第4話 雑用科に、派閥ができ始めた
封鎖区画から戻った翌日、雑用科の空気が微妙に変わっていた。
はっきりした変化ではない。
誰かが声高に何かを主張したわけでもない。
ただ――
視線が、俺に集まるようになった。
作業前の詰所。
壁際で道具を整理していると、何人かの雑用科生徒がちらちらとこちらを窺っている。
昨日までとは、明らかに違う。
(噂、か)
学園という閉じた空間で、噂は魔法よりも速く広がる。
特に、“貴族が絡む話”ならなおさらだ。
第一王子が雑用科を庇った。
その中心に、平民の俺がいた。
それだけで、十分だった。
「……あの」
控えめな声がかかる。
振り返ると、昨日封鎖区画で助けた少女が立っていた。
名前は、ミレイア。
小柄で、存在感が薄い。
だが――俺の視界には、はっきりとした数値が浮かんでいる。
【統治補助適性:A】
【忠誠誘導値:SS】
【精神耐久:低】
「昨日は……ありがとうございました」
深く頭を下げる。
その仕草は、感謝というより――“帰属”に近い。
(早いな)
忠誠誘導値が高い人間は、判断も早い。
誰に付くべきかを、本能的に理解している。
「無事でよかった。それだけだ」
俺は、それ以上の言葉をかけなかった。
与えすぎると、依存になる。
依存は、いつか壊れる。
だがミレイアは、それでも一歩近づいてきた。
「……あの。
よければ、今日の作業……ご一緒してもいいですか?」
周囲の空気が、一瞬だけ張り詰めた。
雑用科では、基本的に単独行動か、決められた組み合わせで動く。
“自分から組みたい相手を選ぶ”という行為自体が、異例だ。
俺は、少しだけ考え――頷いた。
「構わない」
それだけで、空気が変わった。
午前の作業は、錬成科の後片付けだった。
壊れた器具、使い物にならなくなった素材、魔力を帯びた廃棄物。
相変わらず危険で、面倒な仕事だ。
だが、今日は違った。
「……あの、レインさん」
作業の合間、ミレイアが小声で話しかけてくる。
「ここ、こう分別した方が……安全です」
彼女の指示通りにすると、確かに魔力の反応が安定した。
(知識、あるな)
俺の視界に、新しい項目が浮かぶ。
【資源管理適性:A】
なるほど。
戦闘も魔法も不得意だが、“後方支援”としては一級品だ。
この学園では、評価されないタイプ。
「いい判断だ」
それだけ伝えると、ミレイアは目を見開いた。
褒められることに、慣れていない反応。
それを見て、周囲の生徒たちがざわつき始める。
(始まったな)
評価されない人間は、評価してくれる場所に集まる。
昼休憩。
雑用科の簡素な食堂で、俺はいつものように端の席に座っていた。
すると――
対面に、知らない生徒が座る。
「……いいか?」
武闘科の制服。
がっしりした体格だが、どこか自信がなさそうな目。
頭上の数値。
【戦闘補助適性:B】
【忠誠誘導値:A】
【指揮追従率:S】
「好きにしろ」
そう答えると、彼はほっとしたように息を吐いた。
「噂、聞いた」
「どんな?」
「……雑用科の平民が、王子に目をつけられたって」
表現が、すでに歪んでいる。
俺は、苦笑した。
「事実じゃない」
「だろうな。
でもさ――」
彼は言い淀み、意を決したように続けた。
「ここ、息が詰まるんだ。
武闘科は力が全てで……
でも、俺は“殴る以外”の役割が欲しい」
(ほう)
戦闘補助適性。
指揮追従率。
典型的な、“部下に向いている兵”だ。
「名前は?」
「ドラン」
「そうか、ドラン。
なら一つだけ言っておく」
俺は、静かに告げた。
「ここでは、役割は自分で作る」
彼は、少しだけ笑った。
「……あんたのところ、空いてるか?」
――二人目。
その日の終わり、俺の周囲には五人の雑用科生徒が集まっていた。
誰も声高に「派閥だ」とは言わない。
だが、自然と作業を共にし、情報を共有し始めている。
俺の視界には、明確な変化が見えていた。
【集団安定率:上昇】
【忠誠総量:増加】
――早すぎる。
普通なら、ここまでに数週間はかかる。
(やはり、この場所は“溜まり場”だ)
才能があるのに、評価されない者たちの。
「面白い動きだな」
その声を聞いた瞬間、背筋が冷えた。
振り向くと、廊下の陰に一人の男が立っている。
第二王子――レオンハルト・ノクティス。
静かな微笑。
だが、俺の視界では警告が点滅していた。
【統治適性:S】
【危険度:極高】
【観察対象:レイン・アルト】
「雑用科に、人が集まっているそうじゃないか」
情報が、もう届いている。
さすがだ。
「偶然です」
俺は、そう答えた。
レオンハルトは、楽しそうに目を細める。
「偶然は、重なると必然になる」
そして、低い声で続けた。
「――君は、どちら側だ?」
第一王子か。
それとも、俺か。
いや――
この男は、最初から“敵か味方か”で見ている。
「まだ、何者でもありません」
そう答えると、彼は一瞬だけ笑みを消した。
「そうか。
なら――“何者になるか”は、早めに決めた方がいい」
そう言い残し、去っていく。
静寂が戻った廊下で、俺は息を吐いた。
(もう、戻れないな)
雑用科は、ただの掃き溜めだった。
だが今は――
才能を取りこぼした世界が、静かに集まり始めている。
俺は、仲間たちを見る。
怯えながらも、期待の混じった目。
この時点では、まだ小さな集団だ。
だが――
(派閥は、数じゃない)
“機能”だ。
それを作れるなら、
この学園は、いずれ俺の庭になる。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




