらも浮かべずに、即答できると言うのは大した心構えを持っているといえる。

 普通ならばほんの僅かでもそれが顔に出てしまう物だ。


 ――誰か他の部下にやらせては?


 そういう言葉も出てしまいそうだ、それをあえて言われたとおりにやろうとする、鉄の意志が感じられた。 

 副官の男が、その集団から離れようとした時、部下の何人かは命令してくれたら代わりに行きますよ、という視線を送った、視線を送らない者も腰を上げて、自分が代わりに行くと言うアピールをしている、それは同情でも何でもなく信頼と敬意の証であった、隊長と呼ばれている男よりも遥かにこの副官の方が頼られていて、好かれているのが分かる。

 だが、副官の男は、それらを視線で制した。

 ここで代わりを命じても、隊長は間違いなくそれを却下するだろう、そうすると余計に話がこじれるだけだ、そう思っているのかもしれないし、まったく別の考えを持っているのかも知れない。

 何を考えているのか、それを読ませない男だった。


 副官は、1人で10kmほどの距離を黙々と歩き、まるで疲労の色を見せないまま、その村にたどり着いた。

 

 そして、とりあえず目に付いた若者に声を掛けることにした。

 その副官は、その若者にプルシコフと名乗った。

 



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