第8話 処分案は、辺境領地だった
処分は、静かに、しかし確実に進められていた。
見せしめ事件から三日後。
俺は、学園本館の最上階へ呼び出された。
ここは、普段なら王族か、学園理事しか足を踏み入れない場所だ。
(来るべきものが来たな)
廊下を歩く間、俺の視界には複数の数値が重なっていた。
【政治判断進行中】
【排除形式:合法】
【最終結果:未確定】
殺されはしない。
だが――学園には、いられなくなる。
会議室には、三人が揃っていた。
第一王子アルベルト。
第二王子レオンハルト。
そして、聖導師マグナス。
この時点で、答えは半分見えている。
「レイン・アルト」
口を開いたのは、アルベルトだった。
「君を、ここに呼んだ理由は分かるね」
「処分について、でしょう」
はっきり言うと、アルベルトは一瞬だけ表情を曇らせた。
「……処分、という言葉は使いたくない」
だが、使わないだけだ。
現実は変わらない。
「雑用科に起きた一連の騒動。
派閥間の摩擦。
教会との衝突」
アルベルトは、苦しそうに続ける。
「君は、意図せず学園の“均衡”を崩した」
その言葉に、レオンハルトが口を挟む。
「意図せず、は嘘だろう」
冷たい声。
「彼は理解してやっている。
だからこそ、ここまで来た」
視線が、俺に向く。
俺は、否定も肯定もしなかった。
マグナスが、ゆっくりと手を叩く。
「どちらでもよい」
柔らかな声。
だが、内容は冷酷だ。
「問題は、君が“学園に収まらない”という事実だ」
俺の視界で、数値が確定する。
【学園適合率:ゼロ】
「そこでだ」
アルベルトが、一枚の書類を差し出した。
「君には、別の役割を用意した」
紙面に書かれていた文字を見て、
俺は、思わず小さく息を吐いた。
――辺境領地、臨時管理者任命。
名目は“褒賞”。
実態は、追放。
「どういう、つもりですか」
問いは、アルベルトに向けた。
「処罰ではない」
必死に言い張る。
「学園を離れ、王国のために力を使ってほしい。
あそこは……荒れている」
視界に、詳細が浮かぶ。
【辺境領地】
【人口:極少】
【税収:ほぼゼロ】
【魔物発生率:高】
【失敗時責任:全負担】
(完璧な“墓場”だな)
レオンハルトが、楽しそうに笑った。
「上手い手だ」
アルベルトを見て。
「失敗すれば、自然消滅。
成功しても、中央には戻れない」
そして、俺に視線を戻す。
「どうする、レイン・アルト?」
俺は、しばらく沈黙した。
この場で拒否すれば、
次は“正式な罪”が用意される。
受け入れれば――
学園を去る。
だが。
(どのみち、ここには居場所がない)
俺は、ゆっくりと口を開いた。
「条件があります」
アルベルトが、顔を上げる。
「聞こう」
「同行者を、選ばせてください」
空気が、一瞬止まった。
マグナスの目が、僅かに細くなる。
「人材の持ち出しは、好ましくない」
「雑用科の生徒です」
はっきりと言う。
「学園にとっては、価値のない人間たち」
その言葉に、アルベルトが苦しそうに目を伏せた。
だが――
否定はできない。
レオンハルトが、低く笑う。
「いいだろう。
どうせ“捨てる場所”だ」
マグナスは、数秒考え――頷いた。
「条件付きで認めよう」
条件。
当然だ。
「彼らの行動は、すべて君の責任とする」
「承知しました」
最初から、そのつもりだ。
会議室を出る時、
アルベルトが、俺を呼び止めた。
「レイン」
迷いと、後悔の混じった声。
「……本当に、これでよかったのか?」
俺は、振り返らなかった。
「俺にとっては、最善です」
それは、嘘じゃない。
ここでは、できることが限られている。
だが――
辺境なら、制限は少ない。
(学園は、盤面が小さすぎた)
詰所に戻ると、仲間たちが集まっていた。
「……決まったんですね」
ミレイアが、覚悟した目で言う。
「ああ」
俺は、全員を見渡した。
「俺は、学園を去る。
辺境領地の管理を任された」
一瞬の沈黙。
そして――
誰一人、驚かなかった。
「……一緒に、行けますか」
ドランが、短く聞く。
「来るなら、楽じゃない」
「分かってます」
その即答に、数値が跳ねた。
【忠誠総量:確定】
【集団移行準備:完了】
(……いい)
俺は、頷いた。
「なら――ここが、終点だ」
雑用科は、学園の掃き溜めだった。
だが、ここで拾ったものは、確かだ。
才能を測り損ねた人材。
恐れられ、捨てられた力。
それらを抱えて、俺は学園を出る。
追放ではない。
拠点変更だ。
この国は、まだ知らない。
辺境が――
次の中心になることを。
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