第7話 最初の見せしめが、雑用科を狙う
異変は、あまりにも露骨な形で起きた。
朝の鐘が鳴るより早く、
雑用科の詰所の前に、見慣れない騎士たちが立っていた。
白と金の装束。
胸元には、聖印。
――教会騎士団。
周囲の空気が、凍りつく。
「雑用科所属の生徒は、全員その場で待機せよ」
有無を言わせぬ声。
俺の視界に、警告のように数値が浮かんだ。
【強制介入】
【見せしめ確率:高】
【犠牲者必要数:1】
(来たな)
想定より、少し早い。
「……何が、起きているんですか」
ミレイアが、震える声で尋ねる。
「静かにしていろ」
騎士の一人が、冷たく言い放つ。
「神聖な調査だ。
雑用科の中に、禁忌に触れた者がいる」
ざわめきが走る。
禁忌。
その言葉は、この学園では“死刑宣告”と同義だった。
「誰ですか」
俺が前に出る。
騎士の視線が、俺に向いた。
「……お前か?」
数値が、僅かに揺れる。
【疑念:中】
【本命候補:別】
(俺じゃない)
最初の犠牲は、別に決められている。
「名を呼ばれた者は、前へ」
騎士が読み上げた名前を聞いた瞬間、
ミレイアの肩が、大きく震えた。
「……私?」
血の気が引いた顔。
周囲が、凍りつく。
「彼女は、関係ありません」
俺は、即座に口を開いた。
「雑用科の作業記録も、人員配置も、すべて俺が管理している。
不審な点はない」
騎士は、鼻で笑った。
「管理?
雑用科風情が?」
そして、冷酷に告げる。
「禁忌魔導具の部品が、第四実験棟から消えている。
最後に出入りしたのは――この女だ」
完全な捏造だ。
だが、証拠は“用意されている”。
ミレイアの頭上に、赤い警告が重なる。
【処分予定】
【役割:見せしめ】
(やはり……)
狙いは、俺じゃない。
俺の“周囲”だ。
「連れて行く」
騎士が、ミレイアの腕を掴む。
その瞬間――
雑用科の空気が、張り裂けそうになる。
誰も動けない。
動けば、同罪になる。
それが、教会のやり方だ。
「……離してください」
ミレイアの声は、かすれていた。
俺は、一歩前に出た。
――ここで止めなければ、終わる。
「異議を申し立てる」
騎士が、ゆっくりと振り返る。
「ほう?」
「その証拠、提示してください」
一瞬の沈黙。
周囲の視線が、俺に集中する。
「提示は不要だ」
騎士は、平然と言った。
「神の名において、我々は正しい」
それが、この国の“最終回答”。
(……そうか)
俺は、深く息を吸った。
――なら。
「では、俺が引き受けます」
その言葉に、空気が止まった。
「レインさん!?」
ミレイアが、叫ぶ。
騎士の眉が、僅かに動く。
「どういう意味だ」
「禁忌に触れたのは、俺です」
完全な虚偽。
だが、意図的な虚偽だ。
俺の視界に、数値が流れる。
【自己犠牲宣言】
【注目度:最大】
【排除優先度:上昇】
(これでいい)
見せしめが必要なら、
“価値のある標的”を差し出す。
そうすれば――
相手は、選ばざるを得ない。
騎士たちは、互いに視線を交わした。
彼らの役割は、雑用科を萎縮させること。
だが――
学園全体を敵に回すのは、まだ早い。
俺は、すでに“噂”になっている。
ここで俺を処分すれば、
学園は確実に揺れる。
(……迷っているな)
数値が、揺らぐ。
【処分可否:未定】
【上位判断要請:発生】
騎士の一人が、低く舌打ちした。
「……今日のところは、引く」
ミレイアの腕が、解放される。
「だが覚えておけ」
俺を、真っ直ぐに見据えて。
「次はない」
そう言い残し、騎士団は去っていった。
その場に、重い沈黙が落ちる。
次の瞬間――
ミレイアが、泣き崩れた。
「……なんで……」
俺は、彼女の前にしゃがみ、静かに言う。
「選ばれただけだ」
「え……?」
「才能じゃない。
恐れられたんだ」
それが、真実だ。
周囲の仲間たちの数値が、はっきりと変化している。
【忠誠誘導値:上昇】
【集団結束率:臨界突破】
(……越えたな)
もう、後戻りはできない。
教会派閥は、俺を“危険人物”として認識した。
そして――
雑用科は、俺の“派閥”として固定された。
その夜。
詰所の灯りの下で、俺は一人、考えていた。
(次は、直接来る)
今回の見せしめは、失敗した。
なら次は――
合法的な排除だ。
処分。
追放。
辺境送り。
選択肢は、限られている。
だが――
それでいい。
学園は、もう狭い。
ここで拾ったものは、
外に出てこそ、活きる。
俺は、静かに決意する。
この学園は、
俺を潰せなかった。
なら次は――
世界の方が、俺を受け止める番だ。
いつもご覧いただきありがとうございます。
次の投稿からは、1日1回の更新になると思います。
ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




