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第1話 アイラとジグドゥ

 街は活気に溢れていた。


 街の名前はネティアリル。小国でありながら、ここ数年は他国の一切の侵攻を許さない姿勢が強い国ローヴァの中心にあり、その機能の中心が集まっている都市でもある。

 

 この街の、いや、この国の特色は一言で言えば水である。

 この街の地下数百メートルからくみ上げられる水は世界有数の名水に数えられ、そしてその水をこの国の水守(みずもり(大統領・総理と同等の意)が、直々に水に清めを行うと、その水はただの美味しい水から霊水とまで呼ばれるほどの力を得るまでになる。

 飲料水として使用するだけでも、他のどの飲み物よりも活力を湧かせ、傷口に垂らせば痛みが引き回復も通常よりもずっと早くなる、その他様々な効能が有ると言うことで、この街の水は世界各国に愛されており、それをそのまま販売したり、何らかの加工が施された商品を販売することでこの国は栄えているのである。


 別名水竜国と呼ばれるほどの国である。


 現在この街の中心であり、水守が住み政治を行う四方八方が特殊魔法により水で覆われた水滝館すいろうかんに2人の客人が尋ねて来た。


 水守と衛兵2人が客人を待たせている応接間へ入ると、椅子に座っていた2人の客人は驚いたように席を立ち、そして会釈した。

 「いや、わざわざ水守様に直々に面会して頂くとは、恐縮至極です」

 そう言ったのは、年齢が30後半から50前半までどれでも通用しそうな、黒髪の男だった。

 銀縁の眼鏡をかけているせいか、やや知的な印象を与えるが、その眼鏡の奥に光る眼にはどうにも人を冷え冷えとさせる何かが潜んでいるようであった。

 その横には、同じく黒髪で腰まで伸ばした髪が印象的な女性が立っていた。

 まるで人形のように表情が希薄で、水守に礼をした時も愛想笑い一つ浮かべない。

 顔立ちが整っている分、どこか不気味ですらあった。

 

 「わざわざ同盟国の特務大使殿が訪れたというのに、私がお相手しないというのは失礼というものでしょう」

 水守は非人間的な印象を与える雰囲気を纏っていた。

 半人半獣のような意味での非人間的とは別の意味で、人と獣というよりも、人と精霊の中間というのが正しい。

 精霊の持つ妖しさを持ちながら、それでいて芯にしっかりとした物を持っている眼をしていた、一国を取り仕切るに値する人物とは、周りに意見に耳を貸すが、最後に決めるのは自分であると言う確固たる意思が無ければならない、とそう言っているような眼であった。

 青を基調とした色の服で全身を統一しているが、それは私服というよりも水守の正式な執務服らしかった。

 つまり、これは非公式に訪れた相手に対しても、これは記録こそは残さないが正式な会談として応対すると言う意思の現れである。

 「どうぞ、おかけになってください」

 水守がそう言うと、2人は腰を下ろした。

 水守も2人の正面の席に腰を下ろし、衛兵2人だけが立ったままいつ何が起きても対応できる緊張感を残していた。

 すぐに部屋にノックが響き、侍女が水差しを持って部屋に入ってきた、侍女が水守の前に杯を置き、客人2人には事前に出していた杯に水を注ごうとしたが、2つの杯の中身がまるで減っていないことに気付き、すぐさま会釈し、退席した。 


 「お忙しい水守様に、これ以上時間を割いていただくのも恐縮ですので、本題に入りましょう」

 口では恐縮と言っておきながらまるでそのようには見えない、一国の王とも呼べる存在に相対しておきながら、まるで物怖じをしないと言うのは大した胆力の持ち主である。

 

 「そうですね、そうして頂けるとありがたい」

 今の時刻は昼をやや回った時間である、通常であれば水守が事前に予定の入っていない客に会うことは有り得ない。

 そもそも、事前に連絡もいれずに水守に会いに来る客など存在しないのだ。

 それをわざわざ時間を割く場合と言うのは、相手がよほどの人物であるか、あるいは自分でしか対応できない人物であると判断した場合のみだ、この場合はどちらかといえば後者であった。

 この時間の客人訪問の報せを受けた水守は、どうにもキナ臭い物を感じ取り、自らが応対すると申し出たのだ、その為予定2つを別の日程にずらしたほどだ。

 そして実際に会って見て自分の判断が間違いでないと確信していた、特務大使とは言っているが、どうにも表の仕事ではなく裏の仕事を主に取り扱っている人間であることはすぐに分かった。

 そして、恐らく想像では有るが、自分自身が予定が合わないであろう時間に無理に面会を申し込み、代わりに出た人間にかなり強引な約束事か依頼をしようと目論んでいたのであろうと、水守はかなりの確率でそれが正しい思っている。

 同盟国とは形だけで、相手の国は様々な国に侵略を仕掛け、時にはほとんど言いがかりで攻撃しその領地を奪い取っていた国である。

 元々は、このローヴァもこの国との戦争を行い、そしてほとんど敗戦していた、しかし徹底的な壊滅寸前に和平を向こうから申し出たから同盟国と言う形になってるだけなのだ、国が滅ぶよりはマシでは有るが、実際にその時にかなり不利な条約を結んでもいるのだ。

 

 「我々は1人の男を追っていましてね、それに協力していただきたいと思いまして」

 「ほう、それはどのような人物でしょう」

 「大罪人です、祖国で大量殺人を犯した男でして、その男がこの国の領土に侵入したと確かな筋から情報が入りましてね」

 「それはそれは……我々はどのような協力を?」

 「出来れば優秀な人材を集めて、捕縛をお願いしたい」

 「……我々がその男を捕らえるのですか?」

 「相手は、これは機密なのですが、幻闘獣憑きです、相手をするにもそれなりの戦力が必要です、それを念頭に入れて置いて頂きたい」

 「幻闘獣……話には聞いたことがあります、かなり危険な相手ですね」

 「ええ、実際に捕らえようとした人間が何度か殺されています、訓練された兵士達がです」

 「しかし、あなたの国でも優秀な人材はまだまだ大勢いるでしょう。何故我々に依頼を?」

 分かりきっている。

 自分達の同胞の血を一滴も流したくないからなのだ。

 これから何かと理由を言って、自分達の戦力は出さずに、この国から出させる腹積もりなのだろう。

 水守は平静を装っているが、話の大筋が読めてかなり立腹していた。

 「宜しいのですか?」

 予想外の返答だった。


 「宜しいとは?」

 「あれの相手をするには、それなりの戦力が必要です、かなりの部隊になるでしょう」

 「……」

 「我々の戦力をこの国に投入する、隣国を刺激しかねませんよ、隣国はあなたの国が自分達を攻撃する為に戦力を同盟国から借りた――そんな風に解釈するかもしれません」

 ぞくりとする視線を眼鏡の底から送ってきた。

 恐らくこの男は、巧妙な仕掛けで隣国に情報を流す事もするだろう、そして戦争になったら仲裁と言う形で2つの国――戦争を仕掛けてきた国とローヴァ――の2つともを手中に収める事も平気でするだろう、それを水守は確信していた。

 

 「それに我々の国の連中は、攻撃が派手でしてね、もしかしたら要らぬ損害をこの国に与えてしまうかもしれません。それと今回の要請を断る際は私にではなく本国の総統府へ連絡して頂きたい」

 「なるほど、分かりました」

 「あくまで好意に頼りますよ、好意にね」

 これ以上話を続ける気は無かった。

 そして断る事が不可能だと言うことも分かった。

 ならばすることは1つしかない。


 水守は、自分の目の前に置かれている杯を人差し指で軽く弾いた、するとその杯の中に入っている水が一気に天井近くまで吹き上がった、しかし水滴が部屋のどこも濡らしたりはしなかった、その噴出した水は徐々に小さく、そして人の輪郭に見える形にまで変化していった。

 「客人の前だからといって過剰演出ですよ」

 水守は咎めるような口調で、目の前の水に言った。

 本来ならば、今のように天井まで噴出したりはしないのだろう。

 目の前の水は反省したように項垂れた、やや人の形に見えるが、眼も鼻も耳も口も無い、やや頭部と手だけが人のように見えるだけである。

 「ジグドゥとアイラをここに、すぐにです」

 そう言われると、水は杯の中に戻った。

 そして何も無かったかのような部屋を静寂が満ちた。

 誰も驚いた雰囲気が無い。

 水守と、衛兵2人は見慣れているかもしれないが、客人である2人は間違いなく目の前で起きたことは初めて眼にするはずだ、気の弱い者ならひっくり返りそうな今の出来事に眉1つ動かさなかった。

 水守はあえて何も言わずに静寂を保っていた。


 10分も立たずに、部屋にノックが響いた。

 

 「アイラとジグドゥです、入ります」

 女性の声だった。

 中からの返答を待たずに、ドアが開かれた。

 

 入ってきた2人は、流石にこういう事態に水守に呼ばれるほどの2人だ、まるで物怖じをしていない。

 

 「この2人ならば、あなた方の希望に適うかと」

 「それは素晴らしい、ですが2人ですか」

 「相手が強ければ、大人数で攻めても無駄でしょう、この2人ならば適任です。2人とも自己紹介を」

 

 「アイラです」

 アイラは、屈強そうな肉体をした髪の短い女性だった。

 屈強と言っても、過剰な筋肉ではなく、適度なそして機能的な筋肉が身を覆っており、猫科の肉食獣が持っているような柔軟性を秘めているような肉体であった。

 剣は腰に差さっておらず、何に使うのか背中に3本の黒い長さ1mほどの鉄柱を背負っていた。

 

 もう1人の男は、無言だった。

 大男である。

 身長は2mは下らない。

 全てのパーツが大振りで、手の指などは豊かに育ったバナナの房のようにすら見える。

 筋骨隆々ではなく、また肥満体でもないが、単純に大きい。

 もしかしたら巨人族の血が混じっているのかもしれない。

 体のほぼ全ての部分が大きい中、眼だけが開いているのか閉じているのか分からないほど細い、頭には髪が一本も見えない。

 武器も何も持っているようには見えない。

 水守に挨拶をと言われているのに無言のままである。

 

 「ジグドゥはまだ眠っているのですか?」

 水守はアイラに尋ねた。

 「すみません、どうもいきなりの事で、相変わらず寝起きが悪くて、無理に引っ張ってきたものですから……」

 アイラがジグドゥの代わりに水守に謝った。

 「まあ良いでしょう、仕事さえちゃんとやれば問題ありません」

 「申し訳ないです」

 「2人とも、しばらくそこで待っていてください、まだこちらの方とお話が残っていますのでね」

 

 「それでは、対象の写真などはあるのですか?」

 「ええ有りますよ」

 そう言うと懐から、1枚の写真を取り出した。


 そこには白髪の青年の顔が写っていた。

 眼は死んだように光を失っている。


 「なるほど」

 水守はそう言うと、無造作に杯に入っている水を床に撒いた。

 するとどういう仕組みか、撒いた水が床の上で、この国一帯の地図に変わっていた。

 白い床に、恐らく魔法で色を今付けたのだろう、青い水が映えていた。

 そして、水守は写真を手に取ると、それを地図の上にふわりと投げた。

 すると、地図の一箇所に吸い込まれるように、写真が落ちた。

 落ちたと言っても、水に触れる寸前に写真が止まっている。

 

 「周りに人家の無い地帯ですね。2人とも全力を使う事を許可します」

 「はい、全力で向かいます」

 アイラは威勢良く返事をしたが、ジグドゥは相変わらず無言であった。


                   ・

 

 2人の特務大使が部屋を出て、衛兵2人も部屋の外に出てもらい、部屋に残ったのは水守とアイラとジグドゥのみであった。

 「しかし胡散臭い連中でしたね、水守様」

 「ええ、恐らくまだ何か含む物があるのでしょうね、出した水を一口も飲まないのは、用心深さが習慣になっている証拠、よほどの任務を経験しているようですね」

 「うちの国に依頼するより、英雄連にでも依頼すれば良いのに、そうでしょう? あっちの方が戦力だってずっと有るし、実際に幻闘獣狩りを一時期やってたのはあそこなんだから」

 「まったく同感ですけどね、うちに依頼してきたのに向こうではどうか? とは言えませんよ。それに向こうは世界有数の大国です、面子なども有るでしょうからね」

 「面子ですか、私には分かりませんね」

 「分かっているのはこの依頼を断れないこと、そしてあなた達2人ならやり遂げられると私が思っていること、それだけです。ですが、生け捕りを依頼されてはいますが、最初から生け捕りを意識していては手痛い反撃を受けかねません、生け捕りは結果です、あなた達が全力で攻撃を仕掛け、それでも相手が生きていたら良しとしましょう、あなた達2人は生きて帰ること、それだけが私の願いです」

 「水守様……この依頼、確実にやってのけます、ジグドゥなら生け捕りが可能だと思いますので、それでも無理なら私がやります」

 「頼みましたよ」

 ジグドゥは、その光景を見ているのか、見ていないのか、相変わらずその場に立ち無言であった。


                    ・


 水滝館を出た2人の特務大使は、尾行を確認し、すぐにそれが無い事を確信した、そして周囲の気配にも意識を凝らし、誰もいないことを確認すると、銀縁眼鏡をかけた男はすぐにそれを取り、指で顔を何度が突き、そして頭部にも何度か同じ作業をすると、そこには別人の顔が現れた。

 白髪混じりの50代の男の顔である。

 それは草原で、白髪の男を監視していた2人組みの1人の顔であった。

 「やれやれ、ああいう席は肩がこるわい」

 口調も、先ほどとは違い、地が出ている感じである。

 すると横に立っていた、黒髪を腰まで伸ばしている女性の頭部の中心、瞳と瞳の中間にヒビのようなものが入った。

 それは一気に腹部まで下り、恥骨の辺りまで走ると、劇的な変化が起きていた。

 リンゴを数個一気に砕くような音が響いたと思ったら、そこには金髪のクァルゴが立っていた。

 「こっちは肩どころじゃないですけどねェ、一言も喋れないし、窮屈で仕方がないですよ、何で女の格好をしなけりゃならないんですか?」

 「助手役が女の方がわしは楽しい」

 「……」

 「という気分も無いでは無いが、そもそもお前のストックがそれしかないから仕方が無かっただろうが、素顔で訪問すると後々面倒な事になるからの、ああいう場面には変装するに限る、その為に本国では変装した姿をいくつか登録して有るんじゃろうが、特務大使なんて堅苦しい役職まで頂戴しての」

 「師匠は、あの2人で捕らえられると思っているんですかあの男を、もっとも僕は誰だろうとあの男を捕らえられるとは思えませんけどねェ」

 「あの2人は太守直属の護衛隊士よ、それもトップクラスの実力者達だ、生け捕りは無理でも圧倒的に劣るとは思えん、何かしらの特殊な技を持っているだろうしの、幻闘獣憑き以外にも強い奴は少なくないと言うことだ」

 「僕としては、僕に出番が回ってこなければ文句は無いんですけどねェ」

 「わしとて真っ向からあやつとやりあいたくは無いわ、出来ることならな。しかしわしは別にあやつのことだけを考えている訳ではない、物事を1つの方向からしか考えられないようでは大成は出来んぞ」

 「とりあえず次は何処へ?」

 「ひとまずは傍観じゃ、あの2人がどの程度やるか拝むとしよう」

 「巻き添えにならない位置でお願いしますよ、師匠」

 2人は、足早にその場所を去った。

 

 これから起こる、尋常を超えた闘いを感じているのかいないのか、大気はどこか普段とは違い、異常なまでの静かさであった。

 

 




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