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第三話

午前九時前。

採血結果に大きな異常はない。

意識は清明。歩行も安定。嘔気も軽快。

湊は外来の診察室で、結衣と向かい合って座る。

保護室ではなく、普通の椅子。

「今回は入院適応はなし。帰宅で大丈夫だと思う」

彼女は静かにうなずく。

「友達が迎えに来ます」

「連絡はついてる?」

「さっき」

間が空く。

「次の外来、予約していこう」

「……はい」

ペンを走らせながら、湊は言う。

「量は増えてない。でも、回数は減ってない」

「先生、怒りますか」

「怒らない」

本心だった。怒りは湧かない。

代わりにあるのは、薄い疲労感だ。

「死なないで、とは言わないんですか」

問いは、試すようでもあり、確認するようでもある。

湊は少しだけ視線を上げる。

「言わない」

結衣の目が揺れる。

「代わりに、約束してほしい」

「なに」

「飲む前に、一回だけここに電話する」

沈黙。

「夜中でもいい」

彼女はしばらく考え、それから小さく言う。

「……一回だけなら」

「それでいい」

完璧な安全契約ではない。

法的拘束もない。破られることもある。

それでも、ゼロではない。

診察室のドアがノックされる。

迎えが来たらしい。

立ち上がった結衣は、扉の前で振り返る。

「先生」

「うん」

「昨日よりは、ちょっとだけマシです」

それが薬のせいか、夜が明けたせいかは分からない。

扉が閉まる。

診察室に、昼の光が差し込む。

湊は一人になり、椅子にもたれた。

無力ではある。

だが、完全に無関係でもない。

それが、この仕事の、曖昧な救いだった。

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