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第一話

午前一時四十六分。

ナースステーションのデジタル時計は、いつも同じ色で夜を刻む。

 朝倉湊は、冷めた紙コップのコーヒーを一口飲んでから、救急要請の内線を取った。

「はい、当直です」

救急隊の声は慣れている。

『二十二歳女性。睡眠薬の大量服薬。意識レベルJCS一桁、呼吸安定。バイタルは今のところ保たれてます』

「薬剤名は?」

『ブロチゾラム、推定三十錠以上。空シートあり』

ベンゾジアゼピン系。致死量とは言いがたいが、放置もできない数だ。

「受けます」

 受話器を置いたあと、湊は立ち上がる。

 感情は特に動かない。三十錠。月に何度も見る数字だ。

ストレッチャーが搬入口から押し込まれてくる。

 蛍光灯の光の下で、若い女が眠るように横たわっている。

「宮下さん、聞こえますか」

 まぶたがわずかに動く。

 長い睫毛の下で、視線が揺れる。

「……先生?」

「そう。今日も来たね」

軽く脈を取り、瞳孔を確認し、呼吸数を数える。アルコール臭はない。

胃洗浄の適応は微妙だ。時間経過と意識レベルから見て、経過観察でいける可能性が高い。

「今回、何時ごろ飲んだ?」

「……わかんない」

「誰かに連絡した?」

沈黙。

救急隊員が書類を差し出す。

“自宅で発見。友人が通報。過去にも複数回OD歴あり。”

いつもの文面だ。

「保護室、空いてますか」 

看護師がうなずく。

湊は一瞬だけ、彼女の腕を見る。

新しい切創はない。古い瘢痕が白く浮いているだけだ。

「死にたかった?」

形式的な問い。

宮下結衣は、焦点の合わない目で天井を見つめたまま、小さく言った。

「……消えたかっただけ」

その言葉も、三度目だった。

ストレッチャーが保護室へ向かう。

重い扉が閉まる音は、夜を区切る音に似ている。

午前二時十二分。

カルテに「自殺企図」と入力しながら、湊は思う。

企図、というほどの決意が彼女にあるのかどうか。

モニターの心拍は規則正しい。

少なくとも今夜は、生きている。

ナースステーションに戻ると、看護師がぽつりと言った。

「先生、またですね」

「そうですね」

それ以上の言葉は続かない。

窓の外は真っ暗だ。

昼間の街は、ここで何が繰り返されているかを知らない。

湊はふと、考える。

もし彼女が本気で死ぬ日が来たら。

自分は、それを見抜けるのだろうか。

モニターの電子音が、一定のリズムで鳴り続けている。

それは、誰かの命がまだ続いているという、

ただそれだけの証明だった。

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