表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

第四話

午前一時三分。

ナースステーションの電話は鳴らなかった。

代わりに、救急回線が鳴った。

『二十二歳女性。睡眠薬大量服薬。意識混濁。血圧低下あり』

名前を聞いた瞬間、湊は一拍だけ呼吸を止めた。

宮下結衣。

「電話は」

思わず口に出る。

『?』

「いえ、受けます」

ストレッチャーで運ばれてきた結衣は、前回より明らかに状態が悪かった。

呼びかけへの反応は鈍い。血圧は低め、呼吸も浅い。

「何錠」

『不明です。空シート多数』

前回より多い。

選ばなかった量を、今夜は選んでいる。

保護室ではなく、処置室へ。

「酸素二リットル。ルート確保。採血」

指示を出しながら、湊は一度だけ、彼女の顔を見る。

電話は鳴らなかった。

“飲む前に一回だけ”。

その一回は、使われなかった。

胃管を入れる。

暗い液体が吸引される。

身体は、明らかに“本気”に近づいている。

それでも。

どこかで思う。

まだ間に合う量だ、と。

それが医師の思考だった。


結衣の処置が一段落した頃、再びサイレンが近づく。

午前三時二十分。

『四十六歳男性。縊頸。家族が発見。心肺停止で搬送中』

空気が変わる。

処置室の照明がやけに白い。

ストレッチャーが滑り込む。

頸部に索状痕。顔面うっ血。瞳孔散大。

「CPR継続。挿管します」

機械的に身体が動く。

胸骨圧迫。バッグ換気。アドレナリン。

結衣の細い腕とは違う、重い体。

時間が伸びる。

三十分。

四十分。

心拍は戻らない。

モニターは、平坦な線を描く。

午前四時九分、死亡確認。

家族の泣き声が廊下に漏れる。

湊は一度、目を閉じる。

本気の企図は、静かだ。

電話も、予告もない。

量の加減もない。

“消えたい”ではなく、

終わらせる、という選択。

夜が白み始める頃。

処置室のベッドで、結衣はまだ眠っている。

血圧は持ち直し、呼吸も安定している。

助かる。

ほぼ、間違いなく。

湊は廊下に出る。

さきほど家族が泣いていた椅子は、もう空だ。

同じ夜。

一人は戻らず、一人は戻る。

違いは何か。

量か。方法か。衝動か。

それとも。

結衣は、死にたいのではなく、

“生きたまま苦しさを外に出す方法”を知らないだけなのか。

約束は破られた。

だが、彼女はここにいる。

処置室のドア越しに、規則正しい心拍音が聞こえる。

電話は鳴らなかった。

それでも、湊は思う。

次に鳴るかもしれない、その一回のために、

今夜もここにいるのだと。

午前五時十二分。

夜が終わる。

救えた命と、救えなかった命を抱えたまま、朝が来る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ