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短編集

少女たちの憂鬱

作者: 橘高 有紀

「何なのですか。昨日からずっと、じいっとこっちを見たりして」

 ホームルームが終わるのを待って、ロロットは後ろの席に問いかけた。ミアケルが、べーつーにー、とそっぽを向く。その拗ねたような唇を突き出した態度は、微かな苛立ちを伝えてきた。まるでロロットが悪い、と責めているようである。

 この状況が、実は昨日から続いていた。喧嘩をしたわけではなかった。喧嘩ができるほど二人の距離はまだ近くない。

 しかし、口べたで人付き合いの苦手なロロットが、自分の部屋に呼んでも良いと――泊めても良いと初めて認めた相手がミアケルだった。先日だって一晩中おしゃべりしたのだ。あれ以来、ミアケルとの距離がぐっと縮まったようで嬉しかったのに――一方的な錯覚だったのだろうか。

 ミアケルは、孤立しがちなロロットに性懲りもなく話しかけて、ついに友人の座を獲得した貴重なクラスメイトだった。今も、授業の合間に後ろの席から手を伸ばし、ロロットの長い髪に触れている。ロロの髪が好きなの、と公言する彼女は、このダークブラウンの髪に触る権利が自分にある! と固く信じて疑わない。

 それが不思議でならなかった。心を許した誰かに触られるのは、少しの緊張と、こそばゆさがある。

 だが、ミアケルの様子がおかしいのは変わらない。戸惑いを覚えても、当人が「別に」と言い張るのだから追及もできない。どうやったら彼女の機嫌が直るのか。そもそも原因は何なのか。心当たりがまったくない。

「ね、ミアケル。帰りにクレープ食べに行きませんか。キャスパルのクレープ」

 駅前にあるそのクレープ屋は、クラスで流行の店だ。ミアケルが行きたいと口にしていたので誘ったのだ。ぱあっと一瞬だけミアケルは笑顔になり、その後ハッとしたように不機嫌さを装った。いいよ、という返事は貰えたけども、困惑は深まるばかりである。

「ミアケル、雑貨屋さんに寄りませんか? 可愛いペンが売っていたのです」

「ミアケル、あそこのリボンが可愛いんです。きっとミアケルに似合うと思います」

「ミアケル、あの犬触ってみたいと思いませんか? もこもこしていて男爵みたいですよね」

「ミアケル、あの男の人、芸能人の誰かに似ていませんか?」

 懸命に話しかけてもミアケルの態度は素っ気ない。明るいミアケルの笑顔が欠けただけで、二人を取り巻く空気はどんどん重くなった。ロロットも途方に暮れた。もしかしてすでに致命的なミスを犯してしまったのではないか。だから、ミアケルは怒っているのではないか。

 クレープ屋の可愛らしいテーブルについたときには、涙が堪えきれず、膝の上にぽたぽたと零れた。訳もわからず責められる状況に、ロロットは慣れていなかったのだ。今まで、人間関係を維持し続けたいと思う相手に出会ってこなかったから。

 荷物を置いたミアケルがギョッとして身を乗り出した。

「ロロ、泣いてるの!? え? どうして?」

 問い掛けながら、彼女は回り込んでくる。心配して、路上にしゃがんで上目遣いで案じてくれる。握りしめられた手を握り返すこともできず、ロロットは涙を落とすばかりだった。

「ミアケル、怒ってるんですか? 私、何をしましたか? 私、どうしたら……いいのか」

 鼻の頭を真っ赤にして、自分が嫌われたんじゃないかと、小声でロロットは訴えた。嫌わないで、という本心を明かすのはとても勇気が必要だった。誰かにすがりつくようで恥ずかしくもあった。しかし、これ以上の対策は浮かばなかったのだ。

 ――嫌われてしまう。やっと大切な存在ができたと思ったのに。

 すると「バカ」と頭をこづかれた。

「バカバカ、ロロ。全然見当違いのところで勝手に勘違いして傷ついてる。もう、バカ! 私のほうが泣きたいぐらいだったのに――」

 言い差して、ミアケルは口を噤んだ。落ちてくるロロットの長い髪をかき分け、熱のこもった眼差しを向けてくる。

「ごめんね。ロロがそんなに追い詰められてたなんて知らなかったの。だけどね、私はただ」

 言いよどみ、手を放そうとしたミアケルを、咄嗟にロロは引き留めた。

「なに、ミアケル? ただ?」

「……ミアケルじゃなくてミーアって呼んで欲しかったの。友だちはみんなそう呼ぶんだよ。私はロロットのこと、ロロって呼ぶのに」

 ロロットの良いところはキッチリしているところだけど、どこか距離を感じて寂しかったとミアケルは吐露した。ミアケルと呼ばれるたび、仲良くなれてないんだと落ち込んだとも。

 ロロットは驚いた。予想外の指摘だったのだ。

「ミーアって言ってよ、ロロ。さもないと、私もロロットって呼ぼうかな。ね、ロロットさん」

 口ごもったロロットは、俯いた。ミアケルに、愛称以外の呼び方をされて傷ついた自分に困惑していた。二人の間に、突如として溝ができたようで。

「嫌なもんでしょう? 名前ってね、不思議なんだよ」

 ロロットなら、ロロだよね。そう呼んでもいい?

 同じクラスになって言葉を交わすようになって、いつかミアケルはそう言った。あのときは何の気もなく承諾したが、意味のあることだったのだ。

 親しみを持っていい? 私のお友だちになってくれる?

 そう問い掛けられていたのだ、と初めて知った。呼び名が関係を変えるとは。

「ごめんなさい、……ミーア」

 それは、知らない名前のように辿々しく唇から溢れた。しかし、ミアケルは嬉しそうに笑って、うなずいた。

「じゃあ、その丁寧語も私には止めようよ。せっかく仲良くなったんだから、もっと気軽にしゃべろう?」

「でも、このしゃべり方は、もう癖になっていますから――」

「大丈夫だよ。気楽にしたらいいの。だって私とロロは友だちなんだもの」

 戸惑い混じりに、うん、とロロットは微笑んだ。

SSの習作。お試しで書いた前作の少女二人が可愛くて、再び書いてしまいました。

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