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第十三話

夏の午後。結衣は駅前のカフェに座っている。

スーツは少し大きめで、髪もきちんとまとめている。

通勤用のリュックには、薬もスマホも入っている。

退院後一週間。職場復帰は順調……のはずだった。

だが、午前中の会議で、手の震えが止まらなかった。

小さな声で答えなければならない場面で、声が震え、言葉が途切れる。

上司は何も言わない。

周囲も気づかないふりをしている。

家に帰ると、胸がざわつく。

——また、参加できてない。

その夜、眠れずにスマホを手に取る。

受話器ではなく、自分で記録するメモアプリに、感情を打ち込む。

震え、過呼吸、動悸。入院中には出なかった症状。


翌日、外来で湊に報告する。

「実は、退院後に不安が出て……手も震えて、心臓もすごく速くなるんです」

湊は聴診器を置き、椅子に腰掛ける。

「前の入院で見えなかった症状だね」

「……診断、つくんですか」

「可能性はある。パニック障害や不安症、入院時には表面化してなかったもの」

結衣は少しほっとした。

「名前がつくと、やっぱり安心です」

「対処法も明確になる」

湊は微かに笑う。

「参加してる感じは?」

「……七十点くらい」

完全ではない。

でも、電話なしで、薬なしで、ここまで来られた。


一方、湊は夜勤明けに佐伯と夜勤交代を待っていた。

「今日は忙しかったですね」

「そうですね」

少し沈黙が流れる。

その間に、湊は自分の胸のざわつきを押さえきれなくなる。

「……正直、しんどいです」

佐伯は視線を外さず、椅子に座ったまま頷く。

「夜勤のせいですか?」

「それもあります。患者さんのことも……」

言葉が途切れる。

吐き出すと、胸の奥が軽くなる。

「誰にも言えなかったんです。医者なのに」

「言っていいんですよ」

静かな声。

湊は小さく息をつく。

「結衣さんも、退院してから症状出て、苦しんでるんです」

「でも、電話なしで耐えてますよね」

「……はい。でも、私も、少しずつですね」

佐伯は軽く微笑む。

「少しずつなら、回復って言えるんじゃないですか」

湊は微かに笑い返す。

胸の奥のざわつきは消えない。

だが、受け止められる自分がいる。

夜明け前の病棟に、少しだけ希望の光が差す。

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