最終話 国の外側で
夜明け前の空気は、澄んでいた。
丘の上に立ち、
俺はゆっくりと息を吸う。
遠くで、
市場を開く準備の音がする。
荷を運ぶ足音。
小さな笑い声。
それらはすべて、
俺が命じたものではない。
ただ――
ここに“在る”ものだ。
この地に来た日のことを、
ふと思い出す。
魔物に怯え、
食料もなく、
希望という言葉すら、軽すぎた。
あの時、
俺が持っていたものは、
剣でも、魔法でもない。
考える時間だけだった。
「……本当に、何も起きませんね」
後ろから、ミレイアの声。
彼女も、丘に上がってきていた。
「それが、一番いい」
俺は、そう答える。
事件が起きない。
争いが起きない。
それは、
“何もしていない”結果ではない。
積み重ねた結果だ。
「王国から、
また遠回しな使者が来てます」
「断ったか?」
「いいえ。
話は聞きました」
ミレイアは、少し笑う。
「……でも、
何も決まりませんでした」
それでいい。
決まらない、という結論。
昼前。
商人トルバが、最後の報告に来た。
「街道の通行量、
完全に定着した」
「問題は?」
「ない。
……だから、
どこも手を出せない」
彼は、肩をすくめる。
「商人としては、
最高だよ。
支配されず、
安全で、
ルールが明確だ」
それは、
最大級の賛辞だった。
「……王国に行かないのか?」
トルバが、ふと聞いた。
「呼ばれてるだろ」
「行かない」
即答した。
「行けば、
“中に入る”ことになる」
彼は、納得したように頷く。
「外にいる方が、
強い場合もある」
「そうだ」
夕方。
自警団の訓練を、
少しだけ眺める。
彼らは、
強くなった。
だが、
強さを誇らない。
それが、
この地の武装の形だ。
ドランが、隣に立つ。
「……これで終わりか?」
「いいや」
俺は、首を振る。
「完成だ」
終わりじゃない。
崩れにくい形が、できただけだ。
「国を作らなかったな」
「ああ」
「後悔は?」
「ない」
即答だった。
国を作れば、
守るために、
また戦うことになる。
ここは違う。
戦わないために、存在する場所だ。
夜。
焚き火の前で、
俺は一人、考える。
王国は、
今も世界の中心だ。
教会も、
信仰を集め続けている。
俺は、
それらを壊していない。
ただ――
依存しない選択肢を示した。
それだけだ。
追放された雑用科の俺は、
英雄にも、王にもならなかった。
だが、
「選ばない自由」を形にした。
誰かの旗の下に立たず、
誰かの正義を振りかざさず、
ただ――
生き延びる仕組みを作った。
この地は、
王国の外側にある。
だが、
世界の外側ではない。
人が行き交い、
物が巡り、
争いが素通りしていく。
そんな場所が、
一つくらいあってもいい。
夜空を見上げる。
星は、
どこにも属さない。
だが――
進む方向を、
確かに照らしている。
俺は、
その下で生きていく。
国の外側で。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、
「強くなること」や「勝つこと」よりも、
“選ばされない立場をどう作るか”を描きたいと思って書き始めました。
剣や魔法で世界を変える話ではありません。
王になり、英雄になる話でもありません。
それでも――
誰にも支配されず、誰にも依存しない場所を作ることはできるのか。
その問いに、ひとつの答えを出したつもりです。
主人公は最後まで、
王国も教会も倒しません。
ですが、どちらにも「無視できない存在」にはなりました。
それが、この物語における“成り上がり”でした。
もしこの作品を読んで、
「こういう生き方もあるのか」
「こういう終わり方も悪くない」
そう感じていただけたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
最後になりますが、
ブックマーク・評価・感想をくださった皆さま、
そして静かに最後まで読んでくださった皆さまに、心から感謝します。
他にも物語も書いていますので、
そちらでお会いできたら嬉しいです。
――ありがとうございました。




