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第10話 世界樹の神槍

 

 荒野を男が歩いている。

 ローブを纏い、1人で荷物も少ない状況で歩いている。

 地面には緑が見えず、大地がその色を覗かせている地面である。

 乾いた道である。

 この地方は今、乾季らしい。

 潤いがどこにも見られない。

 精神的な意味で、潤いが見られないのは、歩いている男も変わらなかった。

 歩いている男――ハヤンは考えていた。

 今の状態はそういつまでも続けられる物ではない。

 目的はある、旅の目的は。

 それを求め続けて、探し続けての5年間だった。

 この身のうちに潜む化物、これを何とかしなければならないという旅だ。

 あの日。

 全てを失ったあの日から数えて5年。

 あの日、自分は自分の居場所をこの世から消した、永遠に。その時の恐怖、あるいは憎悪の念が心を苛み、髪から色を奪った。

 髪の色と共に生きる気力すらも。

 それからは気が遠くなるほど長い年月だった。

 あるいは死が全てを解決してくれるかもしれないと期待し、そしてそれが叶わなかった5年間だ。

 この化物――ファレイは死すらも許してはくれなかった。

 まず自傷行為の全てが不可能だと、それは最初の1年間を徹底的に費やしそして諦めた。

 刃物だろうと銃だろうと魔法だろうと、あらゆる攻撃を勝手に防ぐ。

 これは自分が寝ていようと起きていようと関係なく防ぐ、実際に刃物を手首に当てようとした瞬間に、その手首に霧が発生しその刃を止めてしまうのだ。

 崖から身を投げようと結果は変わらない。

 首を吊ろうと結果は変わらない。

 火の中に身を投じても結果は変わらない。

 最終的には、食べ物も飲み物も摂らずに、餓死という最も苦しくそして気の長い方法を取ろうとした、しかしファレイを身に宿している為か、餓えも渇きも、疲労さえも極端に軽減される、それでも1週間以上も何も飲まず喰わずでいたのだが、栄養失調で気を失った瞬間にファレイが自動的に発動し、気付いた時には周りはまるで戦場跡のようになり、そして胃袋には食い物が詰め込まれている感触が有った、宿主を死なさない為にファレイが食い物を調達し、それを無理に押し込んだのだろう、そしてどちらがついでなのか分からないが、破壊を行ったのだ。

 食料や水の補給はそれからは必須だと知った、この化物と対抗するだけの精神力を見に備えなければならないのだから。

 ハヤンに出来る事は、意志力を高め、この化物の暴走を防ぐ事だけなのだ。

 それでも激しい感情の昂り、例えば恐怖、例えば怒り、喜び以外の強い感情はファレイの餌になると流石に分かってきた、だから最近ではよほどの事が無い限りは平常心を保ち、ファレイを出さないように気をつけることが出来るようになった。

 だが。

 やはり急な攻撃には反応できずに、咄嗟にファレイが出てしまう事も有る。

 つい最近も、突然に襲撃を受け、思わず意識の手綱を放してしまった。

 身の内から溢れるファレイの力は、命を助けてくれたと言う事実は有るには有るが、素直に感謝を出来るはずが無い、気が付いた時には、危うくまた1人殺してしまう所だったのだから、それは本当にギリギリの所で何とかそれは防げたのだが、無意識化ではあるがファレイが3人も殺めてしまったのも分かる。

 盗賊に襲われ、その盗賊を返り討ちにするのとはまるで意味合いが違う、まったくの無関係の命を奪ったのだ。

 ハヤンの精神は極めて落ち込んでいた。

 何歳か老けてしまったかのように見える。

 あの後、平静を装い歩き去ったが、少ししてから吐いた。

 あまりの嫌悪感に、そして拭えぬ罪悪感に。 

 自分という存在が、世界に厄災を撒き散らすだけの存在なのかもしれない、とハヤンは今思えている。

 何とかして手段を見付けなければならない。

 旅をしながらそれを探しているのだ。

 現在の目的は噂が頼りでは有るが、万物の命を奪う槍が存在するという場所に向かっている。

 かつて神話の時代に、全ての物を貫く槍が存在したと言う。

 

 神槍グングニル


 それがそれの名前である。

 もちろんそれは神話であり、現実には存在しない。

 だが、ある名工揃いの一族がそれを模した槍を造り上げたと言う噂が流れたのだ。

 その槍は世界の中心で生命を育む世界樹の樹を使い、そしてそれに何らかの手法で神話のそれ匹敵する殺傷能力を持たせたと言う。 

 世界樹の神槍グングニル・オブ・ユグドラシルといわれるそれを旅をしながら探していた。 

 しかし、実際にはどこの何と言う一族が造ったのかが分からない、北国のどこかという話もあるが、それすらも定かではない。

 槍自体が存在するのかどうかも正確にはわかっていないのだ、ハヤンとしても雲を掴むような話では有っても縋らざるを得なかった。

 もちろん、旅の途中にそれに類する力を持つ武具や、人物については常に探索を行っているが、人込みに入ってから暴走してしまうと被害が尋常でない数、出てしまう恐れがある為それを避けるのだが、人気の無い場所ばかり歩いていると情報がほとんど入らない。

 これがジレンマだった。

 身の内に宿るファレイを何とかしようと人込みに入ると、その人込みでファレイが暴走する不安を抱かねばらない。

 しかし、だからと言ってそれを恐れて人込みに入らないと何も手に入らない。 

 最近では、旅の途中に出会う行商の人間などに、そういう情報を貰う時もあるが、元々人と会話をするのが得意ではない性格なのと、人を信用できない性格のせいで会話もろくに出来ない。

 目的はファレイを何とかする事だが、何度か自分を付け狙う存在を感じている。

 自分を殺せないのならば放って置けば良い物を、わざわざちょっかいを出しに来るのが信じられなかった。

 あるいは、何らかの手段で自分を捕らえるつもりなのかもしれない、殺す事が出来なくても、連中にはそれが可能なのかもしれない、そう思うとまた気分が暗澹としてくる、実験体として余生を送るつもりは無い、そしてこのままファレイと共に老衰を迎えるつもりもまた無い。

 それにしても5年間、よく発狂しなかったと思う時も有る。

 それでも狂わなかったのは、自分自身の精神力の強さと言うだけでなく、義務感や責任感もあったのかもしれない。

 だが、ようやく、情報を手に入れる事が出来た。

 目的の槍がある国で祭られていると言うのだ。

 これは偶然出会った旅の男から聞いた情報だが、確証が有るかどうかと言うとそれは無い、しかし確証があろうと無かろうとそこに向かうしかなかった。

 その吉報を聞きつけ、そしてそれを確かめる為に今、こうして歩いている。

 この状況をいつまでも続けられるわけが無い、一刻も早く終わらせなければならない。

 ファレイを押さえ込む事に最近は成功しつつあるが、まだファレイの力は完全なものではない、徐々にその力が増しているのが分かる。

 感情を抑えながらも急がなければならないのだ。

 宗教大国レゼベルン。

 その場所に目的の物があればいいのだが――

 

                                ・

 

 「やはりな――」

 剣呑な雰囲気を纏っている老人――ダルマが、確信を持ってそう呟いた。

 その視線の先には、ローブを纏ったハヤンが映っているが、その距離はかなり離れている。

 その横には金髪の飄々とした印象を受ける男が立っている。

 幻闘獣憑きのクァルゴというのが、その金髪の男の名前だった。

 「情報を流した通りに動きますねェ」

 「あの男の目的は、自身の力の処分よ。それが今までの行動を考えてようやく分かった、さすればそれを誘導する手段はいくらでも有るわ」 

 「でも完全に嘘って訳じゃないんですよねェ、有るんですか? 神槍って」

 やる気をまるで感じさせない口調でクァルゴが尋ねた。

 「知らん、噂は噂よ、レゼベルンで奴が暴れてくれると、わしらの国が多いに助かる、あの国は色々と厄介だからの」

 「援軍を依頼する必要が無かったかもしれませんねェ」

 「奴を誘導するだけならば要らぬが、捕獲するには人手が要るからの」

 「誰が来ますかね?」

 「さて、な。誰かという指定をしなかったからの、誰でも良いわい、わしが教えた事の有る人間ならばな」

 そこまで言った辺りで、不意に、ダルマの顔に緊張が走った。

 しかしそれは動揺と呼べる程大きくは無かった。

 外見上はほとんど変化が見えない、あくまで精神的な緊張だ。

 誰かがこちらに近づいてくる。

 距離にして500m以内だ。

 街中などでは自分たちに近づいて来る気配はもう少し近づかなければ分からない、それでも明確な殺意を持っていればかなり遠くてもダルマには分かる、こういった人気の無い場所ならば500m以上離れていても察知できるのだが、今回の場合は、相手が有る程度気配に気を使って歩いているということのようだ。

 しかし、完全に気配を断ってはいない、本人にその能力がないのかどうか分からないが、分かる者にだけ分かる気配を放っているようにも見える。

 クァルゴはそれに気付いているのかいないのか、まるで変化が見えない。

 「おい、クァルゴよ。気付いておるか」

 「え、あぁ、誰か近づいて来るって事ですか?」

 まるで当たり前のように言うが、それに対する警戒などがまるで感じられない。

 「本国にこの場所を報せているんでしょう、援軍じゃないんですかねェ?」

 「……どうかな」

 近づいて来る気配は1つ。

 偶然にこの場所を通りかかった旅人や行商の類とは違う、真っ直ぐにこちらに向かってくる。

 一応、気配は断ち、周辺には姿を景色に溶け込ます簡単な結界を張っているが、それでもこちらに向かってくると言うことはよほどの相手なのかもしれない。

 本国に報せた場所は確かにここだが、大雑把な位置を報せておいた、誰か援軍が来た場合はこちらから相手を見つけるつもりだったからだ。

 もし、こちらの正確な位置を報せると、その情報が万が一洩れた場合それは致命的になってしまうからだ。

 援軍にせよ、何にせよ、こちらに真っ直ぐに向かえると言う事は技量が高いと言う事を意味している、警戒に価するほどに。

 相手の姿を目で探す。

 1人の人影が見える。

 誰か?

 ダルマの記憶の糸を手繰るが、その人物に該当する人間が思い当たらない。

 味方に思い当たる顔が無いのだ。

 ならば、敵だ。

 敵としてこちらは警戒するのが常識だ。

 本来ならばそこで止まれ!と声を掛けてしまいそうだが、ダルマはそれをしようとしない。

 こういう緊迫した状況を心底楽しんでいるようだった。

 こちらからは動かず、相手が近づいて来るのを待つ、それをもう決めているようだ。

 いきなり攻撃を仕掛けるか。あるいはとりあえず用件を聞き、用件次第では闘う事にもなるだろう、相手が1人ならばファレイのような化物であろうと、倒す事は難しくても凌ぎきる事はどうとでもなる。

 「クァルゴよ、何が起きても大丈夫なようにしておけ――」

 「分かってますよォ」

 クァルゴが気の抜けた返事を返した。

 そして。

 男が近づくのを2人は息を殺して待った。

 数分も経たずに、男は距離を縮めていた。

 その男は2人から5mは離れた位置で止まり。声を掛けてきた。

 お互いがどのような攻撃をしても、もちろんその技量にも寄るだろうが、お互いに何とか防げると思っている距離のようだ。

 実際には魔法か飛び道具でもない限り届かない距離ではあるが、両者にはそういう常識が通じるとは思えない。

 男は、帽子を被っていた、珍しい形の帽子である。

 顔がほとんど隠れるほどツバが大きい、そして帽子の中心の丁度脳天の部分が尖っている、そういう帽子だ。

 真正面から見ると、顔が口元と鼻の一部しか見えない。

 ちゃんと前が見えているのだろうかと、要らぬ心配をしてしまいそうだった。 

 「なあ、あんたら、ここで何をしているんだい」

 良く通る声だった。

 そして声に緊張がまるで無い。

 一応、姿は見えない結界を張っているのに、まるでお構い無しに声を掛ける。

 そして、同じく見えないはずなのに、2人いると言う事も分かっているらしい。

 姿を隠している相手の事情に、警戒をしている風にも見えない、極めて自然体だ。 

 だが、その自然体が怖い、まったくの他人に、それも姿を隠している事情を持つ他人に声を掛ける時、一体どれほどの人間が自然体でいられるか。

 ダルマは、仕方ないという感じで、結界の外に姿を出した。そしてクァルゴはそれに続いた。

 相手の出方次第では、いきなり襲い掛かる予定であったのだが、その矛先をどうも上手く避けられたという気がしていた、奇妙な事に殺意が起こり難い相手なのだ。

 「お、やっと顔を見せたな。結界を張るならちゃんと張って置かないとな、こういう場所だから人が来ないと思ったんだろうけど、逆に目立つぜ、俺みたいなのからするとさ」

 気軽な口調だった。

 しかし、どうやら援軍ではないようだ。

 結界を張っているのを察知し、それが気になって近づいてきたという口調だった、しかしそれがどこまで真実か。

 それが本当だとしたら、この男の実力は並大抵ではない。

 「やるなあ、おぬし。普通の者は気付かんぞ」

 ダルマは正直に賛辞の言葉を送った。

 ダルマも一見すると男と同じく自然体だが、極めて危険な自然体である、自然にいつもと同じように相手を殺せる心構えをしている自然体だった。

 男には奇妙な愛嬌が漂っていた。

 ダルマがいくら隠しても拭えぬ血の臭いを有しているように、常に何故か人に好かれる雰囲気のようなものをこの男は発しているのだ。

 「普通よりはお節介とは認めるけどね」

 笑みを浮かべた。

 自然な笑みだった。

 そこまで会話して、ダルマは気付いていた。

 男の右腕が左腕と比べると若干違和感が有ることに。

 左腕よりもやや大きく見える。

 そして右腕を視線をその先に向けると、そこにあるのは人の手ではない、人の手に形が似ているが造り物。

 義手である。

 かなり雑な造りで、一目で義手だと分かる、最先端技術を用いれば実際に人の腕と見た目が変わらない物も造れるはずだが、そうはしないようだ。

 そこまで見て、ダルマの脳裏に1人の人物の名前が浮かんだ。

 義手と、そしてこれだけの能力を持つ人間――そう多くはいない。

 「おぬし、まさか……」

 「ん?」

 「英雄連、”宝腕”のパンチェッタか――」

 義手の男は、笑みでその問いに答えた。

 それもまた、清々しいほど爽やかな笑みであった。

 

 

 

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