第6話 雑用科の噂が、学園を一周した
それは、ある朝を境に始まった。
雑用科の詰所へ向かう途中、
すれ違った上級生が、こちらを見て小声で何かを囁く。
「……あれが、例の」
「雑用科の……」
視線が、明確に俺を追っている。
好奇でも侮蔑でもない。
警戒と計算の混じった目。
(広がったな)
噂は、もう“面白話”の段階を越えている。
「レインさん」
ミレイアが、朝の作業割り当て表を覗き込みながら言った。
「今日、雑用科への依頼……増えてます」
掲示板には、普段の倍以上の紙が貼られていた。
・派閥間調停の補助
・実験科トラブル後処理(立ち会い指定)
・武闘科訓練の人員整理
・寮内トラブル仲裁
――明らかに、質が変わっている。
ただの危険作業ではない。
“人が揉める場所”に、俺の名前が指定されている。
(利用され始めた)
だが、それは悪い兆候ではない。
組織は、問題解決能力を見せた人間に依存する。
依存は、やがて支配に変わる。
最初の仕事は、貴族科と武闘科の衝突だった。
訓練場で起きた、些細な口論。
だが背後には、派閥の思惑が透けて見える。
「貴族の命令は絶対だ!」
「ここは武闘科だ、机上の空論を振りかざすな!」
怒鳴り合う二人の頭上に、数値が踊る。
【貴族生徒:統治適性C/特権依存度:高】
【武闘科生徒:統治適性B/反発率:高】
(このままだと、拗れる)
俺は、二人の間に立った。
「問題は、命令の正当性じゃない」
周囲が静まる。
「武闘科は、訓練の効率を求めている。
貴族科は、成果の可視化を求めている」
二人の視線が、俺に集中する。
「目的が違うだけだ。
なら、分ければいい」
簡単な調整案を出す。
訓練内容の一部を数値化し、貴族科に提出。
残りは武闘科の裁量に任せる。
数分後――
争いは、嘘のように収まった。
周囲が、ざわつく。
「……今の、雑用科が?」
「調停役、慣れてないか?」
(これでいい)
解決策の中身より、
“解決した”という事実の方が重要だ。
昼を過ぎた頃には、
噂は確信へと変わっていた。
「雑用科のレインに任せれば、揉めない」
「派閥間の潤滑油だ」
「……いや、あれは潤滑油じゃない。軸だ」
最後の言葉を聞いた時、
俺は小さく息を吐いた。
(来たな)
軸と認識された存在は、
必ず、折られるか奪われる。
その日の夕方、呼び出しがかかった。
場所は、医務室の奥。
――教会派閥の縄張りだ。
待っていたのは、聖導師マグナス。
穏やかな笑み。
だが、俺の視界では異様だった。
【分類:人型】
【統治適性:測定不能】
【王権接続率:高】
(……やはり)
この男は、人ではない。
「最近、君の名前をよく聞く」
柔らかな声。
「学園の秩序を守ってくれているそうだね」
「雑用です」
「謙遜は美徳だが、時に誤解を招く」
マグナスは、椅子に腰掛けた。
「君は、才能がない。
それは事実だ」
否定しない。
「だが、才能がない者が“流れ”を作るのは、異常だ」
核心を突いてくる。
「君は、この学園で何を望んでいる?」
俺は、即答しなかった。
数値が、警告のように明滅している。
(正解を言えば、排除される)
だが――
嘘もまた、排除の理由になる。
「……居場所です」
少しだけ、言葉を削った。
マグナスは、目を細める。
「それは、学園の外かね?」
踏み込んできた。
「分かりません」
それは、本音だった。
次の瞬間、
彼の笑みが、ほんの僅かに歪んだ。
「そうか。
なら――君は、学園には“収まらない”」
静かな断定。
「覚えておきなさい。
この学園は、王国のために存在する」
裏を返せば――
王国に不都合な存在は、不要ということだ。
詰所に戻ると、仲間たちが集まっていた。
「……なんか、学園全体の空気、変じゃないですか」
ミレイアの言葉に、皆が頷く。
俺は、はっきりと言った。
「これから、もっと厳しくなる」
視線が集まる。
「俺たちは、目立ちすぎた」
一瞬の沈黙。
だが、誰も離れなかった。
それどころか――
ドランが、前に出る。
「だったら、なおさらだ」
「?」
「今さら、バラバラには戻れない」
その言葉に、数値が跳ね上がった。
【集団結束率:上昇】
【忠誠総量:臨界点接近】
(……覚悟、決まったか)
俺は、ゆっくりと頷いた。
「いい。
なら――次は、守る」
雑用科は、もう掃き溜めじゃない。
学園が見落とした才能の集積地だ。
そして、それを嫌う者たちは――
必ず、力で潰しに来る。
(次は事件だ)
噂が一周した後に起きるのは、
いつだって――見せしめだから。
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