第44話 温かい食事
「美味しい」
夢咲さんは一口食べると、顔をほころばせてそう言った。本来の彼女は感情表現が豊かなのかもしれないな。義妹との自己紹介であたふたして、美味しいものを食べたら笑う。強くて、しっかり者。そんなイメージを俺自身も当てはめていたのかもしれない。
他に最善の方法があったかどうかは分からない。けれど、彼女の笑顔を見て思うのは少しでも手助けになればいい。そんな感情だった。
「お兄ちゃん、何にやけているの?」
「えっ……そんなに気持ち悪い笑みを浮かべていた」
「う~ん、どちらかというと幸せそうな感じかな?」
気持ち悪いとか言われたらどうしようかと思ったが安心する。変に下心があると思われて距離取られるのは嫌だし。でも、今の俺の素直な気持ちを伝えるなら。
「皆で楽しく食べるご飯はやっぱりおいしいなって、改めて感じていた」
「なにそれ」
義妹はそう言って、照れ臭そうに笑う。
「でも、私も分かるかな。家族と食べるご飯は格別だから」
「だよね!」
夢咲さんと同じ気持ちを共有できることに嬉しさを感じた。その後も、じゃがいもがホクホクだねっとか、いんげんのシャキシャキした触感がたまらないよね。なんて普通を会話を交わす。二人のやり取りを見ていて思う。
きっと本当の意味で夢咲さんを理解できるのは義妹だろうな。容姿も勉強も優れていて、それで反感を買うこともあった。できれば互いに支えあってほしいと思いながら、美味しいご飯を口に運ぶのだった。
「それじゃあ、食器片づけるね」
「……流石に悪いよ」
「いいのいいの、夢咲さんはお客さんなんだから」
なんて言って俺はお皿を片付ける。涼花の皿も俺と一緒に乗せ、それに涼花が夢咲さんから皿を回収した。
どこか申し訳なさそうにする彼女だったが正直この空間に俺の方が耐えられなかった。食事が終わるとふと、彼女がいることを意識してしまったからだった。
***
私は彼のことを改めて見つめる。その姿がいつもよりも数段増してカッコよく見れるのは気のせいだろうか?
なんて思わず彼のことを視線で追っていると、耳打ちされる。
「いまのお兄ちゃん凄くカッコいいですよね?」
なんて、どこか小悪魔的な笑みを浮かべながら告げる義妹さんの姿があった。
「実は私お兄ちゃんに嘘ついていることがあるんです。似合わない髪型をあえて勧めて変な虫が付かないようにって。今は雨のせいで崩れてるんですけどね……」
なんてどこか私を試す義妹さんの姿を見て確認した。義妹さんも私と同じように、きっと連のことが好き……なんだって……。
改めて再確認した自分の気持ちに頬が赤くなるのを感じつつ、それでも諦めるつもりはなかった。私を見つめる義妹さんの目はふっと優しくなる。
「正々堂々と勝負しましょうか」
「……うん、負けないよ」
「はい!」
どこか嬉しそうに、それでいて悲しそうにする彼女に驚きつつ。けれどライバルとして認められたのが嬉しかった。
***
「ご馳走になったうえに、おすそ分けまでいいの?」
彼女を送ろうと門扉の前まで来る。紙袋を渡すと夢咲さんは、どこか遠慮がちに俺の事を見上げながら、尋ねてくる。
「うん、せっかく夢咲さんも作ってくれたんだし、両親にだって食べさせたいでしょ?」
「それは、まぁ、そうだけど……」
色々してもらった上で、悪いなと思っているんだろう。気にしなくてもいいのにな。
「夢咲さんはさ、もっと自分の感情に素直になってもいいと思うよ」
伏し目がちだった彼女の瞳が俺を見つめる。どこか揺れ動く表情からは、遠慮しながらもどこか期待している部分もある。俺の気持ちを窺うそのしぐさが、どうしてかな子犬のように感じて抱きしめたくなる。
「これまで一人で何とかしようと頑張ってきたと思う……けど、これからは何かあっても助けるし、フォローもする。だから、頼ってよ」
できるだけゆっくりに、夢咲さんの心に届けらえるように、ありのままの本心をぶつける。すると、彼女は驚いた顔でこちらを見つめ、ふっと表情を緩めて笑う。
「うん、そうだね」
そう言った自分の言葉を噛みしめるようにして、微笑んでいた。なのに今は視線を彷徨わせて、何かを考え込んでいるようだった。彼女は、指を身体の前で絡ませながら、緊張した面持ちでこちらを見上げる。
「あのね……」
「う、うん」
急に発した声の大きさに彼女自身も驚いているようだった。それでも意を決したようにこちらを見つめて、口を開いた。
「連って呼んでもいい?」
「……えっ?」
咄嗟に言われたことに理解が追いつかず、戸惑いを浮かべてします。彼女はそれを否定と受け取ったのか、落ち込んだように呟く。
「やっぱり、嫌だよね」
「いや、そうじゃなくて……その、下の名前で呼びたいって言った?」
「うん、そうだけど……」
そっか……そう言ったんだよな。もちろん深い意味はない筈だ。友人と呼べる人が出来て、名前で呼び合う関係に憧れた適なやるだろう。だから変に動揺するな。
どこか頬を赤らめながら、なんとか声を絞り出した彼女の雰囲気に、こちらまで緊張して、どこか手が汗ばんでいた。
「別に大丈夫だよ。じゃあ、俺も桜って呼んでいい?」
「いい、よ」
声は上ずっていなかっただろうか、変に顔がにやけていないよな。なんて心配しながらも彼女の様子を伺う。どうやら桜も恥ずかしかったようで、頬を赤く染めていた。
そう……だよな、初めて友人と認めて下の名前呼びでいいかって尋ねるの緊張するよな。俺は別の意味で緊張していたりするんだけどね。
「それじゃあ、また明日」
桜はそういって、走り去っていった。駅までは送る予定だったが、何となく恥ずかしくて俺はその場で立ち止まっていた。走り去っていく彼女の姿は小さくなっていきやがて見えなくなる。
門扉から家の中に入った俺は、今日の出来事を少し振り返る。思い浮かんでくるのは、楽しそうに涼花と話す姿で、肩の力を抜いて笑う姿だった。その光景に俺自身も、自然と口元が緩む。
そんなことを思っていると、まだ玄関にいた涼花がこちらに声を掛けてきた。
「お兄ちゃん、嬉しそうだね」
涼花もまた、優しい笑みを浮かべていた。その穏やかな表情につられるように、俺も心が温かくなる。
「うん、やっぱり誰かの笑う姿は見ていて安心する」
「そうだね」
教室の皆は彼女の変わりようにビックリするだろうな……でも、もしかして緊張して話せない可能性もあるよな。やっぱり、事前に千夏や雫には事前に伝えといた方がいいか?
けれど、それを桜が望んでいるかはまた別のことで……。そんなことを考え込んでいると、ふふっと軽く笑う声が聞こえてくる。
「はいはい、明日のことを杞憂してもしかたないよ、お兄ちゃん」
「ホントに涼花には隠し事ができないな……」
「そうだよ、でもお兄ちゃんの恋心に関してはまだまだかな」
「言っとくけど、恋はしてないよ」
「でも、ドキドキはしていた」
「……よく、わかったね」
「兄妹だからね」
そう言った義妹の笑顔が眩しかった。逆に言うと義妹だって誰かに好意を抱く可能性はあるわけで……
「どうしたのお兄ちゃん」
「いや、涼花が誰かに好意を抱いているところを想像して釈然としないというか……」
「ふふっ、お兄ちゃんもそういう事気にするんだね」
「当たり前だろ」
今も昔も変わらず、一番大切だと思う存在は義妹だけなんだから。親父とどっちがと聞かれても義妹と即座に答える。
「安心していいよお兄ちゃん、私が好きになるのはこれからもたった一人だけだから」
「それって……」
「秘密!」
涼花は口元に手を当てながらふっと微笑んだ。それに思ず視線を奪われていた。
「なにやってるのお兄ちゃん?」
なんて声に我に返りながら俺はふっと微笑んで、家に入るのだった。




