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第11話 英雄連

 

 英雄連とは――

 凡そ100年以上も前に世界を襲った大恐慌の時代に、それぞれの国の有能な人間が集まり、1つの組織を造った。

 その組織は、分け隔て無く世界中を救う為に奔走し、その力を惜しまずに振るった、どこかの国に所属しているとその国の利益のみを優先してしまうからという考えを根本に持ち、この組織は設立された。

 彼らは数々の活躍を続けたが、決して世界に対して圧力を用いたり、強引に何かを進めたりはしなかった。あくまで一般の力ではどうにもならない問題、例えば見境無く人を食い殺す魔物の退治から始まり、数多くの戦乱を収めたりする仲介役等も彼らは解決していった。

 そしてその全てに対し無償での活動を続けた。

その後、彼らは世界各国から英雄と呼ばれ、彼らの所属する組織、現在の正式名称は相互救済組織英雄連合は、略され親しみを込めて英雄連という名で呼ばれている。

 この一部では偽善者集団と陰口を叩かれる慈善集団は、圧力こそかけないもののその存在自体にかなりの影響力があり、基本的にどの国も英雄連との武力抗争はもとより表立っての非難は避けている、そういう集団である。

 また、英雄連には組織の頂点とも呼べる存在がおらず、各々の采配で全ての行動に責任を持つという独自の組織形態をとっているが、何か世界的な事件、あるいは自分ひとりでは手に負えないと判断した場合は、他の英雄にも協力を要請する場合が有る、定期的、そして突発的な会合が年に数回行われ、その際に自分の知りうる限りの細かな世界情勢について等、あるいは自分の現在の仕事内容について正確な報告をする義務こそあるが、それ以外は基本的に個人の自由という、組織の人間全員が常識以上の水準の能力の持ち主であると言うことの自負が現れている。

 その為、所属している戦力、通称”英雄”は、数が少なく数は正確には明らかにしていないが100人はとても居ないと言う。

 その組織に所属するには厳正な審査が行われ、基本的な戦闘能力はもとより、人間的な魅力も重要である為、世界で最も入るのが難しい組織とさえ言われているのだ、しかし素質の有る人間にはスカウトにも行く事が有るらしい。

 所属している人間と言うのはそれほどの関門を突破したと言う事であり、かなりのステータスでも有る、英雄連所属の英雄であると言えば、世界のかなりの国が優遇してくれるし、贅沢さえしなければ貧しい思いをする事は無いだろう、しかし自分の所属を人に自慢して歩き回るような人間は英雄連には入れないのだ。

 そのような高潔な意思と自分の中の信念が求められるのだ。

 その中の1人の英雄、通称”宝腕”の異名を持つ男、パンチェッタがここに現れたのだ。

 

 「何です? 豪腕?」

 クァルゴが、疑問を口にした。

 どうにも緊張感の欠けた表情をしているが、逆に言えば平常心が揺らいでいないとも言える。

 「宝腕だ。宝の腕と書いてな」

 そうダルマが言うと、クァルゴはパンチェッタの義手を見て。

 「そんなに金がかかっているんですか? 英雄ってお金持ちなんですねェ」

 と、少し場違いな発言をした。

 「違う。この男は、かつて2つの大国がもう少しで戦争と言う状況下で、己の腕を犠牲にその争いを収めたのさ、それ以降この男の失った腕は宝に値すると言われ、その後に宝腕と呼ばれるようになった、最もその事件の前からこの男の格闘技術を賞賛し宝腕と呼ぶ者もいたと言うがね」

 ダルマは解説している間も、パンチェッタから一瞬たりとも眼を逸らさない、パンチェッタも爽やかな笑みこそ浮かべているが、不思議な事にまるで隙が無い、この場で隙が見えるのはクァルゴだけだった、しかしそれもこの2人と比べたらの事で、クァルゴも常人と比べたらまるで隙が無い。

 「詳しいね。ま、あの時は最小限の犠牲で、最大の効果を出しただけなんだけどね、あの戦争を抑えられるんなら俺の腕なんて安い物だったよ、アレはほとんど脅迫に近かった気がするけども、状況が状況でね仕方が無かったのさ、何しろ放って置いたら数万近い、いや数万以上の死人が出たかもしれないんだからね」

 当たり前の事を当たり前のように言った、それだけの印象のセリフだった。

 これだけのセリフをさらりと吐けるのが英雄たる所以かもしれない。

 「この男、その年の格闘技世界大会に出場する予定であったのにな、それを犠牲にしてまで腕を切った、とんだ自己犠牲の精神じゃ、わしには真似は出来んがね」

 どこか小馬鹿にしたような口調だった。

 毒を持った蛙のような視線をパンチェッタに向けている。

 そういういわゆる英雄的な精神やら行動を、心底嫌悪しているようだった。

 その敵意をまるで感じていないのか、パンチェッタは。

 「ところで、さ。あんたらこんな所で何しているの? 真っ当な職業には見えないけどさ」

 と切り返した。

 「言う必要が無いな」

 「そうか……、うぅん。困ったな……」

 「困る事はあるまい、このまま去んでくれればそれで良い」

 「幻闘獣」

 ぽつりとそう言った。

 クァルゴに僅かな緊張が走った。

 「知っているね」

 かなり確信を持っての質問のようだった。

 パンチェッタはそのまま言葉を続けた。

 「職業柄そういう物の名前を聞く事もあるがね……、それがどうかしたというのかね?」

 「俺達が昔、って言っても5〜6年前か、その頃に何体かを始末した――」

 「だから、それがどうかしたのか」

 「ある国に邪魔されてね、まぁ何の証拠もないんだけど。で、その国が何体か隠して保有しているという情報も有るんだ、これも確証が無い、だけどね……」

 そこまで言って、言葉を切った。

 「野放しになっている幻闘獣がいるという噂が有るんだよ、もちろんとある国が隠し持っていると”噂されている”物とは違う幻闘獣がね。これはかなり確かな筋からの情報でね、あいつらの危険性は闘った俺達が良く知っている、特に暴走した時の奴らは下手したら1体でも国を1つぶっ壊しかねない、国なんて中枢が破壊されたら崩壊したも同じだからな、すぐに周りの国に吸収されるかしてその国は無くなっちまう……、だから今の俺達の最優先事項の1つにはそいつらの処分が有るのさ、あんたらは何か知らないかい? 知っていたら是非とも教えてもらいたいんだけどね」

 パンチェッタはやはり人当たりの良い笑みを浮かべながら問いかけた。

 ダルマの表情もにこにこと、まるで孫の相手をしているように笑ってはいるが、内心では色々と考えていた。

 こいつ……

 知っている。

 全てを。いや、全てでなくとも、大半がカマをかけているだけかもしれないが、凡その見当がついている。

 こいつはとある国と遠まわしに言っているが、その国に自分達が所属している事も、そしてまだクァルゴの幻闘獣にこそ気が付いていないかもしれないが、数体の幻闘獣を隠し持っている事に、そして我々がファレイを追い、そのファレイを捕らえ世界中で騒乱の火種を作ろうとしている事も――

 一体どこから情報が洩れたと言うのか。

 本部にスパイが? いや、英雄連の中にはとんでもない凄腕の情報屋を抱えている者もいると聞く、そこからか、あるいは――

 消すか。

 いっその事、この男を消してしまうか。

 いや、英雄連を敵に回すのは面倒だ。

 ただの殺すだけの面倒と言うよりも、どういう余波が世界に広がるか想像がつかないのが面倒だ、あるいは世界中の国を敵に回す危険性がある。

 しかし――

 そういう数々の思考がダルマの脳裏を過ぎった。

 「あんたらが言いたくなかったら別に良いよ、勝手に俺が聞くさ」

 「英雄殿が拷問でもするかね?」

 「なあ、あんた、知っているかい? 他の英雄はどう言うか知らないけどね、俺には3つの信念と言うか考えが有ってね」

 「ほう」

 「1つ、誰もいない場所でこそこそ仕事をしている奴は、大抵が胡散臭い仕事をしている……」

 「それはとんだ偏見だな」

 ダルマは表情を変えずにそう言ったが、パンチェッタは言葉を止めない。

 徐々に、場の雰囲気が張り詰めているように感じられる。

 「2つ、そういう仕事をしている奴は、大抵が他にも悪い事をしている悪党だ……」

 「善悪の判断など人によって違うじゃろうが、英雄殿の考えが他の人間にとっては悪ではないと言い切れるのかね?」

 その言葉を聞いてか、パンチェッタの言葉が止まった。

 場に張り詰めていた空気が弛緩したようだった。

 「まぁ、そうかもしれないな、あんたの言っている事も分かるよ、誰にだって自分の考えがあって、それが正しい事だと思って生きている、その通りさ」

 「英雄殿の善悪の基準は何かね?」

 ダルマの言葉に、パンチェッタは帽子に手をやり、頭を掻くような仕草をした。

 「俺はね、そうだな……。俺は若い頃、10代の最初の頃は喧嘩で負け無しで、かなり自惚れていた時期があった、力で全てが手に入るものだとね、でも違うと言うことに気が付いた、自分の力を磨くのは良い事だ、だがそれを自分の為に使える奴は当たり前すぎる、俺は自分の手に入れた力で他人を救ってやろうと思った、それだけの力が実際に俺には有ったからね、それでそれは自分の為に何かをするよりもずっと達成感があった、そういう考えを持って行動していたらいつの間にか英雄連なんてものに入ってた、だから俺が考えるに善とか悪ってのはさ、一時期の属性みたいなモンだと思っているよ」

 「属性?」

 「今悪い奴がずっと悪い訳じゃない、少しして今の悪い事を反省できるなら、最初から正しい事をしている奴よりもその大事さを知っているのだと俺は思う、だから省みない事が悪だ。後はそうだな、自分の思想や利益の為に無関係の人間を何人犠牲にしても構わないと本気で思っている奴、そういう奴は俺にとって敵であり悪だ、あんたもそう思わないか?」

 「青臭い理論じゃの、生まれながらの死ぬまで治らん悪も存在するわい。それにな、他人の命などまるで関係の無い事柄じゃ、所詮他人は他人、自分の痛みは我慢できなくても、他人の痛みなら何年でも我慢できるだろう、違うかね? 英雄殿」

 ダルマにとってかなりの本心を曝け出していた。

 こういう場面では、嘘をついてその場を乗り切るとクァルゴも背後で思っていたのだが、パンチェッタの言葉に反応したのか、かなり挑発的な言葉を投げつけている。

 あるいはこの老人、目の前のパンチェッタと戦いたいと、そう思っているように見える。

 自分自身の肉体を鍛え上げた人間が持つ欲望、強い存在を前にすると自分が抑えられないという性分が、ダルマを昂らせているようだった。

 もちろん、これが何かの作戦中ならば、相手がどのような相手だろうとまるで機械のように冷徹に仕事をこなすだろうが、直接の任務に関わっていない時は、さすがにダルマもこのような気分になるのかもしれない。

 「……それがあんたの考えかい? 爺さん」

 「ああ、そうじゃの」

 「ふぅん。ま、良いや、人の考えは人それぞれ、それを許容するだけの心を持つ事が重要って奴さ」

 「寛容だの」

 「そうそう、3つ目を教えてやるよ」

 「ん?」

 「俺が思うに……、悪党には人権も容赦も必要ないんだよ!」

 とんでもない気迫の塊のような物がその場で弾けた。

 その気迫には怒気が込められていた。

 気の弱い者ならば、足が竦むほどの圧力が満ちた、これは隠し切れない怒り、そしてその怒りは純粋な怒りだった。

 そういう怒りを思いっきり放つ事が出来るというのも、この男が英雄と呼ばれる1つの理由かもしれない。

 「許容するのでは無かったのかね?」

 「考えだけならな、あんたが世界中を壊してやろうと企んでいても許容するさ。でも、あんたは行動している、それもあんたは自分の為か国の為か知らないが、他の国の人間が何人死のうと気にしない男だ。俺が善かどうかはともかく、あんたは間違い無く悪だ、俺はあんたをここで倒して、その計画を潰す――」

 「計画? まだ何もおぬしは知らぬのだろうが」

 「あんたら2人を叩きのめして、それからゆっくり聞くってのはどうだい?」

 「ほう、面白い。こうなっては仕方が無いな、英雄殿。ここで行方不明になってもらおうか――」

 「師匠、僕はどうします?」

 「お前はそこで見ておれ、1対1で十分じゃ」

 クァルゴはほっとしたように、一歩後退し2人の戦いの見物客役に回ったようだった。

 その言葉を聞いてもパンチェッタは、クァルゴに対しての警戒を怠らない。こういう手合いは、口で手を出すなと言っておきながら、平気で背後から不意打ちを仕掛けかねない、と長年の経験から理解しているようだった。

 「良い事を教えてやるよ爺さん」

 「何かな」

 「俺がここにいる事を知っている人間はいない……、意味は分かるな?」

 つまり、俺をここで殺しても、危害を加えても、俺が報告をしない限り誰にも洩れる事は無い、そう言っているのだ。すなわち英雄連と、あんたの国が問題を起こす可能性を無くすには、俺をここで殺すか捕らえるしかないぜ、というほど意味だ。

 不敵な自信が溢れる言葉だった。

 目の前にはこういう任務を行う相手、素人ではない明らかに戦闘に慣れた2人を前に、パンチェッタはまるで気負いも恐怖も感じていないようだ。

 「何故わしにそれを教える?」

 「どうせなら殺す気で来てもらわないとな、言っておくが俺を捕らえようとは考えない事だ、捕らえられるくらいならば死を選ぶぜ俺はね、だから手加減はするなよ」

 「好戦的な英雄もいたもんだ」

 「ああ、それは俺も自覚しているさ、明らかに戦いが好きだからな俺は、弱い者イジメが嫌いなだけでね。近寄ってちょっと探りをいれるだけのつもりだったんだが、あんたらみたいな剣呑な奴の前に立つと、背骨までビリビリ痺れてくるみたいで我慢できなくてね……」

 「安心せい、その背骨ごと抉り取ってやるわ、そうすれば痺れも何も有るまいて――」

 邪悪な笑みを浮かべてダルマは言った。

 「予定には無いが仕方が有るまい……、英雄殺し、やらせてもらうぞ」

 「かかってきなよ、爺さん」

 そして戦いが始まった。


 

 

 

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